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伝説の暗殺者、悪役令嬢に転生する  作者: 榎やかのこ


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2階へ

■第3話



 ホールは、パニックを起こした生徒たちが逃げ惑い、騒ぎが大きくなっていった。

 その混乱に乗じて、オフィーリアは階段をすみやかに駆け上がる。

 後を追って駆け上がるマルガが、階下を名残惜しそうに振り返って言った。


「ねえ、どうして2階に行くの? 1階から外に逃げればいいだけじゃない」


「パニックになった生徒たちが外へ出ようと躍起になっているんだ。今、外に逃がせば、テロ計画は失敗に終わる。あいつらは、それをなんとしても阻止するはずだ。最悪殺しても……な」


「殺しても……!」


 実際に殺すかはわからないが、ケガを負わせて脅すくらいはしてもおかしくはない状況だった。

 第1王子は影に守られながら扉の近くでもみ合っている。


(テロ集団の目的は第1王子だ。そこに外に出たい生徒たちまで集まってくれば、何が起きてもおかしくはない……誰かが殺されても、な)


 2階のホールを囲む回廊に残っていた兵がオフィーリアたちに気づいて駆け寄ってきた。


「おまえたち! 下に降りろ! ――ぐぅっ!?」


 駆け寄ってきた兵がオフィーリアの腕を掴もうとしたとき、オフィーリアが華麗にドレスの裾を舞い上げるように足を振り上げ、兵の首元に叩きつけた。

 幾重にも重ねられたレースとフリルのあしらわれたドレスの裾が目隠しのように兵の体を包み、床に倒れる姿を隠した。


「お、オフィーリア様……すごっ、いや、何をやってるんですか!?」


 床に倒れた兵の元にしゃがみ込み、体をまさぐっているオフィーリアに、マルガは困惑した顔で訊ねた。

 オフィーリアは返事の代わりに兵の服からナイフを探り出し、床に転がった剣と一緒に手にした。

 そしてナイフの方をマルガに差し出す。


「おまえにこれを渡しておく。いざとなったら自分の身は自分で守れ」


「え!? このナイフで私が倒すの? 無理よ。むりむりむり!」


「別に要らないなら構わないが、もし私からはぐれた場合は自分で身を守らなければならないんだぞ。今の状況から察するに、向こうは当初の予定とは違う展開になっているのだろう。ならばケガを負わせないという約束は無効になっていると考えていい」


「そ、そうね。そういうことなら持っておこうかしら。でも、ナイフなんて扱ったことなんてないんだからね。いざというとき以外はナイフは使わないわよ」


「それならそれでいい。とりあえず身をかがめろ。下から丸見えだ」


「うわっ、はい!」


 マルガは慌ててしゃがみ込んだ。

 オフィーリアは、窓に近づいたが、窓を開ける前にその手を止めた。


「どうしたの? そこからバルコニーに出たらいいんじゃない?」


「……いや、窓には何かしらの仕掛けが既に施してある。下手に扱えば、爆発するかもしれない」


「爆発!? あ、本当だ! これは魔道具だわ。炎と……炎と風の派生、雷の魔法が仕掛けられてるわね」


「炎と雷……魔道具……やはり爆弾か」


 オフィーリアは、オリジナルのオフィーリアの心の奥に潜んでいたときに、この世界のことは共に学んでいた。

 魔法――この世界には魔法が存在している。

 魔力はもともと人の中に存在していて、現世で言うならば気に近いものだ。

 個体差があり、それを補うためには魔石や大気中に含まれている魔素で補うことができるが、その性能や練度は基礎の魔力量で異なってくる。

 魔力の性質は、火、水、土、風、闇、光の6属性あり、属性の組み合わせで雷や反射、雪や氷、岩など多様性をもたらし、可能性は無限大にあるといわれている。

 基礎属性は1つだけとも限らず、いくつも適性を持つ人もいる。

 自分がどの属性をもっているのかは、神殿や学園で魔法属性を確かめることができた。

 個々の魔法の有無やその属性保持数、応用魔法などは神殿に申請し、王宮と共有で管理されている。

 平民、貴族関わらず6歳のときに神殿で調べることになっているため、出生申請とは別に、ここで申請のない者は、その国の住民として認められないとされていた。

 住民権がなければ仕事にも就けないし、貴族は貴族として扱われない――そのため皆必ずこの魔力測定を行うことになるのだ。

 さらにこの世界では神々の加護という特殊能力も存在した。

 先天的に持って生まれるか、後天的に何らかのきっかけで神々に気に入られて加護を得るかのどちらかで授かるといわれている。

 加護持ちは更に貴重とされ、平民に加護持ちが現れると、この国では神殿で保護、育成する法律があった。


(オフィーリアは、火と風と闇に適性があり、他の属性も少しは使えたな。幼少からすごく修行に励んでいた……)


 オリジナルのオフィーリアが子どもの頃から両親に「全属性使えて当たり前だ」と言われ、努力を重ねていたことを思い出す。

 ゴルディがいつからオフィーリアに取り憑いていたのかはわからなかった。

 気づいたときには赤子の中にいたから、生まれたときに入り込んだのかもしれない。

 ゴルディという自我はあっても、オフィーリアと意思の疎通ができるわけでも、体を動かせるわけでもなかった。

 ただ息を潜めてオフィーリアの日常を共有していただけだった。


「――オフィーリア様、オフィーリア様?」


「……なんだ」


「あの、なんか言葉遣いとか性格とか違わない? それがあなたの素なの?」


「……そうだ」


「ふうん、なんか変わってるわね。でも前のオフィーリア様よりはまだマシかしら」


「前の……何が違うんだ」


「そうねえ、強いて言えば、つまらなかったわ。真面目を絵に描いたような完璧な淑女って感じ。でも、まるで人形みたいで気持ち悪かったわ。だから、ウィル様も嫌ってた」


 ウィル様も嫌ってた――その言葉に胸の奥がツキッと痛んだ。

 オフィーリアは思わず胸に手を当てる。


(オリジナルのオフィーリアの名残りか……)


 自分は第1王子のことで感情が揺さぶられるようなものは少しもない。

 だから、この胸の小さな痛みはオリジナルのオフィーリアのものだ。

 マルガは悪びれる様子もなく話し続ける。


「ウィル様もよく言ってたわ。成績優秀、文武両道で王族に嫁ぐために在るような完璧な淑女なんて言われてるけど、人として何の面白みもないつまらない女だって。剣技や体術も男顔負けなんて、脱がせたときに腹筋が割れてたら絶対に萎えるって――あっ、これはウィル様が言ってたんだからね! 私が言ったわけじゃないわよ!」


 嘲笑しながら語っていたマルガは、慌てて両手を振って否定する。

 オフィーリアはそれを冷淡に見やった。


「ごめんね! 気にしちゃった?」


「いや、別に……」


「気にしちゃうよね! ごめんね。私、隠し事が苦手で取り繕った言い方が出来なくて!」


(……別にどうでもいいことだ)


 それよりもこのフロアにまだ兵は残っている可能性は高い。

 他の窓にも同じ魔道具が施されているから窓から外に出られない。

 オリジナルとの共有の記憶では、1階はホール、2階は王族や主賓用の観覧席と来賓の控え室がある。

 3階も2階と同じような作りだったはずだが、オリジナルが来たことはないのでゴルディもわからない。


「3階や屋根裏がどうなっているか、おまえは知っているか?」


「ええ。生徒会の仕事でウィル様と行ったことがあるわよ。誰も来ないから、逢瀬とかに生徒が使っているって先生から苦情があったのよね」


「なら、屋根裏から外に出られるところはあるか?」


「ああ……うん、あったわね。屋根の上に出られるの。清掃員や修理工用だって言ってたわ」


「よし。そこから脱出だ」


「は? 屋根からどうやって逃げるのよ。ここ3階建てよ。飛び降りたら死んじゃうわよ!」


「……私の言うことを聞く約束だ。聞けないなら依頼は無しだ」


「わかったわよ! 言う通りにすればいいのよね! わかった、わかりました! 好きにすればいいわ。そのかわり絶対に私を助けなさいよ!」


「心配するな。依頼は必ず遂行する」


 オフィーリアがそう言うと、マルガは少し安堵の色を浮かべた。


「ウィル様と離れてしまったし、頼れるのはあなたしかいないのよ。お願いよ」


「テロ集団の狙いは第1王子だ。あっちに行かないでよかったな」


「身も蓋もないわね。まあ、確かに今はあっちの方が、私の身が危ないのは確かね。影は私まで守るとは思えないし」


「屋根裏の出口まで案内を頼めるか。そうすれば私は戦いに専念できる」


「わかったわ。もうこうなったら私も腹をくくるわ。さあ、こっちよ」


 立ち上がろうとするマルガのドレスの裾をオフィーリアは思いきり引っ張った。


「待て。何があるかわからないから、先頭は私だ。あと立ち上がると目立つ。中腰で行け」


「出鼻挫くわね。じゃあ、そっちの廊下を真っ直ぐね」


 拗ねた顔でオフィーリアを睨みながら、マルガは指を差して行く方向を示すと、中腰になって2人で走り出した。

 回廊の先には扉が並んだ廊下がある。

 そこに駆け込むと、並んだ扉のひとつが急に開いた。


「――っ!?」


 扉の影から兵が姿を見せた。

 オフィーリアは、兵が声を上げる前にドアを勢いよく肘で殴り返した。

 自分で開いたはずの扉が勢いよく戻ってきて、その衝撃で兵は室内に弾き返される。

 兵はそのまま床に転がり、気絶した。


「――なっ!?」


 中に残っていた兵が、突然扉に弾き返されて倒れた兵を見た。

 オフィーリアは間髪入れずに室内へ駆け込み、慌てて剣を構えた兵に向かっていった。


「うわっ!」


 オフィーリアは、近くにあった真鍮の蝋燭立てを握り、兵の剣をそれで受け止め、もう片方の手に握っていた剣の柄を兵の顔に叩きつけた。


「ぐふっ――」


 兵は口と鼻から血をほとばしらせながら床に倒れて動かなくなった。


「2人だけか……」


 廊下で待機していたマルガがそっと部屋に顔を覗かせ、床に倒れている兵たちを見た。


「終わった? この男たちはロープで縛らなくて大丈夫? 気が付いたら追いかけてくるんじゃない?」


「……死んではいないが、目を覚ましても苦痛で動くこともままならんだろう」


「あんた、何したのよ……」


 青ざめて呆れた顔をするマルガをよそに、オフィーリアはすぐにドアの陰に隠れ、廊下の様子をうかがった。


(今の騒ぎでこちらに気づく気配はないな……)


「行くぞ」


 再び外へ出ようとしたとき、室内のドレッサーからドンドン! と大きな音がたった。



<続く>


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