うな重
「それはそうと、今日の夜ご飯は何ですかっ!?」
「今日は良いウナギが手に入ってな、うな重との事だ」
「やったーっ!! 日本では高級で庶民には手が届かないけどこっちの世界ではめちゃくちゃ安いからお腹いっぱい食べても罪悪感が無いのがまた良いよねっ!!」
そしてやっと緊張感が和らいできたと思ったら、アンナがこれから食べる晩御飯について旦那様がウナギと答えるではないか。
「あ、あの……だ、旦那様──」
「ソウイチロウで良いぞ」
「──ソ、ソウイチロウ様……っ。 ウ、ウナギってあのウナギですか……っ!? あの、黒くてにょろにょろして蛇みたいな、捨て値で売られゼリー寄せぐらいしか食べられない……あのウナギですか……っ!?」
いくらなんでもあのウナギの訳がないだろう。
野良猫ですら跨いでいくといわれている程で、スラムの者たちも食べないというような魚である。
そんな魚が今日の晩御飯だと言われて食堂にいる者たちは皆嬉しそうにしているではないか。
もしかして私が知っているウナギと、ここにいる者たちの言うウナギは違う魚を指しているのかもしれない、と思い始めてしまう。
「あぁ、そのウナギで間違いないぞ。それでもここ最近は俺の領地でもウナギ人気は高まって来ていて、ウナギの価格は高騰してきてはいるんだけどな。それでも日本よりはまだまだ全然安いんだが……」
しかしながら私のそんな考えが当たる訳もなく、どうやら私が脳裏に思い描いていた通りの、あのウナギで間違いないようだ。
というか先ほどから『にほん』という言葉が聞こえてくるのでソウイチロウ様に聞いてみると、どうやら遠い異国の名前らしくてソウイチロウ様たちの産まれ育った国の名前だそうだ。
どおりで、ここにある物から建物に衣服、食べ物まで見慣れないものばかりなのだなと納得する。
「ウナギの蒲焼は栄養価が高く疲れたときに食べると良いと言われているので、長旅で疲れたシャーリー様にはピッタリなので料理長が張り切って作ったそうですよっ」
「そ、そうなんですね……」
そして、せっかく作ってくれた者には申し訳ないのだけれども、味もさることながらあの見た目である。食欲などわく訳もなく、別の料理を用意してもらおうと思ったのだが、ミヤーコの追加情報によって断るという選択肢が消え去ってしまい、私は腹を括る。
それにしても、もしかしてソウイチロウ様はウナギを食べなければならない程貧しいのだろうか?
そんな事を思っていると、食堂のテーブルへ黒く艶のある箱が座っている者の前に置かれていくではないか。
「やっと来たわねっ!! あぁ、もう今すぐにでも食べたいくらいっ!!」
アンナの反応を見るに、どうやらこの黒い箱の中にウナギ料理が入っているみたいなのだが。テンションが上がるアンナとは正反対に私のテンションは急降下である。
「よし、全員の分が揃ったみたいだし、さっそく食べようか。 いただきます」
「「「「いただきます」」」」
「……?」
「あぁ、俺の故郷では食材となってくれた命や、狩ったり採ったり育ててくれた人々、そして料理してくれた人たちに感謝をという意味を込めて食べる前に『いただきます』といってから食べる文化があってだな」
「な、なるほど……いただきますっ」
そして『いただきます』という言葉に疑問を抱いているとソウイチロウ様が教えてくれたので私もそれに倣って手を合わせ『いただきます』とこの料理に関わった全てのものに感謝の言葉を告げる。
この箱の中にあの蛇のようで気持ち悪い見た目のウナギ料理が入っていると思うだけで、私は箱を開ける事を躊躇ってしまうというのに、ミヤーコやアンナなど他の使用人たちは嬉々として箱を開け始めるではないか。
本心を言うと食べたくはないし、本能的にできる事ならば回避したいと思ってしまっている私がいるのだけれども、ここの使用人たちの反応を見る限りこの家ではウナギを食べるのは日常の一コマであり、そしてご馳走の部類であるという事は容易に想像ができ、そのご馳走を私の為にわざわざ用意してくれているのだろう。
そして私はこの家に嫁いできた身である以上、今私の目の前に出されているウナギを食べないという選択肢は無い。
と、いうのは頭では理解できているのだけれども、あのにょろにょろとした見た目がどうしても生理的に受け付けず、視線は黒い箱に止まったままであり、手は一向に動こうとしない。
ええいっ!! 女は度胸ですっ!!
しかしながら流石にこれ以上は周囲が私の事をいぶしかんでくるだろう為、私は勢いのまま黒い箱に手を付け、金箔で装飾されている美しい蓋を開ける。
するとどうだ。
蓋を開けた瞬間私の鼻孔を甘辛く、そして嗅いだことのない匂いが刺激してくるではないか。
あぁ、この香りは疲れた身体にはたまらなく食欲をそそられる香りであり、そして忌避していたあのにょろにょろした姿はなく、綺麗に開かれ、茶色いタレを塗られた身が下にある穀物を隠すように盛られているではないか。
これならば食べられるかもしれない……。
そう思い私はスプーンを使って一口大にウナギの身を切り、恐る恐るではあるものの口へと運んでいこうとすると、ソウイチロウ様から『下にあるご飯と一緒に食べると良い』と教えられたので一緒に掬って口へと入れる。
ちなみにこの穀物は、ソウイチロウ様の国では主食なのだそうだ。
「…………っ!?」
その瞬間身体に電流が流れるような刺激が走る。
そして私は今まで恐れていたのが嘘のように一口、また一口とスプーンで掬っては口に入れていくのだが、そのスピードは少しずつ速くなっていく。
私の知り合いに以前ウナギを食べた者が言っていた感想は『とにかくゴムのようで噛み切れなかった記憶しかない』と言っていたのだけれども、その記憶が嘘ではないかと思えてくる。
口の中に入れた瞬間にウナギの身は歯が要らないのでは? と思えるほど柔らかく、口の中でご飯と一体化していき、まるで燻製されているようなスモーキーな香りが鼻から抜けていく。
そこで私は一度スプーンを動かす手を止めて余韻に浸る。
これ程美味しい料理がこの世にあるだなんて……今回の婚姻話がなければ一生出会う事が無かっただろう。
「どうっ? 美味しいでしょうっ!! 鰻っ!!」
そしてアンナが私にウナギは美味しいか聞いてくるのだが、その瞬間周囲の空気に緊張感が走しる。
どうやら私がウナギを気に入ったかどうか気になっているようだ。
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