公爵令嬢の王太子妃教育が始まる
王太子妃教育が始まった。
王太子妃教育とは、次期王妃となるものが受けなければならない教育の事である。
王妃らしい知性、教養、品格を身につける目的で行われるもので、非常に厳しくされる。
食事や軽いお茶会の際に音を立てないようにするとか、言葉遣いに気を付けるとか、王を補佐する為の知 識を身に着ける等、当たり前の事を当たり前に出来るようにする修行だ。
教えてくれるのは鉄の夫人と呼ばれているゾフィー女史だ。
感情は一切表に出さず、常に笑わず冷ややかな顔で駄目なところを指摘し続ける彼女は、何人もの貴族令嬢を育て上げてきた淑女である。
……まぁ、服についている宝石は、それなりの質の石だったから鉄の女というよりはそこそこの石の女と言いたいけど、失礼に当たるから黙っておきましょう。
ともかく、ルティシアは前世でも貴族令嬢でありある程度のマナーは身に着けていたが、やはり王太子妃教育は厳しく、何かと怒られた。
特にある一点を直すようにと指摘された。
そう、顔である。
王妃とは表情を動かさず微笑を浮かべる程度にとどめるべきなのだ。
しかし、ルティシアは唯一それが苦手だった。
「ルティシアさん、何度言ったら分かるのですか?」
「申し訳ございません」
ルティシアは素直に謝るが、決して治らなかった。
感情が表情に出過ぎてしまう。
それはルティシアの長所であり、短所でもあった。
「笑うにしても微笑まで、そうおっしゃっているでしょう」
「はい、微笑……ですね」
ルティシアが目を細め口角を上げ微笑を浮かべるとゾフィー女史は、無言のまま小さく息を吐く。
「ルティシアさん」
「はい?」
「それはわざとやっているのですか?」
「申し訳ありません」
そうこうしていると扉が開く。
不意にベッセル王子がやってきたのかと思ったのだが、違った。
「おっと、怒られている最中だったかな?」
☆☆☆
軽い口調で部屋に入ってきたのは、先日のパーティで出会った男の子だ。
否、男の子と言っては失礼にあたる。
「少し休憩にしないか? ちょうどお茶の準備が出来たんだ」
朗らかに笑う彼の名は、エドウィン。
話によるとどこか公爵家以上の子息らしい。
どこか……という曖昧なのは、誰に聞いても答えてくれないからだ。
よっぽど偉い人なのか、それとも口にしてはいけないような家柄なのだろうか。
少なくともゾフィー夫人とは顔見知りのようだ。
「エドウィン様だけですか……」
「ん、私以外の誰かを待っていたのかな?」
「いいえ、別に……」
たまには様子を見に来てくれても良いのに。
王太子妃教育が始まってからベッセル様は数度しか来ていない。
最初に来た時、たまに躓く私に対し頑張れと言いながら暖かな目を向けていた。
しかし、すぐに出来なかった事を出来るようになりどんどん怒られる頻度が減ってくると共に、ベッセル様は来なくなっていた。
どうして来なくなったのか、私が過去に躓いた所を完璧にするたびにベッセル様の表情が曇った覚えがある。
もしかしたらドジっ子が好きだったのかしら。
ならわざとミスを……いえ、そういうのは良くない。
私は私らしく、その魅力で見直してもらえるように……。
「……シア」
「は、はい!」
いけない、呼ばれていたのに気づかなかった。
「ルティシアは凄いね、王太子妃教育が始まってからまだそう経っていないのに所作が完璧だ」
「ありがとうございます」
最低限の所作は前世で出来ていたから、あとはもう少し洗練させるだけだったし。
ただ……。
「浮かない顔だね」
「いえ、どうしても感情が出てしまって、微笑も上手く出来ません」
「へえ……やってみて」
エドウィン様に言われたから早速微笑を浮かべた。
ちらっとエドウィン様を見ると、彼は口元を手で隠しながら含み笑いをしているのが見える。
「エドウィン様?」
「いや、ごめん。馬鹿にしているわけじゃないんだ。ただ……」
「ただ?」
その後の返答は返ってこなかった。
やはり悪かったんだろうか。
だけど、エドウィン様が立ち上がり、ゾフィー女史に何かを言いに行った。
一体何を言ったんだろう。
すぐに戻ってきたけど、私には何も言ってくれなかった。
ただ不思議なことに、それから表情に関してゾフィー女史に一切何も言われる事は無かった。
続きは明日また更新します