一目惚れ
この国では珍しい黒髪を、これまた男性には珍しく長髪にしており、後ろに縛っているのだが、その黒髪はまるで黒曜石のように黒く輝き、その宝石のように美しい髪の持ち主の顔は、やはりというかなんというかこの国ではあまり見ない顔の作りであり異国の者であると言われた方がしっくりくる顔立ちをしており、そして中性的で長い髪もあいまって女性と間違いそうになるのだが、彼の発する低い声が男性である事を窺わせる。
この時私は生まれて初めて『一目惚れ』をしたのである。
そして今まで私がシュバルツ殿下に抱いていた感情は、義務感から来るものであり、決してシュバルツ殿下の事を好いていたという訳ではないという事を、同時に知った。
しかしながらこれら感情は婚約破棄をされなければ知る事のできなかった感情であり、なんだか複雑な気分である。
「ほら、しっかりと読んでくださいなっ!! 今すぐっ!!」
そして、私がこんな状況になっていると気付いていないミヤーコは、ラインハルト陛下から送られてきた手紙を、ソウイチロウ様へため息交じりに今すぐ読むように言いながら押し付ける。
「まったく、読めばいいんだろ? 読めば………」
ミヤーコから手紙を渡されたソウイチロウ様は、目上の者に対して失礼だと怒鳴ったりするわけでもなく、素直に手紙を受け取ると、それを読み始めるではないか。
その光景からみても、やはり噂は噂でしかなく、本当は真逆の人物なのではなかろうか? と私は思い始める。
そんな事を思いながら私は、ソウイチロウ様の事を『まつ毛が長いですわね……』なんて思いながら見ていると、その顔はみるみる青ざめていくではないか。
「な、何だこれは……っ!? 『公爵家の娘を娶る事』『反論がある場合は三日以内に速達便で返事を送る事』『反論が無い場合は公爵家の娘を娶る事に了承したものと判断する』『追伸:普段からちゃんと手紙を読んで返事を返していればこうはならなかったのう。では、新婚生活を楽しむことじゃ』……だと? ふざけやがってっ!! こんな詐欺まがいの婚姻など無効だ無効っ!!」
「失礼ですが旦那さま、手紙にはしっかりと『反論があるならば返事をするように』と記載している上に、現にこうして遠路はるばる旦那様の元へと嫁ぎにシャーリー様がいらっしゃるので、もう既に無効には出来ないレベルで物事が進んでおります。 私も『今回の手紙は絶対に読んだ方が良いです』と口酸っぱく進言しましたので、読まなかった旦那様の落ち度かと……」
「……してやられたっ!!」
そしてミヤーコから厳しく現実を突きつけられたソウイチロウ様はそう言いながら頭を抱えたかと思うと『覚えておけよクソ国王めが……っ』と、いち貴族としてはあまりにも不敬な物言いを呟くではないか。
「まったく、あいつはどうせ俺がいつまでも結婚しない事を心配しての行動であろうが……大きなお世話だっての。あぁ、すまん。あんまりにも衝撃的な出来事に君の事をほったらかしてしまったようだ」
そのまま数分ほど頭を抱えたまま動かなくなると、現実をなんとか受け入れたのか国王陛下への悪態を吐きながら起き上がり、そして私がいる事に気付き謝罪をしてくる。
「い、いえっ!! 私の方こそ挨拶が遅れて申し訳ございませんっ!! わ、私は公爵家の娘シャーリー・フェルディナン・ダルトワ。今回シノミヤ家に嫁ぎに来た者でございますっ!!」
「えーと、シャーリー……で良いかな? シャーリーは俺の所に嫁ぎに来いと言われても正直言って嫌だよな? あれだったら俺が掛け合って公爵家に戻れるようにしてやろう」
「………………旦那様、流石に最低というか、馬鹿というかクズというか、現状を把握してなさすぎて私はドン引きでございます」
ソウイチロウ様は私に優しい声音で実家に戻れるようにしてやろうかと聞いてくるのだが、それを聞いたミヤーコがドン引きしているではないか。
「何故だ? この娘も俺の様な得体の知れない男の元へと嫁ぎに行くのは嫌だろう?」
「自分の事を『得体の知れない男』と評価できるのならば、そんな評価をされなくなるように努力しなさいなっ!! そもそも、そういう問題ではないと言っているでしょうっ!? 既に旦那様とシャーリー様は婚姻関係にあり、それにも関わらず嫁いで即座に実家に戻された場合シャーリー様は他の貴族たちにどのような評価をされるのか考えられないのですかっ!? しかも、例え男女の関係になってなくとも婚姻関係を一度でも結んでいる以上、そういう行為をしたと評価される為、旦那様が例え好意で公爵家へ戻したのだとしても、シャーリー様に待つ未来は火を見るより明らかでしょうにっ!! それに、シャーリー様は婚約者から事実無根の嘘をでっち上げられた上に婚約を破棄され、罰として旦那様に嫁がされたのですよ? またシャーリー様を悪意で陥れた者たちがいる場所へと戻すとでも言うのですかっ!?」
「ぐぬっ………なってしまったものは仕方がない、か」
そしてソウイチロウ様はミヤーコへ言い返す言葉が無いのか口が詰まり数秒ほど黙った後諦めたように『仕方がないか』と口にすると、私の方へと視線を向ける。
その表情は申し訳なさそうな、可哀そうな、それでいて幼子に向けるような優しい表情をしており、そんな表情をさせているのが私という事実に胸が締め付けられそうになる。
「シャーリー、良いかい? 君は俺の妻として既に婚姻関係になっているようなのだが、ここから逃げ出したいと思ったのならば、その時は真っ先に俺へ相談するように。逃げ出す手配や、逃げ出した後の生活基盤をどうするかしっかりと考えよう。 それと、俺からは決して手を出さないから安心してほしい」
そしてソウイチロウ様は私の元まで来ると優しい声でそう言いながら私の頭を撫でてくれる。
それと共に、貴族界の悪い噂は本当なのだろうか? より一層疑問に思えてくる。
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