断罪パーティ 後編
現れたのはエドウィン。
本当に良い所で現れる奴だ。
多分タイミングを狙っていたんじゃないだろうか。
普段の制服姿と違い、子供の頃のパーティ以上に飾った衣装を着こなすエドウィンは王子様のようだ。
ていうかもしかして?
瞬きしながら見ているとエドウィンは、ふっと笑った。
「呆けた顔も良いな。ともかく、言ってなかったが、私の本名はエドウィン・マスカディア。マスカディア王国の第二王子だ」
ええ! いや、確かにベッセル様も食堂で気を使ってたけど、それってそういう事だったの!?
でも……あれ? ベッセル様よりエドウィン様の方が年上じゃない? それなのにどうして第二王子なの?
「これはエドウィン殿下。随分と体調が良さそうで」
「ああ、今ならば王の重責にも耐えられるだろう」
「おや? あなたはあくまでも第二王子、王位継承権第一位はベッセル様のはずです。あなた様が王になる芽はございません。以前もそう申したはず。貴族の方々もベッセル様を認めている、そうであろう?」
ドレスデン公爵が周囲を睥睨するように見ると、貴族達は皆小さく頷く。
「それに今は体調が良くてもまた病状が再発するかもしれません。私は王家に忠誠を誓っているドレスデン家の当主として、懸念を……」
「…………」
直後、ばらばらと書面を地面に落とした。
「それ……は?」
唖然とするドレスデン公爵に対してエドウィン様がにやりと笑う。
初めて見た、獲物を前にした猛禽類のような笑み。
「どうしても裏が取れなかったが、エレベレン家当主がようやく折れてくれたよ。まあ、これも全てそこのルティシアさんのおかげなんだがな。ほら、ルーナ大公、スルトナ公爵、確認しろ」
「「失礼!」」
陛下の側にいた貴族達がその書類を見て、そして……。
「な、なんだこれは……」
「他国産の鉱石を国産と偽装して加工し宝石を作っていただと! しかも二流品でこの中には王家に献上していた物すら……っ! ドレスデン公爵! これはどういうことですか!?」
「お、王家を……馬鹿にしているのか!?」
二人が激高しながら叫ぶ。
「そう、エレベレン家が他国から交易で得た二流鉱石をドレスデン公爵家へ納品、そしてそれを加工して市場に流していたというわけだ」
ああ、そういう事か、プレタやレビット国は鉱石の産地だ。
ただあそこらへんの石は良くないという話を聞いたことがある。
つまり、ドレスデン公爵家が領地に持ってきてから自慢の加工技術で相当上手くやっていたって事か。
「わ、私は王家に忠誠を……」
「ならばこれは何だ!? 何故他国から鉱石を買い漁っている? 何故その鉱石量と市場への流通量が一致しているのだ」
「それは……」
「もう鉱石が尽きてきてたんだよな?」
エドウィン様が冷たく言い切る。
「鉱石を宝石に加工出来る高い技術があってもその素材である鉱石が無ければ意味がない。だが三代にわたって王家にも納品してきた名家だ。当代だけ出来なくなったとは言えない。ならば誤魔化すしかないもんな」
「そういう事か……しかし何故エレベレン家もここまでしてドレスデン公爵家に協力したのだ。バレたら相当な罪なのに」
「娘を仲介してもらったからではないですか?」
私に視線が集まる。
「わたくしずっと疑問に思ってました。リリーナ様が学校入学前にベッセル王子と知り合った方法です。いくら何でも子爵家の令嬢と第一王子がどうやって知り合ったのだろうと思っていましたが、ドレスデン公爵が仲介したから出会えたのですね」
するとエドウィン様が頷く。
「そうだ、その条件でエレベレン家はドレスデン公爵に協力していたというわけだ」
「申し訳ない! 全てはエドウィン王子の言う通りだ。認める!」
エドウィン様の言葉にとうとうドレスデン公爵は罪を認めた。
そういう事かぁ……ってあれ?
ならどうしてエレベレン家は折れて情報を漏らしてくれたんだろう。
是が非でも隠しておかなければならない事では?
それにドレスデン公爵も何でそこまでするんだろう?
ベッセル王子の妃となったらエレベレン子爵に主導権握られてしまうよね。
更なる疑問が頭に浮かび首を傾げる私の耳に更に信じられない言葉が入ってくる。
「ドレスデン公爵」
「私が悪かった! 全て私が……」
「ラーム・ドレスデン!」
エドウィン様が強い口調でドレスデン公爵の口を閉ざす。
「お前の罪はそれだけじゃない。どうやって私がエレベレン子爵の固い口を割らせたと思っている。証拠書類を用意させたと思っている。全てが分かったからだ」
震えるドレスデン公爵。
これ以上どんな事が出てくるというのだろう。
周囲の貴族の息遣いが聞こえてくる程の静寂。
だが、そこに来て私はようやく気付いた。
ふとベッセル様の方を見て気付いたのだ。
「リリーナ……」
私の小さな呟きが会場中に響く。
ドレスデン公爵はびくりと体を震わせ、エドウィンが私の方を見て頷いた。
「そうだ。記録を漁るのに苦労したが、リリーナ・エレベレンは2歳の時にエレベレン家に養子になっている。お前が当時病弱だという理由で強引に正妃の子である俺を第二王子に、代わりに妾の子であるベッセルを第一王子にと進言した直後だ」
「養子?」
「お前の隠し子なんだろう?」
その瞬間。私の脳内で全てが繋がった。
リリーナが実子なら、たとえエレベレン家の令嬢がベッセル王子の妃となったとしても、真実を明かせば主導権が握れる。
ドレスデン公爵が私が責めている途中で強引に入ってきたのも逆にベッセル様がリリーナを婚約破棄せざるを得なくなる前に止めに入ったのもそれが理由?
そして……。
「本当のお父様……なの?」
リリーナが困惑した表情でドレスデン公爵に近づこうして衛兵に止められた。
だが、その顔には確かにドレスデン公爵の面影がある。
そうか、ドレスデン公爵はリリーナに似てるんだ。
とはいえドレスデン公爵はもう終わりなんだけど。
「何で……」
「リリーナ?」
「何で、何でこうなるのよおおおおぉぉぉぉ!」
甲高い声が会場中へ響いた。
「はあ!? じゃあ何!? 私は何で今までこんなに苦労してきたの!?
正攻法じゃ王子に会えない家で育てられたせいで先に婚約者の座を奪われて?
恵まれた公爵令嬢に顔で下に見られて?
潰してやろうとしたらこっちが逆に潰されて!?
何でなのよ! ちょっと位苦労しなさいよ! 私が良い目見たって良いじゃない!
だって、じゃあ……じゃあ私のこれまで何だったの!?
他人に育てられて本当の父親がこれ!? 罪人じゃない。私は、何で私はこうなるのよ!?」
絶叫だ。
リリーナのかわい子ぶっていた皮が剥がれて醜い嫉妬心にまみれた内面が露になる。
隣に立っているベッセルはリリーナの突然の変貌ぶりに完全に引いていた。
直後、リリーナは鬼のような形相で私を睨みつけてくる。
「ねえ! ルティシア! 何とか言ってよ! 恵まれたあなたと私何が違ったの!? 何が悪かったって言うの!?」
「さあ、違いは分からないけど、あなたが間違えたのは分かるわ」
「何を間違えたって言うの!?」
私は激昂している彼女を落ち着かせるために微笑を浮かべながら口を開く。
「ええ、確かに爵位と顔は運だけどその攻撃的なのは良くなかったと思うわ。
そもそもわたくしに何もしなければ、あなたは王となるベッセル様の妃として幸せに過ごせたかもしれなかったし。
けど、それを壊したのはあなたじゃない。
あなたが私を敵視してちょっかいをかけてこなかったら、わたくしもエドウィン様も今回の件気付けなかったですもの。
結局あなた自身が不幸を招いた。つまり自業自得です」
「わ……私が……出しゃばったから? 私が……自分で招いた……? うそ……うそうそうそうそっ! 嘘よおおおお……っ!」
リリーナは膝から崩れ落ちる。
両手で耳を押さえ、もう何も聞きたくないとばかりに下を向き、目からはとめどなく涙が流れる。
憐憫と蔑みの目でリリーナを見ているベッセルが視界に入った。
あなた一度でも彼女を愛したのなら……婚約者を名乗るなら支えてあげなさいよ。
そう思ったけど、口にはしなかった。
「……陛下っ!」
それまでずっと奥にいたのか姿がなかったドラン・マスカディア陛下が現れた。
子供の頃に見た時と違い、随分と疲れた表情をしている。
肌は乾燥し、目元は皺枯れ、覇気は無い。
病でも患っているんだろうか。
「全て聞いていたが、恐らくエドウィンの言った事が事実なのだろう。私が表に出れなかった間にこうなっていたか……」
諦めたようなため息をつきながら陛下はドレスデン公爵を一瞥する。
「公を信頼していたのだがな……エドウィンを排除し、ベッセルを選んだのはそちらの方が簒奪が簡単と思ったからか」
「……申し訳……ございません」
陛下の質問にドレスデン公爵は小さく震えた声で答える。
地面に頭を打ち付け、平伏したまま。
「ラーム・ドレスデン。今までの功を思い返してもなお貴様の罪は重い。沙汰を待て」
次に……とベッセル達の方を見る。
「ベッセル、お前はどうしてそう愚かなのだ。確かにお前はエドウィンより才こそ劣っていたが、私は安心していた。本来の婚約者であるルティシアは優秀と聞いていたし、すぐに卑屈になるお前と違い前向きな娘だ。きっと側にいれば国を任せられると思っていたのだがな……」
「父様、私は彼女に騙されたのです……っ! まさかリリーナがこんな女だったとは知らなか……」
「ベッセル!」
強い口調でベッセルを制してから陛下は、深いため息をついた。
「お前の王位継承権をはく奪する。リリーナ・エレベレンと共に追って沙汰を待て。連れていけ」
「そんな……父様、聞いてください! 私は! 私は!」
ベッセル様はリリーナ・エレベレン、ラーム・ドレスデンと共に衛兵に連れていかれた。
何だ、この地獄のような雰囲気。
残されたムード最悪じゃない。
どうするのかしら?
「ルティシア」
「は、はい!」
様子を窺っていたら急に陛下に名前を呼ばれた。
何々? もしかして出しゃばりすぎたから私も何か罰受けるのかしら?
内心ドキドキしていたのだが、陛下は目を細めて微かに笑った。
「王妃になる気はあるか?」
「え!?」
王妃ってもしかして陛下の?
まさかの申し出! でも私と陛下じゃ年齢が違い過ぎると思うの。
でもでも、ここで否と言ったら私も衛兵さんに連れて行かれちゃうかしら。
返答に困っていると横から肩を掴まれ、グイッと引かれた。
「陛下、勿論です。彼女は私の婚約者です」
ええええ!? あ、エドウィン様ですか。
で、ですよね。エドウィン様の婚約者になる気はあるかって話よね。
「嫌か?」
エドウィン様が若干不安そうに見てくるが、私としては答えが決まっている。
「嫌……ではないです」
子供の頃からなんだかんだエドウィン様は私を気にかけてくれていた。
ベッセル様に冷たくされた時も様子を見に来てくれたし、何かといえば私の危機には表れてくれる、本当の王子様。
「陛下、ルティシアは私の婚約者です」
エドウィン様はふっと笑ってから、陛下の方を向いて力強く言い切った。
最後のエピローグは明日更新予定です。




