第2王子カイル
■第4話
カイル・リース・エヴァレットは、この国の第2王子である。
王妃エリザベスを母に持つ第1王子のウィルフレッドと違い、家格の低い伯爵家から嫁いできた側妃アイシャを母にもつ。
しかし母は国王の寵愛を受けていた。
そして生まれてきたカイルは、父の金髪と青い瞳、そして母親似のとても美しい顔立ちをしていた。
そのため、国王はアイシャのみならずカイルも溺愛していることは、宮廷内では周知の事実だった。
しかし、それによって王妃の怒りを買ってしまった。
それまでもアイシャが虐められることはあったけれど、次第に自分の息子のウィルフレッドを王太子にするため、アイシャとカイルの暗殺を目論むまでになっていた。
幾度と命の危険にさらされたカイルは、自分の危機回避のために存在を消すことを覚えた。
エリザベスとウィルフレッド、そこに集まる貴族たちに少しでも意識を向けられないようにするため、目立つ行動を控え、人付き合いも表立っては控えめに、できるだけ第1王子派の貴族との接点を失くすよう心がけた。
いつしか「カイル第2王子殿下は、人付き合いを苦手とし、人前にあまり出ない引きこもり王子」と言われるようになっていた。
それでいいとカイルは思っていた。
王位継承には興味もなかった。
(気配を消せるなんてまるで暗殺者みたいだ――ゴルディみたいでカッコいい!)
――カイルは、転生者だった。
カイルの前世は、日本に住む一般的なサラリーマンだった。
ブラック企業というわけでもなく、パワハラもモラハラもなく、朝9時に出社して残業がなければ17時に帰宅して、ジムに行ったり、ゲームをしたり、漫画を読んだりして過ごす。
ごくありきたりな成人男性だったと自負している。
これといって趣味らしい趣味はなかったけれど、学生時代から1つだけずっと読み続けている漫画があった。
その漫画は『ゴルディ13』。
凄腕の暗殺者が、依頼があれば世界中どこにでも暗躍し、どんな依頼でも完遂する。
たまにエッチなシーンありの大人向けの漫画だった。
最初に読んだのは、小学生の頃、父が買っていた雑誌だった。
エッチなシーンがあることを知って、好奇心から読み始めたのがゴルディとの出会いだった。
本名、年齢、出生、経歴など一切が不明。
ただゴルディのスナイパーとしての技術は超A級と評され、いろいろな武器にも精通し、空中、水中、政府や軍用施設などあらゆる場所で暗躍する。
銃火器以外にもナイフや体術にも優れ、銃やナイフを抜く速さは0.7秒、長距離射撃では2キロを越える場所からの狙撃も可能とし、その的中率はほぼ100%とミスがない。
暗殺に必要となる技能はもとより、言語も20カ国語を習得していた――などなど、あり得ないだろうと思いながらも、その男のロマンのような暗殺者に惚れ込み、父が雑誌を買ってくるのを楽しみにしていた。
そして、そのまま社会人になっても読み続けていたのだが――
最後に読んだ回で、ゴルディは仲間の裏切りによって罠にかかり、爆発に巻き込まれて行方不明になったところだった。
その回の直後にゴルディ13の作家さんが病気療養のため休載を告知し、その数ヶ月後に亡くなってしまった。
(もう、ゴルディの続きを見ることができない……)
そのニュースに動揺し、信号が赤になっていたことにも気づかずに横断歩道を渡ろうとし、事故に遭って死んでしまった。
(ここは……どこ?)
そして、気づいたら、カイルとして生を受けていた。
(まさかゴルディの暗殺スキルを、自分が活用する日がくるとは思わなかったけど、ゴルディ……読んでいてよかった)
幼少から命の危険にさらされていたカイルは、母と自分を守るため、前世の愛読書『ゴルディ13』のエピソードを思い出し、暗殺者の心理を読み解き、必死に暗殺者の魔の手から逃げ続けた。
そうしているうちに、神々の加護『隠蔽』が与えられていた。
(王子が隠蔽って……でもゴルディみたいに潜伏とかできるかもしれないし、王位継承なんて面倒なもの捨てて、王族の隠密部隊『影』にでも入ろうかな)
カイルは、前世の性格のままで呑気者だった。
加護のおかげでカイルの暗殺は失敗続きになり、カイルも仕向けられる暗殺のおかげで隠蔽と回避スキルの経験値が上がっていった。
そうすると、その矛先がアイシャへと向けられた。
(やっぱりそうなるよね。だったら、ちょっとゴルディみたいなことやってみるか)
その晩、カイルは加護『隠蔽』を使って、父である国王マグナスの寝所へ潜入した。
そして、眠るマグナスの枕元で囁いた。
「エリザベス王妃が、側妃のアイシャを殺そうとしている。手を打たないと手遅れになる」
カイルは、数日それを繰り返した。
ある晩、隠蔽を使って国王の寝所へ入って、いつものように囁きかけると、マグナスは目を開けた。
「そこにいる者、姿を見せろ」
マグナスは、生まれたときから加護『威圧』を授かっていた。
その圧にカイルはすぐに降参して姿を見せた。
「……やはりおまえだったのか」
マグナスは少し驚き、複雑な表情をした後、頬をふっと緩めた。
「それは加護か?」
「はい。そうです。王妃の暗殺から逃れる日々のおかげか、神々に気に入ってもらえました」
「後天的か。なるほど、それでは気づくまい」
大きくため息をつくように息を吐いたマグナスは、カイルを見た。
「その加護は人に話していないな」
「はい。せっかく身を隠せる加護なんで、母にも言ってません」
「そうか。ならば、今は誰にも話すな。あと毎晩おまえが囁いていたエリザベスの件だが、どうするかも含めて私に任せてくれ。アイシャは必ず守ると約束しよう。その代わり、エリザベスのことは少し放っておいてほしい。あれでも王妃としての役割をきちんと果たしているのだ。暗殺の件はこちらで釘を刺しておく。それで今は勘弁してくれ」
「……私は、別に王妃をどうにかしたいわけじゃないです。母と僕の身の安全を約束してほしいだけです。特に母のことをよろしくお願いします」
「わかった。すぐに対処しよう」
「ありがとうございます。父上」
「……カイル、また何かあれば話そう。時間はつくる」
「……ありがとうございます。でも、あまり父上と親しくしていると、王妃や第1王子が気を悪くするでしょうから、目立ったことは避けたいと思います」
「そうか」
「失礼します」
父と息子の会話としては微妙だったけれど、国王はすぐに王妃と第1王子、その側近たちに手を回したと聞いたのは、食事に毒が盛られなくなってしばらくしてからだった。
国王が何か言ったのか、それとも影が集めた彼女、彼らの不利となる情報で脅されたのか、とにかくアイシャとカイルは平穏を取り戻した。
学園に通う歳になり、半年違いのウィルフレッドと同じ学年にはなったけれど、そこそこ平穏にやっている。
だが、カイルの心は満たされなかった。
この世界には現世で愛読していたゴルディ13がない。
そして、現世に戻れたとしても、もう2度と新作は読めないからであった。
(日々が空しい……。ゴルディ……きみを失った喪失感は半端ないよ……)
今日は、学園主催の舞踏会だったが、気乗りしなかった。
(どうせ婚約者もいなければエスコート相手もいないし、このまま隠蔽を使ってサボろうかなあ……)
これでも王族なので、あわよくばな令嬢たちから誘いを受けたが、気乗りしない舞踏会に一緒にいても楽しくないだろうと断った。
それでも会場になっている学園の敷地に建つダンスホールには向かった。
(これでも単位がつくから最初だけでも参加しないとね……)
腐っても王族、不参加はかえって目立つため、最初だけ参加して途中で抜け出そうと考えていた。
ホールに入ると、ウィルフレッドの婚約者のオフィーリアが1人でいるのが見えた。
オフィーリアとは何度か宮殿で会ったことがあったが、大人しく真面目を絵に描いたような令嬢で、接点はなく、挨拶程度のつき合いだった。
(完璧な淑女とか淑女の鑑とか言われているけど、なんていうか……人のことは言えないけど、存在感が薄いっていうか、なあ……)
白い肌に銀髪の長い髪、薄紫色の瞳で顔立ちは美人系の中にまだあどけなさが残っていてかわいらしさも混在している。
(現世だったらアイドルかモデルになれただろうなあ)
見た目は完璧だが、だからといって人気があるかというとそうでもない。
(実際、秋葉原系アイドルは、モデル経験のあるキレイな子より、自分で育てたいと思わせる不完全な子の方が人気があったよなあ。美人は3日で飽きるっていうけど、うーん……見た目より雰囲気が残念なんだろうなあ。しかし、ウィルフレッドのやつはどこにいるんだ? 婚約者をひとりにするなんて王子としてどうなのよ)
現世でアラサーだったカイルには、ウィルフレッド含め、ここにいる生徒たちはみんな未成年の子どもにしか見えなかった。
こちらの生活には慣れたし、自分も同じ子どもだと自覚もしているが、頭の中だけはどうにも現世の記憶のせいかおっさんの思考がたまに混じってしまう。
兄のウィルフレッドは、王妃や側近たちに甘やかされて育っているので、どうにも世間知らず感が否めず、愚兄という印象でしかなかった。
舞踏会の始まりの時間までグラスを手にとり、サングリアをちびちびやっていると、周囲の学生たちの会話がヒソヒソと聞こえてくる。
「オフィーリア様、やっぱりおひとりで来られたわね」
「仕方ないよ。ウィルフレッド様は、マルガ嬢にご執心だ。今日も彼女をエスコートしてくるんじゃないかな」
「それじゃあ、ファーストダンスもマルガ様が? そうなるとオフィーリア様がとても微妙なお立場になるのではなくて?」
「私だったら愛人に取られるなんて耐えられませんわ」
「殿下もどうせ卒業までの火遊びのつもりなのだろう。いや、あの溺愛ぶりからすると、卒業後は側妃か愛人にするのかもしれないな」
「まあ、それじゃあ第1王子妃になるオフィーリア様はお飾りってことかしら」
「オフィーリア様、お可哀想に……くすくす」
嘲笑を交えながらの会話にカイルは顔をしかめた。
(オフィーリア嬢は被害者だろうに……)
下らない話にうんざりして、カイルは一旦外に出た。
「はあ、なんだかなあ……」
ウィルフレッドの素行が良くないことは、ここ最近よく耳にする。
その話題に必ず出てくるのがマルガ・コンラッド男爵令嬢だ。
マルガ嬢と親密な話題が聞こえてくるようになったのは、春を過ぎた辺りからだった。
コンラッド男爵とメイドとの間の子で、マルガは数年前まで市井で育っていると聞く。
そのせいか、貴族らしからぬ喜怒哀楽を隠さない言動やスキンシップの多い態度などが、箱入りの高位貴族には物珍しく映ったようだった。
令嬢たちからは距離を取られているようだったが、子息たちからは結構人気が高い。
(ああいう女の子って、大学や会社にいたよなあ。男に可愛く魅せることを得意とする子……。大抵は女性陣に嫌われて遠巻きにされているせいで、男とばかりいるんだよな。それで余計に女性陣に嫌われて……っていう負の連鎖)
カイルは、前世も今もそういうタイプは苦手だった。
またウィルフレッドみたいな甘やかされて育ったタイプには、自尊心をくすぐるあの手のタイプにコロッといってしまうことも知っていた。
(まあ、あれでも一応王族だし、男爵令嬢と婚姻を結ぶことがどれだけ支障が出るかはわかってるだろうから下手は打たないと思うけど……下手打たないでほしいなあ。俺の隠蔽ライフのために)
中に入るのも面倒になって、そのままテラスでサングリアを飲んでいると、ホール内がざわついていることに気づいた。
何があったのかと室内に戻ると、ウィルフレッドとマルガが、オフィーリアを断罪していた。
(やっちまったよ! あのアホ王子!)
オフィーリアは、ひどく狼狽してショックを受けている。
彼女の過密スケジュールは、情報として知っていた。
だから、彼女がマルガに意地悪をするとか危害を加えるなどの時間はない。
取り巻きがやったという線もあるが、彼女の真面目な性格からそんな指示を出すとも思えなかった。
(こんな公の場で冤罪なんて、可哀相に……)
可哀相だとは思うけれど、助け船を出すほど親しい間柄でもないし、そこまでの感情もない。
目立たないように生きてきたのに、ここで悪目立ちは避けたいのもあった。
ホールの真ん中は、ドヤ顔をしているウィルフレッドと被害者面をして寄り添うマルガ、そして項垂れてしまったオフィーリアを中心に空間ができていて、まるで寸劇でも見ているような気分だった。
観衆となった生徒たちは、顔をしかめる者や嘲笑する者はいたが、誰も助けようと出ていく者はいなかった。
(薄情なのは俺も一緒だけど、あの子は本当に独りなんだ)
ひとり項垂れて佇むオフィーリアが顔を上げた。
(あれ? なんか様子が――)
<続く>




