思わぬ事態
■第2話
項垂れたまま動かなくなったオフィーリアの様子など意に介さないウィルフレッドは語り続けていた。
「私の愛が得られないからと嫉妬に駆られた結果がこれか。愚かだぞ、オフィーリア。しかし、貴様の蛮行はこれだけではなかったな。まさか刺客を雇い、マルガを暗殺しようとしたことは許しがたい。まさか貴様がそこまで愚かだとは思わなかった」
「本当に怖かったんですよ。まさか私を殺す依頼をするなんて――」
「とんだ二流だな」
「そうそう、本当にとんだ二流――って、何を言っている! 貴様が頼んだんだろう! 図星だからと、そんな反論するとはなんて女だ!」
俯いたまま黙っているオフィーリアをいいことに、蕩々と語っていたウィルフレッドの話を、オフィーリアが突然言葉を遮った。
ウィルフレッドは、話を遮られて怒鳴り返したものの、ふと違和感を覚えて首を傾げた。
「んん? おまえ、そんな顔だったか?」
怒っていると思っていたオフィーリアの顔からは、怒りも怯えもない。
しかし、ウィルフレッドはすぐに興味を失い、呆れたようにため息をついた。
「そんな二流の奴らに暗殺を頼んで自分の首を絞めるとはな。完璧な淑女なんて言われていたお前にも可愛いところがあったということか」
「いやですわ、ウィル様ったらぁ。そしたらオフィーリア様が二流だと言っているようじゃありませんか。可哀相ですよ」
「こんな悪女を可哀相などと、マルガはなんて慈悲深く優しいんだ!」
「うふふ、だって、本当にオフィーリア様が可哀相なんですもの。みんなから完璧な淑女なんて言われる侯爵令嬢で第1王子の婚約者だったのに、ウィル様には愛されずに婚約破棄されてしまうんですよ。この後どうなるかを考えると本当に可哀相です」
「僕の愛はマルガのためにあったのだから、どんなに完璧だろうとこの女を愛せないのは仕方がなかったんだよ。もっと早くにマルガと出会えていたなら、僕はオフィーリアと婚約などしなかった」
「まあ、ウィルフレッド様。嬉しい……」
愛しげに抱き寄せるウィルフレッドに、マルガは自らもその背に腕を回して胸元に顔を埋めた。
そしてオフィーリアの方を横目で笑みを浮かべた。
その瞳は、あからさまにオフィーリアを蔑むもので、その口元は愉悦に歪んでいた。
それが見てとれるのはオフィーリアだけだった。
(あれがあの女の本性か……)
そのマルガは、目が合うと、一瞬でその顔色を怯えに変えた。
マルガはきっとこう思ったに違いない。
絶望と悲しみに染まっているはずのオフィーリアの顔から感情が見えなくなったと。
マルガが見たかったのは、オフィーリアの負け犬のように怯えた姿や、悲しみに打ちひしがれた顔や、絶望にすべてを諦めた虚ろな目だろう。
(今のオフィーリアにはそんな感情はないんだがな……)
だが、それはマルガにとって効果的だった。
貴族らしからぬ言動を好むマルガは、喜怒哀楽が豊かな表情や口調を武器としている。
先ほどまでのオフィーリアと違い、何も響かない今のオフィーリアはさぞかし得体の知れない存在に映るだろう。
あの怯えた表情がそれを如実に物語っている。
「ウィル様! 早く終わらせてしまいましょう」
居たたまれなくなったマルガが、せっつくようにウィルフレッドの服を引っ張った。
ウィルフレッドは、マルガのおねだりと勘違いして気をよくして応えた。
「おお、そうだな。いくら優しいマルガでも、オフィーリアの恨みがましい顔を見ているのはつらいだろう。早く終わらせてパーティーを楽しもう」
マルガの手をとり、その甲に口づけを落とすと、、1つ咳払いをして場を改めた。
「第1王子の名のもとに宣言する! 私はオフィーリア・ロックベルとの婚約を破棄し、マルガ・コンラッドとの婚約を結び直すこととする! これより私の婚約者はマルガだ!」
ウィルフレッドの宣言に、再び生徒たちから歓声と拍手があがった。
みんなの反応に満足げな笑みを浮かべて胸を張る2人を一瞥して、オフィーリアは声をかけた。
「もう茶番は終わったか?」
「ちゃっ、茶番だと! 婚約破棄されて気でもおかしくなったか! おい、衛兵! この女を捕らえろ! 第1王子の婚約者になったマルガを虐めたことは許しがたい大罪だ! 処刑! と言いたいところだが、国外追放で許してやる。とっとと出ていくがいい」
生徒たちの間から複数の衛兵が走り寄ってきた。
手には槍や剣を携え、予想以上の物々しい姿に、生徒たちは慌てて道を空ける。
衛兵たちは、オフィーリアのみならず、ウィルフレッドとマルガも囲むように立ちはだかった。
(こいつらは……)
貴族子息令嬢が集まる学園内のパーティーで、この衛兵たちの武装や纏う気配は殺伐としすぎている。
周囲に視線を巡らせれば、窓や扉、通路など外に繋がる場所に兵士たちが立っている。
(衛兵の格好はしているが……傭兵だな)
「お、おいっ! 私に刃を向けるとはどういうことだ! 大罪人のオフィーリアを捕らえればいいのだ! 早くあの女を捕らえて出ていけ!」
「ウィルフレッド様ぁ、怖いですぅ」
予想だにしなかった展開に狼狽するウィルフレッドとマルガに向かって、、、衛兵たちは尚も刃を向ける。
「な、なんだおまえたちは! わた、わた、私を第1王子とわかってやっているのか! まさか謀叛を起こそうというのか!?」
「そうですよ。第1王子殿下。われわれはこの国の将来を憂う者たちです。あなたをこのまま王にさせるわけにはいきません。ここで死んで頂きます」
「ひぃ~っ! 衛兵! 衛兵! くそっ、誰か! 誰か私を守れ! 第1王子の命令だ!!」
「無理ですよ、王子様。既に教員や他の従業員たちは制圧している。学園の敷地は広大だ。この学園で今起きていることが外に漏れることはない」
「な、何だとぅ!」
「第1王子殿下の学園内での粗暴で傲慢な行為の数々は、我々の耳にも伝わっている。地位を笠に着ての脅迫、強要、賄賂……そうそう、婚約者がいる身で男爵令嬢との火遊び。まさか侯爵令嬢との婚約を破棄してそっちと婚約するなんて言い出すとは思いませんでしたよ。まさに、女で身を持ち崩すとはこのことだ」
「そっちって……ひ、ひどい……」
「女で持ち崩すとは聞き捨てならないな。私は、清らかで慈悲深いマルガこそが、第1王子の婚約者に相応しいと判断したまでだ。オフィーリアは、そんなマルガを虐め蔑んだのだ。私の婚約者には相応しくないだろう。婚約破棄されて当然! 私の決定は王家の決定だ。おまえらがそれを語るな!」
「……へえ、そうですか」
衛兵の男は、手にしていた剣をウィルフレッドに目掛けて振るった。
「うぎゃっ!」
悲鳴と同時に金属音が重なる。
ウィルフレッドと衛兵の間に黒い装束を纏った男が割って入っていた。 手には剣が握られ、相手の剣を受け止めている。
「お、遅いぞ、影!」
勢いで後退し尻餅をついたウィルフレッドは、影と呼ぶ男に文句を言いながらも安堵の色を浮かべた。
影と衛兵と、合わせた剣を押し出して距離をとると、マルガはその勢いに圧されてウィルフレッドから数歩離れて呆然と立ち尽くした。
影の介入によって、衛兵たちの意識はウィルフレッドと影に集まっている。
オフィーリアとマルガの周囲にいる衛兵たちは、武器を向けてはいたが、意識は影の方を警戒している。
オフィーリアは、その様子を静観していた。
(王位継承権問題か。よくある話だな。さしずめ第1王子を排除したい他の王位継承者の派閥の差し金だろう。第1王子の茶番が終わったと思えば、次はテロか……。巻き込まれるのは面倒だ。隙を見て離脱しよう)
視線だけを巡らせ、衛兵に偽装したテロリストの配置と数を確認した。
正面の大扉の前に5人、庭に通じる扉には2から3人、廊下に通じる扉にも2人配置されている。
1階の窓、2階の回廊の窓前に1人ずつ兵が見える。
3階はよく見えないが、窓前に人がいる様子はなかった。
(出入口を固めている。誰も逃がすつもりはないのだろう。だが、ここにいるのはこの国の貴族の子女だ。皆殺しは考えにくい。殺さず、事が終わるまでの人質といったところか)
学園主催の舞踏会のため、このホールにはほぼ全生徒と一部の教員たちがいる。
こちらの数は多いが、屈強で戦闘経験のある衛兵に扮したテロリストにあえて襲い掛かろうという者はいなかった。
皆、衛兵たちの指示に従い、ホールの壁際で数カ所に分かれてまとめられている。
(目標以外の余計なトラブル防止といったところか)
派閥によるテロならば、下手に貴族の子どもにケガを負わせれば、支持している派閥の王子の評価が下がる結果となる。
(私も正式に婚約破棄されたわけではないから、殺される可能性は低くはないか……)
目の前では、影がまた9人姿を現し、ウィルフレッドを囲むように剣を交え始めた。
「ウィルフレッド殿下、退路をつくります! そばを離れないでください」
「わ、わかった!」
「あ……ウィルフレッド様、待って!」
「マルガ! こっちへ来い!」
離れていたマルガは、ウィルフレッドが影に守られ、この場から脱しようとしていることを察し、慌てて駆け寄ろうとする。
しかし、影と衛兵たちの交戦に近づくことができなかった。
「ウィルフレッド様、置いていかないで!」
「マルガ、早くこっちに来い!」
ウィルフレッドがマルガの方へ手を差し出した。
しかし、影に守られたウィルフレッドは、扉の方へと押しやられてマルガからどんどん距離が広がっていく。
「ウィルフレッド様ぁ!」
「マルガァァァアア!」
ホールの中央で影と衛兵たちが剣を交えて闘っている中、まるで芝居のように互いに手を伸ばして引き裂かれる恋人たちを演じているようなウィルフレッドとマルガの様を、オフィーリアは冷めた目で見つめていた。
そのとき、ふと2階の窓に人がいなくなっていることに気づいた。
オフィーリアが2階に視線を向けているとき、ウィルフレッドが一際大きな声で叫んだ。
「マルガ、危ない!」
「え?」
視線を戻すと、ウィルフレッドの方へ向かおうとするマルガの背後に衛兵が駆け寄り、剣を振り上げていた。
マルガがそのことに気づいて振り返ったとき、衛兵と目が合う。
衛兵は殺気立った目でマルガを見ていた。
「おまえも同罪だ!」
「いやぁぁぁああ!」
突然目の前に迫る危機に、マルガは恐怖から直立不動になって叫んだ。
剣がマルガの頭上に振り下ろされるその瞬間――
「ぎゃっ!?」
マルガは勢いよく吹っ飛んだ。
飛んで行った場所には人質として固められていた生徒たちの一群があった。
飛んできたマルガに薙ぎ払われ、倒れる子息令嬢たちに勘違いした生徒のひとりが叫んだ。
「みんな、殺されるぞ!」
その声に、それまで大人しくしていた生徒たちの緊張の糸がぷつりと切れ、連鎖的にパニックを引き起こした。
マルガが飛んできたグループが、悲鳴を上げてちりぢりに逃げ出すと、他にまとめられていた生徒たちも悲鳴を上げて、我先にと出口を求めて走り出した。
「おい、動くな! 殺すぞ!」
逃げ出す生徒たちに衛兵のひとりが叫ぶと、止まるどころか余計に怯えて逃げていく。
苛立った衛兵が、剣を振り上げた。
「おい! ターゲットは第1王子だけだ! 他の貴族の子どもには手を出すな!」
「こいつらが邪魔だ! 早く大人しくさせろ!」
「くそ、大人しくしろ!」
それまで統率がとれていた衛兵たちが、生徒たちが右往左往と逃げ惑うため、第1王子と影の一団に集中できずにいた。
オフィーリアは、この混乱に乗じて階段へと向かった。
生徒たちは、外へ出るという目的のためか2階へ逃げる者はおらず、衛兵たちも1階の混乱を制圧するために2階にいた者も下りてきたようで、姿がなくなっていた。
気配を殺して素早く階段を駆け上がろうとしたそのとき、横から手が伸びてきた。
オフィーリアは、咄嗟に横に跳び退いて距離をとり、相手と向き合った。
「お、オフィーリア様ぁ……助けてぇ」
それはマルガだった。
オフィーリアに蹴り飛ばされたことには気づいていないマルガは、涙で顔をグショグショにしてオフィーリアの方へまた手を伸ばした。
「うううっ……衛兵に殺されそうになったり、背中から何かすごい衝撃を受けて吹っ飛ばされるし……どうしてこんなことに? 今日は私とウィルフレッド様が婚約を宣言する素敵な日になるはずだったのにぃ……ぐずっ」
ぐずぐずと泣きながら訴えるマルガを放って、オフィーリアは階段を上っていこうとすると、必死になって腕にしがみついてきた。
「い、行かないでっ! 私を助けてよ! お願い! 助けてくれたら、お金でもなんでもあげるから!」
「依頼か? 報酬は、なんでもいいんだな」
「いい! いい! なんでもあげるからおねが~い! もうここには居たくないの。助けてぇ」
「……その依頼、引き受けよう。ただし、私の言うことに従うこと。今の私ではおまえを抱えて逃げる体力と筋力があるのかわからない。だから自分の足でついて来い。それができないときは見捨てて私だけ逃げるからな」
「は、はい! よろしくお願いします!」
こうしてオフィーリアは、マルガを無事に外に逃がす緊急依頼を受けることとなった。
<続く>




