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伝説の暗殺者、悪役令嬢に転生する  作者: 榎やかのこ


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合流

■第5話



「とんだ二流だな」


「そうそう、本当にとんだ二流――って、何を言っている!」


(んん? なんか既視感が……なんだろう)


 顔を上げたオフィーリアは無表情だった。

 感情の読めない瞳が、ウィルフレッドを見ている。

 ウィルフレッドはそんなオフィーリアを貶める言葉を吐き、優しく慈悲深い女を演じるマルガを讃美し、愛し合う2人の芝居が続いた。

 カイルは、その2人よりもオフィーリアに釘付けになった。


(あの目、あの雰囲気――なんか懐かしい気持ちになるのは何だろう。目が離せない)


 心に開いていた穴に何かが埋まっていくような気がした。


(なんなんだ。あの人を人とも思っていないような目は。これまでのオフィーリア嬢からは見たことのないような雰囲気。なんだろう、なんだろう! なんかすごく心に満たされるようなこの感情は)


「もう茶番は終わったか?」


(この言い方! どこかで聞いたことがあると思ったら、『ゴルディ13』で出てきたセリフだあ! ひょお、懐かしい! そうか、これが既視感の原因だ。さっきから彼女がゴルディと重なるんだ)


 思わず前世で読んだ漫画の一コマを思い出して感動していると、目の前では衛兵を呼んだウィルフレッドが、反対に衛兵たちに囲まれてしまっていた。

 カイルは日頃から暗殺者に狙われていた経験から、これは危害を加えることを目的としたテロ行為だと察した。

 すぐさま生徒たちの中に分け入り、加護『隠蔽』を使った。


「われわれはこの国の将来を憂う者たちです。あなたをこのまま王にさせるわけにはいきません。ここで死んで頂きます」


 衛兵たちは、あっという間に扉や窓などの出入口を押さえ、生徒たちをいくつかの集団にして人質にした。

 そして、ウィルフレッドと会話をしていた衛兵が、殺気立った気配を纏って剣を振りかざした。


(殺される――)


 だが、振り下ろされた剣は、ウィルフレッドの前に現れた影によって防がれた。

 影は、近衛騎士よりも王家への忠誠心が固い隠密の特殊部隊だ。

 そして、カイルの子どもの頃からの憧れでもある。

 誰が所属しているのか、王家以外は把握していない。

 こうして表立った事態の対応をすることは稀だからだ。


(影!)


 つい今し方ウィルフレッドが殺されそうになった衝撃などすぐに頭からなくなり、影に心ときめかせた。


(滅多に見れない影の暗躍! カッケー! レア場面ありがとうございます!)


 その後、複数の影が現れてウィルフレッドを囲み、襲ってくる衛兵たちと剣を交え始めた。

 カイルにとってそれは戦隊もののヒーローショーを見ている気分だった。


(すっげぇ! 前世丸出しで申し訳ないけど、間近で影の戦闘見れるってサイコー!)


 カイルは、加護を使って最前列で丸かじりで見ていた。


「ウィルフレッド様!」


 影がウィルフレッドを逃がすために移動を始めたとき、マルガがはじき出されてしまう。

 保護対象のウィルフレッドを最優先にしている影が、マルガを助ける様子はなかった。

 そこに衛兵の1人がマルガに剣を振りかざした。


「いやぁぁぁああ!」


「あぶな――っ!!」


 思わず叫びかけたが、その直前に目を疑う光景が広がった。


「ぎゃっ!?」


 マルガと衛兵の前にオフィーリアが駆け寄り、マルガの背中を思いきり蹴り飛ばしたのだ。

 マルガは令嬢らしからぬ悲鳴を上げて、階段の方へと吹っ飛ばされていった。

 しかし、カイルはそれよりもオフィーリアに釘付けになった。


(オフィーリア嬢、すっげぇ。あの蹴り方、まるでゴルディみたいだ)


 その後、生徒の誰かが叫んだ「みんな、殺されるぞ!」の声に、集団ヒステリーみたいにみんなが走り出したため、衛兵たちの連携が乱れた。


(オフィーリア嬢は――)


 オフィーリアは、逃げ惑う人々の間を縫うように階段の方へ走っていった。


(なぜ階段へ?)


 好奇心に駆られてカイルも追いかけていくと、マルガがオフィーリアに縋り付こうと手を伸ばした。

 瞬時に跳び退るオフィーリアの姿に、カイルは目を輝かせる。


(警戒心が強くて、背後から近づかれることを嫌うゴルディみたいだ!)


「お、オフィーリア様ぁ……助けてぇ」


(断罪しようとした相手によく助けを求められるなあ……)


 カイルは、マルガの節操の無さに呆れてしまう。

 きっとオフィーリアは見捨てるだろう――そう思っていた。

 泣きながら何か言っているマルガをよそに、オフィーリアは階段を上っていこうとする。


「い、行かないでっ! 私を助けてよ! お願い! 助けてくれたら、お金でもなんでもあげるから!」


(必死だなあ)


 率直にそう思った。

 しかし、カイルはオフィーリアの次の言葉に胸がときめいた。


「依頼か? 報酬は、なんでもいいんだな」


(あ……あ……)


「いい! いい! なんでもあげるからおねが~い、もうここには居たくないの。助けてぇ」


「……その依頼、引き受けよう」


(キター! ゴルディだ! この子、ゴルディだよ!)


 カイルの目には、オフィーリアがゴルディに見えた。

 その後、階段を駆け上がっていく2人に、カイルも追いかけていった。


(目が離せない!)


 オフィーリアを追いかけてカイルも階段を駆け上がった。

 そのとき、後を追いかけてきた衛兵が、見えていないカイルの背後から肩にぶつかっていった。


「あっ……」


 加護『隠蔽』には1つだけ欠点があった。

 自分から触れるのは大丈夫なのに、人から不意に触れられると加護が切れてしまう。

 つまり今、加護が切れてしまった。


「ああ!? おまえ、いつからそこに――ってカイル殿下! 見つからなくて探していたんですよ! ここは危険ですから、こちらで保護します!」


(ええ~、この言い方、俺の派閥なのぉ? 面倒だなあ……)


「え? いや、いいよ。僕はひとりで隠れてるから」


「手荒なことはしたくありませんが、今は御身の安全のためにこちらの指示に従ってください! あ、おい、殿下を見つけたぞ!」


 その声に、近くにいた衛兵が駆け上がってきた。

 カイルは非力ではないが、日和見主義で戦いに積極的ではなかった。


(ああ、面倒なことに……でも、こいつら、まだオフィーリア嬢には気づいていないな。だったら、今は大人しく従っておいて、オフィーリア嬢から意識を逸らしておいた方がいいか)


 2人の衛兵は、先に駆け上がっていったオフィーリアとマルガに気づかないまま、2階の控え室の方へカイルを連れていった。


「カイル殿下。階下が落ち着くまでこちらの部屋にいてください」


 2階は高位の貴族が控え室に使うこともあるため、控え室の広さはそこそこあった。


(前世のちょっといいホテルのセミスィートくらいの広さだな)


 広めの部屋にはテーブルとソファーを中心に、大きな鏡台とドレッサーが設置されていた。

 奥にはベッドもあったが、他の調度品よりは簡素だった。


(多分悪酔いした人とか体調を崩した人を一時的に寝かせるためなんだろうな。そういえば、ホールの控え室を無断で使っているって掲示板に注意書きがあったなあ。逢瀬にはちょうどいいんだろうなあ)


 衛兵たちに捕まった割に、カイルは冷静に周囲を観察することができた。

 自分でもこんな緊急事態におかしいと思ったけれど、なぜか心は浮き立って恐怖心はなかった。

 その理由はすぐに思い当たった。


(部屋にいたら、オフィーリア嬢のゴルディ化をじっくり観察できないな――ふふ、なんか前世の知人にでもあったような高揚感だ)


 外で何か大きな音がした。

 衛兵たちは、思いの外近くから聞こえてきた音に警戒を見せる。


「おい、様子を見に行ってこい」


「わかった。殿下は一応隠しておけよ」


「そうだな。殿下はしばらくここに隠れていてください」


「え? あ、ちょっと――」


 衛兵たちに、半ば強引にドレッサーに押し込められた。

 ドレスを収納するため、この世界のドレッサーはどこも中は結構広い。

 扉が閉められると、外から鍵をかけられた。


「おい! コラ!」


 扉を開けようとしたが、施錠された扉はびくともしなかった。


「巻き込まれて怪我したくないでしょう。そこで大人しくしていてください」


 扉の向こうで衛兵がそう言うが、カイルは納得できなかった。


「いいから開けろ。自分の身は自分で守れる」


「静かにしてください」


「いいから開けろって」


 そうこうしているうちに廊下から走ってくる足音が聞こえ、次の瞬間、バンッ! と凄まじい音の後、何か重いものが床にぶつかる音がした。


「――なっ!?」


(なっ……いったい何が起きてる!?)


 カイルは思わず『隠蔽』を使った。

 室内が緊迫した空気になっているのはわかった。

 金属のぶつかる音が聞こえ、すぐに鈍い音が続いて床にまた重いものがぶつかる音がした。

 この重いものはどうやら人間のようだった。

 衛兵たちは瞬時に制圧されたらしい。


(これはもしかして……)


 室内が静かになり、女性の声がボソボソと聞こえてきた。

 聞き覚えのある声に、オフィーリアとマルガだとすぐに気づいた。


「行くぞ」


(あ、行ってしまう!)


 カイルは咄嗟に扉を叩いた。


「僕はカイル・リース・エヴァレットです! 賊に捕まり、ここに閉じ込められました。開けてくださ~い!」


 少しの間があった。

 人の気配が残っているので、部屋を出ていってはいないはずだが、静かである。


(あれ? 疑われてる?)


 何のリアクションもないことに不安を感じたところで、鍵穴からガチャッと音がして扉が開いた。

 扉の前にはマルガがいて、オフィーリアは壁を背にして立っていた。


「カイル様、お可哀想に。ずっとお見かけしなかったのは、こんなところに閉じ込められていたからなんですね」


 マルガは、声のトーンを上げて話しかけてきたが、カイルの目はオフィーリアに釘付けだった。


「お、オフィーリア嬢、どうしてあなたはそんな後方に控えているのですか」


「……私がうさぎのように臆病だからだ」


 カイルはヒュッと息を呑みこんだ。


(ご、ゴルディ13降臨!!)


 思わず目を潤ませ手を合わせた。

 日本風の拝み方に、マルガは不思議な顔をしていたが、オフィーリアは目元を少し動かした。


「おま、カイル様、その手は……」


「これは私が知るとある東方の島国で、崇拝するものに向かって行う作法です」


「……なぜ私にその作法を行う」


 カイルはハッとした。


(しまった。ゴルディは自分のことを知られることを極端に嫌うんだった。もし俺が転生者でゴルディ13のことを知っているとわかったら……俺、抹殺されるかもしれない。気をつけなければ……でも、ゴルディだ、ゴルディ、ゴルディ、ゴルディ、ゴルディ――)


「ゴル――ゴホッ、オフィーリア嬢、もしよろしければ、ご一緒してもいいでしょうか」


「……何を企んで――」


「いいですわよ。ね! オフィーリア様! カイル様も一緒に逃げましょう!」


 探るような目で何か言いかけたオフィーリアを遮るように、マルガが言葉を挟んできた。

 指先で組んだ両手を顎下に寄せたマルガは、上目遣いでカイルを見つめた。


「カイル様が一緒なら、私すごく安心ですぅ」


(俺もオフィーリア嬢と一緒なら、すごく嬉しいですぅ)


 カイルは、王子スマイルで言った。


「僕もオフィーリア嬢とマルガ嬢とご一緒できたら助かります」


 オフィーリアはすぐに返事をしなかった。

 用心深くカイルを見つめてくる。


「オフィーリア様、ご一緒しましょうよ。カイル様と一緒にいれば、すぐに王家の護衛の人たちが助けてくれますよ!」


「それはどうでしょう。でも、僕もそれなりに鍛えていますから、あなた方をお守りすることはできるでしょう。戦力としてお側にいさせてください」


「ねえ、オフィーリア様ぁ」


「……いいだろう」


 表情は変わらないが、目がまだ疑っているように見えた。

 しかし、カイルはそれでもいいと思っていた。


(だって、ゴルディはうさぎのように臆病なのだから! 暗殺の世界は、病的な用心深さと、それ以上の臆病さを併せ持っている者だけが生き残れる資格をもっているんですよね! 俺は漫画からそう学びました!)


「ありがとうございます。ところで、おふたりはどうして2階に来たんですか? 1階の方が外に逃げやすいでしょう」


 カイルの問いに、オフィーリアではなくマルガが得意げに答えた。


「それはですね、今1階にウィルフレッド様がいるからなんですよ。あの人たちの狙いはウィルフレッド様だから、あの黒い服の人たちが来たことで偽の衛兵さんたちは1階に集中するから、反対に上に上がった方が手薄なんです」


(なんでこの子が得意げなんだ?)


「では、このまま2階のテラスから外へ?」


「いえいえ、窓に爆発する魔法と魔道具が仕掛けられているんですよ! だから屋根裏から外に出ることにしたんです」


 再び得意げにマルガが語った。

 しかし、カイルは目を輝かせてオフィーリアを見た。


「なるほど! さすがです、オフィーリア様」


「なんでオフィーリア様を褒めるんですか! 説明したのは私なのに」


「だって、マルガ嬢もオフィーリア様から聞いたんでしょう?」


「さあ、なんのことかしら。そ、それより敵がまた来るかもしれないわ。急ぎましょう!」


 急いで扉の方へと向かうマルガをオフィーリアは制した。


「飛び出すな。周囲を警戒しろ」


 ゴルディは扉の隙間から外の様子を確認し、滑るように廊下に飛び出していった。

 カイルとマルガもそれに続いて息を潜めながら部屋を出て行った。



<続く>

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