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2∶はじめまして異世界④

※誤字脱字や読みにくい点などあるかもしれません。


三姉妹が転移する原因のひとつとなったものの正体。

愛はまだ何か隠している様子。

 廊下を歩いていると何人かとすれ違う。彼らは三姉妹に気付くと深々と頭を下げた。中にはカーテシーを行う者もいた。三姉妹も笑顔で応える。


(そう言えば)と奏は考える。

(普通に言葉が通じてたわね)


 すっかり忘れていた言葉の概念。神からの慈悲なのか、翻訳機能を備えられたのだろう。

 奏が気になったのはもうひとつ。


(何故、リヴァインさんたちは何も思わないのかしら)


 自分たちのように忘れていた、という風には見えない。言葉が通じるのは当たり前だと言わんばかりの態度であった。


「……不思議ね」そう奏が呟くと「何が?」と愛が覗き込んでくる。

「言葉が通じる事に対して何で誰も疑問を口にしないんだろうって」

「前にもこの世界に落ちて来た人がいるからじゃない?」

「!」


 つらつらと答えを知っている口ぶりで愛が言った。奏は舌を翻す。隣で聞いていた葵も。対して愛はきょとんとなる。しかし、ふたりの反応が非常に妥当なものであると思い直す。


「【預言】があるわけだし、ぼくらだけって訳でもないんじゃないかな?って思ったんだけど」

「そうかもしれないですね」


 理由を聞いた葵は一先ず納得する。奏も思うところはあるものの、言及はしなかった。


「こちらです」


 話している内に一行は書斎の前までやって来た。「よろしいですか?」とセバスは小さく尋ねて三姉妹へ確認を取る。

「はい」と迷いなく三姉妹は頷いた。それに満足気に微笑んだセバスがドアをノックする。こんこんと軽い音が三姉妹の耳にやけに大きく響いた。


「失礼します。リヴァイン様、お連れしました」

「ああ、入ってくれ」


 静かな低音が扉の奥から聞こえてくる。開かれた先の正面のデスクにリヴァインがいた。両手に花……ではなく大量の紙束を抱えて。

 12帖程の空間には、大きな窓が2つにひとり用のデスクがひとつ。両側に天井まで届きそうな本棚が4台。そして、部屋の中央に長テーブルとソファが置かれていた。デスクのよりも高い紙束が端々に見える。

 仕事部屋なのだろうと三姉妹は見受ける。あれらはその類のものなのだろう。三姉妹が最初に通された部屋と同様に飾り気を感じなかった。


(あれ?)


 部屋へと足を踏み入れた時、愛は違和感を覚える。

 きょろきょろする愛に「どうしたの?」と奏が小首を傾げる。その様子が見えているはずのリヴァインは何も言わない。「はて?」と愛は引っかかりを感じるも「何でもない」と頭を振った。

 誘われるまま、三姉妹はソファへと腰を下ろした。いつの間に持ち運んでいたのか、ティーセットを並び終えるとセバスは部屋を出た。

 デスクに着いていたリヴァインがソファの方へと席を移す。


「アオイ、だったか。体調の方は大丈夫か?」

「はっ、はい!その……お気遣いありがとうございます。お陰様で万全です!」


 急に名指しされた葵の肩が跳ねる。わたわたしつつもお礼を口にした。実際、ぐっすりと眠れたからかいつもより身体が軽かった。


「それなら良かった」とリヴァインが微笑む。

「それでは、改めて話を聞かせてくれるだろうか」

「わかりました」


 奏がまとめ役となり、姿勢を正した三姉妹は改めて自分たちのこれまでを説明した。相槌を打ちながらリヴァインもまた話を返す。

 三姉妹の異世界転移は【予言】されていた。神の声を聞くことができる【愛し子】により、【予言の少女】の存在は世界中へと伝わっている。


「古来より異世界人に関する記述が存在する。大抵は何らかの事故や手違いによるものだが、中には君たちのように神の【予言】に導かれた者もいた」


 愛が言った通り、非常に稀ではあるものの異世界転移者は現れている。けれども三姉妹のように【予言】された者はさらに希少であり、【使命】と共に【恩恵】も授かる。三姉妹もまた例に漏れず授かっているという。【恩恵】についての詳細までは【愛し子】にもわからない。──しかし、


「……【神の器】は前例がない。アオイの身に何が起こるか未知数なのは勿論、この事が知れ渡れば手中に収めようとする者が現れるだろう」

「っ……!」


 リヴァインからの警告に葵は戦慄する。


(大丈夫。あの時とは違う)


 震え上がりそうになるのを、両手を握り締めて堪える。葵の脳裏に過ぎったのは、まだ三姉妹が幼かった頃に起きた事件。けれどもそれにひっぱられてはならないと頭を振った。


「葵」

「葵ちゃん」


 いち早く妹の異変に気付いた奏と愛が小さな背中を撫でる。すーっと葵は気持ちが楽になるのを感じた。

「大丈夫か?」と事情を知らないリヴァインからの心配りに「はい」と葵は笑みを浮かべた。


(今のわたしたちは違う。あの時よりも成長した。状況が変わろうと負けてられない)


 気を強く保とうと葵は胸の前で手を握り締める。その気持ちを汲んでくれたようで、リヴァインはそれ以上言及せず、葵から愛へと意識を向ける。


「アオイだけではない。マナ、君もだ」

「へ?」


 急な矛先の変化に愛が素っ頓狂な声を上げる。ただ、彼の言わんとする事を愛は想像出来た。すっかり乾いてしまった口を潤すために紅茶を一口啜った。


「あの時、扉の先で見たもの……ですよね?」

「そうだ。マナだけでなくアオイとカナデも見たであろうあの白い扉だが、こちらの世界では【理の扉】と呼ばれている」

「【理の扉】……」


 三姉妹が転移した直接的な原因となった扉は【理の扉】と呼ばれており、その扉に触れた者は【祝福】を授かる。【祝福】の内容は実に様々で、膨大な魔力や本来絶対とされる契約を交わさずに精霊の力を行使したり。幸運を呼び寄せる等など。常人には有り得ない特異な能力を開花させる所以により、神々や精霊たちより愛されし【愛し子】の前にしか現れないと古来から詠われている。

 その【愛し子】だが、決して多くはないがそこまで珍しいという訳でもないようだ。


「扉に触れた【愛し子】は王族や貴族の血筋が殆どだ。血筋は今はいいとして、【愛し子】たちは皆口を揃えてこう話す。“真っ白な扉が現れて、扉に触れると元の場所に戻って来ていた“、と」

「【理の扉】の先──【不可侵の聖域】へと足を踏み入れた者はいない?」

「!」


 愛が話を引き継ぐとリヴァインはあからさまに言葉を詰まらせた。代わりに頷いて肯定する。その反応だけで愛はもう事の重大さに明確に気付く。自らが想像するよりも遥か上を行くものだと。


(あれ?でも……)


 愛は不思議に思う。

 愛は確かに会っているのだ。赤金の髪と目が印象的な少年に。


「アオイ、マナ。それにカナデも」


 あらためてリヴァインが三姉妹の名前を呼ぶ。声がやけに低い。三姉妹は思わずぴんと背筋を伸ばした。


「【神の器】、【不可侵の聖域】……これらは他言無用で頼む。それから【予言の少女】として君たちを保護するにあたってこちらで衣食住の面倒を見よう」


 リヴァインからの願ってもない申し出に三姉妹はえっ、とぱちくりする。真剣な表情からは打って変わって、彼は歓迎の笑みを浮かべた。


「あの時は君たちの事情も知らずにあのような事を言ってしまったが……急に見知らぬ土地どころか異世界へと来てしまい不安だろう?慣れるまでは時間がかかるだろうが、君たちが安心して過ごせるようこちらも努める」

「ありがとうございます!すごく助かります!」

「正直監禁されるかと思ってたけど……そこまでのハードモードじゃなくて良かったわぁ」

「そうね。……お言葉に甘えさせていただきます」


 よくよく考えなくとも彼の対応は正しいだろうと三姉妹は納得する。

 神より力を授かったという事は当然神と深い縁を持っている。恵みがもたらされる反面、扱い方次第では天罰が下りかねないという尊厳と畏怖の念を抱くのが自然だ。……リヴァインの場合、単に放っておけないという思いがあるようにも見える。

 それに、三姉妹に何かあれば先の洞窟の時のように精霊たちが行動を起こすだろう。少なくとも彼らが危害を加えてくるような事は無い。そう判断して、知らず知らずの内に抱え込んでいた気持ちを吐き出すように三姉妹は深く息をついた。


「さて、一先ずここまでにしようか。話してくれてありがとう。事情について上に報告しなければならなかったのでな」


 リヴァインから礼とともに大変にきれいな笑顔を向けられる。青みがかった色違いの双眼はまるで青空を映す穢れのない海のようであった。


「報告、ですか?」


 上に報告と聞いて奏が言葉を返す。

 リヴァインは公爵家の人間だ。それが誰なのかはある程度察しがつくものの、だからこそ聞かざるにはいかなかった。


「この国の王に。【予言の少女】についての神託はあっても情報自体はほぼ無いようなものだった。精霊たちから聞いてはじめて君たちがそうだと知った位にはな」


 どうやら神は必要最低限の情報すら託さなかったようだ。そういえば、と奏と愛は思い返す。あの時、リヴァインが武器を下ろしたのは精霊の声に耳を傾けてからだ。

 せめて何処に現れるのか、どういった容姿をしているのかだけでも伝えてくれればあのような怖い思いをせずに済んだかもしれないのに。そう心の内で苦言を呈する葵と奏。報連相って大事なんだなぁ、と実感する愛。三姉妹が選ばれたのは都合が良かったと言っていたあたり、直前まで誰になるのかは本当に分からなかったのだろうか。

 それからもうひとつ、奏は気になった事があった。


「国王陛下との顔合わせはあるのでしょうか?」

「それに関しては【鑑定の義】に合わせる形となるだろう」

「【鑑定の義】?何ですそれ?」


 愛が前のめりに聞き返す。自らが好んだ物語にも似たようなものがよく出て来たので、興味を示さずにはいられなかった。


「鑑定魔法と呼ばれる魔法を使って対象者の能力を視るんだ。その際に名前や年齢も含めて証明される」


 鑑定魔法そのものはこの魔法世界では一般的に広く知られている。けれども鑑定魔法は万能ではなく、対象者が術者より優れている場合、欺かれるか弾かれてしまう事もあるという。

 国王陛下の前で行われる【鑑定の義】は術者の魔力も精度も高く、誤魔化しなど一切きかない。欺こうものならばそれすらも提示されてしまう。


「そもそも魔法を知らない君たちが詐称などの狡はできないだろうが、過去にそれで罰を受けた者がいた。特例もあるが、この国において能力の詐称は重罪となる。一応、忠告はさせてもらうよ」

「重罪……終身刑、とか?」


 重罪と聞いて自分の知る重い処罰を尋ねてみる愛。流石に処刑は口に出せなかった。ひやりとする奏と葵。対してリヴァインは怖いくらいにこやかであった。


「君たちの世界にもそういった法が存在するのだな。当然とも言うべきかもしれんが」

「ひぇぇ……。その時は粗相のないよう気を付けます……」

「そうしてくれると助かる」


 三姉妹は【鑑定の義】の時は大人しくしていようと肝に銘じたのであった。

 4人のいる書斎にふと小さな光の球──精霊が現れる。精霊はふよふよと漂うとリヴァインの肩にぴとりととまった。

「伝えに来てくれてありがとう」とリヴァインが指先で精霊を撫でる。それから三姉妹へと伝える。


「そろそろ戻ろうか。休憩を挟んだとは言え、まだ疲れは残っているだろう。君たちの部屋の用意も終えたから行って休むと良い」


 それぞれの部屋を用意してくれたとのこと。まさか個別の部屋まで与えられるとは考えになかったので、あまりの好待遇に三姉妹はさすがに唖然とする。


「ありがとうございます」


 断る理由もないので、彼らからの好意に素直に甘えることにした。

 話を終えたリヴァインが右手を軽く振った。すると扉が開かれてセバスが入ってくる。


(あ。まただ)


 今回も違和感を覚えた愛はまたもきょろきょろする。違和感は例えるならば窓を開けて行う空気の入れ替えと似ている。しかし、やはり誰も何も言わなかったので、愛は胸の内に留めることにした。

 最後に一礼してからセバスについていく形で三姉妹は書斎を後にした。


「リヴァインさま、お忙しそうでしたね……」

「公爵さまだもんね」


 葵と愛が小声で話す。あの様子だとリヴァインはまだ仕事が残っているのだろう。笑顔で見送ってくれたが、彼が書斎を出るのはいつになるのか。ちょっとだけ心配であった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

ここからは更新頻度が落ちると思いますが、お話はつづきます。

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