表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/28

婚約破棄

 何処で私は間違えてしまったのか。


 どうすればよかったのか。


 激高しながら私へ汚い言葉を投げつけてくる私の婚約者と、その婚約者へ、べったりとくっつき作戦が成功した詐欺師の様な笑みを浮かべて私を見つめてくる女性を見ながら何度目かの自問を繰り返す。


 繰り返した所で何も変わらないというのに。


「お前の、アイリスへ行った数々の悪行は既に上がっているっ!! 今更言い訳など意味が無いと知れっ!! シャーリーっ!!」

「そ、そんな事っ! 私は行った覚えはありませんっ! きっと何かの間違いでございますシュバルツ殿下っ!!」


 まるで夢を見ているかの様な光景だと思った。


 前々からシュバルツ殿下へ、べたべたとくっつく平民の娘であるアイリスに対しては良く思わない事が無いと言えば嘘になるのだが、これから女好きである殿下の妻としてこの程度の蜜事など鼻で笑って吹き飛ばす位の心意気がないとやっていけない事など火を見るより明らかではないか。


 今更平民の小娘一人に嫉妬などしようはずがない。


「うぅ、また私を睨みつけて来ます、シュバルツ殿下ぁ~っ。 私、怖いのぉ~」

「フン、未だ自分の立場が分かっていないようであるな。 往生際が悪いというか頭が悪いというか」

「きっと両方だとぉ~思いますぅ~」

「そうだなっ! だからこれ程までに物分かりが悪いんだなっ! 流石アイリスだ。この勉強しかできない馬鹿と違って地頭が良い」


 自分の立場など、今地に落ち続けている事等、とうに理解している。


 しかし、冤罪である事を晴らさなければ私は最悪打ち首だってありえるのだ。


 自分の立場が分かっているからこそ、プライドを捨ててシュバルツ殿下へ食い下がっているに過ぎない。


 あぁ、私の人生は一体何だったのだろうか。


 決められた事以外の趣味を持つことを禁じられ、同年代の子供たちと遊ぶ事も話す事も禁じられ、朝から晩まで勉強とレッスン漬けの日々。


 それもこれもここグラデリア王国の妃となる為である。


 それがどうだ。


 私の十数年の人生は小娘一人によりたった一日で全てが無駄であったのだと、まるでゴミの様に捨てられてしまった。


「ねぇ、私良い事を思いついちゃった。こんな女はあのシノミヤという男へ嫁がせましょう?」

「あぁ、それはいい考えだなっ!! 本来であれば死罪もありえる所を、アイリスの慈悲で回避する事ができたのだっ!! 感謝するんだなっ!!」


 そう私に言いつけるシュバルツ殿下と、その後ろにいるアイリスの表情は、私は一生忘れる事はないだろう。


 そしてアイリスの鶴の一声によって、私は反論すら出来ずにソウイチロウ・シノミヤという男爵の元へと婚約をすっ飛ばして嫁ぐ破目になったのであった。





「………っ」


 どうやら私は家に帰るなり自室のベッドで突っ伏した状態で眠っていた様である。


 あれからの記憶が無く、目覚めれば自分の自室。


 ともすればあの出来事全てが夢であったのならばどれ程嬉しい事か。


 あぁ、私は一体なんなのでしょうか?


  誰に必要とされ、何の為に生きて来たのか。そして、生きて行くのか。


 あの時は気丈に振る舞ってはいたけれども、ついに私は両の目から零れ落ちてくる涙を止める事ができず、ぽろぽろとこぼしてしまい布団カバーを濡らしてしまう。


「おはようございます、シャーリーお嬢様。 いきなりでございますがご主人様がお呼びでございます。 直ぐに支度をし、ご主人様がいらっしゃる書斎へとお越しください。 それでは」


 そんな時、ノックも無く入って来たメイドが私の部屋へと入って来た。


 本来であるのならばあり得ないその行為に、そして泣いている所を見られたというその事に動揺を隠す事等出来ず、叱る事も忘れて固まってしまった私の事など取るに足らない路傍の石を見るかの様な目線を向け、淡々と言葉を喋りだす。


 今日の朝までの扱いと違い、まるで全く関係ない赤の他人へ向けるかの様な視線とその態度に私はこれからお父様に告げられるであろう内容にある程度察しが付く。


 しかし、察しがついた所でどうだというのだ。


 私がどうなろうと何も変わらない。


 悲しむ者もいない。


 喜ぶ者は、それなりに多そうだ。


 その事が更に私の胸を締め付けてくる。


 そして私は生まれて初めて一人で着替えを、なんとか済ませるとお父様がいる書斎へと向かう。


重い足取りでお父様の書斎に着くと、ノックを三回。


「入れ」


 数秒程時間を置き、短い言葉で入室するよう返事が返ってくる。


 その声音はいつも聞いている優しい声ではなく、まるでお父様では無い別の誰かの様な低く冷たい声音であった。


 そもそも、書斎に呼んだ時点でお父様の中の私がどの様に思われているのかお察しであろう。


 わざわざ仕事の手を止めて別室の落ち着いた空間を用意し、待つ程の価値すらも無い。


 それがこの家での私の今の価値なのであろう。


「………失礼致します」


 震える手でなんとか取っ手を回して書斎へと入る。


 そこには、想像していた以上に冷たい表情をしたお父様がいた。


 その表情がどの様な表情か言葉にするとすれば無表情という言葉がしっくり来る。


「ヘマをしたな? なんであの平民の娘にコビを売らなかった? 我が家の財力ならば宝石の一つや二つ程購入してプレゼントする事位容易である事が分からないとは言わせない」

「そ、それは………私の方が家柄は格上であり、な、何より下々である平民にコビを売るなど───」

「誰が言い訳をしろと言った? 私は『殿下のお気に入りのペットに何故餌をやらなかった』と聞いているんだっ!! その結果が婚約破棄ではないかっ!! どうしてくれるっ!? 我が家始まって以来の大恥をかいたわっ! このグズがっ!」


 そして私はお父様の問いに、震えそうになる声をなんとか隠して真摯に答えていたのだが、体重を机で支えるようにしてバッと立ち上がったお父様の言葉で遮られるとそのまま怒鳴られてしまう。


 それでもお父様はまだ怒りが収まらないのか肩で息をしながら私を睨みつけたあとドスンと座り直して葉巻に火をつけ煙りを燻らす。


 今までお父様は私の前では決して嗜む事をしなかった葉巻を、何度も、何度もふかし、書斎はたちまち煙で視界が霞み始める。


 そしてお父様は一度深く葉巻をふかすとそのままグリグリと苛立ちのまま火を消し口を開く。


「まあ良い。 腐っても公爵家の娘だ。 いくら貴様が無能であろうと使いようは幾らでもある」


 そう言ってお父様は数枚の用紙を麻紐で束ねた物を私へと投げ渡してくる。


「お前の旦那様だ。 明日の朝までに荷物を纏めてその者の住む元へと行け。 もし、俺が起きたときにお前がまだこの家にいるのならば容赦はしない。 良いな?」

「……………はい。 お父様」

「ならばこの部屋から出て行け」


 何とか絞り出して返事をすると投げ渡された用紙の束を拾い、お父様がいる書斎から退室する。


 そして、何故か歪み滲む視界で見た用紙には『ソウイチロウ・シノミヤ』と書かれていた。


 この男の名前は私の耳にも届いており、その逸話のインパクトに忘れず今も覚えている。


 ソウイチロウ・シノミヤの髪と目は黒く悪魔の申し子である。

 ソウイチロウ・シノミヤは若い女性の血肉を貪り不老の身体を手に入れている。

 ソウイチロウ・シノミヤは変人のそれである。

 ソウイチロウ・シノミヤは裏で人身売買をしている。

 etc

 etc

 etc


 耳に入る噂は全てその様な事ばかりであるからだ。


 そんな男性に本来であれば公爵家の娘である私が嫁ぐなどあり得ない話なのだが、万が一でも王族との繋がりを持ちたいという父上の考えが透けて見えるというものである。


 むしろ隠そうともしていないあたり、私の存在がお父様にとってどの様な存在であるかという事を改めて言われている気がして悲しさが込み上げてくる。


 しかし、ここから逃げ出して暮らしていけるだけのサバイバル術がある訳でも、街に出たとしてもお金の稼ぎ方すら分からないたかが小娘一人ではどうする事も出来ないという事くらいは理解しているつもりである。


 万が一逃げ出したとしてもそんな貴族令嬢が一人で生きて行ける訳もなく、餓えて死ねば上々とでも思っていることだろう。


 私は、そこまで酷い扱いをされたような事をして来たのだろうか?


 知らず知らずのうちにシュバルツ殿下や後ろに隠れていたアイリスに対して、これ程の事をしてやろうと思うくらいの事をしてしまったのだろうか?


 そう思い、思い出そうとしても心当たりがあるような事は何一つとして思い出す事はできなかった。


 そもそも学園生活の殆どは、婚約者であったにも関わらずシュバルツ殿下にお会いする機会すら殆どなく、もっぱら『シュバルツ殿下は今日もアイリスと二人で過ごしていた』というような事ばかり耳に入ってくる程である。


 あまり人を疑いたくはないのだけれどもこればかりは、二人は『二人で逢瀬するのに私という存在が目障りだったから』という理由で虚偽の報告で強引に二人の目に入らない場所へと追いやり、他人の目を気にせず逢瀬を重ねようとしているとしか思えない。


 そんな事を思った所で、もうどうしようもない。終わった事の話である。


 そう、私は端的にいうと権力争い(妃位争奪戦)に負けたのだ。


 幼いころからシュバルツ殿下の婚約者として過ごしていたせいで油断していたのだ。


 そのポジションを虎視眈々と狙っていたアイリスに足元を掬われてしまった、ただそれだけである。


 そう思い、冷静にいようと思うのだが、今まで国の妃となるべく受けてきた全ての努力が無駄になる事や、私に向けていたシュバルツ殿下の笑顔は偽りだったのだと思うと『ただそれだけ』で終わらせられる訳がなく、私は馬車の中で子供のように泣き叫ぶ。


 それと同時に、このまま折れてなるモノかという感情も湧いてくるのであった。


続きが気になる、面白いと思った方は評価とブックマークをしていただけると嬉しいですっ!!(*'▽')ノ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
> 権力争い(妃争奪戦)に負けたのだ 王位争奪戦とかあるし、妃になるための権力争いなら「妃位争奪戦」の誤字かな? 妃争奪戦だと誰が妃の夫になるかの逆ハー闘争になってしまうイメージです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ