5a-7. アニスとシズアは最初に狙われた屋敷を知りたい
「えーと、ですね。シズ、これには深い事情がありまして――」
シズアに睨まれているアニス、蛇に睨まれた蛙のごとく、相手に呑まれて適切な言葉が浮かんでこない。
何しろ、これまで魔力眼持ちであることはシズア以外には誰にも話していないことになっているのだ。それを旅先の出会ったばかりの情報屋に教えているとか、シズアにとっては不自然でしかないことは十分に理解できる。
「深い事情って何かなぁ?私に言えない深い事情があるってこと?」
シズアの目は細くなったままだ。
「い、いや、そんなことは無いよ」
アニスは首をふるふると横に振る。
そんなアニスを見て、にやにやするキョーカ。
「妹に隠し事してるにゃ?それはよろしくないにゃあ」
誰の悪戯のお蔭でこうなっていると思うのかとアニスは言いたかったが、今はそれどころではない。
「別に隠し立てせずに話してしまえば良いにゃ。お前が魔力眼のことを話したのは、ワシらへの依頼料代わりだったにゃ。やましいことは何も無いにゃ」
「へ?」
いきなりの援護射撃に面食らうアニス。
「なぁアニス。そうだったにゃ?」
「う、うん」
ここは話を合わせておかねばと、キョーカに言われるままにアニスは頷く。
「ふーん、そうなんだ。それでアニーはこの人達に何を頼んだの?」
「えーと、それはだね」
何と答えたものだろうか。助け舟を求めてキョーカの顔に視線を向けたいところではあるものの、それをやってしまうとシズアにキョーカの作り話と気取られそうで怖くてできない。
「火の山で火の精霊を確実に見付ける方法にゃ。最初は確実に火の精霊と契約する方法を知りたいと頼まれたが、そこは精霊の気まぐれだからワシらには如何ともし難いにゃ。ワシらに手伝えるのは、火の精霊を見付けるところまでにゃ」
アニスの心の声が届いたか、キョーカがシズアの問いに答えてくれた。
「そうね、火の精霊が目の前に現れてくれるのなら、それで十分。精霊が人の前に姿を現すのは、その人に興味を持ったからなのよね?なら、後は自分で何とかするわ。と言うか、それくらいは自分でやらないとね」
シズアはキョーカに向かって微笑みを向ける。
「そうだにゃ。まあ、そこが一番難しいのだがにゃ。精霊契約が簡単なら、この世の中、精霊契約者だらけになっているにゃ」
「確かにね。それで、火の精霊を確実に見付ける方法ってあるの?」
「単に見付けるならアニスの魔力眼があれば良いのだが、闇雲に探し回るのでは大変にゃ」
「問題なのは精霊のいる場所を知る方法か、精霊を呼び出す方法なのですが、それはまだ調査中なのです」
キョーカの言葉をスイが引き取った。
「そう言うことなのね」
シズアは納得顔で頷くとアニスに視線を向ける。
「そうならそうと言ってくれれば良かったのに。変に勘ぐってしまったわ」
「いやぁ、黙って調べておいて、シズを喜ばそうと思って」
てへへと頭に手をやりアニスは愛想笑いをする。
しかし、こう言う猿芝居をこれからも続けないといけないと思うと、溜め息を吐きたくなる。
「調べものなら、この情報屋イルージオにお任せにゃ」
「懇切丁寧、お客様の秘密は絶対に守るがモットーなのです」
双子がシズアにアピールする。
「イルージオがお姉さんの名前なの?」
「いや、イルージオはワシらペアでやっている情報屋の名前にゃ。冒険者パーティーのパーティー名のようなものにゃ」
「姉様の名前はキョーカ、スイはスイなのです」
「情報屋イルージオのキョーカとスイね」
シズアは顎に手を当てて、考える様子をみせた。
「名前に因んで付けたのかな――でも、だとすると――」
その呟きは小さいもので、その場の誰も聞き取れなかった。
「気になることでもあったかにゃ?」
シズアの様子を気にしたか、キョーカが首を傾げる。
声を掛けられたシズアは、キョーカに目を向けた。
「え?ああ、キョーカ達は姉妹なのよね?でも、キョーカは猫人族で、スイは人族?」
「いや、ワシらは双子だにゃ。この耳はカチューシャなのにゃ」
と、キョーカが猫耳カチューシャを動かしてみせる。
「ワシらは一卵性の双子だから同じ人族だし、使える魔法属性も同じ水と土属性にゃ。分かったにゃ?」
「ええ、そしてキョーカの方がお姉さんなのね」
「そうにゃ。スイの方が先に生まれたからにゃ」
「あら?先に生まれた方が姉ではなかった?」
「にゃ?ならばワシの方がスイのことを姉様と呼ばないといけないかにゃ?ってそのネタは昨日もやったにゃ!」
盛大な自分突っ込みと共にキョーカは床を大きくダンと踏み鳴らした。
「そうです姉様。スイ達が生まれた時は、先に生まれた方が弟妹と決まっていたのですから、今まで通りで良いのです」
「いや、だからスイ、それも昨日と同じ台詞だよにゃ?繰り返す必要は無いにゃ」
「姉様が忘れ掛けていたようなので繰り返した方が良いかと思ったのです」
「忘れてないにゃ。あー、辛うじて思い出したにゃ?」
「どうして弱気に言い直すのです?姉様は姉様なのですから、堂々としていて欲しいのです」
「まったくもってその通りだにゃ。スイ、悪かったにゃ。ワシは堂々とスイの姉と名乗るにゃ」
腰に手を当てて踏ん反り返るキョーカ。
良く分からない二人のやり取りが一段落したところで、シズアが口を開く。
「あの、もしかしたら昨日も出た話かもだけど、先に生まれた方が妹ってどこの風習?王国では昔から先に生まれた方が姉よね?」
アニスは二人が魔女だと知っていたから何となく魔女の風習だろうと捉えていたが、それを知らないシズアなら疑問を抱くのももっともだ。
「それなんだがにゃ、ワシらは東にある島国の出身なのにゃ。だから王国とは風習が違って当然にゃ。それを気にしてはいけないのにゃ」
「気にして慌ててたのはキョーカだと思うけど」
「うぐっ」
自分の言葉で刺されていては世話が無いなと、アニスは半分呆れていた。
だが、それくらいのことでめげるキョーカではない。
あっという間に立ち直り、何事もなかったかのようにアニスに目を向けた。
「で、今日は何の用にゃ?火の精霊についての調査状況を確認しに来た訳ではないにゃ?」
「うん、違う。例の貴族達のお金を狙う泥棒について聞きたいことがあって」
その言葉を聞いたキョーカは目を細めた。
「奴らの正体なら教えられないにゃ。奴らもワシらのお客様だからにゃ」
キョーカが前もって釘を刺してきた。アニスは泥棒の正体を知っているので、これはシズアに向けた言葉だ。
「私達が知りたいのは正体じゃなくて、最初の頃に盗みに入っていた屋敷についてよ」
「隠し財産の保管場所にゃ?」
キョーカの返事を聞いたシズアの眉がぴくりとする。
「隠し財産だと知ってたの?」
「そうとしか思えなかったにゃ」
「最初、その屋敷には誰も住んでいなかったのです。後になって人が入りましたが、お金が盗まれていることに気付いた様子がないのです。だから、そのお金は、それ以前に屋敷を使っていた人が隠したものだろうとスイ達は考えたのです」
「なるほどね」
シズアはキョーカ達の説明に納得しているようだ。
「それで、そこには最初、どのくらいのお金があったの?」
「スイ、分かるかにゃ?」
「えーと、五年に一ヶ月足りてなかったから59か月で、その前にお爺さん達が7回だから、66か月。毎月金貨六枚を盗んでいたから396枚」
スイは左の掌に右手の指を当てて動かしながら数えて行く。
「最後に四枚余ってたそうですから、丁度金貨四百枚なのです」
順番に数字を挙げながらスラスラと計算していくスイの話に、アニスの思考はついていけてなかった。
しかし、シズアが頷いているところを見ると、計算結果は正しいらしい。
「全部で金貨四百枚、四百万ガルか。良く分からない額ね」
「ん?シズ、良く分からないって?」
「四百万ガルなら、冒険者だって少し頑張れば稼げそうな額でしょう?貴族の隠し財産なら、もう少し多くても良さそうな気がするのよ」
「まあ、そうかもだけど、だったら調べに行くのは止める?」
「そんなことは言ってないよね。ねぇキョーカ、そのお屋敷の場所は教えて貰えるの?」
「それは、これ次第にゃ」
キョーカはニヤニヤ笑いながら、右手の親指と人差し指で輪を作ってみせた。
「情報料ってこと?私の秘密でも良いのよね?」
「ワシらに取って、利のある秘密なら何でも良いにゃ」
「そう?なら、一つ教えるわ」
そこでシズアはにっこりと微笑む。
「私、転生者なの」
「えっ?」
シズアの突然の告白に、アニスは一瞬驚いたのだが、考えてみればキョーカもスイも魔女だ。シズアが転生者であることを伝えても何も問題はないと思い直す。
片や、大いに慌てた者もいた。
「ちょっと待つにゃ。それは口外するなと忠告されてないにゃ?」
「確かに賢者様には言われたけど、それがどうかしたの?」
「人様の忠告には有難く耳を貸すものにゃ。転生者だなんて、軽々しく口にするものではないにゃ」
キョーカは真剣な面持ちでシズアを諭そうとするが、シズアの表情は変わらない。
「ありがとう、キョーカ。でも私はきちんと考えて言っているから。で、情報は出して貰えるの?」
相変わらずにこやかに微笑んでいるシズアを見て、キョーカは溜息を吐いた。
「分かったにゃ。知っていることは教えるにゃ」
シズアにはシズアなりの考えあるのだろうとアニスは思っていたが、どう考えてのことかはさっぱり分からずにいた。
シズアはシズアなりに考えているのです。何せ、前世を含めれば、人生経験はアニスより余程積んでいますからね。




