忘却魔術師
処女作なので優しい目で見てくださいね
私の名前は、篠崎 カノン。何処にでも居る女子中学生とは一味違う。クラスだけでなく学年を超越し今や学校のマドンナである。小学4年生からオシャレから何まで学び始め、今や運動神経抜群 成績優秀の才色兼備、男子1番人気を欲しいままにしている。そんな私の中学最後の年の春に変化が訪れた。
私のクラスに転校生がやってきたのだ。
何処にでも居るような居ないような独特の雰囲気を持つ少年が転校してきた。彼の瞳は私達クラスメイトを見ているようでいて何処か別の何も無い宙を見ているようにも見える。
転校生は何のアクションも起こさず教壇に立って数秒の沈黙をしたまま動かない。場の気まずさに耐えかねた担任の女性教師田中先生が、オロオロしながら自己紹介を促すと転校生は女性教師を一瞥した後ぼー読みに近い口調で、あっでもカンペらしき物も持ってる、自身の名前を紹介した。
「イギリスからこっちに来ました。心 斑目です。」よろしくと最後に言い再びぼーとし出した為先生が慌てて補足説明を始める。彼の名前は斑目 心と言い、いわゆる帰国子女というやつらしい。親の仕事の都合でこの中学3年と言う大事な時期に転校してきたそうだ。顔立ちは、純日本人ではなく東洋と西洋のハーフの顔立ちであり黒いストレートの長めの前髪から奇麗な碧眼が覗き見える。身体は中学生とは思えないほどがっしりしており背はおそらく180ギリギリいかないぐらいであろう隣にいる田中先生がチラチラ見上げている。クールな感じのイケメンさんだが、身体からほとばしる陰のオーラが彼の性格が明るくない事を教えてくれる。
彼の補足説明を言い終えた担任の田中先生は、話を切り替え斑目君に席を教える。その席はクラスの空き机で、私の教科書置き場として使っている机である。前回の席替えで私の隣の席は空きだった為、他の先生が授業を見学するとき以外はこの空き机に物とかその日に使う教科書を積むなどしていたのだがもう使えないと思うと悲しい気持ちになる。
いそいそと隣の席の中にしまっている社会と地理の資料集を自身の机になんとか押し込もうと格闘している間に斑目君は私の隣の席に座っていた。取り敢えず「よろしくねー」と声をかけると斑目君は、軽く会釈した。
(何よこいつちょっと愛想悪くない?陰キャがぁ?!)と心の中で毒を吐きながらも挨拶したままの明るい表情を保っているとホームルームも終わり、1時間目の授業の準備をするため背後のロッカーに数学の教科書を取りに行こうと席を立つと担任の田中先生に「篠崎さん ちょといい?」と集合をくらい何かやらかした覚えもないが田中先生の元へ向かう。
教壇の前に着くと物腰柔らかな感じで「なんでしょうか?」と聞いてみる。すると田中先生は少し申し訳無さそうに頼み事をしてきた。
「斑目君の事なんだけど彼まだこっちに来たばかりで初めての連続だと思うから席も隣だし、それとなくホォローしてあげて欲しいんだ」
その頼み事は正直言って二つ返事で了承したくない内容であった。だが、今まで他の教科の教師達のちょっとした頼みも嫌な顔せず手伝ってきたし、学級委員にも積極的に名乗り上げてきた。ここまで築いてきた信頼やキャラを捨てる事は出来ない。八方美人が仇になるとは人生、諸行無常とはよく言ったものだ。
若干の間が空いてしまったが少し弱腰な感じを出しつつ「わたしに務まるか分かりませんがやってみますね」と答えると田中先生も安堵した様な表情になり1時間目の準備の為先生も教壇をおり教室の外に足が進み始める。
田中先生が教室を出ていくとクラスメイトの友達数人が駆け寄ってきてくれる。いつもは昨日のドラマの話やSNSで可愛いの見つけた話なのだが、今日は違うらしい。
「カノン聞いたよーまるで少女漫画みたいな流れじゃない?」
からかい混じりに聞いてくるクラスの友達に十八番のキラキラスマイルで対応していると予鈴が鳴り私は話を上手く切り上げ急いで教科書を取りに行った。
そこからの私は数学の授業中、斑目君が困ってないか何回か横目でチラッと見たが、彼は綺麗に座って授業を受けていた。だけど何処か希薄というかボーっとしている。本当に授業を聞いているのかわからない。そうしているうちに1時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。皆終わりの数分前に次の移動教室の準備をしており、ゾロゾロと移動し始めた。
私も友達と移動をしようと席を立ったとき、ふと田中先生のお願いが頭をよぎり斑目君を見た。彼も席を立ち、クラスメイトの高橋君に話しかけ高橋がジェスチャーを挟みながら何かを教えているのを見て(なんだボーっとしてて心配だったけど大丈夫そうじゃん)と安心して友達と教室を出た。
だけど私の安心感は10分と持たなかった。何故なら彼は移動教室先である音楽室に予鈴が鳴っても来なかったからだ。困り顔の音楽教師の視線に私はイライラしながら自身の心を鎮めさっき道を教えている感じだった高橋君に確認を取るため話しかけた。
「高橋君、さっき斑目君に何か聞かれて道教えてたよね?なにを聞かれたの?」
と聞くと高橋君はいつもクラスで友達と話している声より少し高いトーンで話し始めた。
「えっと、あいつにトイレの場所聞かれたから教えたぜぇ」
と自信満々に答える高橋君に、クラスの皆んなはそれじゃここの場所わかんねーじゃんとジト目を向けていた。哀れ高橋
そうして私は高橋の証言を元にまだ教室で困って座っているのではと考え、教室に駆け足で向かうと斑目君は窓に手を添えて外の景色を眺めていた。
絵になるなと思いつつ我に返った私は、斑目君に近づき声をかける。
「良かった斑目君ここにいたんだね。転校してきたばかりなのに音楽室の場所、誰も教えてなくてごめんね、行こっか!」と私は彼のカーディガンの袖を摘みボーっとしている彼を引っ張っていく。
音楽室と書かれた札の前につき引っ張っていた袖を離すと少し伸びて萌え袖になった自身の右手を見てこちらを見るとありがとうと言い、教室に入って行った。
(お礼言えるんだ……)
それからは、特に移動教室もなかった為何事もなく放課後になった。斑目君は高橋達うるさい男子組が、クラスに1人置き去りにしてごめんという理由と歓迎会みたいな事をしたいらしくカラオケに誘っていた。私も誘われたが生徒会にも所属している私は引き継ぎの作業もあり参加出来なかった少し残念だったが。
そして生徒会の雑事も終わり帰宅して勉強しようとスニーカーを下駄箱から取り出し学校を後にした。
今日は色々あったなーと考えながら、部屋で日課の筋トレをしている。こういうマメな努力が身体のラインを保つ秘訣なのだ。そう例え漫画に出てくる様な秘密ちゃんキャラの高身長イケメンが転校してこようとも、私が完璧清楚才色兼備の学校のマドンナである事は変わらないし変わってはいけないのだ。
気を取り直そうと明日学校へ持って行くものを確認しようと時間割を手に取ると3時間目と4時間目が合体し家庭科調理実習と書かれていた部分が目に入った。
(調理実習?)
やばい私とした事が完全に忘れてた。私は材料のブロッコリーと人参を持っていかなきゃいけなかった。急いで階段を降りて冷蔵庫の野菜室の引き出しを開けると必要な野菜が無かった。
急いでリビングの時計を確認する。時刻は21時ちょい過ぎくらい、まだ自転車かっ飛ばせば業務スーパーなら空いてるかと瞬時に判断し母に一言入れ家を飛び出した。
(危なかったー)
ギリギリ閉店前に滑り込み、担当を任された食材を買い終えた。私はゼーハーゼーハーと荒い息を落ち着け発汗した汗を鎮めようと部屋着兼近所のコンビニ行き用のTシャツの襟元をバタバタさせて風を送り込んだ。
数分後やっと息も整い汗も止まってきた為帰ろうと自転車のロックを解除しスタンを蹴飛ばして自転車に乗り帰り道の信号を見た時向かいの歩行者道路に斑目君の姿が見えた。
私は自分の汗だくの今の姿を見られたら完璧清楚才色兼備の学校のマドンナキャラを崩壊させる事を瞬時に判断し自販機の裏に隠れようとしたが、自転車の存在を忘れていた私は大きな音を立てて自転車を横に倒してしまった。周りの人達には変な子と思われるかもしれないが知ったことではない、この格好を斑目君に見られクラスの人達に話されるよりマシである。そしてもう一度彼の死角に入ろうと顔を上げると斑目君と目が合った。彼は一瞬驚いた表情をしたが直ぐに向き直りスタスタと行ってしまった。
私は10秒くらい固まってしまったが、直ぐに正気に戻り斑目君に私の汗だくでぼろぼろの恰好を観なかったと確約させる為に彼の後を自転車のペダルをガン踏みして追いかけた。
自転車に乗り辺りを走り回ったが斑目君は見つからなかった。ガックリという漫画によく出てくる効果音が聞こえるぐらい肩を落とし、明日訪れるかもしれない完璧清楚才色兼備の学校のマドンナキャラ崩壊という最悪の事態が浮かんでくる。
ハァーと深い深いため息を吐きながら自転車をゆっくり漕ぎながら自宅に向かっている。小学生の時よく遊んでいた公園が見えて、そろそろ自宅に近い事が分かると同時に久しぶりにブランコを漕ぎたくなり人がいない公園に足を運ぶ。
自転車のスタンドを立て野菜に虫がつかない様しっかり袋の口を結びブランコに向かう途中、ふと公園奥にある林に人影を見つける。不審者かと思い立ち去ろうとしたが、よく見たらその後ろ姿には覚えがあった。斑目心今日うちの学校に転校してきた新しいクラスメイトであり私の学校の完璧清楚才色兼備の学校のマドンナキャラを崩壊させうる情報を握った奴である。
しゃがんで何かしているみたいだが私は、一刻も早く彼を捕まえ記憶の消去というお願い(おどし)の為近づいていく。
彼の少し後ろ左側で膝に手をつき中腰で覗き込む様に斑目の視界に入ろうとする。しゃがみながらブツブツ何か喋っているが構わず声をかけた。
「えーっと今晩は 斑目君こんな所で何してるの?」
カノンはちょっと危ない奴かもなという考えが浮かんだが、それを相手に見透かされないよういつもの完璧キャラの仮面を被り斑目に話しかけようとして動きが止まる。
そこには、人差し指の指先を淡い光で光らせ崩した英語のスペルのような物を宙に書いている、斑目 心の姿があった。
「ダメだなこの辺の境界全体が連鎖的にボケてきてる。前回貼り直した奴 3流も良いとこだな」
そう言いながら光の文字を書き終えると文字全体を円で囲み杭の様な物に押し込む様にして封じ込めた。それを地面に突き立てる。
一連の出来事をガン見していたカノンは、何が起きたの分からずフリーズしているが斑目と目が合う事で思考が再稼働する。
「えっと、ごめん斑目君を見かけたから声掛けようとしたんだけど......お邪魔したみたいだねーそれじゃあまた明日ー」
「おいっ!」
と一気に喋り、この場を後にしようとするカノンを学校の時とは全く違う雰囲気を醸し出す斑目は短い言葉で呼び止める。
カノンは振り返ることができなかった。何故なら一瞬で彼女の首筋に班目の指が触れているからだ。
「お前、どこまで見ていた?」
カノンは、生まれて初めて聴いた殺気混じりの低い声に盛大にビビっていた。
怖い怖い怖いなにこの人話が通じない?もしかして斑目君って超能力者だったの?もしかして殺されちゃう⁈
入り乱れる思考を必死押さえ込もうとするができず両目から薄ら涙が込み上げて来た。だが、ここで何も答えなければ何をされるかも分からない。言葉に詰まりながらもカノンは答え始めた。
「えっ、えっと境界がどうのこうのって、いっ言いながら宙に何か書いてる所……」
ハァーと深いため息を吐きながら右手で顔を覆う斑目君は、まるで急にやらなければならない事が増えストレスを溜め込む人間の姿だった。
やがて斑目君は、落ち着きを取り戻したのかふぅ〜と息を吐くと此方に歩きながら近づくと
「見られたからには仕方ない 魔術協会第3項に則り今見た事は忘れて貰う」
そう言いながら私の顔に手を伸ばす彼は、まるで生きてる世界が違う人に見え、伸ばしてくる手がとても悍ましい物として感じられた。
なんとかして逃げなければと私はいきなり奇声を上げる。奇声に動揺した斑目君の動きが一瞬固まった。その隙に彼の顎を思いっきり殴る。お父さんに教えてもらった護身術が役に立つとは(ありがとうお父さん臭いって言ってごめんね)と心の中で謝り斑目君を振り切り全速力で自転車に乗り家を出た時以上のスピードで一目散に逃げ出した。
無事に何事もなく夜が明け登校時間がやって来た。公園の出来事で興奮したためかアドレナリンが出たのか明け方まで眠れず頭が重い。寝不足のクマを隠すためうっすらメイクをして下に降りたが、動きの鈍い私をお母さんが心配して「大丈夫?なんか昨日凄い勢いで帰って来たけど……もしかして不審者とかいた?」と声をかけてくれた。しかしお母さんに昨夜の公園での出来事を話してもいいのか分からないし心配させたくない私は、笑顔で「大丈夫」と返す。そしてそれを証明するが如く勢い良くヤックルコを飲み干すと、昨日買った調理実習用の野菜を冷蔵庫から取り出してエコバッグに入れ家を出た。
教室についた私は「おはよう」と挨拶しながら入ると何人かのクラスメイト達が「「「おはよー」」と返事を返してくれる。そしていつも通り清楚に綺麗に座ると鞄を机の横の鞄掛けに掛ける。横目でチラッと見ると、昨日思いっきり殴った斑目君が頬杖をついてこちらを見ていた。私は姿勢を正すと笑顔で真正面を向きフリーズする。
そして思い出す(そうだ忘れてた こいつ席隣だったわ)と。
その日は、調理実習では料理を焦がし班の皆に迷惑かけ、他の授業でも隣の斑目君に意識を持っていかれ散々な1日だった。
私は深いため息を吐きながら下駄箱に移動し、友達に慰めの言葉をかけなられながら帰宅する。結局斑目君からの接触は無かった。これからもただのクラスメイトという平和な関係を維持していこうというなら臨む所だ。
自宅前に出る道の角を曲がると、何の話し合いもせずなぁなぁで済ませる気はなさそうな斑目君が家の前に立っていた。家の場所なんて教えてないのにキモイ通り越して怖いわ‼︎
「えっと、斑目君私に何かよう......かな?」
平静を装い学校での完璧清楚キャラを崩さず笑顔で話しかける。だが斑目君の表情に変化をつける事は出来なかった。プライドが少し傷ついたが表に出さず相手の出方を見る。
そうして少しの間沈黙が続いたが斑目君の方から話し出した。「昨夜の事で話がある 公園で話さないか?」
公園に移動し2人でベンチに腰掛ける。ここの公園は通学路にしている生徒は少なく、今の時間帯は最後の大会に向けて何処の部活も追い込みをかける時期という事もあり同じ学校の生徒はいない。
変な勘違いをされたく無かった為好都合である。私が周りを観察していると斑目君は、スクールバックからクリアファイルと青い液体が入った試験管を取り出す。そしてクリアファイルに青い液体を数滴垂らす。垂らされた液体は表面張力により水玉の様な形になり、それを指で押しつぶす。
「密の結界」
そう斑目君が呟くと世界から自分達が切り離された感覚に陥った。世界は今も動いているのに色を失い止まっていると錯覚しそうになる不思議な感じだ。
私がキョロキョロと周囲の様子をうかがっていると斑目君はゴホンと咳払いし「話してもいいか?」と聞かれ どうぞどうぞとジェスチャーをしながら聞く体制を整える。
「昨日の光も今のこの現象も俺が使った魔術だ。」
「魔術?超能力や魔法じゃなくて?小説や映画の世界だけだと思ってた⁈凄いそんな人初めてあったよー昨日は何してたの?何で私の記憶を消そうとしたの?あとあと昨日言ってた境界ってなに?」私のマシンガントークなる質問攻めを彼は一通り聞き終えると1つずつ答え始めた。「魔術師ていうのは魔法の様な奇跡に近い力を人間の技術に落とし込んだ物で、お前の記憶を消そうとしたのは、俺達の業界では基本魔術師は只人に俺達の存在を知られてはならないという鉄の掟があるからだ。境界ってのは……人と人ならざる物の領域をしっかり分ける為の物だ」
人ならざる物?何それと詳しく聞きたくなったが今は記憶どうこうの話の方が重要である。
「絶対記憶を消さなきゃダメなの?あと痛い?」
「記憶を消すと言っても封印に近い 頭にはあるが思い出せないそのうちべつの記憶がそれらを忘却していく 篠崎さんはまだ記憶が定着仕切ってないから、今なら直ぐに終わるよ」彼の説明には、配慮があり優しさが伝わってくる。少し安心した私は踏み込んだ質問をする事にした。
「何で魔術師はそんなにすごい事が色々出来るのに自慢したり商売とかにしないの?」表情筋が死んでる斑目君の表情が少し陰り結界の外にいる子供達を恨みがましそうに見ながら「それは人は全てを暴かなければいられない生き物だからだ」と何処か諦めを感じる声で言った。
何でそんな事言うのか意味が解らなかったが、色々しがらみやら何やら深夜ドラマの様な辛い過去があるのかもしれない。昨日今日あったばかりの私に話すというのも野暮ってものだ。
だが、私だけ記憶を消されるのは我慢ならない、私にも消して欲しい記憶があるのだ。
「1つ条件をつけさせて」とぶりっ子のラインぎりぎりに触れないところを攻めた渾身の上目遣いでお願いを繰り出した。過去この上目遣いからのお願いを断った男はいないという生き伝説付きである。私の提案に彼は暫く悩んだ後「言ってみろ」と返した。これにはさっきプライドを傷つけられたこともあり口角が上がる。
「貴方も昨夜私と会った記憶を消して欲しいの」
「無理だ」
「何でよ⁉」
あっさり断られ戸惑っている私に彼は遠くを見ながら話し始めた。
「さっきも言ったが記憶を消すと言っても奥に押し込むだけで完全に消せる訳じゃない、それに俺達魔術師は暗示や幻惑に高い耐性を持っているからこういう簡単な魔術は時間がたてば自然に解ける。そして俺自身の記憶を弄れるやつは魔術師の中でもその道の専門家だけだ」
「その専門家の魔術師に頼めば良いじゃない」
「魔術師の関係性は、大概がギブアンドテイクだ そして記憶は魔術師にとって宝の山、そんな物に立ち入らせるほど信頼出来るやつもそうそういないしリスクを犯すつもりも俺にはない」
「つまり頼れる友達は、いないのね」
と言ったら斑目君は少し傷ついたのか若干背が丸まった。少し面白いな……
だけどそれなら私の秘密はどうやって守ってもらえば良いのだろうか?うーんと悩んでいると斑目君は、1枚の用紙を差し出した。
「なにこれ?」
「詳しい内容は省くがそれは魔術師内で使われる契約書だ、契約を破れば命の関わるほどのペナルティを課される場合もある 魔術師間で最も信用の高い保険の1つだ」
「へー」
これなら私の秘密も守って貰えるわけね。
それから私達2人は暫く契約内容を検討し、斑目君は魔術関連事を忘れさせる代わりに昨夜の私に関する事を誰かに伝える事を禁止する事を承諾した。
私は、魔術関連の諸々を忘却する事を条件に契約を結ぶ事になった。
契約内容の確認を取っていると結界が崩れ始める。斑目君は、「暫くしか持たない物だからしょうがない」と言い指を鳴らすと完全に結界が崩壊した。
斑目君は立ち上がり「昨日みたいに誰かに見られるわけにはいかない。結界の準備をしに1度帰らせてもらう」と言い21時に公園で再び会う約束をした後公園を出て行った。勝手な奴とも思ったが彼は魔術師って人の中では優しい部類なのかもと思った。だって魔術で私を拘束して無理矢理記憶を消す事もできたはずなのに、そう考えてしまえば案外良いやつなのかもしれない。魔術師としての彼を忘れても卒業までクラスメイトとして仲良くしてやろう。
そう考えて私も公園のベンチから立ち上がると家に向かって歩き始めた。
5時半頃 待ち合わせの公園
カノン達が約束場所としている公園は、遊具が少ないが走り回れるスペースが結構あり、その為門限ギリギリまで遊びたい近所の小学生達は、この公園で良く遊んでいる。
「俺の超絶シュート」と勢い良く蹴り上げたサッカーボールが林の方に飛んで行った。それをみながら周囲の子供達は、「もぅ、ケンちゃん何回目だよ」とか「お前取って来いよなー」とヤジが飛ぶ。それに対し「分かったよ」と荒っぽく返した少年は、ボールをとりに低木の茂みの中を掻き分けながら奥に進む。ボールに気を取られ硬い何かに躓いて転んでしまった。
「いってー何だよ?」
と服についた葉や土を払いながら出っ張りを良くみると釘の様な物が刺さっている事に気づく。
「何だこれ?」
少年が転んだ事を心配した小学生達が集まってくる。バカにしたふうに笑う子もいれば「大丈夫?」と心配の声をかける者もいた。
転んだ少年は、不思議そうに「いやーなんかでっかい釘みたいのに躓いてよ」何それーと慣れ親しんだ公園に普段見慣れない真新しい物を発見し興奮した小学生達は釘の様な物を触ったり踏んづけてみるそして最後に「この釘抜いてみようぜ」集団の誰かが言ったのを皮切りにサッカーそっちのけで土を掘ったり釘を引っ張り始めた。
そして30分後「やっと抜けたー結構でかいし太いなー」「ねー」と抜けた事に大はしゃぎする小学生達だが既に門限ギリギリなのが分かると釘の事など忘れて家に向かって走り出した。
小学生達が抜いた釘それは昨日 斑目 心が張り直していた境界の基盤であった。
夜
待ち合わせの時間の5分前に公園に着いた私は、何となくブランコを漕ぎながら不思議な転校生である斑目について考えていた。
いつもは、打算的な事ばかりを考えて言いたい事も言えないのが大半な私でも何故かスッと本音で話してしまうような安心する不思議な雰囲気を纏った奴であったが、まさか魔術師なんて空想上の存在だったなんて思いもよらなかった。
「魔術師ってトカゲの尻尾やらカエルの脚やらを鍋に入れて混ぜたりするのかな?」
頭の中で典型的な魔女を思い浮かべながら斑目君が同じ事をしている図を想像して謎のツボに入りクスクス笑がこぼれる。
そろそろ待ち合わせの2分前ぐらいになった時だった。近くの公園の砂利を踏む足音が聞こえスマホから視線を上げながら「時間通りね」と言おうとするが最後まで声は出なかった。
何故なら私の視界に入ったのは人の足でなく異形としか形容しがたい泥々で太く蹄の様な物があった。
私はあまりの異様さにブランコから後ろに落ちかけたが何とかチェーンに捕まり態勢を整える。そして異様な存在の全体像を目にした。
それは泥を体から噴き出す二足歩行の猪の頭を持った化け物だった。腐った様に体の何処かが崩れても瘴気の様な物を出しながら再生しており自壊と再生を繰り返している様だ。
今まで生きていて見聞きした物のどれにも当てはまらないそれは、こちらに向かって歩くたびに泥を身体から落としている。
まずは落ち着かないと思い、抜けかけた腰に力を入れながら立ち上がり荒い息を整えようとして悪臭に気付く
くっさーーーー何こいつドブみたいな匂いすんだけど幸い動きは鈍いみたいだしダッシュで逃げれば大丈夫だよね?
そうカノンが判断しブランコから立ち上がり走り出した直後二足歩行の泥の怪物は鳴いた。
『ぴぎぁゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
直後怪物の両腕部分の泥が粘性になり鞭上に形を変えていく。そして怪物は足を開き横に振りかぶる様に右腕を振るった。
カノンは運が良かった。ちょうど彼女は、化け物の動向を見ながら走っていたからだろう進行方向の砂場に気づかず突っ込み転び結果命を拾うこととなった。
「何これ……」
砂場に顔面ダイブした事も忘れて辺りを見ると公園の鉄棒がくの字に変形してフェンスに吹っ飛んでいた。
あんなの掠っただけでも死んじゃう。私はゆっくりとした歩みだが確実に近づいて来る怪物に絶望し動けずにいた。
もしかして斑目君関連なのかなこれ?もしそうならどうしようもないよね。こんなの一般人が関わっていい物じゃないよ。そもそも何でこんな怪物が出てきたの?私何かしたかな?
血の気が引いているのが分かる。変な汗が体中から吹き出し呼吸も上手くできない。普段学校で身近に使われている死というワードが自分に降り掛かろうとしている。
怪物が振りかぶっている動きが凄くスローに見える。あーこれが死の間際ってやつかと冷静に分析している反面、目と鼻から涙を流しながら目を瞑り蹲りながら甲高い奇声を挙げた。
そして ガキン と高い音がした後砂場の砂塵が舞った。やがて砂塵が晴れると私の目の前にお札の様な紙切れが転がっている。怪物は、明後日の方向を向いておりその視線の先を辿ると、昨日学校でお隣さんになった自称魔術師が公園の前に立っていた。
斑目はギリギリ間に合った事に安堵しつつ「我は四方を閉じ境界を敷く者」といい片手で証印を結ぶと周りに見えない結界が公園にはられていくのを感じ爆音で集まっていた人達を眠らせたことを確認すると結界内に入って行った。
結界内では魔術師が来た事に神経を尖らす怪物と、状況がまだ飲み込めず斑目と怪物を交互にみる篠崎カノンを取り敢えず安心させる為に彼女の元に向かう斑目。
だが怪物は自分を前にしてそんな余裕な態度は許さないと言わんばかりの咆哮を上げ泥の巨腕を鞭の様にして叩きつけてくる。
斑目はそれを軽く腕で受け止める。渾身の攻撃を難なく受け止められた事に動揺を隠せない怪物は警戒を高め一旦距離を取る為後ろに大跳躍する。
「どうなってるの?あんたの体……鉄棒とかあの有様なのに……」
「……魔術」
鉄棒<斑目の図に納得いかず質問するカノンに斑目は後処理がかなり面倒くさい事になっている現状にうんざりしてる為投げやりに魔術という大括りなワードで片付ける。
「何であっち側の存在がこっちの世界にいるのかは後で調べるが……取り敢えず大丈夫か?他に怪我人は?」
「公園には私1人だけだから大丈夫」
「そうか……そのまま結界の中にいろすぐ片付ける」
そういうと踵を返し怪物の方に向かって歩き出す。
「お前、この地の山に住まう泥の精だろ?何で降りてきて人を襲う⁈」
泥の怪物は威嚇する様な唸る音を立てるばかりで一向に応えない。そして暫く睨み合ったあと怪物が今までにないスピードで斑目に突っ込んで行った。
斑目は今度は腕で受け止めようとはせず札を1枚取り出すと、怪物が振り上げた巨腕に飛ばす。札は空中で静止すると淡い青色の光を放ち、怪物の攻撃を弾き飛ばす。それだけでなく腐敗した様な泥と瘴気も一気に弾け飛ぶ。斑目は、体勢が崩れた怪物に拳を叩き込む。
「ハァッ‼︎」
『⁈ッ』
拳を叩き込まれた怪物はその巨体を宙に浮かせ吹っ飛んだ。
「凄い……」
斑目と怪物との闘いを結界の中で観ているカノンは恐怖を忘れ見た事もない戦いに目を奪われていた。今まで友達の空手の試合を応援しに行った時に観た試合でもここまで興奮を覚えたことは無かった。
「これが…魔術……」
吹っ飛ばされた泥の怪物が起き上がる。身体に纏わりつく瘴気が濃くなり泥が体から落ちる量が増えた様に見える。そして震えながら斑目を睨みつけ怒りを抑え込む様に初めて喋り始めた。
『術師が、人間が、何故魔獣の力を使える⁈
約束1つ守れぬ害虫共が何故だ⁈
殺す殺してやるるるらるるるるる』
「俺達魔術師もお前達も人間の時代にそぐわない存在になった。だから境界を引き袂を分かつ事になったそれだけだろ?それに人はお前達とは生きてる時間が違う」
そう言い切ると斑目の右腕に斑模様の黒い痣が現れやがて右腕全体が黒く変色し始める。その腕を見た瞬間怪物が震え始める、その目には恐怖と抑えきれぬ怒りが含まれていた。
『その右腕の力……お前達は何処まで我々を馬鹿にすれば気が済むのだぁ⁈』
二足歩行から四足歩行に切り替えて勢い良く突っ込んで来る猪の頭の怪物を、班目は変色した右腕で受け止める。両者がぶつかる事で起きる衝撃に公園の地はひび割れ砂利が宙を舞う。
「すまない……いつか来る約束の時代までこの力は受け継がせてくれ、帰ってくれお前達の世界へ」
怪物の牙を右手で掴むとそのまま片手で投げ飛ばし、そして泥の体に手刀を叩き込む。
『グオオオオオォォォォォ』
怪物は、手刀により開けられた穴からどんどん生気みたいな物が抜けていく。やがて怪物の身体は存在が無かった様に薄くなっていきそのまま消えてしまう。
「ふぅー」
深く息を吐く斑目を見てカノンは怪物との闘いが終わった事に気付く。カノンは笑う膝とぐしゃぐしゃの顔を拭い、今の闘いの興奮をそのまま斑目に伝えようと駆け寄るが、斑目はカノンの元に向かう事なく結界の綻びを確認する。
「くそ、結界の基盤が破壊されている……」
抜かれている杭に苛立ちを隠せない斑目は、ぼやきつつも杭に新しい術式を刻み始める。そのまま杭を再び地面に突き立てると淡い光が出る。
「大丈夫?」
カノンは、当たり障りのない言葉で声を掛ける。
「ああぁ、大丈夫……篠崎さん悪いけど記憶の件は後日に改めさせて貰えないかな?」
「それは良いけどこの公園どうしよっか?」
カノンが辺りを見回す。壊れた遊具にひび割れた地面この惨状をどう説明すれば良いか分からないほどの荒れ具合である。だが、斑目は冷静だった。
「大丈夫こういうのを隠蔽する事を生業としてる会社があるから、今そこに連絡した。あと監査が入るから君は早く帰って」
斑目の説明にわからない単語が何個も出てきては質問したい衝動に駆られるがそれは今する事ではないと自分に言い聞かせカノンは「また明日ー」と言い小走りで帰ろうとするが、くの字変形した鉄棒を見て再び転んだ。斑目は、若干心配になるが現場を離れるわけにもいかず、その姿が見えなくなるまで見送った。
カノンの姿が見えなくなった瞬間、斑目の背後に何人かの男達が現れた。そしてリーダー格の男がタバコを吸いながらカノンが走って行った方向を見つめ続ける斑目の横に並ぶと昔からの知り合いの様に話しかける。
「まぁーー派手にやったなーこれ1日で隠蔽できるかわかんねぇぞ?」
「
すんません」
「まぁいい 隠蔽は俺達監査員も手伝い超特急で片付ける お前は協会支部で暫く身柄を拘束させて貰う」
「はい……」
「ハァー、まぁそんな気落ちすんな後は俺が親戚のよしみで何とかしといてやる。あの嬢ちゃんの記憶も今日中に改ざんしといてやるよ」
男の方を向く斑目にやっと向いたかとボヤきつつ話を続ける。
「当然だろあの嬢ちゃんは魔術師の家系でも関係者でもない。一般人だ。住む世界が違ったんだよ元からな」
「でも」と言い返そうとする斑目に男は被せるように言葉を続ける。
「お前も魔術師なら諦めろ 俺達と今の時代を生きる人間とは、水と油だ。あいつらは知ればその未知を恐れ、それを克服しようと科学で神秘を今以上に蹂躙していこうとするだろう。俺の言いたいこと分かるな?」
そう言われてはもう言い返す事もできないと悟った斑目は、遅れてやってきた隠蔽員と必死に隠蔽を手伝いながら結界の基盤が破壊された経緯を調べている。監査の人達に謝罪と「お願いします」と言い公園前に止まっている魔術協会の黒い車に乗り込んだ。
次の日私は、まだ重い瞼を擦りながら椅子を引き、母が用意してくれた朝食のパンとリンゴとキウイ入りのヨーグルトを食べ始める。母に昨日はどうしてあんなに砂まみれになっていたのにテンションが高かったのかを聞かれたが上手く答えられなかった。気晴らしに散歩しに行ったら猫がいて遊んでいたって答えれば良かったのに何故だろうか?
いつもの通学路にいつもの友達なんて事のない日常、順風満帆な私の人生に一石投じられた様な興奮は今はない。(私って猫大好きだったんだなー)犬派だと思っていたのに違った事に新しい自分が見えた様な気がして感慨に耽る。 一緒に登校している友達と別れ自分のクラスの戸を開ける。おはよーという声に私も「おはよー」と返しスクールバッグを机に掛けると友達とまたドラマの話やアイドルの話で盛り上がる。
一通り話し終えホームルームが始まる予鈴が鳴り友達とまた後でねーと言い自身の席に着く私は何となく隣の席の転校生に顔を向ける。何で一言二言話したぐらいなのに気にかかっていたのか分からない。だけど……
「ありがとう……」
何故言ったのか分からなかったが、こっちを見ないその綺麗な横顔に気づけば言葉を投げかけていた。一瞬で我に返った私は、自分にドン引きしながら恥ずかしくなり顔を俯け机と睨めっこを始める。そしてチラッと見た彼は、いつもぼんやり宙を眺めているのに今は目をまん丸にしてこちらを凝視している。
それがなんか面白くて私は笑い出しそうになった。
これからの参考になるのでコメントとかあったら願いします。