5a-8. アニスとシズアは貴族の屋敷を訪れたい
曇天下の昼下がり、アニス達は貴族街の中をぶらぶらと歩いていた。
雲のお陰で日射しが遮られ、太陽からの暑さは和らいでいるが、湿った空気で蒸されているような感じがする。
空の色は明るいので、すぐに雨が降ることはなさそうだ。
先日の夜にはわらわらといた憲兵達だが、今は数人が馬で巡回している程度だ。
加えて言えば、歩いている人間が大通りの辺りと比べて、とても少ない。
貴族達の移動は馬車であり、使用人達も仕事であれば馬車が使える。
この辺りを歩いているのは、出退勤する通いの使用人か、貴族に雇われた冒険者などの平民か、或いはアニス達のような物好きが見物しに来るか、くらいのものだ。
「次の通りを右に行けば良さそうね」
前方に見えている屋敷の塀に貼ってある道標を、キョーカに書いて貰った地図と照らし合わせて、シズアはアニスに伝えた。
街中の人の多いところでは、観光客狙いの引ったくりもいたりするから地図を見ながら歩くのは躊躇われるが、歩行者がほとんどいない貴族街の中ならば問題はない。
前日のように記憶を頼りにするのは止めて、地図で自分の位置を確認しながら進んでいる。
さて、パルナムの街では、すべての道に名前が付けられている。
王国内のどの地域においても、家屋の門などの入口に住人の名前を記した表札を掲げる習慣はなく、手掛かりになるのは通りの名前と番地だけだ。
その通りの名前を記した道標は、交差点の角にある家の壁や、屋敷の塀に張り付けてあることが多い。
貴族街の中でも、今、アニス達が歩いている辺りは、広い敷地を持った屋敷ばかりで、屋敷の建物が直接道に面しているところはなく、敷地を囲む塀に道標が貼り付けてある。
塀とは言っても、アニス達の胸の高さ程度しかなく、道からでも敷地内を見渡すことができるし、それはどの屋敷も同じだ。なので、視界が開けていて遠くまで見える。
通りの名を記した道標の形は同じであっても、複数階建ての建物が所狭しと並んでいる大通り沿いとは違い、ゆったりとした高級感のある雰囲気が漂う光景だ。
その中にある冒険者然とした二人の姿は、些か場違いに見えなくもない。
「ウィンブル通りって書いてある。地図に書かれている通りだよ」
次の分岐路の角に近付いたところで、そこから右に入っていく通りの名前が記された道標をアニスが読み上げる。
「間違えた地図だったら賠償ものよ。高い情報料を払ったんだから」
「まあ、そうだけど、シズはよくあの二人に秘密を教えようと思ったね」
「二人の言動から何となく大丈夫だって思えたのよ。それに実際、間違っていなかったし」
「間違ってなかったって、どうして?」
シズアに向けて首を傾げるアニス。
「簡単よ。キョーカ達は、転生者って言葉を知っていたでしょう?普通だったら、まずその言葉の意味を尋ねるところから話が始まるとは思わない?だけど、あの二人はそうではなかった。話を聞いて直ぐに私の心配をするくらいに、その意味を知っていたのよ」
「賢者様と同じで情報通ってことじゃない?キョーカ達は情報屋なんだし」
「ええ、賢者様と同じ部類の人達なのかもね」
そのシズアの言い回しに若干引っ掛かるものを感じないでもなかったが、アニスは目の前に見えて来た目的地の方に注意を向けた。
「ねぇシズ、次の敷地が例の屋敷だよね?」
「そうね、きっと。門のところに『2』と書いてあれば当たりよ」
二人は暫く歩いて屋敷の門へと辿り着く。
果たして、門の柱には『2』と書かれたプレートが貼ってあった。
「ここだね。で、どうしよか?」
「予定通り話を聞いて貰えるかを尋ねてみても良いけど――」
と、シズアは右手に伸びた道の先に目を向ける。
「丁度良い具合に誰かが来るみたいだから、その人と話してみる?」
アニスも既に力の眼でも、イヤリングに付与した探索の風魔法でも人が近付いているのは捉えていた。シズアはも同じイヤリングしているから、それで気が付いたのだろう。
「この屋敷に用事がある人かは分からないよ」
「そしたら、そしたで考えれば良いわ」
「だね」
近付いてくる人影は二つ。
遠見の光魔法でいち早くその姿を確認したアニスがシズアに伝える。
「あれ、オバさんとトニーだ」
「またそう言う。聞こえているかも知れないわよ。後で怒られても知らないんだから。でも、ラウラは風魔法が使えた?」
「オバさんは、火と光属性だよ。風魔法はトニーの方。トニーがラウラに『君ってオバさんらしいよ』って言って怒られるパターンだよ」
お気楽な様子でアニスが笑う。
と、ラウラが歩調を早め、つかつかと二人の前までやって来た。
「人のことを『オバさん』と言うのはどの口だ?」
「あれ、トニーを怒るんじゃなくて、こっちに来た」
「当たり前だろう。トニーは聞いたことをそのまま伝えただけだからな」
「そうかな?私は『ラウラとトニーだ』って言ってたかも知れないよ?」
アニスの言葉を聞いたラウラは、腰に手を当て溜息を吐く。
「まったくお前は何処まで減らず口を叩くつもりだ?呆れ果てて物が言えなくなるぞ。それで、どうして二人はここにいるんだ?何か用があるのか?」
「用はあるんだけど、住んでいる人のことを知らないからどうしようかなって考えてたところ」
「住人を知らないのなら、どうしてここに来た?」
「情報を手に入れたんだよ。前に泥棒がこの屋敷に盗みに入っていたってこと。オバさん、聞いたことある?」
「いや、聞いていない。それに私はオバさんではなく、ラウラだ」
ただ答えるだけでなく、呼び方を訂正するのを忘れないラウラ。
「ここに住んでいる人のこと、前から知ってるの?」
「そうだな、ここの奥方とは結婚される前からの付き合いだ。だから良く知っている」
「それって冒険者として、じゃないよね。やっぱり貴族なんだ」
「その質問には答えないことにしている。今の私は冒険者だからな。それに、平民が貴族相手にオバさん呼ばわりしていたら、手打ちにされても文句が言えないって分かっているのか?」
ラウラはアニスに視線を向けるが、その表情は柔らかく、とげとげした雰囲気はない。
「分かりたくないけどね。でも、私は一人前の冒険者だから、そこは分別付けているつもりだよ」
「そうか?私には、まだよちよち歩きのヒヨッコに見えるがな」
「私はヒヨッコじゃないし、アニスって名前があるし」
口を尖らせるアニス。
「そーかそーか、ヒヨッコはヒヨッコって言われるのが嫌なのか」
アハハと笑うラウラ。
「そうやって平民をヒヨッコ呼ばわりしてると、闇討ちに遭うかも知れないから気を付けた方が良いよ」
むすっとしたアニスの言葉に、ラウラは更に笑う。
「闇討ちか。なるほど、そう来るか。それなら用心して夜は出歩かないことにするかな」
「どうせ真面目に聞いていない癖に」
「そんなことはないさ。実力はこの前見せて貰ったからな」
この前とは、アニスが火魔法を撃ち込んで来たラウラに怒って向かっていった時のことを言っているのだろう。
「あれで私の実力を知った気になっているんなら、オバさんも冒険者としてまだまだだね」
「ふん、お前だって本気の私の力を知らない癖に、分かった風な口を利くのはヒヨッコの証拠だよ」
お互い微笑みながらも、視線をぶつけて火花を散らせるラウラとアニス。
「前も思ったんだけど、僕、この二人って良く似てると思うんだ」
「そうですね。歳が離れているのに、気が合っていますよね」
「何かアニスを前にすると、ラウって子供っぽくなっちゃうんだよな」
ラウラとアニスが言い合う様子を眺めながら、認識の一致を確認し合うトニーとシズアだった。
ラウラとアニス、気が合うようですね。そして、トニーとシズアも。
ところで、5a-1. にて、ラウラの年齢を間違えておりましたので、訂正しました。本話の23歳が正しいです。申し訳ございません。




