ローズガーデンでの対話
■第11話
翌日、カイルがロックベル家にやって来た。
家族は婚約者のウィルフレッドではなく第2王子のカイルの来訪と知って、怪訝に思いながらも総出で出迎えることとなった。
「カイル殿下にお目にかかれて、大変光栄に存じます」
ルイスを中心にシャロン、ルイーゼ、一番後ろにオフィーリアが立ち、家長のルイスが馬車から降り立ったカイルに挨拶をした。
後ろで控えている家族は、高位に対する礼でカイルを迎え、オフィーリアはカーテシーをしたまま視線だけカイルに向けた。
(カイルと侍従ひとり……あと警護に騎士が10名。騎馬は調教が行き届いているな。騎士と馬のバランスがいい。ちょっとした音や衝撃で統制が崩れることはなさそうだ。さすが王族というべきか)
「ああ、突然の訪問で申し訳なかった。昨夜のことはもう学園から知らせが行っていると思うが、その対処で兄のウィルフレッドは今動けないので、代わりにオフィーリア嬢の安否の確認をするよう頼まれてきた。かしこまらなくてもいい。オフィーリア嬢としばし話をさせてくれないか」
昨日はパーティー用の装束だったが、今日は実務用の正装姿のカイルは、王族としての威厳に満ちあふれていた。
ルイスはカイルの言葉を受け、恭しく頭を下げた。
「かしこまりました。応接室を開けておりますので、どうぞお使いください」
「いや、それよりも貴殿の屋敷には、自慢の庭があると聞いている。ガゼボから眺めるバラが素晴らしいそうだな。そこで庭を眺めながら話がしたいが、構わないだろうか」
「確かに、我が家自慢のローズ・ガーデンがございますが……かしこまりました。すぐそちらにお茶の用意をさせます。オフィーリア、案内して差し上げなさい。くれぐれも失礼のないようにな」
「……かしこまりました」
「オフィーリア嬢、お元気そうで何よりです」
「……はい。カイル殿下におかれましても、つつがなくお過ごしのこと、慶びに堪えません」
「ありがとう。では、ロックベル家自慢の庭を案内してくれ」
「どうぞ、こちらでございます」
オフィーリアが先導する形で歩き始めると、背後で家族たちがコソコソと何か話しながら屋敷に戻っていった。
ルイーゼは、あからさまに険のある視線をオフィーリアに向けていた。
しかし、オフィーリアはそんな家族の様子など気にもしていなかった。
カイルは、オフィーリアとその家族の温度差を目の当たりにし、僅かに眉間に皺を寄せる。
ロックベル家の者が屋敷の中に消えると、すぐに家令が他の使用人たちに指示を出した。
侍女や執事たちは、すみやかにローズ・ガーデンのセッティングへと向かい、他の使用人たちは、カイルの乗ってきた馬車や騎士の馬たちを厩番に任せるなどしているところを、カイルは一通り眺めていた。
「カイル殿下?」
「ああ、なんでもない。あなたの家の使用人たちはとても優秀だな。手際がいい」
「ありがとうございます」
カイルは、道々庭を楽しみながらのんびりと歩いているのを、オフィーリアと侍従がそばで付き従った。
騎士たちは、少し離れた場所から周囲を警戒しながら付き従っている。
カイルの動向に合わせながら、オフィーリアは王家が従える者たちの様子も目の端で確認していた。
(騎士はつかず離れずの距離を保っているか。王子のそばに控えるのが侍従ひとりとは、王族にしては少ないな。だが、この侍従はかなりの手練れだ。さっきから隙がまったく感じられない)
暢気に庭の花を愛でているカイルに対して、先ほどから侍従がオフィーリアに剣呑な気配を放っている。
殺気とまではいかなくても、警戒していることは確かだった。
(敵意というよりも単純にカイルとの関係性が不明な者への警戒といったところか。婚約破棄を宣言されたとはいえ、まだこちらは第1王子の婚約者だ。派閥的に警戒されるのは当然だろう)
「――ところで」
思考に耽っていたオフィーリアにカイルが話しかけてきた。
「あなたの家族は、僕が来たことが不思議なんでしょうね」
カイルの言葉に、オフィーリアは楚々とした態度を崩さずに口を開いた。
「あんな事件があったのに、ウィルフレッドから見舞いの花すら届かないと、朝から不満げに騒いでいたよ。ウィルフレッドが死んだら、王家との繋がりが断たれると、そればかり気にしていたな」
「それは私情ダダ漏れな会話でしたね」
「ウィルフレッドは無事か?」
「はい。兄は無事に保護されました。でも、王宮に戻ってから、怖がって部屋に閉じこもっていますよ。オフィーリア嬢のみならず、マルガ嬢のことにも気を遣う様子はありませんでした。なので、こちらに伺うときに、僕が兄の代わりに大きな花束でも持ってこようかと思いましたが、兄の体裁のためにそこまでする義理はないのでやめました。あ、僕からの見舞いの品は用意してありますよ。僕からのプレゼントを兄からと勘違いされるのも不本意なので、ロックベル家の皆さんの前では渡しませんでした。ウィルフレッド用もあった方がよかったですか?」
「いや。不要だ」
「そう言うと思っていました。はははは」
カイルとオフィーリアの会話に、そばに付き従っていた侍従が怪訝な顔をする。
「カイル様……あの」
「うん、オーガストの言いたいことはわかってるよ。あ、オフィーリア嬢、彼は僕の侍従のオーガスト・タリーズです。タリーズ伯爵の三男で、僕の乳兄弟でもあります。さっきから警戒して物騒な気配を醸してますが、信頼できる人物ですのでご安心ください」
「はじめまして。オフィーリア・ロックベルです」
オフィーリアは、オーガストに優雅な所作で浅い礼をした。
オーガストは、オフィーリアよりも爵位が低いため、オフィーリアと違い、丁寧にお辞儀をする。
しかし、その顔からは困惑の色が消えていなかった。
「オーガスト、言いたいことはわかる。後で説明するから、今はこのままで」
「かしこまりました」
2人のやりとりを見ていたオフィーリアが、再び歩きだしたので、カイルたちも後に続いた。
「それでオフィーリア嬢、僕はオーガストにもあなたのことを知っておいてもらいたいと思っています。今後、きっとあなたの役に立つでしょう。お許しいただけますか?」
「……いいだろう」
白いバラが見えてくると、カイルは思わず目を瞠った。
白いバラが出迎えるように入口のアーチを作り、中に入っていくと、白から黄色、オレンジ、ピンクに紅茶色と進むごとに色の違う大輪のバラが咲き誇っている。
「これはすごい! バラは手入れが大変だと聞いたことがあります。余程庭師の腕がいいのでしょうね」
「私もこの光景を目にしたときは、おまえと同じ感想を持った。自分はバラとは暗殺を遂行するときのアイテムとしてしか意識したことはなかった。また以前、『青いバラ』というジゴロの暗殺を依頼されたことがある。薔薇という言葉には暗号や揶揄で使われる言葉が多かった」
「連載が始まった頃のエピソードですよね! あのとき潜入するためとはいえ、利き手で握手したのを見たときは衝撃でした!」
「そのことまで知っているのか……おまえは情報屋かなにかか?」
「違いますよ。強いて言うならゴルディ推しの大ファンです。あなたの本は全て読みました」
「本……前世の私は、本になるほど知られてしまっていたのか……」
「ちょっと違うんですけど……これは1からちゃんと説明しないといけないので、少しお待ちください」
バラを堪能しながらガゼボに着くと、テーブルにティーセットがセッティングされ、そばにエマが控えていた。
席につくと、温かい紅茶をポットからカップに注ぎ、ちょうどそのタイミングで別の侍女が焼き菓子の載ったトレイを持ってやってきた。
全部のセッティングが終わると、オフィーリアはエマを呼んだ。
「エマ、後はこちらでやるから、少し人払いしてくれる?」
「かしこまりました。ご用がありましたらベルを鳴らしてください」
エマはポケットから呼び鈴を1つ取り出し、テーブルに置いた。
エマが用意する呼び鈴は魔道具で、オフィーリアが鳴らしたとき、どこにいてもエマに伝わるようになっている。
エマと他の侍女が、その場から離れていくと、少し離れた場所にいたカイルの騎士たちが距離をとりながらも見える位置に立った。
等間隔に周囲を一望できるよう立っている姿には、隙が感じられない。
そして騎士たちは、自分たちの場所を支点とした結界魔法を施した。
「こればかりは許してください。昨日の今日なんで、外出に警備を付けろと父からの厳命なんですよ。彼らには結界魔法の魔道具が持たされていて、今、このガゼボ一帯に結界を張りました。近くに人がいるのが気になるようでしたら、音声遮断魔法も行使します」
「では、そうしてもらおう。できるだけゴルディの情報は外に漏らしたくないのでね」
オフィーリアの返答に応じてオーガストが音声遮断魔法をかけた。
ガゼボに今度は薄い膜のようなものが覆った。
「透明化もできますが、今は敢えて音声遮断魔法が使われていますと、外へのアピールも兼ねて可視化しています。さて、これで大丈夫です。では本題に入りましょうか」
「ああ、そうしてくれ」
「まず、オーガストにあなたについて説明してもいいでしょうか」
「ああ」
オフィーリアが答えると、ずっと気配を消してカイルの後ろに控えていたオーガストが、カイルの横に立った。
その顔からはにわかに戸惑いの色が伺え、目がオフィーリアとカイルを交互に見ていた。
「あの、私が先に話すことをお許しください。カイル殿下、これはどういうことですか? オフィーリア様の様子が、明らかにおかしいですよね。私はオフィーリア様と直接の面識はないですが、遠目で拝見したことは何度かあります。そのときの印象では、完璧な淑女と噂にあがるのも納得の令嬢でした。ただ……今のオフィーリア様は……いや、先ほど挨拶したときのオフィーリア様の所作はとても美しかった……しかし、カイル殿下との会話でのオフィーリア様の口調はまるで……」
「男のようだ?」
言い淀むオーガストの言葉をカイルが引き継いだ。
「まず、オーガスト。今から話すことは他言無用だ。そして、事実であることに疑いをかけるな。信じろとは言わないが、嘘ではないことは理解しろ」
「は、はい。かしこまりました」
「それと彼女は、今も以前も同じオフィーリア嬢だ。決して軽んじてはいけない。これは絶対だ。死にたくなければな」
「死……はい、仰せのままに」
オーガストは、何かすごいものを見るようにオフィーリアを見て頷いた。
カイルは笑顔でオフィーリアに「お待たせしました」と前置きをして話し始めた。
「あなたはゴルディ13という暗殺者だった……合ってますよね」
「ああ、私……俺はゴルディ13だ。今は訳あってオリジナルからオフィーリアの体を預かっている。これも依頼だ」
「なるほど、依頼だったんですね! どうして女性で転生してきたのか、ずっと疑問だったんです。ちょっとホッとしました。もしかして前世で女性になりたい願望があったのかなとちょっと不安に思っていました」
「なんだ、それは」
「いえいえ、僕のいた前世では、たまにいたんですよ。心は女性で体は男っていう人が。実は僕の住んでたマンションのお隣さんだったですけど……あ、この話は今は関係ないですね」
「まずは、どうして俺のことを知った。おまえはどういう存在だ」
「はい。まずは僕のことを説明しますね。僕は転生者です。前世はリアル世界の日本でサラリーマンしてました。それであなたは僕の世界の人気コミックの主人公だったんです」
「コミックの主人公……?」
「『ゴルディ13』という暗殺者が主人公で、世界を股に掛けて暗躍し、依頼されたターゲットの暗殺率ほぼ100%。大人向けなんでお色気シーンが多めなハードボイルドロマンで長寿連載していたんですが、作者が病死しちゃったんです。僕はそのショックで事故に遭って死にました」
「にわかに信じがたい話だな……」
「あなたにとっては、そうかもしれません。コミックの世界がゴルディにとってはリアル世界なんですから。ここにコミックがあれば見せて証明できるんですけどね」
「俺がコミックの登場人物……」
「連載最後のエピソードでは、ゴルディが仲間の裏切りで罠にかかり、爆発に巻き込まれて行方不明になっていました。何か覚えていますか?」
オフィーリアは、ゴルディだったときの記憶を辿った。
「……ああ、覚えている」
(俺の最後の記憶と同じだ。だが、この男の言っていることを信用していいものか……)
「まあ、僕の言っていることは、かなり奇天烈だと自負しています。なので、あなたが信じられないと思うのも当然です。僕だって、コミックの登場人物だったゴルディが実体化していると知ったとき、すごく衝撃を受けました。でも、僕はあなたがゴルディだと信じています。だって、昨日のオフィーリア嬢の言動は、まさにゴルディでした。あなたは、コミックという枠を飛び越えて現れたんです」
「……にわかには信じられないが、完全に否定はできないか。カイルが転生した記憶を持つように俺にも前世の記憶がある」
「ところで、どうしてゴルディさんがオフィーリア嬢の中にいるんですか? ずっと気になっちゃって。さっき依頼だと言ってましたが、誰から依頼されたんですか」
「……それは言えない。だが、俺の最後の記憶は、爆発の炎と熱風だった」
――あのときの依頼は、とある軍事施設で開発された新型ミサイルの密輸を阻止するため、その主犯の大佐の暗殺とミサイルを無効化することだった。
依頼人は軍事関連企業の社長で、軍と共同開発したミサイルが敵対国に密輸されると知って、どうしても阻止して戦争を止めたいと考えていた。
ただ今回の依頼には、条件があった。
依頼人の会社が雇っている傭兵部隊も連れていくことが、その条件だった。
新型ミサイルを無効化するためには、2つのアクセスキーが必要だった。
1つは大佐が持ち、もう1つは社長が持っている。
このアクセスキーはコピーができず、そのためアクセスキーをゴルディに渡すわけにはいかないというのだ。
傭兵の隊長は、社長の旧知の仲で信頼しているので、彼でなければキーは渡せないと言う。
本来、他の同業者と同じ依頼を受けないことにしているゴルディだったが、戦争阻止という大義を前に依頼料倍額で請けることにした。
その軍事施設は、岩場が多い荒涼とした場所にあった。
いくつもの建物が並び、敷地との境界線には鉄の杭と電気網が張り巡らされ、各所にカメラが設置されている。
施設周辺には民家や他の建物などない荒野のため、近づくものはすぐに見つかってしまう。
施設に向かって真っ直ぐ伸びた道路は、見晴らしがいいため、どこにも隠れる場所はない。
傭兵部隊が事前に調べた潜入ルートで、清掃業者を装って内部に入ったところまではよかったが、その後、ミサイルの保管場所に近づく過程で敵兵に見つかり、銃撃戦になった。
傭兵部隊の方で何人か死者が出る中、ゴルディは予定通り大佐を狙撃したが、隊長が負傷した。
「すまねえ……俺の代わりに頼む」
隊長は急所を撃たれていた。
ゴルディはキーを受け取り、仲間の援護を受けながらミサイルのコンソールまで辿り着いた。
ところが、アクセスキーは偽物だった。
キーを差し込むと、カウントダウンが始まり、背後で援護していたはずの傭兵部隊と致命傷だったはずの隊長の姿がなくなっていた。
裏切られた――ゴルディは急いでその場から逃げたが、その途中でミサイルが爆発、その爆炎が背後から迫り、咄嗟に横の扉を蹴破って中に飛び込んだが、そこで意識は途切れている。
爆風を顔面に受けた衝撃を思い出し、フラッシュバックでオフィーリアは思わず目を強く瞑った。
「大丈夫ですか」
カイルの心配げな声に目を開くと、思ったよりも近くにカイルの顔があった。
間近でカイルの瞳と見つめ合うが、オフィーリアは目を逸らそうとはしなかった。
「ああ、問題ない。おまえの言ったとおりだ。俺は依頼主と仲間に裏切られた。そして爆発に巻き込まれた」
先に目を逸らしたのはカイルだった。
少し頬を染めた顔をして席に戻ると、紅茶を一口飲んだ。
「僕は『ゴルディ13』を全巻持っていました。何度も読み返していたので、ゴルディの言動など印象深いエピソードは結構覚えているんです。だから、婚約破棄された後のあなたの様子が変わったとき、マルガ嬢を蹴飛ばしたときに、僕の中で心が揺さぶられたんです。見た目や状況が違えども、僕がずっと読み続けたゴルディのようだって。その後は、もうただの推し活です」
「推し活?」
「好きなキャラクターをひたすらに追い求めたい衝動であなたの後をついて行きました。僕の加護が役に立ちましたよ」
カイルの加護『隠蔽』は、確かに人をつけ回すのには便利な能力だった。
「つまり、俺のことは知り尽くしているということだな」
オフィーリアの顔がスッと鋭さを増した。
カイルはギョッとした顔をして後ろに引いた。
「あの……僕、抹殺されちゃいます?」
「殿下!」
苦笑いのカイルの言葉にオーガストが先に反応する。
オフィーリアはしばらく黙っていたが、頭を振った。
「昨日も言ったが、殺す予定はない。ただ裏切るようなら抹殺するがな」
「そ、そうならないように頑張ります」
通常運転のゴルディのセリフに、カイルは思わず苦笑した。
<続き>




