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勇者スカウトマンの暗躍(下)

 俺たちは一つ目のパーティーのサポートに徹した後、魔の森で野宿をしながら帰りを待っていた。

 魔の森には魔物と呼ばれる異形の獣たちが徘徊しているが、やつらは火を嫌うため焚火をしていればわりと安全だ。

 また大きな音に敏感なため、俺が全力で声を出せば逃げてくれる。

 こんなとこで俺のスキルが輝くとは思わなかった。

 携帯食料をかじりスラムの少女に話しかける。


「そろそろかなぁ」


「多分そうじゃねぇっすか」


「正直、大分緊張するね」


「なんであんたが一番緊張してんすか。一番なにもしないのに」


「そういわれてもな。やっぱり失敗できないことだし。顔とかひきつらないか不安だよ」


「ま、まあきっと大丈夫ですよ。ポーカーフェイスもずいぶんうまくなったじゃないですか」


「顔隠してるやつにいわれてもなぁ」


 これからの計画に向け緊張をほぐしていると規則的な音が聞こえてきた。

 十中八九帰ってきたパーティーではあるが、魔物の恐れもある。

 念のためスキル発動の準備だけして待ち構える。

 



「ここら辺じゃなかったかのう?」


「僕もあってると思うんですけど」


「あ、あの煙のとこじゃないですか?」


 うっすらと会話が聞こえてきた。

 帰ってきたパーティーであると確信しスキルの準備をしたことも忘れて呼びかける。


「おおい!!」


「「うるさっ!!」」


 全員が僕の声で悲鳴を上げた。


「ごめんなさい・・・」


 全員が集合したあと今度は普通の声量で誠心誠意謝った。

 

「よし、これからどうします? お疲れでしょうし今夜はここで休みますか? 一応、帰り道を進むこともできますが」


「別に進むんじゃったら進んでも構わんよ。思ったよりみんな疲れておらんじゃろうしのぉ」


「僕も大丈夫ですよ」


「私も問題ありません」


 魔王討伐を終えた後だというのに3人とも疲れが感じられない。

 それはそれで少しまずいかもしれないが、問題ないというならこのまま進ませてもらおう。


「でしたら、少し戻ったところに綺麗な湖があったじゃないですか。そこで今夜は休みませんか? 水の補給も可能ですし」


 皆の賛同が得られ、俺たちはその湖まで進んでいった。

 





 到着すると、俺は二人に声をかけ準備をするようにお願いした。

 

「いよいよっすね」


「絶対にやってみせます」


 俺が行動を開始すれば二人はどちらも動きだす。

 あとは俺が覚悟を決めるだけ。

 さぁ、最初で最後の地獄を始めよう。




 

 俺は努めて冷静に誘いの言葉を口にした。


「あの、あちらに食べられそうな野兎が居るんですが、僕等には捕まえられそうもなくて。できれば暗殺者さんの力を借りたいんですけど・・・」


「ああ、全然かまいませんよ。それにしても魔の森に野兎ですか。普通の動物もいるんですね。」


「確かに。行きがけはそういった普通の動物はみませんでしたもんね」


 疑われているのかと思ったが、とりあえず大丈夫そうだ。

 聞き入れてもらえた安堵感とこれから起こすことの罪悪感で逸る心臓を押さえつける。

 覚悟はとっくに決めただろう。

 そのまま俺は暗殺者を引き連れ、湖から少し離れた比較的木が密集している場所までやってきた。

 木々は僕らを呪い、祝福するかのようにゆらゆらと揺れている。


「あの、まだいないんですかね?」


 暗殺者が訝しむように聞いてくる。

 これ以上ない完璧なタイミング。

 俺はそちらを見ないようにして右の茂みを指さしながら言った。


「あ! 今あそこにいました!」


「え?」


 暗殺者の視線の先にはフードを外した占い師。

 しばしの沈黙。

 木々の揺れも収まり、森は完全な静寂に包まれた。

 それを壊すは大罪の記憶。





 

「あ、あああああ!! 私は、私はなんてことを!!」


 聞くに堪えない絶望の慟哭。

 過去に犯した罪は自らを裁く呪いとなり、その命をあっさりと刈り取る。

 暗殺者はナイフを自分に向けて掲げ、その喉首に突き刺す。

 暗殺者が過去を思い出させさえすれば、こうなることは最初から分かっていた。

 俺たちは勇者に対する特攻パーティー。

 さしずめ勇者を殺す勇者といったところか。

 俺たちの能力は決して魔王討伐用ではない。

 ただ、勇者を殺すことに特化したスキル。

 結果、僕らは一人目を殺すことに成功した。

 父上によれば暗殺者の業は無垢な領民の大量虐殺らしい。

 領主に嫁と娘を人質に取られた状態で命じられ、どうすることもできなかったという。

 きっともともと優しい人間だったのだろう。

 でも、罪を犯したのだから仕方がない。

 

「よくやってくれた。俺は次にいく。ゆっくりと休んでくれ」


「はい。幸運を祈っております。」


 




 俺は暗殺者の死を見届けた後、湖まで戻った。

 次は老兵の番だ。もう始めてしまったのだ。

 最後までやりきるほかあるまい。

 もう一度、覚悟を決める。

 そして、右手から僅かに血を流し、今か今かとその時期を待っている少女に合図を送る。

 

「お爺さん、ちょっといいっすか」


 少女は話しかけたタイミングで老兵の右肩に手をつき、自身の血を付着させる。

 老兵が完全に着込んでいたらどうしようかと考えていたが、上半身の服が魔王との戦いで燃え尽きていたのは僥倖だった。

 僕はその間に少年の後ろに回り、拘束の準備をする。


「なんじゃ、なにか頼み事か?」


「頼み事といえば頼み事っすけど・・・」






「その命くれねぇっすか?」


 そう言って少女は自らの鳩尾を全力で殴りつける。


「ぬおおおお!!」


「かはっ! ちょいやりすぎやしたかね」


 老兵はその場にうずくまり身動きが取れないようだった。

 これで第一関門は突破である。

 今まで無敵だった人間である故の致命的な欠点。

 痛みを味わったことがない人間ほど痛みには弱いものだ。

 それすら耐え忍び動き出したらと思うと背筋が凍るが、とりあえずは問題なさそうである。


「なんじゃ、なんじゃこの痛みはっ!!」


「ははっ!! 幸か不幸か私の重たい生理痛も重なってましてね・・・ 痛いっすか? 動けないっすか?」


「っ~!!!」


 それ以降も少女は自分の体を痛めつけることをやめない。

 鳩尾への殴打を続け、爪をはがし、痛みに耐える。

 自らが辛くなればなるほど、成功することがわかっているから。

 老兵は涎を垂らし声にならない叫びをあげる。

 あとは無力な老兵を少女が湖に落とし、溺死させるだけ。

 いくら身体能力最強の老兵とは言え人間である。

 呼吸ができなければ死ぬ。それは逃れられぬ世界の理だった。




 俺は少年の両手をロープで縛り付け、その様子を見守っていた。

 

「行ってきなよ? 彼女一人じゃ湖に落とせないんじゃない?」


「いや、俺はお前を縛っておくのが役目だ」


「でも、人間痛みにも慣れてくるよ? 早くしないとあの子が殺されちゃうかも?」


「うるさい。お前は黙っていればいい」


「いやだって、あの子の力じゃいつになっても終わんないよ。痛みで力も入ってないみたいだし」


「っ・・・ くそっ。 絶対に動くなよ!」


 俺は少年を縛っているロープをきつく締めて老兵の元へ駆け寄った。

 

「俺がやる。休んでいろ」


「ぁっ!! すみません。 任せたっす」


 俺は老兵と少年が動き出さないことを祈りながら、老兵を湖のそばまで引きずった。

 あと少しでも力を入れれば老兵は水底に沈みその命を落とす。

 ためらってはいけない。

 ためらえばためらうほど老兵が動き出す確率が上がっていく。

 早く、早くやらなければ。その意に反して俺の手には力が入らなかった。

 覚悟は決めたはずだろう。

 この期に及んで殺したくないなどと言うつもりか。

 殺せ。殺せ。殺せ。

 これからの未来のために。自分のために殺すしかないんだ。






「何やってるの? こうやればいいだけでしょ?」


 俺の覚悟が決まるよりも早く、老兵を突き落としたものがいた。

 あまりにも予想外。俺には今も何が起こっているのかわからない。


「は? お前は・・・ なんで?」


「お兄さんがもたもたしてるからだよ。もう時間がなかった。だから僕がやるしかなかった。僕の能力忘れたわけじゃないよね?」


「でもお爺さんはお前の仲間で・・・」


「そうだよ。でも、ここで僕らはみんな君たちに殺されなきゃいけない」


 考えてみればおかしな話だ。

 そもそもこの未来が見えていて何故魔王討伐に参加しようと考えたのか。

 俺たちに殺されることがわかっていながら、なぜそれを二人に言わなかったのか。

 考えられる可能性は一つだけだった。 


「お前は、まさか」

 

「そうだよ。その未来が一番良いことを知っていたから。だから、僕は今から君に殺される」


「じゃあ・・・ お前の余命が一年ってのも嘘だったのか・・・」


「嘘じゃないよ・・・ それは嘘じゃない。僕はちゃんと病気で余命は一年だけだった。だから最後にこうやって未来のために何かできることは幸せなことだよ・・・ どうせ死ぬんだ。だから殺してくれ、僕が見た未来ではそうなってたんだ」


「なっ! そんなばかなことがあってたまるか!」


「僕は君のお父さんの計画も知っている。だから、お兄さんは全部ちゃんとやりきらないと」


「くそっ!!」


「それにさっき、僕はお爺さんを殺した。魔王も殺した。れっきとした犯罪者だ。そして、お兄さんには人を殺す覚悟が足りなかった。やり直す絶好の機会じゃない?」


 どうやら俺の覚悟なんてこの少年の前では塵以下のものだったらしい。

 全てを知り自分が死ぬと分かった上でそれを成し遂げてきた少年の意志。

 それを無駄にするなんてことはあってはならない。

 なんとなく俺は気づいていた。

 やっぱり余命なんて嘘なんだろうと。

 でも、嘘だとしてもそれを暴くことに価値はない。

 少年は俺がやりやすいようにその甘い嘘を貫いたはずだ。

 俺は剣を手に取り上段に構える。

 できる限り力を込められるように。

 これは戦いではない。

 介錯という方が近いだろうか。

 できる限り少年を苦しませないように、全力で剣を掲げた。


「ようやく覚悟が決まったみたいだね」


「ああ。最悪の気分だ。絶対に、絶対に良い国にしてみせる」


「うん、きっと大丈夫だよ。僕がみた未来はみんな幸せそうだった」


「じゃあな。お前は間違いなく国を救う勇者だったよ」


 









 彼らが出発してから一年。 

 私は息子たちの帰りを待っていた。

 息子のパーティーだけが帰ってくれば、私の計画通りは成功したということである。

 私は息子たちに魔王討伐の後、勇者を殺害することを命じた。

 後付けの理由ならいくらでもある。

 息子に勇者としての箔をつけるため。

 強すぎる力を排除するため。

 でも、そのどれよりも少年の意志によるところが大きかった。

 私が最初にスカウトしたのは少年だ。

 いや、私がスカウトしていたら話しかけてきたのが少年だった。


「おじさん、勇者を探してるの?」


「そうだよ。どうしたんだい、少年」


「へぇ、やっぱりそうなんだ。じゃあ、もう一個質問していい?」


「私にこたえられることなら」


「そりゃあできるよ。むしろおじさんしか答えられない。・・・魔王を討伐したらおじさんは死ぬつもり?」


 私は懐に潜ませたナイフに手を掛け、脳をフル回転させた。

 なぜ、なぜそれが知られている?

 どこから漏れたのか。現段階で私の計画を知っているのは国王様だけ。

 まさか、国王様の隠し子?

 などという突拍子もない空想をしたところでようやく落ち着いてきた。

 宰相として培ってきたポーカーフェイスを駆使して私は少年に質問をした。


「そんなわけないじゃないか。なんでそんなこと思ったんだい?」


「逆に聞くけどなんでだと思う?」


「うーん、心が読めるスキルを持っているとか?」


「残念、はずれだよ。 ・・・僕にはね、未来が見えているんだ」


「なるほど、それなら確かに・・・?」


「納得しなくてもこれからの話を聞いてもらえばわかってくれるはずだよ」


 それから少年はこの国の行く末を話してくれた。

 完全に信じ切ったわけではないが、それでも今よりは良いものになる気がした。

 しかし、それも少年の見た未来の通りに進めばの話。

 ここで私が少年を信じずに行動すれば、また違う結果になるらしい。

 どうする?どうする?どうする?

 ここまで私は一人で必死に考え、責任をもって行動してきたじゃないか。

 ここで少年の話を信じ、計画を変更することは少年に責任を押し付けることに他ならないのではないか。

 

「ねぇ、おじさん。僕もおじさんも僕の言う通りにすれば死ぬんだよ? おじさんも僕と同じじゃないの? 自分の命よりもこの国の未来を、みんなの幸せを願ってる。だから、僕たちは協力し合える。そう思ってたんだけどな」


 そうだ。その通りだ。責任感やプライドなんて捨ててしまえ。

 未来がそれで救われるのならそちらの方が良いに決まっている。

 

「信じよう。私たちは同士だ。この国のために協力してくれ」


「もちろん」


 その後、私たちは魔王討伐から王国繁栄までの道筋を作り上げた。


「勇者を殺すのは、おじさんの息子になるけど大丈夫?」


「そうだな、正直不安なのも事実だ。あいつは王に似たのか優しすぎるからな」


「じゃあ、少しでも息子さんがやりやすいようにしてあげよう。勇者はできるだけ生い先短い人や罪を犯した人にしよう」


「でも、少年はどうしようも・・・」


「僕は未来が見えるんだよ? 余命が一年ってことにしておこう。そしたら能力に説得力も出るでしょ?」


「ははっ・・・ 本当にどこまでも肝が据わっている。その覚悟は受け取った。全力で息子をだますことにするよ。」


 少年はもういなくなっていると思うと、不意に記憶があふれ出した。

 当時の覚悟をもう一度受け、私は気を引き締める。

 これから計画は最終段階だ。

 なんとしてでも成し遂げる。

 少年のためにも、国のためにも失敗は許されない。






「宰相閣下、ご子息がお戻りになりました!」


「ようやくか。すぐに行く。勇者の凱旋だ。しっかりともてなしておけ」


 私は息子たちが待っている部屋の前まで行き、幾ばくかの間をおいて扉を開けた。

 中に入ると総員三名。

 つまり、任務は成功し少年たちは死んだということだろう。

 少しだけ死を悼み、これからのことに気持ちを切り替えた。


「父上。任務達成致しました」


「よくやったな。そちらの二人もよくぞこの任務を遂行してくれた」


「いえ・・・」


「もったいなきお言葉です」


「帰ってきて早々悪いが、計画の最終段階の話をさせてもらう。実行は2週間後、計画の変更はない。ここまでやってこれたお前なら必ず成し遂げられるはずだ」


「はっ!! 必ず、必ずや成功させて見せます」






 私はこの一年、宰相として増税や領地の没収などできる限りの横暴を行い国民からの反感を買ってきた。

 以前は国王様の優柔不断が招いた穴を埋めるためであったが、この一年は大胆に行ったことが功を奏し国民のヘイトは最高潮に達している。

 曰く、悪魔の宰相。

 曰く、第二の魔王。

 鬼の宰相と言われていた時代よりもずいぶんとひどくなったものだ。

 だが、これが目的なのだから私の勝ちである。

 そして今日、国民に魔王の討伐が発表された。

 国民は大いに舞い上がった。これから国は発展していくと。心配事は何もないと。

 しかし、そんなことはあり得ない。これでは足りない。

 その一週間後、我々は税の徴収を増加させた。

 国民から顰蹙を買い、不当だ、理不尽だとみんなが口にした。

 魔王が消えても結局未来は変わらないと悲観した。

 





 さらに一週間後、国民の大多数が王城前の広間に集められた。

 そこには貴族も、一般人も、貧民も、移民も、ありとあらゆる立場の人がいた。

 俺たちは今、その大勢を見下ろしている。

 

「国王様、父上、始めましょうか」


 ここからは最後の仕上げ。

 全ての犠牲に意味を持たせるか、それとも無意味に死なせるか、そのターニングポイント。

 国王と父は悪を演じ、私は正義の味方となる。


「臣民たちよ、注目せよ! 国王様が演説を始められる」


 父上の一声によって、大衆は静寂に包まれた。

 満を持して、国王は国民に告げる。


「諸君、本日は集まってくれてありがたく思う。今日の議題は一つだけである。それは王として相応しいのはどちらか・・・ ここにいる宰相の息子は、愚かにもわしに王は相応しくないと宣った。実の父にも宰相は任せられないと。ただの愚民であるならば、即刻処刑したところだが魔王討伐を成し遂げた勇者とあってそうもいくまい。よって、国民による投票を行うことにしたのじゃ。無論、国民の支持を集められなった方は死ぬ。どちらが国のためになるかよく考え、責任感を持って投票することじゃ。」


「我が息子ながら本当に情けない。我々の仕事も知らず、ただ魔王を討ち天狗になっているだけの若造。国王様は言葉を濁されたが、そんな人間が国民から支持を得られることはないと、皆で知らしめてやってほしい」

 

 そう、国を担う者の決選投票。

 王と勇者、そのどちらが国のトップにふさわしいか。

 このままであれば、間違いなく王が優勢。

 曲がりなりにもここまで国を支え、引っ張ってきたのだ。

 そこは国民からも評価されているし、俺なんかより余程尊敬されている。

 だから、ここからその状況を変えなければいけない。

 俺が、みんなが国を引っ張っていくために。

 スキルを発動し、父上と訓練してきた演説用の発声で国民たちへ告げる。


「天狗はどっちだ! 私は、お前たちが不当な徴収をしていることを知っている! この一年、魔王討伐のためという大義を掲げて行ってきたことは私たちに還元されていない! 民たちの税は貴様らの私利私欲のために使われているだけではないか!」


「何を言うか! 装備の充実や訓練施設の手配、援助ならいくらでも行ったではないか! 誓って私欲のためになど使ってはおらん!」


 俺の告発に大衆はざわめきを見せた。

 好感触とまでは言わないが、少なくとも疑念を持たせることぐらいはできているはずだ。

 もとより近頃は不満をため込んでいた民たちが大勢いるのだ。

 つけ入る隙があるのならば、みな乗ってくるのは至極当然のことだった。


「そんなもの税の一部だろう? 私は今回の増税もお前らの生活に使われていることを知っている。そうでなくては魔王を倒し、国を豊かにしていくこの時期に飢餓を引き起こすほどの増税など考えられない。民たちよ、そうは思わないか? 本当は最近の国王たちに疑念を抱いているんじゃないのか? 本当にこのままの体制で良いのか? よく考えてほしい」


「好き放題いいおって。臣民たちよ! そのような事実は存在しない! 今回の増税もこれから国を発展させるための資金である! 今を耐えてくれれば数年後にはより良い国になっていることを約束しよう」


 その後も俺と国王は口論を続けた。

 今の状況を国民はどう判断しているだろうか。

 ここまでの演説は不正を糾弾する俺と、それを否定する国王の言い争いだ。

 判断材料が俺たちの証言しかない民たちにとって、どちらが正しいか決めるのは難しいことだろう。

 つまり、ここからはどちらが国民の幸せを真に願っているのか、どちらの意志が強いかの話になる。


「諸君、聞けい! 何を迷うことがある! 私はこれまで国のトップに立ち、皆を引っ張ってきた。それはこれからも変わらぬ! 今は苦痛を強いておるかもしれんが、からなず良い国にしてみせる!」


「良い国と言ったな、王よ。では、聞こう。良い国とはなんだ?」


「良い国とは強き王が国民の幸せを願い、支え、発展していく国である! 王と国民の幸せ、それこそが国の絶対条件である!」


「ならば、なぜ今がある!? 魔王を倒したとは言え、現状はその理想と程遠い。私はこの国を変えたい。そのためには、今のままではだめだとなぜわからない!?」


「ほぉ、今のままではだめだと申すか。では、具体案はあるのか。そこまで大口を叩いてただの理想論、思いつきでは済まされんぞ」


 ここからだ。俺の理想を、俺たちの理想を掲げるとき。

 あの三人を殺してまで成し遂げたかった俺と少年、そして王と父上の理想。

 全ての犠牲に意味を持たせるときだ。


「この国に王は必要ない! 必要なのは民を代表する同じ立場の人間だけである! 少し、魔王討伐の話をしよう。私たちはたった六人で魔王討伐へ向かった。生き残ったのは私含めて三人だけだった。今こそ死者への弔いも込めて彼らの思いを話そう。」

 



 さぁ、未来のために死んだ少年に意味を。


「勇者の一人は余命わずか一年の少年である! 私たちは死すら厭わず、この先の未来を願うことができる!」


 さぁ、過去の罪を清算しようとした暗殺者に意味を


「勇者の一人は殺人を犯した犯罪者である! 私たちは犯罪者であっても、手を取り合い、魔王討伐という大事を成すことできる!」


 さぁ、最も強かった老兵の死に意味を


「勇者の一人は人生最後に事を成そうとした老兵である! 私たちは年齢が大きく違っても結束し、苦楽を共にすることができる!」

 

 さぁ、スラム街の少女に意味を


「勇者の一人はスラム街に住む少女である! 私たちは身分が違っても協力し、世界を救うと誓うことができる!」


 さぁ、怪しげな占い師に意味を


「勇者の一人は顔も見えない占い師である! 私たちは顔も知らぬ人間と団結し、同じ目標に向かうことができる!」


 さぁ、これまでのすべてに意味を


「これは、今の私たちに言えることではないか! 皆、年齢が、身分が、出自が、苦痛が、その全てが何もかも違うかもしれない。お互いに顔を見たこともないかもしれない。しかし、これからの未来をよくしたいという意思は同じはずだ。 ならば、私たちは手を取り合うことができる! これはどちらかの王を選ぶ投票ではない! 王を一人に定め責任を投げ、他人に支配される人生を生きるのか。それとも一人一人が責任を持ってより良い未来を目指すのか。これは思想の問題である!」


 広間には反響した俺の声だけが残り、しばしの静寂に包まれた。

 俺たちの願いは民たちに届いただろうか。

 願いも、怒りも、悲しみも全部のせて届けた。

 




「「「うおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」


 広間と王城はその形を失うんじゃないかと思うほど揺れていた。

 間違いなく今ここが世界で一番熱量のある場所だ。

 その歓声に俺たちの願いが民たちに届いたことを確信した。

 それと同時に私が王と父を殺すことが確定した。






 

 これから死ぬというのに気持ちは随分晴れやかだ。

 あいにくと空は曇っているが、それは些細なこと。

 もし天国や地獄があるのなら私はどちらを訪れるのだろうか。

 国民に恨まれて死ぬ私はやはり地獄だろうか。

 まぁ、それも仕方がない。

 天国で王女様に報告できないのは少し残念だとは思うが。

 いずれにせよ、もうこうやって考えることもできなくなるのだろう。

 人間は生きている限り死を経験し得ない。

 死とはどういうものだろう。

 他人の死は悲しいけれど、自分の死はわからない。

 最後まで私はやり切った。思い残すことは何もない。

 死ぬ時の痛みは嫌かもしれないが、死そのものが嫌かというとそうでもない。

 ようやく役目が終わり、次の世代へと交代するだけだ。

 安堵感さえも感じる。これは人生に満足しているからこその意見か。

 悔いが残ったまま死ぬことになったらそれは死ぬほど辛いことだろう。

 ああ、だったら勇者を死なせた私はやはり地獄だろうな。

 魔王を殺した勇者もそうだろうか。

 まぁ、地獄であったら詫びるとしよう。

 随分と耽っていたような気がする。そろそろだろうか。


「これより王と我が父の処刑を執り行う! これはただの処刑ではない。皆で殺し、皆がその死に責任を持つための儀式である。彼らは横暴だったかもしれない。不甲斐ない統率者だったかもしれない。それでも、これまで国を引っ張ってきたことは事実。その彼らを殺すのだ。私たちは必ず彼らの時代よりも国を良くしなければならない。だから、皆目を背けずに見届けるのだ。私たちの未来のために!」


 わが息子ながら口が達者になったものだ。

 もう私などいなくても立派に国を引っ張っていけるだろう。

 

「父上、ありがとうございました・・・」


 今のは私にとって都合のいい空耳だっただろうか。

 それでもいい。確証はなくとも返しておこう。


「こちらこそ、ありがとう・・・」







 



 


 勇者とは魔王を討つから勇者なのではない。

 勇者とは人々を救い、導くから勇者なのである。

 勇者は少年のときと同じように全力で剣を振り下ろし父の首を切った。

 勇者はもう一度剣を掲げ、空を見上げる。

 その空は目も眩むような青だった。

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