1∶出会いと異世界転移③
※誤字脱字や文章が読みにくいかもしれません。
※話の流れなどがおかしい部分があるかもしれませんが、温かい目で見守ってください。
「…………ふぇ?」
ふ、と意識が浮上して葵は目を覚ました。ゆっくりと上半身を起こす。
「此処は……どこでしょう?」
周囲を見回して首を傾げる。
つい先程までいた洞穴の中だろうか。そう考えるもそれはすぐに間違いであると葵は思い直す。今いる場所は先程の場所よりもずいぶんと明るい。
(……草と、花?)
立ち上がろうと手に力を入れたとき、ふと柔らかな感触に葵は視線を落とす。それから改めてぐるりと観察すれば、四方八方草花に溢れ、咲き誇る花々が闇を照らしていた。ちらちらと光の粒子も舞っており、それらはまるで蛍のようであった。気温も程よくひんやりとして、空気も澄んでいる。
「きれい」
あまりにも幻想的な風景に葵は心を奪われてしまう。そのままぼーっととらわれそうになるが、はっと我に返る。
(そうだ。扉に触れたのはわたしだけじゃない)
非現実的な体験を通したからなのか。胸騒ぎがした葵の額から冷や汗が流れる。
「奏姉さま!愛姉さまー!」
声を振り絞って姉の名を呼ぶ。声は空間の中を幾つも反響する。しかし、反響するばかりで、姉二人からの声は返ってこなかった。
「お姉さま!」
それでも、何度も何度も呼び続ける。
「お姉さまぁ……!!」
今ここには自分しかいないのだろうか。奏と愛に何かあったのか。
葵の思考は嫌でも悪い方へと偏っていき、それに対して嫌だ嫌だと心が駄々を捏ねる。ふたつの感情がぶつかりあって、葵の目に涙が浮かび始めた。
「っ……?」
ふわり、と葵の頭に手が置かれる。くしゃりとした顔のまま葵は振り返った。
「……聞こえてるわよ。ほら、泣かないの」
小さな子を宥めるような声で言い、奏は微笑んだ。
それほど離れていなかったのだが、生い茂る草花によって葵からは見えなくなってしまっていた。
「奏姉さま!」
存外近くにいたことに驚きながらも葵は抱きつく。もう離さないと言わんばかりに強く、強く抱きしめる。
「全く。後先考えずに飛び込んだのは葵でしょう」
「うう……ごめんなさい」
啜り泣く妹を奏はやんわりと叱る。嫌でも深く反省せざるを得ない状況に、葵は小さく何度も頷いた。
「……愛は、近くにはいないみたいね」
「そう、みたいですね……」
ふたりは今一度ぐるりと注視する。しかし、すぐ近くに愛の姿は無かった。先に目を覚まして移動したのか。好奇心旺盛な彼女ならば、既に行動を起こしていても不思議ではない。
「行こう。葵」
「はい」
見たところ洞窟内は一本道だったので、行方知れずの愛をふたりは探しに行くことにした。
(あの扉は本当に異世界へと繋がってたのかもしれない)
足元と周囲に注意をはらいつつ奏は心の内で独りごちる。
奏はファンタジー系の物語は好んで読むことはあっても、それらが現実として自らが経験し得ないものであるとはっきりと分別していた。だからこそ楽しんでいる部分もある。……葵と愛は憧れを抱いていたが。
しかし、歩けば歩くほど今いる場所がそうであると思わせる。最もな要因は妖精らしき光の存在であった。姿形は未だぼやけてはいるものの、明確な意志を持って動いている事だけは把握できた。
「……ここは異世界なのでしょうか」
ぽつりと葵が呟く。彼女もまた奏と同じ思いを胸に抱いていた。
「どうだろう。とにかく今は愛を見つけることを考えましょう」
それからふたりは気持ちを保つようにぽつぽつと会話を途切れさせずに歩き続けた。自然の音に耳を傾けて、変わらず幻想的な景色を凝視していると、「あ!」と葵が前方を指差した。
「愛!!」
ふたりは一目散に駆け出す。愛を見付けたのだ。
彼女は草花の絨毯に横たわっていた。慌てて駆け寄った奏が口元に手を当てるなどして状態を確認する。一足遅れて追い着いた葵が息を切らせながら「愛姉さまは?」と問い掛ける。
「…………寝てる、わね」
愛は穏やかに眠っていた。ふたりの心配を他所に、大変気持ち良さげに顔が緩んでいる。
「っ……はあぁぁぁ……」
無事であると分かって葵は盛大に息を吐いた。張り詰めていた糸が切れて、ぺたんと力無く座り込む。
「良かったです……」
もう二度と会えないのではないか。
そんな考えがずっと拭いきれなくて、けれども今それがやっと払われて、再び涙が頬を伝うのも気に留めずに愛の手を取った。奏はというと愛の呑気な寝顔に苦笑するしかなかった。
しかし、3人揃いはしたもののまた新たな難題にぶつかる。
此処は何処なのか。帰る方法はあるのか。
(そもそも出口はあるのかしら)
奏は今自分たちが置かれている状況に目を向ける。
何もわからない今、それでも出来る事をやるしかなかった。このまま留まっていても現状は変わらない。転移した時に持っていた鞄を手放されたようで、水も食糧も全て失ってしまった。
「愛が起きたら出口を探してみましょう」
「あ、はい……!」
「それまでは私の膝で寝てる?」
「む、もうそんな子どもではありませんよー!」
「ふふっ」
ふたりは目先の目的を定める。
再会できた安堵からか、笑い合える余裕が生まれる。
『ああ良かった。落ち着いたみたいだね』
「っ!?」
突如、声が聞こえた。
(何処から……!?)
警戒する奏。葵は息を詰まらせて縮こまる。無意識に愛の手を強く握りしめた。
『驚かせちゃってごめんね。そんなつもりは無かったんだけど……』
少年と思わしき声が言葉を続ける。声が響き伝わる度に葵と奏は強烈な違和感を覚えた。声は耳を通らずに、脳内に直接語り掛けきていた。異質な感覚にふたりは気持ち悪さを覚える。
『そうか。キミたちは慣れてないんだっけ。大丈夫?』
思わず頭を抱えるふたりを声が気遣う。それから光が現れて、除々に人の姿を象った。
項までの真っ白でさらりと流れる白金の髪。透き通った白い肌に大きな金色の目。10にも満たない華奢な体躯にふんわりと波打つ白布を纏っている。
神秘的な空気を纏わせて少年は微笑んだ。
「これでどう?」
今度はしっかりと少年の口から言葉が発せられた。耳に届く感覚に奏と葵はまともに息を吐いた。麗しい容姿に似合う、鈴のような耳心地の良い音色だ。とはいえ、得体の知れない相手にふたりは気を緩めたりはしなかった。
「それで話の続きだけど」
一方、少年の方は全く気にしておらず、ふたりからの承諾もないまま話を進める。
「まず、此処はキミたちのいた世界じゃない」
すんなりと残酷な現実を告げた。
(──ああ、やっぱり)
受け入れ難いはずなのに、奏は納得してしまう。
葵は真逆の表情を浮かべた。何となく気付いてはいた。気付いてはいたが、そうであってほしくないと心の奥底では否定していたのだ。
落胆と動揺をあらわにするふたりへ、微笑みを携えたまま少年は言葉を続ける。
「キミたちは扉に触れただろう?あの扉はキミたちのいた世界とこの世界とを繋いでいたんだ。精霊たちに案内はさせてたけれども、来てくれるかは賭けみたいなものだったかな」
「この世界?それと私たちを呼んだ理由は?」
決して取り乱さず、奏は問いただす。
これから先を見据えて、今は有益となり得る情報を聞き出さなければならない。
狼狽えない奏に少年は感心したような顔をする。
「キミは強いんだね。アオイくらい動揺しても可笑しくはないのに」
「!なんで……」
「ああ。名前については事前に聞いていたからね。……本当はキミも同じなんだね」
奏の反応を見てくすくすと少年が笑う。誂われた気がした奏だが、怒りをぶつけることなく一度深く目を閉じた。昂りそうになった気持ちを落ち着かせる。
少年はというと「どうしたの?」とわざとらしく小首を傾げていた。
奏はそれには答えず、質問を繰り返した。
「……私たちを此処へ呼んだ理由は?」
「この世界は近い未来、理と秩序が壊されてしまう。世界の概念が変わりかねない程の出来事が起こる。それを阻止するために協力して欲しいんだ」
淡々と言い渡されたのは予言めいたものだった。
「キミたちを選んだのは運命の導き、かな。ひとりだと荷が大き過ぎるから下手すれば暴走を引き起こしてしまいかねない。壊れちゃったら元も子もないしね」
「っ……!」
ふたりの全身が粟立つ。かたかたと葵の手が震えた。
確かに精霊に導かれて扉に触れたのは三姉妹の意志だ。しかし、あまりにも勝手な都合を平然と押し付けるだけでなく、人の命を軽んじているような口振りであった。
(何が”運命の導き”よ……)
だが、今は悪態すらつけない状況下に三姉妹は置かれている。少年の言葉に従う他ない。奏も葵も、叫びたくなるのを無理やり飲み込んで抑えた。
「この世界についてはこれから現れる彼のもとで教わることになるから割愛するね」
「これから現れる?」
少年のまたも予言めいた言い回しに奏は聞き返す。
「すぐわかるよ。あ、保護もしてくれるから安心して。彼、こっちが心配になるくらい良い人だから」
「なら、あなたは?何者なの?せめてそれくらいは教えてくれても良いんじゃないかしら?」
捲し立てるように質問を重ねる奏に、少年は優美に微笑んだ。
「そうだね。ボクは──この世界における神、だよ」
「は…………?」
「神、さま?」
少年の名乗りに奏と葵はぽかんとなる。
そういえば、とふたりは最近よく読んでいた書物を思い出す。
主人公が何らかの因果により異世界へと招かれ、その途中で神から力を授かり、それを己の有益となるよう駆使しながらスローライフなり冒険なりを楽しむ物語である。
今、自分たちの身に起きているのが正にそれではないだろうか。それにしてはずいぶんと重いものを背負わされようとしているが。
(いよいよ神さまのお出ましか。これは、夢でも物語の中でもない。現実なのよね……)
奏はひっそりとため息をつく。
(神さま?なら、わたしたちは……)
葵はというと、神と知って恐れ慄く。
自分たち人間などその気になればどうとでも出来てしまうだろう。下手に刺激を与えてしまわぬようにと大人しく身を竦めた。……単に怖いだけでもあるが。
自らを神と名乗った少年は不意に3姉妹から視線を外す。
「……あまり長くは顕現出来ない。でもキミたちの傍から離れるのも芳しくない。だから──」
『暫くの間、ボクの器になってもらうね。ああそれと【使命】を背負う君たちに力を与えるね。それはそう遠くない内に目覚めるから楽しみにしてて。きっと気に入るだろうから』
まだ話の途中だったが、少年の姿がぐにゃりと崩れた。掌程の小さな光へと変貌すると、目にも留まらぬ速さで葵の体の中へ吸い込まれるように消えていった。
「っ!」
体の内側から強い力による熱を感じ、葵は膝から崩れ落ちる。
「葵!」
慌てて奏が抱き寄せる。
「っ……ぅ……」
身を捩りながら葵は奏の手を握る。普段の彼女からは想像も付かない程の力で握り締められ、骨が軋む感覚に奏は顔を顰める。
一瞬の出来事に割って入る事すら叶わなかった。
(また、私は──)
奏は無力感に気持ちが飲まれそうになるも、頭を振って払い除ける。
「葵!」
懸命に名前を呼んで華奢な身体をさすり続けた。すると、徐々に葵の苦悶の表情が和らいでいく。きつく閉じられていた目がゆるりと開いて、奏とかち合う。
「葵。大丈夫?」
奏が声を掛ける。すっかり葵の顔色は戻っていた。
「お姉さま」
姉の不安げな顔を見て葵は微笑む。
「気分は?」
「もう大丈夫です。……今、わたしの中に神さまがいらっしゃるのでしょうか?」
葵は自身の胸元に手を当てる。
身体の中で渦巻いていた力はもう静かに、穏やかに流れているような不思議な感覚があった。
「彼の言葉を信じるならば、そうでしょうね」
「……わたしたち本当に異世界へと来てしまったのですね」
「その可能性が高いと見るべきね」
ふたりは嫌でも現実と向き合わなければならなかった。
自らを神と名乗った少年の言葉通りならば、三姉妹はこれから現れる人物と出会いを果たす。彼に保護されれば、今いる世界について識る事が出来る。
果たしてその人物は三姉妹にとって味方になってくれるだろうか。何れにせよ、此処が異世界だとすれば頼らざるを得ない。
互いに頷いて身構えていると、「さむっ!!」と眠っていた愛が声を上げた。驚いた葵と奏が振り返る。
「……へ?あれ?あの子は?」
きょろきょろとしてから愛はこてんと首を傾げた。
「愛姉さまあぁぁあ!」
嬉しさに葵が勢い良く飛び付く。体勢を整えていなかった愛は鳩尾付近に諸に食らった。「ごふっ!?」と思い切り息を吐き出す。けれども愛しい妹をしっかりと受け止めた。
「おはよ、愛」
「お、おはよう?」
「とりあえず、今さっき起きた事を説明しておくよ」
「え?あ、うん」
全く状況を掴めていない愛に奏は今起きたことを説明する。
「──つまり、ぼくらはこの世界の都合によって神さまに連れてこられたって訳か……。それも偶々都合が良かっただけで選ばれて。偶然、ね。うんうん、なるほどなるほど」
愛はすんなりと事の顛末を受け入れた。
「……愛。私たちと逸れていた間何があったの?」
奏が早々に切り出す。
「扉に触れた後の事?」
「そう。あの子って言ってたけど、誰かと会ったの?」
「愛姉さまはわたしたちよりも先に此方へと来ていらしたのですよね」
愛が起きた第一声に、葵と奏は気になった。
「うーんと、それは……」
愛は言い淀んだ。言い難いと言うよりはどう説明すればいいのか、上手く言葉に表せないといった顔をする。
(やっぱりふたりは見てないんだ)
自分とは違うふたりの反応を見て、ひとり愛は確信する。
──扉の先にあったのは、人間が立ち入ることの赦されない聖地であった。奏と葵が聞いたこの世界の都合と神が深く関わっているであろう【不可侵の聖域】と呼ばれる場所に愛は招かれた。
しかし、目覚めたばかりなこともあって愛はまだ夢現な状態であった。
「ごめん。まだ頭ん中ごちゃついてて上手く話せないや」
「そう……そうよね。まずは落ち着いてからにしましょうか」
「今はこれから会う方へきちんと事情を説明しなくてはなりません……」
「そもそも私たちの話を聞いてくれるかどうか。こちらの世界の人からすれば不審者みたいなものでしょうし」
「うう……普通は事情聴取とかありますけども……」
ふたりもそれ以上は言及しなかった。
けれども表情に陰りが残る。やはり神の言葉と、これから出会う人物への拭えない不信感が大きい。そもそも言葉が通じるのかすら分からないのだ。
そんなふたりを励ますように愛が肩を寄せて、明るく笑う。
「ま、何とかなるっしょ。ううん、何とかしよう。大丈夫!ぼくらならいけるよ!」
「……そうですね。三人寄れば文殊の知恵とも言いますし」
「暗い気持ちのままでいても仕方ないものね。今は3人とも無事であったことを喜んでおきましょ」
「はい!」
葵と奏も釣られるように笑う。「その意気だよ!」と愛も加わり、3姉妹は気持ちを鼓舞する。そうして歩き出そうとした時だった──。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!




