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祓火の番 ―火種は怪異の死骸、灯火は己の命。常冬の帝都に沈む謎を、ハズレ者が焼き尽くす―  作者: ミスミシン
第一章 常冬の帝都と、焼き払う灯火

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第一話 赤い処刑、嘘の天国

 帝都東京。

 この国に生きる人々は、この場所を羨望の眼差しで見て、こう語る。

 凍えることのない天国だ、と。

 寒さで死ぬことのないあたたかい世界だと憧れて、帝都へ来ることを夢見る。

 まぁ、天国だと語るのは、たいてい天国を知らない連中だ。

 少なくとも、己の体温を切り売りして、ただ一人の男を繋ぎ止めるためだけに刀を振る俺にとって、ここは天国などではない。


「さっむ……」


 だが現実は、そんなに簡単なものじゃない。

 俺は布で包んだ手にふぅふぅと息を吐きかけてから、すっかり冷え切った頬を包んだ。

 この帝都は──いや、この日本は、もう何年も冬から脱出できないでいる。

 日光は大地をあたためるが、その光はすぐに陰り、夜は吐息すらも凍る極寒の大地になる。

 朝にはあたたまっていた地面も凍り、作物は寒冷地でも強いものしかマトモに育たない。

 こうして歩いているだけで手足は凍り、頬はヒリヒリと傷を作る。


 帝都がこんな風になってしまったのは、夜住(よすみ)の仕業だと、人々は噂した。

 原因もよくわからぬままに、それでも日本が凍り始めた頃に出没し始めたその存在が悪いのだ、と、その悪意の全てを今尚押し付けている。

 原因がわからない時、人はいつだってわかりやすい怪物を作る。

 それで眠れるなら、安い。

 

「あ……」


 ザク、と凍った地面を踏みしめて一歩進んで、視界に入ってきた路地の奥。

 そこに、人がうずくまっていた。

 男だ。

 体格が良く、大きな荷物を地面に散らばせて、出来うる限り暖を取ろうとしたのか藁編みの敷物を身体に掛けている

 しかし、その藁の隙間からは真っ黒い煤が上がり始め、男の周囲の霜混じりの斑な地面を黒一色に染め始めていた。

 

 〝成りかけ〟だ。

 ガクガクと震えているこの男をこのまま放置すれば、この男は夜住へと変貌し、細々と火種を囲んで暖を取っている人々を襲い食らう存在に成り果てるだろう。

 俺は腰に()いていた刀を抜き、ゆっくりと男に近付く。

 地面を汚していた煤が地面の水分を吸ってドロリと俺を包むように寄って来るが、ただ臭いだけで、こちらに触れてくることはない。


『しにたくない……しにたくない……しにたく……』

「……すまない」


 死にたくない、と一言吐き出すたびに、吸い込んだ空気の冷たさに男の身体が凍っていく。

 呼吸するたびに口から徐々に白く霜が貼り付いていく身体は、必死に呼吸をするたびに熱を奪われているのがはっきりとわかった。

 ここまで行くと、俺にはどうしようもできない。

 ただ死ぬのを見守り──夜住になる前に、祓ってやることしか、できないのだ。

 

 帝都には、こういうあたたかさを夢見て足を踏み入れて夜に負ける者が、定期的にいる。

 せめて一夜の屋根でもあれば回避できたかもしれない事態でも、夜にはたった数時間で変わってしまうのだ。


「あれ、間に合わなかったかぁ」

(とばり)先生」

「ちょっと面倒な人に捕まっちゃってね……もう少し早く来れば生きてたかもしれないなぁ」


 浮浪者の煤の様子を見ていると、まるで雪がはらりと落ちるように、音もなく白い人が背後に立っていた。

 帳先生。俺の恩人であり、師匠であり、指針でもある人。

 髪から瞳から着物から、その全てに色のない先生は、夜に外にいるとまるで真っ白な半紙を墨で汚した隙間のように、浮いて見えた。

 思わず、手を差し出す。

 真っ白い手が躊躇もなく差し出されて己の手と重なったことに、俺はどこか安堵した。


 しかし先生はスルリと手を離すと、持っていた角灯(ランタン)を地面に下ろして膝を折った。

 そのまま、血のような鉄臭い煤を撒き散らす男にそっと手を合わせる。

 男は、己に向けて手を合わせる先生の姿を見て、もうほとんどが凍りついた目から涙を零す。

 自分が死ぬことを──もしくはすでに死んでいることを、理解したんだ。

 白い身体から溢れた涙は、ほんの一筋だけ霜を取り除き、しかしその涙すらもが凍っていく。

 

 俺は、男の煤が先生に触れないように先生を自分の羽織で庇う。

 ほんの一片でも、それが先生の慈悲だったとしても、夜住の煤が先生に触れるのは不快だ。

 これから彼は、「人々が生き残るための種火」になる。

 本人は自分が生きたいと願ってここに来たのだろうに、皮肉な話だ。


 俺は、男の肉体が完全に凍りつき、霜で白いはずの肉体に煤が絡み始めたのを確認すると、躊躇なく刀を抜いた。

 動かない男のうなじに切っ先を埋め込んで、ゴリゴリと骨の感触を手に受けながらゆっくりと、首を切り離す。

 骨は硬いが、隙間を狙えば案外あっさりと落ちるものだと、俺はもう知っていた。

 骨の感触は、いつの間にか覚えた。

 ──でも、手が慣れるたびに、胸の奥で何かが駄々をこねる。

 慣れたふりをするほど、幼い俺がいやだいやだと転げ回っているような心地になった。

 

 しかし俺は、手を止めない。

 このまま夜住になれば、この男は人間として死ぬことはできないのだ。

 グッと腕に力を込めて、一気に首を落とす。

 ブチッ、と、最後には何かを引きちぎるような感触がした。

 そうして首が地面にゴロリと落ちても、凍りついた血管から血飛沫が上がることはない。

 ただこぼれ落ちるのは、真っ黒な煤のような──血液と似た鉄臭い異臭を放つ汚泥だけだ。

 

 せき止められていたものが噴出するように勢いよく飛び出した汚泥は、迷うことなく先生を狙うが──させない。

 男の肉体と先生の間に割り込んだ俺は、腰に残していたもう一振りの刀で防いだ。

 刀と汚泥が接触した瞬間に、不自然に火花が散り、汚泥の鉄臭さがさらに強くなって鼻孔にへばりつく。

 先生の白に、黒を触れさせない。

 脳より先に、刃が出ていた。


《此処に在りしは、焔の御子──》


 角灯に触れながら、帳先生が小さな声で、祈る。

 彼の腰帯に下げられた鈴が、何故かこの時だけはチリーンと、静謐に音をたてた。


《灯籠の火よ、夜を裂き、住処を照らし、我が灯火を以て穢れを断て》


 角灯を持って立ち上がりながら、先生が(うた)う。

 刀に火を灯す、火の祝詞。

 小さな音色が角灯の火を揺らし、色のない先生の髪をほのかに赤く、炎のように照らす。

 それなのに瞳だけは赤ではなくほのかに青色が乗るのは、いつだって神秘的だ。

 唯一この瞬間だけが、人外じみた彼に色が乗るのを、俺だけが知っていた。

 

 チリーン……

 先生の鈴が揺れて、俺の耳に、頭の中に、子どもの笑い声のような可愛らしい音を響かせる。

 俺はぎゅっと刀の柄を握って先生に近寄ろうとする汚泥を切り払い、先生の前に出た。

 煤の本体である肉体の方をこちらの刀で祓えば、汚泥は力を失いただの泥水になる。

 俺は出来るだけ淡々と、相手が人間であったことを、奥歯で噛み砕いて飲み込むみたいに押し込めて刀を振るった。

 

 切っ先はすでに赤く、熱を持っている。

 反面、俺の身体は徐々に体温が下がっていっているのが、わかった。

 きっと、俺がこの刀を持つ資格を得ていなかったなら、この手の平は焼け爛れて燃え落ちていただろう。

 それは、この極寒の帝都において酷い皮肉なように思えた。



『ソウくん、触ってみる?』



 まだ俺が幼かった頃──先生はそんなことを言いながら俺に手を差し出してきた。

 彼の身長と同じくらいの大きな火は、「火種」という名にも関わらず煌々と周囲を照らしている。

 幼かった俺にとってはその光景は神秘的でもあり、恐ろしくもあって。

 だというのに、近付いても少しも熱くはなかった。

 近付くとほのかにあたたかいのに、囲炉裏の火のように近付くだけで焼かれるような痛みは少しもない。


 先生は、「ソウくんだから熱くないんだよ」なんて言ったが、当時の俺にその言葉の意味はわからなくって。

 だから俺は、先生の言葉を疑うことなく、真っ赤な炎に手を突っ込んだ。

 俺と先生の様子を見守っていた家人たちは、俺の突然の暴挙に悲鳴をあげていた。

 でも先生と、先生のトコの家の爺さんだけが笑っていて。


 その翌日、ただの町外れの薬屋の息子だった俺は、明神家に引き取られて【明神宗一郎】という名を与えられることが決まった。

 

 ──火種が熱かった、という記憶はない。

 今だって、先生の角灯から抜け出した火種の中に手をかざしていても皮膚が焼けるどころか、熱さすらも感じない。

 

 首の落ちた男の肉体が風に流れる煤になっても、着物の袖すら煤で汚れることもなく、刀も手の平を焦がしはしない。

 それどころか、俺の手にまとわりつくように動くこの火種は、まるで子犬のようだ。

 人の死によって維持されている火だというのに、己にじゃれつくその姿は無防備で可愛いと思ってしまう。

 次の瞬間、それが一番むかついのだけど。


「お疲れ様、ソウくん。上手にできたね」

「はい」


 火種は、先生の角灯から抜け出して俺の手にじゃれつくようにまとわりついてから、煤の上をフラフラと漂う。

 ただそれだけで、子犬が餌を啜るかのように、煤が火種に食われていった。

 こうやって死んだ者の残した煤を火種に食わせ、帝都を守る篝火に火種を足していくのが、俺たちの役目。


「もう慣れました」


 俺の言葉に、先生はにっこりと笑いながら羽織をまた、俺の肩に戻す。

 先生の労いの声は、さっきの鈴の音のようにじんわりと身体に染みてきた。

 これで良いのだと。

 これは正しいことなのだ、と。

 刀を持つ俺の手に言葉無く触れるその指先の熱で、冷え切った身体に熱が戻って来るようだった。


 死者の呪いから発生した汚泥を始末して生者を守る、と言えば聞こえは良い。

 だが実際には寒さによって死んだ者の死体を焼いた煤で火種を守り続けるという、最悪の循環。

 それでも俺は、この行為は正しいものなのだと、彼のおかげで実感できるのだ。

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