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伝説の暗殺者、悪役令嬢に転生する  作者: 榎やかのこ


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魔法に挑戦する

■第7話



 3階は2階とほぼ同じ作りだった。

 ホールの部分は吹き抜けで、回廊になっている。

 ただし階下への階段はここにはなく、出入りできるのは部屋のそばにある内階段だけだった。


「2階の階段を塞いでいたから、ここに兵はいないんじゃない?」


 部屋の並ぶ廊下の隅から回廊の方の様子を確認するオフィーリアにマルガが声をかけた。

 オフィーリアは警戒を緩めず、兵がいないことを確認して廊下を戻ってくる。


「戦いにおいて、相手より高い場所を確保できることで生死を大きく分けることがある。私ならば、3階か屋根裏に潜んで、1階で何が起きていても標的を狙撃するだろう。相手を本気で殺す気があるのならばな」


 幸いなことに3階フロアには誰もいなかった。

 マルガの案内では、屋根裏の階段は梯子になっていて、回廊の方にあるという。

 身を低くして回廊を走り抜けていく途中で、カイルが階下を見た。

 ホールは相変わらず衛兵たちと影の攻防が繰り広げられていた。

 1階の扉にも他の窓や扉と同じように炎と雷の魔法と爆弾の魔道具が施されている。

 影が10人いれば、この程度の状況ならば逃げおおせることが可能なはずだが、ここまで苦戦しているのはあの爆弾魔道具のせいなのだろう。

 カイルは階下の状況に表情を曇らせた。


「苦戦してるなあ」


「ウィル様は無事?」


 マルガが手摺りの間から心配げに階下を見下ろした。


「ここの窓にも炎と雷の魔法と爆弾魔道具が施されているし、一階の正面扉にも仕掛けてあるのがここからでも見えますね。逃がさないという意気込みがすごく感じます。きっと最悪はこの建物ごと爆発させてしまう算段なのかも。だから影も下手に窓や扉の仕掛けには関われずにいるのでしょうね。ウィルフレッドという保護対象がいるから仕方ないか」


「おまえも王族だろう。おまえは保護対象じゃないのか」


 オフィーリアの言葉に、カイルは目を一瞬きょとんとさせ、その後に眉を下げて苦笑した。


「そういえば、僕も王族でした。まあ、なんだろう。きっと僕も危険になったら助けに来てくれるのかな、はははは」


「それはないな。もし保護対象ならばテロが起きたときに、ウィルフレッドと一緒に影が守るはずだ」


「まあ、そうですよね。あの影は、きっと王妃が個人的に命令しているやつなんだろうな。僕についているはずだった影も王妃が外したんだと思います。そういうことよくやる人だから」


「ねえ、それよりもウィル様は大丈夫なの? あの影って人たちが負けたりしない?」


 マルガは、カイルに気遣う素振りもなく、ウィルフレッドを心配した。

 そのことにカイルは気に留める様子はなく、普通に返事をする。


「どうでしょうね。影はスペシャリストだけど、周囲を爆弾に囲まれた状況で王族を守ったことはないだろうし、誰があれを起爆するのかもわかってないみたいですからね……。ウィルフレッドには戦闘能力なんて皆無に近いから、こんなとき足手まといだろうなあ」


「ひどい! あなたのお兄さんでしょう。ウィル様がかわいそう……」


 マルガが目を潤ませ、非難めいた顔でカイルを睨むと、また階下へと視線を移した。


「ウィル様……」


 悲しげなマルガの横顔をカイルは見やった。


(謎が多い女だが、マルガは本当にウィルフレッドのことを愛しているようなんだよな)


 マルガの存在は、この学園でも異質だった。

 貴族には階級があり、それに従ったルールとマナーがある。

 しかしマルガは市井で過ごしてきた期間が長かったため、貴族のルールやマナーは付け焼き刃に近かった。

 そのため、学園に入学してからも平民と変わらない気さくさで接してくるため、マナー違反と嫌う人も多かった。

 しかし、直接的なコミュニケーションを新鮮と感じる一定数の子息には人気があった。

 ただマルガも計算していると思われる節もあった。

 マルガの家の階級は男爵のため、高位貴族に自ら接するのはマナーに反する。

 こちらから接することができないならばと言わんばかりに、マルガは『偶然の事故』で接触の機会を得ていた。


(出会い頭でぶつかるとか、木の上から落ちて助けられるとか、第1王子の近くでわざわざいじめを受けるとか、そんなこと現実にあったことも見たこともないよね。よほどの計算で動かないとそんな奇跡的な遭遇はないよ)


 しかし、ウィルフレッドを始め、彼の側近たちや他の高位貴族の子息たちは、その偶然を『運命』と勘違いした。

 彼らとマルガの間でどんな出会いや会話があったかまでは知らないが、ウィルフレッドたちはマルガに心酔し、執着した。


(王家は、マルガが魅了の魔法か魔道具でも使ったのかと疑ったんだよね。でも何も証拠は出なかったけど)


 不思議なことに女性陣からそういう『運命』的な友情は生まれた様子はなかった。


(まあ、彼女が女性には使わなかっただけかもしれないけど、前世でも男にだけ媚びを売って世渡りしていた女の子はいたよね。でもそういう子って変に潔いところあるんだ。そういうところは嫌いじゃない)


 だから上位貴族を手玉にとるマルガを嫌悪しながらも、健気な一途さを見せる今のマルガに嫌悪はなかった。

 マルガは泣きそうな顔でオフィーリアを見た。


「ねえ、オフィーリア様。こんなことお願いするのは筋違いなのかもしれないけど……ウィル様、いえ、ウィルフレッド第1王子殿下を助けてくれませんか」


「それは依頼か」


「はい! 依頼です。代償は、私が彼から身を引きます! ウィル様に婚約破棄を撤回してもらいます。だから、お願いです! ウィル様を助けてあげて!」


 マルガはオフィーリアのそばまで駆け寄り、オフィーリアの手を両手で包むように取って自分の額に当てた。

 その祈るような姿を、オフィーリアはじっと見下ろした。


(慈愛……自己犠牲……私にはない感情や思考だ)


 しかし、こうした気持ちを持ち合わせていないからこそ、他人のそうした感情には感じ入ることがある。

 数刻前はオフィーリアを陥れようとしていた娘が、今はその手を取って必死に懇願する。

 オリジナル・オフィーリアに義理を果たすならば、ウィルフレッドの末路など放っておいて運命に任せればいい。

 しかし、オリジナル・オフィーリアならば、こういうときに自分を裏切った相手でも手を差し伸べてしまうだろう。


(私の主義に徹するか、オリジナルの性質を尊重するか――)


「いいだろう。ただし報酬は別のものをもらう。あの王子は要らない」


「オフィーリア様! ありがとうございます!」


 喜びに満ちたマルガの瞳からは大粒の涙が零れた。

 オフィーリアの返事を聞いたカイルは、すぐに気持ちを切り替え、手摺りの影から階下の様子を見て言った。


「ここからだと狙撃ですよね。でも、この世界には銃がありません。奪い取ったナイフじゃあ届かないと思いますけど、どうしますか?」


 カイルの問いかけに、オフィーリアは何か考える風に手を見つめた。


「私が使える魔法で応用できるかもしれない」


「先ほども言いましたが、今のオフィーリア様に魔法は危険だと思います……それでもやりますか?」


 カイルの問いに、オフィーリアは無言で見つめ返した。


(カイルには、私がゴルディ13であることがわかっているようだ。なぜ知り得たのかはわからないが、私をゴルディと知っているならば――)


「ならばカイル、おまえが私に今使える攻撃魔法を教えてくれ」


「え? 僕がゴル、オフィーリア嬢に!? よ、喜んで!」


「今は時間がない。即戦力になる魔法を手短に教えてくれ」


「わかりました。では、以前のオフィーリア嬢が使い慣れているメインの魔法だけ使いましょう。ひとつあなたに相応しい魔法を思いついているんです。まず先ほどの目に魔力を集中させる要領で手に魔力を集めてください」


 オフィーリアは、身体を巡る気の流れを感じ取った。

 先ほどもやっていたのでコツはすぐに掴め、身体を巡る気を手に集まるように意識する。

 しばらくすると、手がほんのりと温かく感じるようになった。

 持続的に目にも魔力を込めていたので、手にほんのりと光が集まって大きく包みだしたのが見える。


「では、その魔力を属性の力に変えていきます。手のひらに炎を作るイメージをしてください。魔法は計算という人もいますが、僕は想像力が大事だと思っています。演算なんてできなくても、より鮮明にイメージができるほど具現化しやすいです」


(アスリートがよく瞑想して勝利するイメージをするという……確かに私も依頼を遂行するときには必ずイメージをするな……)


 オフィーリアは、手に集まった気をガソリンにイメージし、それを魔力に変換して着火させるイメージへと続けた。

 それを何度か繰り返していくうちに、手がどんどん温まっていくのを感じた。

 そして――


 ――ボッ


 突然手から炎があがった。

 思った以上に大きな炎に、カイルとマルガは後退る。


「素晴らしい。感覚は覚えているみたいですね」


 カイルは内心浮き立っていた。


(ゴルディが魔法を使った戦いなんて……ああ、どんな戦い方をするのか、楽しみで仕方ないよ)


「ゴル――オフィーリア嬢、炎を手から放出するイメージで手で振ると飛びますよ。出力とか変化球とかは風魔法と合わせると強化できます」


 カイルに言われたとおりにイメージを進めていくと、風と炎の性質の色味を感じるようになった。


(なるほど。これが魔力か)


 炎は赤やオレンジに対して風は緑色から水色に近い白といった色が、魔力を作り上げる過程で浮かんでくるようになった。

 その中で赤い炎を渦のようにうねらせ、風をつかって更にスピードを上げていった。

 手の中で小さな炎のトルネードができた。


「勝手はわかった。これ、小さいままでは操作が難しいな」


「オフィーリア嬢の魔力なら、実践で思いきり放ってみるのもいいかもしれませんね。でも室内で放つなら火力に気をつけてくださいね。多分ホールが全焼します。それと爆弾魔道具に誘因されないよう気をつけてください」


「そうか」


 そう言うと、オフィーリアは、階下に狙いを向けた。

 指先を揃えて真っ直ぐ腕を伸ばす。

 そして、目にも魔力を込めると、階下の生体反応と魔法の流れが見えるようになる。


(スコープとしても使えるな)


 視線の先には、ウィルフレッドを守るように円陣になって戦う影たちと、それを崩そうとする衛兵たちの姿があった。

 影は全員魔法が使えるようで、結界のように周囲を張り巡らせている。

 衛兵たちは魔法が使えないのか、剣や槍で攻防している。


(あれならば狙撃されても余程のことがなければ問題はないだろう。となると、どこかに魔術師が控えているということだな)


 視線をずらせば、ホールの中央に生徒たちが再び集められていた。

 今度は一ヵ所にまとめられている。

 オフィーリアの目には、生徒たちを縛るように魔法のロープが周囲に張り巡らされているのが見えた。

 オフィーリアはそのロープの魔法の根源がどこにあるのかを辿った。


(魔法の使える者は、2階のロープのトラップを仕掛けた者、窓や扉に火と雷の魔法と爆弾の魔道具を設置した者、あと生徒たちを捕縛しているロープの魔法を使っている者……あと影たちが苦戦している見えない攻撃魔法を使っている者がいる。2階のロープの魔術師は戦闘不能になっている。残る魔術師を戦闘不能にしなければ、この戦いは終わらないだろう。見たところ影は強い。ならば邪魔な魔術師を私が対処すれば、あとは勝手に影たちが勝利する)


 魔法の根源――使い手と繋がった糸のようなもの。

 目に魔力を集中したことで視えるようになった魔法の形には、流れのようなものがあった。


(その流れの法則がわかれば、どこに魔術師がいるかわかるかもしれない)


 目に力を込めると、まずは生徒たちを拘束しているロープの魔力を視た。

 2階のトラップと少し色が違っている。

 しかし、魔力の流れは似たようなものだった。


「ロープの拘束魔法は、ありふれた魔法なのか?」


 オフィーリアの独り言に、近くにいたカイルが答えた。


「拘束魔法は、ありきたりと言えばそうかもしれませんね。衛兵や近衛兵、騎士たちは捕縛も職務のひとつですから、基礎として学びます。なので2階のトラップと1階の拘束は、基礎は同じ魔法で性能は応用による個性といったところになりますね。僕も1階の拘束魔法程度は使えます」


「ちなみ私の場合は、光魔法で『光の輪』っていうのが拘束魔法になりますね。もちろん使えますよ」


「属性の組み合わせやマルガみたいに1属性で応用するパターンでできる魔法なんで、魔力持ちは割と使います。きっとオフィーリア嬢もできたと思いますよ」


 カイルに言われて、オリジナルが魔法を学んでいたときのことを思い出そうとしたけれど、オリジナル・オフィーリアはいろんな魔術を鍛錬していたので、ゴルディにはどれがそれかを瞬時に思い出すことができなかった。

 しかし思い出せないならば、自分で新たに学び直せばいいと思い、それよりも今は階下の魔法に集中することにした。

 魔法が使える者からは、カイルやマルガのように気とは違うものが混じっている。

 人が乱雑に入り交じっているので、それを見分けるのは容易いことではなかった。

 オフィーリアは目に魔力を更に集中させることにした。

 瞳に収めていた魔力を解放したことで、魔力の炎が目を覆うように広がった。

 すると、視界はより鮮明になり、視野も広がった。


(――あれは……)


 拘束しているロープに細い糸のような魔力が伸びているのが見えた。


(まるでカウボーイの投げ縄だな。見えないように極限まで繋がっているロープを細くしているのだろうが、私には通用しなかったな)


 オフィーリアは、伸ばしていた腕をその細い魔力の糸の先へと向けた。

 乱闘から離れ、柱の影から操っている男が見えた。


(あの男が根源か。いや、同じ魔法を使っている者がいるな――)


 ひとり魔術師を見つけられれば、後は似た気配をまとった者を探すのは容易い。

 前世でも同じ匂いのする者は、人に紛れていても探すのは容易かった。


(魔力量か技術の差か……同じ魔法でも性能が違うというのは本当だな)


 オフィーリアは伸ばした腕の親指を立て、照準器の代わりにした。

 そして柱に隠れている魔術師に狙いを定める。

 指先に溜め込んだ魔力を収縮し、魔力の弾丸を創造し、指の先から腕までをショットガンとイメージした。

 前世で使い慣れていたアーマライト変形銃が身体の一部になったような感覚になるよう集中する。

 久しく握っていなかった重量感や質感を思い出す。

 次第にスナイパーとしての前世の自分が形づくられていくような感覚が、全身に広がった。


「――『ショット』」


 引き金がないので、カイルのように言葉で魔法の発動タイミングを図った。

 それは、ほんの一瞬のタイミングだった。

 魔力の弾丸が目に見えない速さで放たれ、柱から少し見えている男の頭部にヒットする。

 男は何が起きたかわからないという表情のまま床に倒れた。

 男の魔力は途切れ、魔法が霧散した。


「やった!」


 倒れた魔術師に、カイルが思わず声をあげた。

 オフィーリアは空かさず狙いを次に定め、ショットする。


(すごい。ゴルディとしては初めて魔法を使っているはずなのに)


 次々と狙撃していく姿にカイルは見惚れた。


(さすが……ゴルディだぜ!)


 階下では、突然生徒たちを捕縛していた魔術師たちが倒れたことに、衛兵たちが動揺しだした。

 辺りを見回し、魔術師を倒した者がいないか探している。


「移動するぞ」


 手摺りから覗き込むように階下を見ていたカイルとマルガにそう言うと、オフィーリアは中腰のまま走り出した。


「狙撃手は、狙撃後すぐに移動。これは弾道から見つけられないようにするためですね!」


「ねえ、どうなったの? ウィル様は助かったの?」


 カイルが走りながら興奮気味に言った。

 その後に続いて走るマルガは不安げに訊ねる。

 回廊の一辺を走り抜けた3人は、角の柱の陰に留まった。

 手摺りの隙間から階下を改めて確認するオフィーリアは、マルガの不安げな視線に答えた。


「まだだ。影に攻撃をしかけている魔術師が見つかっていない」


 生徒たちを拘束していた魔術師は倒した。

 しかし、まだ魔術師はいる。

 窓や扉に爆弾の魔道具を仕掛けた者と影を狙撃している者が同一かはわからないが、まだ複数人いると想定した方がいい。

 ひとり狙撃しても他にもいれば、最悪あの魔道具を爆発させるかもしれない。

 あの爆弾が全部爆発すれば、このホールはひとたまりも無い。

 当然建物の中にいる者たちの生存も難しくなるだろう。


 キィン――


 空気を裂くような音と共にオフィーリアのそばの手摺りに何かが当たった。



<続く>

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