戦いの末
■第9話
間近での爆発に、オフィーリアは振り返った。
先ほど積んでおいた倒した衛兵たちが、屋根の扉ごと吹き飛んでいた。
オフィーリアは、ロープから手を放し、身構える。
すると、屋根裏から黒いローブをまとった男が姿を現した。
「くそっ、なんでこんなことに……おまえ、ここで何をしている。まさかおまえが我々の作戦を台無しにしたのか!」
魔術師は怒り心頭で駆け寄って、手を振りかざしてきた。
その手にはワンドを握っており、先端から火の玉が発現する。
「責任をとって死ね!」
ワンドの先の火の玉が、人の頭の2倍、3倍と膨らんでいく。
オフィーリアはすぐに飛び退けようと身構えたが、背後にロープがあることに気づいた。
(私が避ければ、ロープに火が移ってしまうかもしれない)
「そうだ。そこから動くな。燃えてしまえ! 『ファイア・ボール』!」
魔術師が笑いながら叫んだ。
巨大な火球が迫る中、オフィーリアは手を伸ばして、炎の弾を生成した。
(弾丸レベルではダメだ。爆発の勢いを相殺できない。互いの衝撃波で威力が倍になる……ならば)
炎の弾をどんどん練り上げて手の平の大きさに収めた。
楕円形に形づくられた炎の玉は、ギュルギュルと音がしそうなほど高速回転している。
大きさは魔術師の火球の方が大きいが、オフィーリアの炎の弾の方が練度が高かった。
赤々と燃える熱を発した炎の弾を火球へと狙った。
「『バズーカー砲』、発射!」
手の先から炎のロケット弾が放たれる。
――ドゥオンッ!!
炎と炎のぶつかり合いで大爆発が起きた。
凄まじい爆炎と爆風が起こり、オフィーリアはすぐさまカラビナのついたロープを握って屋根を蹴った。
背後から巻き起こる衝撃波と熱風がオフィーリアの背中を押し、スピードを上げてロープを滑り下りていく。
――ガラガラガラ
この爆発でホールの屋根が崩れ落ち、建物本体も崩れていく音が聞こえてきた。
ロープを滑り下りていくオフィーリアの眼前に森が近づく。
ところが、あと数メートルで茂った枝葉に辿り着くというところで、突然ロープが緩んだ。
(屋根が崩れたせいで、ロープを固定していたところも崩れたか)
スピードは落ちていなかった。
オフィーリアはすぐに掴んでいたロープから手を放し、そのまま勢いに任せて森の中に飛び込んだ。
顔を腕で覆って茂った枝葉から目を守りながら、目の前に迫る大木の幹にぶつかる前に枝の一つにつかまろうと構えた。
しかし、ドレスが枝に引っかかり、前のめりになってバランスを崩す。
(しまった!)
ドレスの裾をひっかけた枝がたわんで折れ、落下する。
オフィーリアは枝を掴んで威力を削いでいくが、掴んだ枝は折れるか、滑り落ち、その勢いは止まらない。
ザザザザッ――
「オフィーリア嬢!」
突然茂る枝の間からカイルが現れた。
カイルはオフィーリアを抱きしめると、守るように両腕でオフィーリアを胸に収めた。
「『エア・パラシュート』! 『エア・ドローン』!」
カイルの背中から魔法の蔓が伸び、水と風でできた薄い膜が広がる。
それはまるで本物のパラシュートのように一度クンッと空気抵抗を受けた後、速度を落として地面に着地した。
「よかった。2人で飛ぶのは初めてだったんで心配でしたが、気合でどうにかなりましたね」
「私が落ちると最初からわかっていたのか?」
「いえ、最初は木にしがみついてオフィーリア嬢が下りてくるのを待っていたんですが、ホールの方でまた爆発したものですから、オフィーリア嬢が心配で目で追っていたんです。そしたら、この木に辿り着く手前でロープが緩んで落ちていったので、咄嗟に木を蹴っていました。いや、魔法でカッコよく受け止めるはずだったんですけど、気が急いちゃって、自分が飛んでました」
ははは、とカイルは眉を下げて笑った。
「あれは、どういった魔法だ? パラシュートのような空気抵抗を感じた。それ以外にも足元で落下速度を抑える魔法をかけていただろう?」
「あれは風魔法の応用です。『エア・パラシュート』は、名前の如く、空気のパラシュートなんですが、水魔法で薄い膜を作って空気抵抗の調整をしていました。枝があっても空気と水だから、破れたり、引っかけたりする心配もなくて、高いところから飛び降りるのに便利なんですよ。ただ今回は2人分だったので、速度をどこまで落とせるかわからなくて、念には念をで、『エア・ドローン』も使いました。足元で風魔法をプロペラのように回転させて飛ぶ魔法で、僕独自に編み出した応用です。我ながらよくできたと思いますよ」
「そうか……ならばその手を放してもらえるか」
「え? あっ! すみません!」
未だオフィーリアを抱きしめていたカイルは、慌てて手を放した。
自由になったオフィーリアは、まず立ち上がってケガがないかを確かめた。
ドレスはボロボロになったが、幸い体の方は擦り傷と打ち身だけで骨折など重傷となるものはなかった。
「カイルのケガは? 腕だけか?」
「ああ、そうですね。打ち身と擦過傷はありますが、裂傷は腕だけです。あんな状況でよくこの程度で済みましたよね」
そうへらへら笑いながら答えるカイルに、オフィーリアは内心ホッとした。
そして、周囲にマルガを探した。
「マルガはどうした」
「マルガ嬢でしたら、自力で木を下りて行っちゃいましたよ。『こんな格好で人前になんて出られないわ』だって」
マルガの真似をしたカイルの言葉に、先ほどの格好を思い出した。
緊急とはいえ、女性のドレスをナイフで引き裂いて、その上ロープ・ワークでその場しのぎの安全帯を作ったわけだ。
しかし、足を出すことははしたないと言われているらしいこの世界で、確かにドレスのスカートを縦に裂いてふんどしのようにロープを履いた少女は異様だろう。
そう思っていると、カイルがクスッと笑った。
「しかし、あれは……いや、緊急時でしかたなかったとはいえ、うら若い女性、しかも学園のアイドルの彼女にあんな格好させるなんて……ふはっ! いや、失礼……くくくっ、あれは愉快でしたね」
笑いを堪えきれなくなって話の途中で吹き出しだしたカイルに、オフィーリアもあのときのマルガを思い出し、何とも言えない顔をした。
「まあ、何はともあれ、無事でよかった。オフィーリア嬢、助けてくれてありがとうございます。それで報酬ですが――」
「ゴルディのことで知っていることを話せ。本来私のルールでは、ゴルディのことを知ろうとする者は排除してきた。おまえはやけに私に詳しそうだった。本来ならば排除すべきだが、今回はその理由を言えば命はとらないこととする。それが今回の報酬だ」
「それは助かります。僕は純粋にあなたのファンなんです。あなたとゴルディについて語れる日がくるとは思ってもいませんでした。でも、その話は後にしましょうか。今はこの事態の収拾をつけないと。きっとウィルフレッドは、影とこの場を既に離れているでしょう。これでも一応王子なので、最高位者として現場で指揮を執る責任があります」
「わかった。私はロックベル家に行く。落ち着いたら、そこに来てくれ」
「わかりました。では後程」
カイルはそう言ってその場から離れた。
オフィーリアも遅れて森から出ると、ホールの辺りは騒然としていた。
ホールは半壊しており、爆発の炎が煙を巻き上げながら夜闇を照らしている。
学園の方で拘束されていた他の先生や従業員たちも集まってきており、生徒たちを見て回っていた。
その生徒たちは、呆然としている者、泣きじゃくる者、気絶している者、それを介抱している者と様々だったが、皆、一様に疲れ切った顔をしていた。
木の陰からオフィーリアは様子を伺い、誰にも気づかれないよう木々の間を縫ってその場から離れた。
そして馬車の待機場所に行き、ロックベル家の紋章の馬車を見つけると、御者に指示してその場を後にした。
揺れる馬車の中で、オフィーリアはこれからのことを考えた。
(まずはオリジナルの家族だな。私がオリジナルでないことがバレないよう、何か言い訳を用意しなくては……やはり婚約破棄のショックで混乱していると言うのが妥当か……)
オリジナル・オフィーリアの中から見ていたときのロックベル家は、厳格な両親と姉を軽視する妹といった感じで、家族間の仲がいいという印象はなかった。
父、ルイスは仕事人間で家にほとんどいない。家族に厳格な態度を見せ、子どもの教育は妻に丸投げしているが意見だけは言うタイプだった。
母、シャロンは社交界では派閥の一派を率いていて、オフィーリアには特に厳しくマナーやダンスなどの淑女教育をしていた。
オフィーリアに優しく接していた記憶はなく、ただ厳しい女性という印象だ。
妹のルイーゼは、可憐な容姿を自らも認めていて、甘えるのがうまい少女だった。
親を見て、姉を軽視して、嫌がらせもしていた性格の悪さはマルガに似ている。
兄のキースは、早い段階に屋敷を出て、隣国の学園に留学していたため、あまり記憶にない。
(家族としての関係が希薄だった……。それがオフィーリアには苦痛だったようだが、今の私ならば好都合だな。今は大人しくオフィーリアらしく振舞っておくとしよう)
馬車は貴族街を走り、大きな門を通り抜けた。
<続く>




