王子様は愚かじゃないって本当?
「昨日の事を聞いたぞ、どういうことだ」
次の日。
私はベッセル様に呼び止められた。
こんな廊下で更に人の多い所でやめていただきたいのだけど。
見ればベッセル様の後ろには見覚えのある馬鹿三人が立っている。
告げ口されたようだ。
とはいっても、私は間違っていないはず。
「どういうことだとは? 昨日の事は決して私が悪いわけでは……」
「言い訳は良い!」
聞いといて話を聞かないのはどういう事かしら。
全然理解出来ないわ。
「ベッセル様は一体どんな話を聞いたのですか?」
「私は一応お前を婚約者だと思っている。しかし、それを笠に着て横暴を続けるとなれば言語道断だ。さあ、彼女らに謝れ!」
「あー……」
一体何を謝ればいいのだろう。
昨日は正直にあなた達が悪いと言ってごめんなさいとでもいえばいいだろうか。
それとも、弱い者いじめを邪魔してごめんなさいの方だろうか。
「わたくしが悪いとでも言いたいのでしょうか?」
「そうだ、何も悪いことをしていない彼女らを人前で罵倒して恥をかかせたそうじゃないか。そんな振る舞い、王太子妃教育でしろと言われたのか!?」
カチンと来た。
王太子妃教育に関してあなたに言われたくないのですけど。
そもそも、何だこれ。私の言う事を聞く気ゼロじゃない。
見れば三人の令嬢達は笑っているし、ベッセル様の腕を掴んでいるのはリリーナ。
しかもちらっと後ろを見て小さく頷いている。
そう言う事か、彼女が相談を受けてけしかけたのか。
リリーナはあからさまに私を敵視してるものね。
それにしても見ると先日よりまたアクセサリーが増えているようだけど、随分と羽振りが良いのね。
周囲の人を見れば昨日食堂へいた人達がちらほらいるけど、俯いている。
当然だ、王子の異に反する事を言っては後が困る。
ちらっと見ればリプシーが怒りの表情を浮かべているけど、目配せで止めた。
これに彼女を巻き込むわけにはいかない。
「ルティシア!」
今の力関係はどうしても私が負けてしまいますし。
さあ、どうしましょうか。
「一体何の騒ぎだ?」
荒れた場を静かにさせる声が聞こえてくる。
見ればエドウィン様が人壁に道を作りながら歩いてきた。
「騒がしいと思えば……一体何をしているのです?」
「え、エドウィ……! こ、このルティシアが昨日食堂で彼女らを不当に辱めたのだ」
「ルティシアが?」
エドウィン様がちらっと私の方を見てきた。
というかエドウィン様はどうして平然とベッセル王子と話しているのだろう。
もしかして王子並みに偉い人なの?
「誤解です! そんな事は決して」
「いいえ、私達は彼女に辱められました」
「立場が上だからといって機嫌で下の者へ強く当たるなど、あってはならない」
「そうです、私達に非は無いというのに……っ!」
三人の伯爵令嬢達が口々に自分の正当性を主張する。
どの口が……と言いたいが、ここでそんな事を言うべきじゃない。
「ルティシア、そうなのか?」
「いいえ、私ではなく彼女らこそ自分達の不注意で起きた事を下の立場の者へ難癖をつけていました」
「そんな嘘が通じると思うか。私は昨日起きた事実を後ろの彼女らとリリーナからしかと聞いたのです」
加害者から事情を聴いてどうするのよ。
そこにどれだけ事実が含まれてるかなんてわからないじゃない。
エドウィン様は、私を見てから露骨に口元を歪ませた。
「ルティシアが言っていることが本当であればそれは、ルティシアを褒めるべきではないですか?」
「小人の嘘に振り回されず今一度落ち着いて皆の話を聞くべきだ。この者は自分の才を鼻にかけ偉ぶっているのだ」
小人って私の事か。
腐っても美しい婚約者によくもそんな事が言えるわね。
そもそも鼻にかけるほどの才能なんて……もしかしてあるのかしら?
――ってそうじゃない。
「エドウィン様!」
「実は言うと私は昨日食堂にいたのだがな。正確にはルティシアが彼女らに声をかけた位の時だが」
「え?」
エドウィン様あの場にいたの?
その割にはあの時何もしなかったのは何故?
人助け好きじゃないのかしら? その割にはどうして今は?
疑問に満ちた目でエドウィンを見ていたが、当の本人は、私の目に気付き一瞬笑みを浮かべたが、すぐに表情を変え、三人を睨んだ。
すると三人は、顔色が変わり、急に狼狽し始める。
「貴族の淑女たるものが欺瞞で人を陥れようとするなど、それこそ言語道断。ベッセル王子ともあろう方が小人の戯言を真に受ける程愚か……と私は思わない……ですが?」
「それは……し、しかし……」
ベッセルが三人の方を振り返るが三人は俯いているし、続けてリリーナを見るが、リリーナとも視線が合わない。
「くっ……失礼する!」
ベッセル様(他4人)は逃げるようにこの場から去っていった。
あの、私に何か言う事あったでしょ。
――ともかく。
「エドウィン様、ありがとうございました」
「気にするな、それにしても……」
エドウィン様は真剣な表情で彼らが去っていった先を見ていた。
☆☆☆
「ベッセル様、申し訳ありません。私もあの三人の嘘に騙されたのです」
リリーナは、ベッセルと誰もいない教室に入ってからすかさず抱き着きそう言い訳をした。
「ごめんなさい」
「そうか……」
リリーナのしおらしい声にベッセルは、顔を俯かせながらリリーナの背中に手を回す。
「私は寛大だ、許そう。完璧な人間なんていないんだ。ミスだってするものだ」
「ベッセル様……」
リリーナがベッセルの胸に顔を沈めていく。
「そうだよな、ミスをしたり想定外の事があれば落ち込むのが普通だ。やっぱりあれは普通じゃない……」
「何か言いましたか?」
「いや、何でもない」
ベッセルは至近距離にいたリリーナの耳にすら届かないほど小さな声で呟いた。
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