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公爵令嬢は水浸しになる

「あ……あれ? 私……」


 5歳になった時、ルティシアは唐突に前世の記憶が蘇った。

 ただ全部ではない、所々虫食いの記憶だ。

 元々貴族家の令嬢だったけど成人前に死亡してしまった事。

 当時は辺境伯の令嬢だったけど今回は公爵令嬢。

 ルティシアは自然とパアア……と表情を明るくした。


 どうやって死んだかまでは思い出せなかった。

 けど、もう一度生を受けた。もう一度やり直せる。

 今度は公爵令嬢として、しかも前より更に綺麗な顔立ちで5歳から始められる。


「わたくし、ついてますわ……っ!」


 思わず心の中で拳を上げた。

 はしたないから表では絶対出来ないけど、きっと神様が私にもう一度チャンスをくれたのよ。

 神様に愛されてる!

 きっと幸せになれますわ!


 天井を見ながら急に止まったルティシアを見て、屋敷の使用人達が心配そうにしていたからコホンと咳払いだけして広い自室に戻る。

 そして、一応鍵を閉めてから心置きなくドレスの裾を持ちながらくるくると回った。


☆☆☆


 8歳の誕生日を迎えた頃、私は王子の婚約者に選ばれた。

 先日、伯爵以上の貴族家の令嬢達が集められ、パーティに参加した。

 その中で唯一喋り方やマナーが最初からある程度出来ていたから……という理由と家柄だ。

 王太子妃教育もまだなのに凄い……っ! と褒められたけど、以前の記憶である程度所作とかは学んでいたから当然なのにね。

 そうこうしているうちに、ベッセル王子と対面する事となった。


 初めて会ったベッセル王子は、それはもう輝いていた。

 サラサラの綺麗な金髪に青い瞳、年齢は同じ歳だけど顔立ちが完成されていた。


「初めまして……」


 初々しい話し方に胸が躍る。

 この方が将来私の夫となるんですね。


 私はドレスの裾を持ちながら綺麗なカーテシーをする。


「初めまして、ルティシア・アルバインです」


「ルティシア・アルバイン。なんて美しい……」


 お互いの第一印象は、とても良かった。

 その後は庭園を話しながら歩いた。


 ベッセル王子が先導してこれは何の花、これは何の花で季節によって……等と色んな説明をしてくれる。

 更に事あるごとに私が疲れてないか等と気にかけてくれる。

 何て素晴らしい方なんでしょう。

 お声をかけてもらうたびに私は感激していた。


☆☆☆


 それからしばらくしてとある王家に近しい大公が開くパーティに参加することになった。

 私がベッセル王子の婚約者になった事の報告のようなものをするそうで、私はワクワクしていた。

 会場は豪華に仕上げてあって、天井付近のステンドガラスからは陽光が差し込む。

 豪華な食事に舌鼓を打ちながら色んな貴族に挨拶をしていく。

 その中には以前一緒のパーティに参加していた令嬢達もいた。

 どの子も私に敵意満々で見てくるけど、私が王子に選ばれたからと思うと気にならなかった。


 その後、パーティの途中で中央に立たされてベッセル王子の婚約者として紹介された。

 少々気恥ずかしかったけど、ベッセル様が私の手を握ってくれるから徐々に気持ちが落ち着いていった。


「少々食べ過ぎたかしら……」


 式典が終わってから私は風に当たると言って一人で歩いた。

 自分の身長よりやや高い生け垣の横道を歩く。

 庭師が丁寧に手入れしているのだろう、綺麗に揃っていて素敵だ。

 歩いていると生垣の向こうから何人かの足音が聞こえた。

 私のように料理を食べ飽きた方々かしら?

 そう思っていたその時。


『バシャ』


 上から水が降ってきた。

 くすくすと笑い声が聞こえる。

 聞き覚えのある声だったけど、今はそれどころではない。


 ドレスが濡れちゃった! ていうか絶対今の私を敵視してた令嬢達じゃない!

 慌てて追いかけようとするが、向こう側に行けない。

 走り去っていく音が聞こえた。


 彼女らは爵位でも伯爵令嬢で下だ。

 表立って文句を付けられないからとこんな品のない嫌がらせをしたのだろう。

 うーん、どうしよう……。


「大丈夫ですか?」


 不意に後ろから声をかけられた。

 見れば私と同じ年位の男の子が立っていた。

 金髪碧眼で綺麗な顔をしていて服も随分と上質なもので何より付いている装飾の石がとても高価なものだ。

 前世で私は宝石を取り扱っていた辺境伯の令嬢だったからとてもよくわかる。

 大分偉い貴族家の方なのは間違いないわ。

 それにしてもどこかで見た覚えが……。


「すいません、今向こうから走ってくる子達がいたので様子を見に来たらあなたがいて」


 言いながら男の子は、私を気の毒そうに見てきた。

 濡れてしまったドレスに視線を下げる。

 待って、ドレスもそうだけどせっかくセットしてくれた髪型も台無しになってるんじゃ!?


「か、鏡……鏡を持ってませんか!?」


「鏡ですか?」


 鏡なんて持っているわけないか……と思ったけど、予想外に男の子は服から鏡を出してくる。


「小さな鏡で良ければ」


「助かります!」


 きっとぼさぼさ髪になってる。

 こんな姿であの会場に戻るなんて……。

 そう思いながら鏡を覗き込んで一瞬言葉を失った。

 驚愕に私は、思わず手で口を押さえてしまう。


「酷いことをするものです。貴族家のパーティではこういう事がたまにあるそうです。気になさらないで……「なんてこと……」」


 え? ――と男の子が聞き返す。

 私は鏡を見て、それから顔を上げる。


「わたくしとっても可愛いじゃないですか!」


「は?」


 え? どうして? 上から水を被ってせっかくセットした髪も台無しになっちゃったのに、この恵まれた顔と綺麗なプラチナブロンドの髪が奇跡的に合ってる!

 私の顔面強すぎ!?


「ねえ、わたくし可愛いですよね!?」


「は、はい。とっても……」


 そう聞き返すと男の子は、あっけにとられた顔をしてからゆっくりと頷いた。


 会場に戻ると誰もが私を見てぎょっとする。

 王子の婚約者と紹介された女の子が急にドレスごと水浸しになっているのだ。

 それは驚くに決まってる。


「ルティシア!」


 ベッセル王子がかけてくる。


「一体どうしてこんな……」


 悔しそうな表情をしているけど、私は首を傾げた。


「ベッセル様、どうしたのです?」


 聞き返した私にベッセル様は、困惑の表情を浮かべる。


「どうしたって僕が聞きたいんだけど」


 いえいえと私は首を横に振る。

 ステンドグラスからの光が私を照らす。


「わたくし、気づきました。水を被ってなおわたくしは可愛いと! むしろ水を被ったからこそ可愛いのだと! そうは思いませんか!?」


 私はそう聞き返したのですが、ベッセル様は微妙な表情を浮かべながら何も言ってくれなかった。

 どうやら私の可愛さはベッセル様にわからなかったようだ。


 その直後、くつくつと後ろから笑い声が聞こえる。


 見ればさっきの男の子がお腹を抱えながら笑っていた。


「あら、あなたは分かってくださるのですね」


 そう言うと男の子は、当然とばかりに頷いてくれた。

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