断罪パーティ 前編
学校の創立100年を記念するパーティが開催された。
穏やかな音楽が聞こえてくる華やかな会場。
私はリプシーと一緒に美味しい料理に舌鼓を打っていた。
周囲を見れば生徒だけではなく沢山の貴族が参加している。
王様を筆頭に王族もやってくるのだ、出席しない貴族はいない。
下級貴族家としても顔を売れる可能性があるのだから。
そういえば余興としてパーティの中盤でダンスもあるだろうけど、ベッセル様はどうするんだろう。
不自然な位に何も聞いていないのだけど。
普通先にそういう話ってしないのかしら。
そんなことを考えていると、歓声が聞こえてきた。
先に到着したのはマスカディア王国の現王様である、カルス陛下。
そして側に付き従っている青い髪の貴族……あれがドレスデン公爵だろうか。
それからすぐに声が聞こえてきたが、すぐにざわつきに変化した。
見ればベッセル様が歩いてくる。
だが問題なのはその隣を歩いている人物だ。
「ルティシア様……」
隣でリプシーが呟く。
リリーナ・エレベレンが相変わらずキラキラ宝石のついたドレスを身に着け、隣を我が物顔で歩いている。
あれ? ベッセル様の婚約者はあの女性だったか?
そんな声が聞こえてくるが、予想は出来ていた事だ。
冷ややかな目で見ていると、二人は私を見つけたようだ。
顔を顰めながらこちらへ歩いてくる。
また何か難癖かしら。
ぼんやり考えていると、ベッセル様(とリリーナ)は私の前で止まり、そして指差してきた。
「ルティシア! お前がリリーナに陰湿ないやがらせをしているのは分かっている! 今すぐ罪を認め、彼女に謝れ!」
「えっと……身に覚えがございませんが、何かの間違いでは?」
「嘘をつくな、往生際が悪いぞ!」
往生際って……。
周囲がざわつく中、私は内心何を言ってんだこの人は……と半ば呆れつつも表情に出さないように首を傾げるだけに留めておく。
「先ほどから申し上げておりますが、わたくしはそのような事をしておりません」
淡々と喋る口調にイラついているのか、ベッセルは睨むように見ながら声を荒げる。
「しらばっくれるな! お前が陰でリリーナの悪評を流して評判を落としたり、旧校舎の近くを歩いている時に水をかけたりしたと。話は聞いているんだぞ!」
王子の横からリリーナが泣きそうな声で叫ぶ。
「まさかルティシア様がそんな事をされるとは思っていませんでした。優しくしてくれていたのにお友達から私の悪口を言っていると聞いて愕然としました。更に水をかけられた直後、生意気だからよ、いい気味ね……と言いながら旧校舎から出ていく姿を見た方もいます」
「それは酷い」 「そんなことが?」
周囲でひそひそと話す声が会場に響く。
ベッセルがルティシアを指差す。
「そのような卑しき心の持ち主を王妃にするわけにはいかない! ましてや反撃の出来ない立場の低い者に対してあまりにも酷い! 私はお前との婚約を破棄し、リリーナと婚約をする! 命令だ、今すぐこの者を牢へ連行しろ!」
「お待ちください! 発言をお許しください」
私は手で衛兵達を制しながらベッセルを見る。
ベッセルは、見下すような目で見てくる。
「何だ? 罪を認め謝る気になったか?」
俯き、一度口元に手を当ててから仕方ないと覚悟を決める。
「仕方ありません、証言いたします。あなた方の嘘と罪について」
「私達の……だと?」
周囲の視線が集まっているし音楽も止まっていて、声も響く。
ちょうどいい。
「ではまず嘘の訂正から。リリーナ様への嫌がらせの件ですが」
「そうです、あなたは陰で私の悪口を言っていると」
「どのような? 聞いたのでしたら内容位言えるでしょう?」
「その、私に嫉妬して可愛くないとか……」
「それは悪口ではなくて事実ではないですか?」
「え?」
予想外の返答にリリーナが困惑する中、私は周りを見渡す。
「皆様、ご覧いただけたら分かると思いますが、私とリリーナ様、どちらが綺麗ですか?」
周囲がそれぞれ隣の人らと相談する。
「それは……ルティシアさんじゃないか?」
「だよな、品があるし」
私は満足したように大仰に頷いてからリリーナを見据える。
「この通り、私の方がリリーナ様より美しいのにどうして嫉妬して悪口なんて言う必要が? というかそんな分かり切った事を陰で言う必要がないでしょう? それに評判が落ちるって話も、ただの事実なのだから正当な評価に近づいただけじゃないかしら」
何処からか確かに……という言葉が漏れる。
「で、でも水を上からかけられて……っ!」
「かけられて?」
「制服が水浸しになって……」
「そうね、ちょっとそこ理解出来ないんだけど。それのどこが嫌がらせなの?」
「え?」
うーん、私と考えが違い過ぎると思うのよね。
「だって、頭から水を被ったって服が濡れたってむしろ魅力的になると思うのですけど」
「そんなの……あなたが上から水をかけられた事が無いから分からな……」
「水をかけられたわ。子供の頃にね。でもむしろそれで自分の可愛さを知ったわ」
「そんな嘘……!」
「嘘じゃないわ、ベッセル様だって知っているし、恐らくこの中にも実際に見ている人は多いと思うわ」
「……事実だ」
「そんな……っ!」
苦々しく言うベッセルの反応を見てリリーナが絶句する。
うん、なんていうか彼女はちょっと物を知らなすぎると思うのよね。
自分の本当の価値は水を被った時に知る事が出来ると思うの。
「つまりね、それらは私にとって嫌がらせではないの。だから、『生意気だからよ、いい気味ね』でしたかしら? そういった捨て台詞もわたくしが言うわけがないの。わたくしの中でそれは嫌がらせではないから。理解できたかしら?」
「し、しかしだ。婚約破棄は取り消さないぞ!」
「構いません、どうぞ」
「そうだろう? なら……え、構わない?」
呆けた顔をしてこっちを見てくるが、私は別に婚約破棄してもらって本当に構わない。
むしろここまで来てやっぱり婚約破棄は辞めようと言われてもそれはそれで困る。
「はい、構いません。そもそも彼女のこんな嘘を真に受けて、婚約破棄と言い出すベッセル様と再び仲を戻そうとは……」
「な……くっ、お前にそんな事を言われる筋合いはない! そ、そうだ。公爵令嬢風情にもう発言権などない。もう王族の婚約者ではないのだからな」
「その通りです」
一人の貴族がやってきた。
50は超えているだろうか、豊かな髭に青い髪、眉間に皺がよった貴族だ。
ただ、この人どこかで見たことあるような……。
「失礼、面白い話が聞こえてきたのでつい……申し遅れましたが私はラーム・ドレスデンと言います」
ああ、彼がドレスデン公爵か。
耳に残る低い声をしている。
「会話中に差し出がましいとは思いますが、ベッセル殿下の言う通り、婚約者で無くなったのでしたらルティシア様はただの公爵令嬢です。それでいてベッセル殿下に物言いをするなど許されないはず。これは相当な罪です」
「それは……」
確かに立場上私にベッセル様に対してまで言える権利は無い。
何も言えなくなった私を見てふっと笑うドレスデン公爵。
「分かっていただけましたか。まあ、後々裁定は下るでしょうが、この場はおしまいに……」
「王族の婚約者でなければ発言権がなくなるというのなら私が彼女の婚約者に立候補しよう」
声の先、人波の向こうからエドウィンがゆっくりと歩いてきた。
そのまますぐに続きを更新します