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伝説の暗殺者、悪役令嬢に転生する  作者: 榎やかのこ


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魔法

■第6話



 オフィーリアを先頭に3人は廊下を走った。

 人の気配は感じられなかったけれど、先ほどのように部屋から衛兵が飛び出してくるかもしれない。

 オフィーリアは扉の動きに注意を払いながら先を急いだ。


「廊下の突き当たりを右でも左でもいいわ。その先回ったところに3階への階段があるわ」


 マルガがこの先の道を説明したところで、オフィーリアは急に立ち止まった。


「どうし――」


 マルガが怪訝な顔をしてオフィーリアに問いかけようとしたとき、オフィーリアが「しっ」と声を制した。


「……人の気配はないな。だが、罠が張ってある」


「なんですって!?」


 角を曲がってすぐのところに魔法のロープが張り巡らされていた。

 認識阻害が甘く、薄らと光って見える。


「ずいぶんと雑な罠ですね」


「時間がなかったのかな」


「……おまえたちに訊ねたい。魔法とはどういうものだ」


 ゴルディには魔法というものがわからなかった。

 オフィーリアの中に存在していたが、どちらかというと体の中のモニターからオフィーリアの様子を見ていた感覚に似ており、感覚や体験を共有していたわけではない。

 魔法は、前世では存在していなかった能力だったため、知識としては理解していても使い方がわからなかった。

 オフィーリアの言葉に2人はきょとんとした顔をした。


「なにかの冗談かな」


「違う」


「えっと、オフィーリア様は魔力が強くて魔法は得意だったはずだけど」


 カイルとマルガが、怪訝な顔をしてオフィーリアを見つめた。


「……さっきの第1王子の婚約破棄がショックで、記憶が混乱してわからなくなってしまったんだ」


 咄嗟に言い訳を口にした。

 すぐにバレるかと思っていたが、マルガは納得したような顔をする。


「ああ、なるほど。それなら仕方ないですね。私だって突然あんな公の場で王子様から婚約破棄されたらショックで寝込むかも」


「それをおまえが言うか?」


 納得顔のマルガに、カイルが呆れて口を挟んだ。


「そもそもマルガ嬢は何なんですか。ウィルフレッドにはオフィーリア嬢がいることを知っていながらウィルフレッドに近づいて。性格悪いですよね」


「ひ、ひどい! 私だってオフィーリア様に悪いなって思っていたんですよ。でも……自分の気持ちを裏切ることはできなかっただけで……そしたら、ウィル様も私のことを好きだって言ってくれて……嬉しくて」


「それで気持ちが暴走して略奪愛? やっぱりひどい女ですね」


「ひどい! カイル様はなんでそんな意地悪を言うの」


「意地悪じゃなくて、事実でしょう」


「ひっどぉ~い!」


「おい、茶番は終わったか? そろそろ本題に入ってくれ」


「オフィーリア様まで、ひどい!」


「早く教えろ。魔法とはどういうものだ? 概要ではなく、実践的なところを教えてくれ。私には、ここの罠が薄ぼんやりとしか見えない。もっとハッキリ魔法と分かる方法があるのか?」


「目で魔法を見極めるのは、目に魔力を集中すればよく見えるようになるわ。目の照準を合わせるようなもの……かな。普通、魔力を持つ人はそれを無意識にできているの。だから魔力を持っていない人と見ている世界が違うとも言われているわ」


「霊感の強い人みたいなものかな。視覚のチャンネルを切り替えるイメージで僕はやってますね」


「ふむ……」


 オフィーリアは体内に意識を向けた。

 身体を巡る血液とは違う流れを感じる。

 温かい――それでいて実体のないような曖昧さ――その気配を身体に巡らせるように意識してしばらくすると、足元と頭頂部からも別に出入りするエネルギーのような流れを感じた。

 自分の中のエネルギーと交じり合うように絡み、自分の身体を包み込むように感じる。


(これはアジア圏のあの国で会得した気術に似ている。それならわかる)


 オフィーリアは、手に気を集めるよう意識すると、その流れも同じように手に集まるのを感じた。

 手がほのかに温まるのを感じたところで、それを瞼に押し当てる。

 指先や掌を伝って瞼に温もりが集まっていく。

 今度は手を放し、瞼ではなく目に意識を集中していくと、その温もりが目に集まっていくような感覚を覚えた。

 そしてマッチに火が点くように、目に何かしらの力が湧いてくる。

 オフィーリアはそっと瞼を開いた。

 そこに見えるのは、マルガやカイルのエネルギーに包まれた姿――気が視えた。


(気の流れに混じって、何か別のエネルギーがあるな)


 それは気と混ざり合うようで別々のもののようだった。

 光のようで繊細な粒子のようなものが流動的に視える。


(ふむ……これはバーラトで修行したときにも似たような感覚を得たことがある。これならば使える)


「うわっ、オフィーリア様!? 目、大丈夫ですか?」


「オフィーリア嬢、『巨神の星』の星竜馬みたいな目になってますよ」


「『巨神の星』……前世で聞いたな。たしか……野球の漫画だ。私は目に炎を宿しているのか。だが魔力の形がよく視えるようになった」


「魔力の形ですか? 僕はそこまでハッキリとは視えませんね。王家の血筋は、生まれつき魔力が大きいので僕も結構な魔力持ちなんですけど、オフィーリア嬢は、もしかしたら僕よりも魔力が大きいのかもしれませんね」


「魔力か……」


 オフィーリアは、オリジナルのオフィーリアのこれまでの努力を思い返した。


「なるほど。確かにオリジナルは結構な魔力を持っていた……」


「え? オリジナルって、なんですか?」


「いや、なんでもない」


「きょ、きょしんのほし? ねぇ、何ですか、きょしんのほしって。私だけ除け者にしないでくださいよぉ!」


 前世のコミックネタを知らないマルガが、ふて腐れて会話に入ってきた。

 それをカイルが体よくあしらって会話をそらした。


「あ、ああ。こっちの話ですよ。ところで、マルガ嬢は目に魔力を集めると、魔力の形って視えますか?」


「え? 私、魔力が強い方だけど、魔力操作が苦手なんですよね。ただ魔力を目に宿すと魔法が薄らと視える? そんな感じですね」


「なるほど。僕と同じ……いや、僕の方がまだ視えてそうだな」


「私だって強いですぅ! ただ操作が下手なんですぅ!」


 2人の会話を聞きながら、オフィーリアは自分の魔力を確かめていた。


(どうやら2人の話からすると、これまでの薄ぼんやり視えている程度は普通だったのか。なら、今のこの視え方は……目に込める魔力量で変わったということか。なるほど、魔力が視えるのは便利でいい)


 オフィーリアは、更に集中して2人の身体がら放出している魔力を見極めようと目に力を込めた。

 すると、オフィーリアの瞳がさらに炎を形づくる。

 それを見たカイルが止めに入った。


「オフィーリア様、あまり一ヵ所に魔力を集中すると、魔力の消耗も激しくなるので、ここであまり使わない方がいいですよ。慣れていないと魔力酔いもありますし」


「そうか。では……これでどうだ」


 オフィーリアは一旦目を閉じて、魔力の量を小さくして瞳の中に収めるイメージをしてから目を開いた。


(これで魔力の炎は収ってるはずだが……)


 2人を包む気は、そのまま変わらず視えている。

 カイルはオフィーリアを見て、口角を上げた。


「はい、大丈夫です。魔力は生命力とも直結しているので、消耗がひどいと命にも関わります。気をつけてください」


「わかった。あと攻撃魔法はあるか」


「ありますよ。それもイメージで体内の魔力を練り上げるように放出します」


 そう言ってカイルは、手のひらの上に水を発生させ、水の塊を廊下に1つ放り、また手のひらに水の玉を作った。


「『スプラッシュ』」


 手のひらの水の玉を水の弾丸のように回転させ、先に放った水の塊に向かって発射した。

 掌大の水の弾は途中で散弾のように分散し、水の塊を細かく砕いた。


「僕は水と風と土の魔法がメインです。他の属性も多少は使えますので、属性の組み合わせで、ああした小さい魔力でも威力は出ます。僕の『スプラッシュ』は、水と風の組み合わせに、火魔法を加えています。そうすることで威力が爆上がりするんですよ。でも、属性の数が多くなればなるほど、練度が高等になり、使う魔力も多くなります」


「私は光魔法と風魔法がメインよ。光魔法が強いと治癒もできるの。すごいでしょ! だからウィル様たちから『聖女』なんて呼ばれているわ」


 さり気にマウントをとってくるマルガに、カイルが冷ややかな目を向けた。


「でもマルガ嬢って光魔法しかほとんど使えないって聞いてますよ」


「カイル様は意地悪!」


「オフィーリア嬢は、確か火と風と闇がメインでしたね。あなたは魔力量がかなり多いと判定されていたはずです。でも記憶が曖昧なときに魔法を使うのはやめた方がいいでしょう。魔力暴走を引き起こす危険がありますからね」


「そうか……」


 カイルの説明にオフィーリアは素直に頷いた。

 まだ身体の中の魔力に馴染めていないのは確かだった。


(もう少し訓練が必要だな……だが、今はこれで十分だ)


 オフィーリアは、廊下の先に目を向けた。

 先ほど薄ぼんやりしか見えなかった魔法のロープが、今はハッキリと視える。


「おい、さっきの水魔法をあのロープに当ててみろ」


 カイルは言われたとおりに水の塊をロープに向けて投げた。

 拳大の水の塊は、廊下に張り巡らされたロープの一端に当たると、ロープが何かを巻き取ろうとくるんと丸まった。


「あのロープには、捕縛の魔法がかけてありますね。触れた対象を絡め取って動けなくするようです。この雑な認識阻害でも、魔力がない者や弱い者には視えなかったはずなので、ちょっとした鳥もちのような役割にはなるでしょう。視える者なら警戒して通らないでしょうし、この罠で人員を2階、3階に割く必要がなくなりますから、作戦としてはアリじゃないでしょうか」


「これじゃあ先に進めないわね。どうします? カイル様の水魔法で全部外すとか」


「それは得策ではないですね。大技を使えば、せっかく隠密に動いている僕たちがバレてしまいます。それにもしかしたら、もうバレているかもしれません。魔法の掛け捨てならいいですが、術者と魔法が繋がっていれば、発動したときに術者にもバレます」


「だったら、もうバレてるんじゃないですか? ど、どうしますか、オフィーリア様」


「……おまえ……カイルといったか」


 突然名前を呼ばれ、カイルは頬を緩めた。


「一応王子なんですけど、オフィーリア嬢になら呼び捨てでもいいですよ」


 王族のカイルを呼び捨てにする者は少ない。

 なのでオフィーリアに名を呼ばれたことに少しばかりカイルは動揺した。

 カイルの心中などまったく介さないオフィーリアは、カイルの耳元に顔を近づけた。

 間近に迫るオフィーリアに、カイルはあからさまに動揺してしまう。


「ちょっ、オフィーリア様!?」


「……身体を視認できなくする方法……魔法をもってるな」


 オフィーリアは、わざと小さい声で言った。

 加護のことは、国王の父以外にまだ知られていない。

 カイルの呼吸が一瞬止まり、表情が固まった。


「……ええっと、なんのことでしょう」


「ホールでやたら気配の薄い者がいた。あのテロ集団の誰かの仕業かと思ったが、逃げ惑う生徒たちの中、私たちを追って階段を駆け上がってきただろう。私は、その気配が気になって見ていたんだ。あそこで突然姿が見えたのはカイル、おまえだった」


「ははっ、まさか見られていたとはね。しかも気配で気づかれてたなんて知らなかったですよ。さすがはゴルディ13だ」


「ゴルディ13……その名をどうして知っている」


「殺気だけで殺されそう……。すみません、その殺気、しまってくれませんか。僕は転生者なんです」


「転生者……」


「あなたも心当たりがあるでしょう? 僕は、あなたのことを知っている。あ、でもゴルディのルールに則って殺さないでくださいね。ここを無事に逃げ出せた後にちゃんと説明しますから。そのために僕もここから無事に脱出させてくださいね。報酬は情報ってことで」


「……交渉成立だ」


「ゴルディと交渉できる日がくるなんて、今日は最高の日だ!」


 破顔して答えるカイルに、オフィーリアは無表情に離れていった。

 そして、2人に向かって口を開いた。


「作戦がある」




 2人の衛兵たちが階段を駆け上がり、2階の廊下へと向かっていた。


「おい、反応があったのはどっちだ?」


「左だ。まったくまだ2階に隠れてるヤツがいたのか」


「ここから逃げ出せるわけないのにな。ったく、面倒かけやがって」


 2人の衛兵たちが廊下の角を曲がると、数本のロープが丸まって転がっていた。


「おい、誰もいねえぞ。ねずみにでもひっかかったんじゃねえのか」


「ああ、そうかもな。俺の拘束魔法はそんなに万能じゃないからな。触れたことがトリガーになってそばにあるものに絡まりつこうとするものだ。さしずめ下の騒動に驚いたねずみが逃げようとして引っかかったかもな」


「どうする、解けた分またかけ直すか?」


「いや、面倒だ。まだ結構残ってるからそのままで――誰だ!」


 魔法をかけた衛兵が、人の姿を見て叫んだ。

 いつの間にか背後に人が立っていた。


「『アクア・バズーカー』」


 そこに立っていたのはカイルだった。

 カイルは、大きな水の塊を溜めた両手を、2人の方へ突き出した。

 その水の塊は、まるでミサイルのように手から飛び出し、2人の衛兵に向かって飛んで行き、凄まじい勢いで吹っ飛ばした。

 その勢いで廊下に張られていたロープは全てなぎ払われ、その反射で丸まったロープが幾重にも衛兵に絡まった。

 そして、全身ロープに絡まって身動きできない状態で床に転がる。

 衛兵たちは、水圧の反動もあって気絶していた。


「これでいいですか。オフィーリア嬢」


「ああ、よくやった」


「術者も捕らえて一石二鳥ね。さすがですぅ、カイル様ぁ!」


 反対側の廊下に身を潜めていたオフィーリアとマルガが、落ち着いたタイミングで戻ってきた。

 そして、オフィーリアはすぐに転がる衛兵たちの衣服をまさぐり、床に転がる剣とベルトにしまわれたナイフを手にとり、剣の方をカイルに渡した。


「何かあったときは自分の身は自分で守れ」


「了解しました。ところでナイフはどこにしまうんですか。よかったら僕が――」


「いや、問題ない。女がナイフを仕込む場所といえば、ここだ」


 そう言うなり、オフィーリアはドレスの裾をたくし上げた。

 ドレスの中から細い足があらわになり、白いレースの入ったペチコートを履いた下半身が丸見えになった。


「きゃあ! オフィーリア様!? はしたないですよ。気でも触れたんですか?」


「オフィーリア嬢!? いったい何をしているんですか?」


 オフィーリアの姿に悲鳴を上げるマルガと、反射的にカイルは後ろを向いた。

 オフィーリアは無言で自分の足を見下ろし、たくし上げていたドレスを下ろした。


「……ガーター・ベルトがなかった」


「ガーター・ベルト……ああ、そうか! 女スパイや暗殺者がハニートラップでベッドに誘ったときに、太股にナイフや拳銃を仕込んでいるアレですね! そうですね、まだストッキングはこの世界にはありませんでした。ああ、残念! しかし、オフィーリア嬢になると、ゴルディもそんな可愛いミスをするんですね」


 オフィーリアがカイルを睨んだ。


「ああ、冗談です! それよりナイフは僕が代わりに持ちましょうか」


「いや、いい。それより先を急ごう」


「はい、先を急ぎましょう。オフィーリア様、この先の階段から3階に上がりますよ」


 会話についていけないマルガが、少し不機嫌に唇を突き出しながら会話に割り込んできた。

 オフィーリアは、手にしていたナイフをドレスのスカートに刺した。

 それを見たカイルが心配そうに訊ねた。


「オフィーリア様、ナイフをドレスに直に刺すのは危険じゃないんですか」


「この中は幾重にも布が重ねられているから、このくらいのナイフなら刺したところで足や腰を刺す心配はないだろう。それより先を急ぐぞ」


 3人は廊下の先に見える階段に向かって走り出した。



<続く>


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