恋愛なんて所詮はプログラム、本当はみんな知ってるんだろ?
秋葉原駅前に設置された特製ブース。
総武線のブレーキ音がガラスを震わせ、看板広告の青が原稿の白に滲む。
晒し者もいいところだ。
シャワーとトイレと寝室だけが隠され、あとは世界に剥き出し。
人権団体は沈黙だ。今の敵は“AI”で、俺はその手先という設定らしい。
『糸斗さん。
アンタは休憩取らなくていいのかい?』
「ご心配なく。
先生に合わせて仮眠を取ってますから。」
『あっそ。
根を詰めすぎないようにな。』
「先生次第ですよ。」
2人で淡々と牽制し合いながらブザーを待つ。
きっと俺の目も笑ってない。
コメント欄は流れが速すぎて、もはや肉眼では確認不能。
ただ、まとめサイトを見る限り、俺への嘲罵で溢れかえっているようだった。
丸川出版も自社に飛び火しないように必死だが、フランスから始まった不買運動は既に全世界に波及している。
フランス人なんて近年のAI不況の1番の犠牲者だからな。
気持ちは分かるよ。
「では、ブザーが鳴る前に先日の反響だけ報告しておきますね?」
『ああ、頼む。』
「私のSNSでアンケートを取った結果。
独野先生にとっては残念な結果になりました。
有効投票数6003票。
【信用しない】に投票したのが5792人。
【分からない】に投票したのが211人。」
『つまり【信用する】に投票したのは0人と。』
「ショックですか?」
『…どうだろうな。
俺、昔から割と孤立してたし。』
「…。」
糸斗はそれには答えず無言で俺を観察していた。
ビーッ!
ブザーが鳴った。
さぁ、お仕事の時間だ。
ギャラは出ないけどな。
『糸斗さん。
今日は何を書けばいい?』
「…。」
『糸斗さん?』
「いや、失礼。
それでは本日のお題を申し上げます。」
『ああ、頼む。』
「それでは本日お願いするのは。
【学園の昼休み、ヒロインが主人公を頬に一発。
理由は好きだから。3000字】
制限は60分。昨日より短いです」
『……古典的だな。』
「独野先生の作品って、こういうシチュエーション多いので。
それでリクエストが多かったんです。」
『ああ、デビュー作からして
【僕のラブロワイヤル学園 〜部活少女百花繚乱〜】
だからな。』
「あれは未だにファンが多いですからねえ。
実はAIが書いてたとしたら、熱烈な読者ほど納得出来ないでしょう。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【僕のラブロワイヤル学園 〜部活少女百花繚乱〜】
平凡な少年・天城ユウマは、些細な手違いから伝説の超名門校・頂上学園に入学する。
生来の不幸体質が災いしたのか、入学初日に【学園で最も危険な制度】に巻き込まれる。
それは、部活王決定戦。
この学園には、生徒たちが恋愛感情と部活動の名誉を賭けて、あらゆる手段で「推し部活」の覇権を争う制度があったのだ。
勝者は、学園の絶対的支配権と「理想の恋人」を得る。
敗者は……部活ごと、すべてを失う。
茶道部の清楚系お嬢様・小松寧々
剣道部の不器用ツンデレ・藤堂桜
演劇部の小悪魔美少女・松沢エレン
科学部の天才ボクっ娘・備後屋惣兵衛
新体操部の絶対女王・アンナ・カレリーナ・大門小路・クロロワーサ
百花繚乱のヒロインたちが、恋とプライドと青春を武器に、甘くて残酷な恋愛バトルを繰り広げる。
そして、なぜか全員の勝敗条件が「ユウマの恋心」に関わっていると判明。
『えっ……僕が勝者を決める“鍵”ってこと……⁉』
恋も戦いもルール無用。
――甘いだけじゃ、生き残れない。
運命の告白は、勝ち残った一人だけ。
青春×恋愛×バトル=究極の学園ロワイヤル、ここに開幕!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アレはアホみたいに儲かったなあ。
特にメインキャラの備後屋惣兵衛のコスチュームがエロくて、バズりまくった。
なので関連グッズがすぐに出たし、ハーレム物なので他4キャラのグッズも発売されて、アホみたいに売れた。
正直、あの一作だけで一生分の食い扶持を確保出来たのだ。
まあ、御存知の通り書いたのはAIだが。
兎も角、あれで一気に熱烈なファンが付いた。
彼らがあちこちで惣兵衛のファンアートを描いてくれたりオンライン署名運動してくれたりしたのが功を奏して、かなり早い段階で映画化が実現した。
その時からの熱烈なファンが反転してアンチとなっているのは、体感で何となく分かる。
<AIチェッカー98%で草ァ!>
<あのテンプレ展開、GPT8.5の出力で見たことあるんだけどw>
<証拠がなくても、AIっぽい=AIってことでいいんだよ>
<「彼女の指は〜」とか完全にLLMテンプレやんけ>
<マジで今の創作業界の象徴>
<ワイ以外の書き込みは全員AIや。(ヽ´ん`) >
<“猫耳メイド”とかマジでAIが考える発想だろw>
<あの語彙、あの間、あのテンプレ。AI確定>
<証拠?そんなもんいらん。感覚が全て>
<逆にあれを“人間らしい”って言ってる信者が怖い>
<人類の末路を見た気がする>
<次の回で“どれだけAIじゃない”を証明できるか見もの>
<炎上芸も飽きてきたな。次は泣くか?>
一瞬、ラグでコメント欄がゆっくり流れたので横目で確認。
なるほど。
今の所、俺の味方はいない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ビ――――ッ。
無機質な起動音。
画面の向こうの糸斗がゆっくりと頷く。
「それでは独野先生。
本日も“公開執筆”をお願いします。
先程も申し上げた通り、お題は…」
『ああ分かっている。
【学園の昼休み、ヒロインが主人公を頬に一発。
理由は好きだから。3000字】
制限時間は60分だな?』
さあ、画面右下の視聴者数がとんでもない事になってきたぞ。
これ、絶対に日本語話者数は少数派だろ。
英語で書き込んでる奴とか俺の文章読めるのだろうか?
「では、先生。
お願いします!」
『了解。』
執筆前にカメラに向かって手を何度も開閉する。
どうやら、【独野が手の中に何らかの機材を隠し持っているに違いない】というクレームが数件入ったらしい。
なるほど、そういう不正も出来なくはないな。
『視聴者の皆。
初日のボディチェック動画もちゃんと確認して欲しい。
かなり厳重に調べられてただろ?』
言った所で世論を逆撫でするだけだとは理解しているのだが、一言アピールせずにはいられない。
俺のストレスも相当高まっているのだから。
『…。』
キーボードに向かい、指を落とす。浮かぶ。落とす。
<ほら、遅いじゃねーか。>
<普段は全部AI出力だって白状してるようなモンだよな。>
<むしろ謝罪動画出す場面やろ>
…違う、構えてると遅くなる。
いつも通り最初の一文だけ刺せ。
あとは血が回る。
【昼休みが鳴った瞬間、教室の空気が、おかずの匂いと一緒に甘くなる。】
打鍵。画面。呼吸。
ーーよし、まず“匂い”。
次はポジション。机。窓。光量。三点で囲む。
俺は構造の骨組みから先に書く。
美しいと思ったことはないが、倒れにくい家は骨が強い。
【僕が立ち上がったら、窓際の彼女が振り返って、歩いてきて、何も言わずに頬を叩いた。】
ざわつき。
コメント欄が泡立つ。
〈音、書けよw〉
〈分かりにくい文章だな。〉
〈昨日のやつと同じじゃん〉
【痛みはたいしたことがない。けれど、指の形だけが、遅れて頬に咲いた。】
手が少しだけ軽くなる。
俺は、AIの出力を真似ているわけじゃない。
あれが俺を真似て、俺がまたそれを真似ている。輪になって、どちらが原型か分からなくなっているだけだ。
コメント欄が、また早くなる。
いや、分かっている。
彼らは怒りたいのだ。
日頃の憤懣をぶつける為に画面の向こうで待機しているのだ。
仕方ないじゃないか。
だって彼らは人間なのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――俺の小説が売れた理由は、文才じゃない。
“ヒロインを可愛く書けたから”という評論も少し的外れである。
俺は読者の望むヒロインを登場させ続け、読者の欲望を満たさせ続けた。
それがメガヒットの理由。
男が女に求める要素は突き詰めれば四つ。
母。乙女。女王。娼婦。
癒されたい。守りたい。征服したい。堕ちたい。
欲望を網羅して、作品ごとに配分を調整する。
すると、どれか一つは必ず刺さる。
俺はそれを「四属性理論」と呼んだ。
例えば追放系作品。
読者は承認と報復を求める。
だから俺は追放系のヒロイン達は女王属性を強め、冷たい令嬢に跪かせ、膝を折らせ、最後にだけ笑わせた。
今回のお題は学園物。
必然的に【乙女】の属性が求められている。
それに加えて学園物を読みたがる読者は、対等な人間関係の構築に飢えている。
共闘を望んでいるのだ。
だから四属性に“友達・幼馴染”のオプションを足して、相棒として隣に立たせることも多い。
それがウケた理由。
なので俺がこのジャンルを執筆する時は、予めAIに抽出させた【乙女】に関するキーワードを7割、【女友達】のキーワードを3割混ぜて文章を作らせる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【かつての独野の執筆風景】
独野
『四属性に従って、【乙女】要素のキーワードを羅列せよ。』
AI
「畏まりました。
順に羅列します。」
「感情・内面キーワード(性格・雰囲気)」
一途・純情・儚い・不器用・恥じらい・奥ゆかしい
臆病・慎ましい・素直・不安げ優しさ・少女らしさ・無垢・揺れる心
甘えたいけど言えない・夢見がち・恋に不慣れ・誰かを信じたい
「ビジュアル・外見キーワード(見た目・仕草)」
白いワンピース・小柄・長い髪(黒髪/ゆるふわ)・涙目
指先でもじもじ・顔を赤らめる・下を向く・視線を逸らす
ハート形の口元・細い手首・小さな声・微笑みがぎこちない
手を胸に当てる仕草・頬にかかる髪・襟元をぎゅっと握る
「言動キーワード(セリフ・話し方)」
「えっと……」
「ごめんなさい……」
「そんな風に言われると……」
「私なんかでいいの……?」
「嬉しい……けど、ちょっと恥ずかしい」
「あなたと一緒にいると安心するの」
「嫌じゃ……ない、です……」
「待ってて、くれる……?」
「そんなに優しくされたら……」
「大丈夫、ちゃんと信じてるから」
独野
『次に幼馴染・相棒・共闘できる女友達の要素を書き出せ』
AI
「畏まりました。
順に羅列します。」
「感情・内面キーワード(性格・雰囲気)から」
気さく・距離が近い(物理的にも心理的にも)・サバサバしてる
気心が知れている・阿吽の呼吸・仲間意識が強い・信頼できる
支え合える・男性に媚びない・過去を共有している・約束を覚えている
「ビジュアル・外見キーワード(見た目・仕草)」
ポニーテール/ショートヘア・ジャージ・制服・部活着姿が似合う
スニーカー・ローファー・頬をつつく・肘で小突く
腰に手を当てて笑う・隣を歩く姿が自然・あぐら・体育座りなどラフな姿勢
制服の袖まくり・髪をゴムでまとめ直す仕草・無防備な距離感
「言動キーワード(セリフ・話し方)」
「お前さぁ、ほんと昔から変わんないよな」
「ほら、行くぞ!」
「あんたが落ち込んでると、なんかムカつく」
「バカ。そんなの、私がほっとくわけないでしょ」
「私たち、ずっと一緒だったじゃん?」
「負けたら一緒に腹筋100回だからな!」
「なに照れてんのw」
「ちゃんと頼れよ」
「……あの時の約束、まだ覚えてるから」
独野
「乙女要素7割、幼馴染要素3割をミックスしたヒロインキャラを書け。
プロローグ用の教室での日常シーン。」
AI
「畏まりました
それでは出力致します。
【プロローグ・放課後の教室】
窓の外は、夕焼けで世界をオレンジ色に染め上げていた。
帰り支度を終えた教室には、俺と──彼女だけが残っている。
「ねえ、また居残り?」
彼女── 朝倉 透花 は、肩にかけた鞄を揺らしながら小さく笑った。
その声は、蛍光灯のジジ……という音よりも控えめで、けれど不思議とよく響く。
「……まあな」
俺は机に突っ伏したまま返事をする。
昔から、こいつはこうやって当たり前みたいに話しかけてくる。
「ダメだよ、また先生に怒られるよ?」
そう言いながらも、透花は俺の隣の席に腰を下ろす。
膝の上で指をいじる仕草は乙女そのものなのに、その距離感は幼馴染の自然さだ。
「ほら、顔上げて」
彼女は軽く身を乗り出し、俺の顔を覗き込む。
前髪がふわりと揺れて、夕陽が輪郭を縁取った。
近い。……ちょっと近い。
「……なんだよ」
「ううん、なんか元気なさそうだから」
「別に」
「嘘。そういうときの顔、昔からわかるもん」
さらりと言われて、言葉が詰まる。
こいつは、俺の呼吸の癖とか瞬きのタイミングまで、子供の頃から全部見透かしてくる。
「……透花、お前、さ」
「なに?」
「その……近い」
「へ? あっ、ご、ごめんっ!」
慌てて距離を取ろうとする透花の頬が、ぱっと桜色に染まった。
指先で制服の裾をいじる仕草が、いかにも“乙女”だ。
……まあ、その慌て方も、ずっと変わってないんだけどな。
「……ほんと、そういうとこだよな」
「え? な、なにが?」
「いや、なんでもねぇ」
窓の外、沈みきらない夕日が二人の影を長く伸ばしている。
この静かな教室の空気は、昔から変わらない。
でも──
今日だけは、ほんの少し、違って見えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大体、こんな感じで執筆していた。
あの頃を思い出しながらキーボードを叩く。
コメント欄は殆ど見ていないが、執筆ペースの遅さを責めているように感じた。
仕方ないだろ、だって人間だもの。
大体、執筆なんてした事がないんだから仕方ないだろう。
今の俺はAIだったら出力するであろう文章を予想して、それを書き込んでいるだけだ。
大丈夫、俺は世界中の誰よりもAIと触れ合って来た。
俺なら出来る!!
「残り3分です、先生」
ん?
アイツ今、何て言った?
まだ始まったばかりだろ?
タイムキープも出来ねえのかよ。
無視無視。
「先生、先生。」
『ん?
何?』
「何じゃないですよ。
熱心なのは結構ですが、制限時間です。」
画面の向こうで糸斗が溜息を吐く。
「いや、制限時間内に3000文字強を書かれたのは凄いと思いますよ。
コメント欄にも、その点を評価する人間は少なくないです。
ただ、ペースが明らかに遅いし、いつもの先生の文章とはやや異なる。
何より刺さらない。
【今までの作品を先生が書けたとは思えない。】
それが我々の感想です。」
『あっそ。』
「先生、もうこの企画打ち切って謝罪会見に切り替えません?
幸い、再生回数はとんでもない事になってますし。」
『いや、7日の約束だからな。
最後まで書くよ。
糸斗さんは抜けて貰っても構いわないよ。』
「いえ、7日の約束ですから。」
『そう、律儀だね。』
配信は一旦切れた。
ブースの空気が、夏の終わりみたいにぬるくなる。
椅子にもたれた俺の額に、冷えたタオルが落ちる。
「お疲れさまでした、先生♪
……よく、書けましたね」
執筆に夢中で気付かなかったが、江井が傍に居たらしい。
相変わらず機嫌良さげに微笑んでいる。
分かってるのか?
企画の進展次第では、オマエの職場なくなるんだぞ?
『……なあ、江井さんよ。』
「はい♪」
『刺さるって、どういう意味だと思う?』
「誰かの中で、残ること… ですかね♪」
「残る、ね」
俺は江井の陳腐な回答を無視して目を閉じた。
この女は最大公約数的な助言しか出来ないからな、事務仕事は兎も角、創作には向いていない。
【刺さる】
これは差別化ポイントが好意的に捉えられ、かつ受け手の記憶に残った現象を指す。
単なる化学変化に過ぎないのだ。
「先生はどうなんですか?」
気が付くと江井が俺を覗き込んでいた。
あまりに距離が近いので、思わず身を反らしてしまう。
コイツ、女としてストライク過ぎるんだよなあ。
『どうとは?』
「だーかーらー。
どんなヒロインなら刺さるのかって話ですよー。
先生、私が漫画とかアニメを持って来ても全然興味持ってくれないし。
先生の刺さるヒロイン像を教えてくれないと編集として困るんです。」
『…うーん、まあ、そのうち、な。』
「ぶー、すぐそれー。」
だってなあ。
編集に可愛さで負けてるような漫画持って来られてもなぁ。
資料として役に立たないよ。
あ、この話オフレコね。
最近はセクハラとか厳しいから。




