5a-6. アニスとシズアは情報屋に会う
「公爵様は三日後にお会いになられます。三日後の朝、またこちらにお越しください」
「はい、ありがとうございます」
正門脇の守衛受付の係員が差し出してきた予約票を、アニスは恭しく受け取る。
そして、シズアと共に門を抜け、パルナム城の敷地外に出た。
「大変だったわね」
感慨深げにシズアが話す。
「そだね。遠回りしちゃったし」
アニスが返す。
遠回りとは、最初、二人は城の別の受付に行ってしまったことを言っている。
二人は受付のことを宿で尋ねたのだが、聞き方が悪かったらしく、平民の陳情用の受付を教えられたのだった。
勿論、アニス達は平民なので、間違いではないのだが、貴族の遣いの場合はそちらではなかったのだ。
それを知らずに平民用の受付に並び、漸く自分の番になったときに、受付の係員に違うことを指摘されてガックリきたのだった。
まあ、正門にある貴族用の受付は混雑していなかったので、そこから先は順調だったが、最初から正しい受付に来ていれば並ぶ必要がなかったと考えると、微妙な気分になる。
「最初だから仕方がないわよ。次から間違えないようにすれば良いわ」
「そだね」
失敗をいつまでも引き摺っていても詰まらない。ここは気分を切り替えよう。
城の正門を出た二人は、南向きの緩やかな坂を下っていく。
すると、北の大通りに出た。
城は北地区中央の小高い丘の上に建てられている。
その正門は南に向いた城の正面にあり、北の大通りから正門へと入っていく道の分岐点は、街の東門と西門の丁度中間地点に位置していた。
「これからどうしよか?」
次にやることは決まってはいるものの、時間が時間なのでシズアにお伺いを立てるアニス。
「そうね。もうお昼の時間にはとうになっているし、何か食べたいわね。行く先に向かって歩きながら、良さそうなお店があれば入ると言うのでどう?」
「それで良いよ」
アニス達の次の目的地は、今いる場所から大体南東の方角。
だが、パルナムの街中は碁盤状に道が作られており、斜めには進めない。なので、二人はまず東へと、北の大通りをそのまま歩くことにする。
大通りの道幅は、その名の通りに広い。
とは言え、通りの真ん中は馬車が行き交い、端の方は屋台があったり、喫茶店などのテラス席が設置されていたりする。
そうした光景は二人が住んでいた北の方では見掛けないことから、アニス達は物珍しそうに眺めながら歩いていく。
「シズの食べたい物はあった?」
幾つかの飯屋の前を通り過ぎた後、アニスはシズアに尋ねてみる。
「どうしようかな?魚介類は昨日の夜に沢山食べさせて貰ったしな。あ、あそこの屋台で魚フライサンドを売ってるみたい。ねぇ、食べてみない?」
どうやらまだ魚料理が食べ足りないらしい。
まあ、物欲しそうにしているシズアは可愛いから何も問題はない。
「うん、食べよ」
二人は屋台で目的の物を手に入れた。
それは白身魚のフライが薄くスライスされた二枚のパンで挟まれた物だった。フライは、両脇のパンから思い切りはみ出すくらいに大きい。
パンとフライの間にはレタスが敷かれ、フライに掛けられた茶色のソースからは良い匂いが漂ってくる。
見るからに食欲を誘うそれを、アニス達は大きな口で頬張った。
「美味しい」
嬉しそうなシズアの笑みにアニスも楽しくなる。
それに実際、美味しい。
ただ、その見た目通りに分量があり、それまで歩き通しでお腹が空いていたアニスもシズアも、一つ食べ終わる頃には十分に腹が満たされていた。
「満足したね、シズ。さて、と行こうか。巡回馬車に乗る?」
「ううん、お腹が一杯だから、少し歩きたいな」
「そか、ならそうしよか」
アニス達は再び街中を歩き始める。
食事を終えた二人は、今度は食べ物屋以外にも注意を払う。
服屋や靴屋に雑貨屋など、日用品を扱う店が多く目に付く。武器や防具など、冒険者向けの店はこの辺りには無さそうだ。
暫くして二人はロータリー式の広い交差点に出た。
そこで南に方向転換し、中央の大通りに加え南の大通りも横切って、街の南東の地域へと入っていった。
「この辺りに、酒場があると思うんだけど。何処かな?」
アニスが周囲を見渡す。
表通りから少し裏手に入ったこの辺りにもポツリポツリと店はあるが、酒場らしきものが見当たらない。
「地図は持ってないの?」
「あるよ。でも、ちゃんと頭に入れて来たつもりだったんだけどな」
ぶつくさ言いながら、アニスは収納サックから手描きの地図を取り出してシズアに差し出す。
受け取ったシズアは、地図と歩いて来た道の光景とを照らし合わせてみる。
「ねぇアニー。多分だけど、もう一本南側の道じゃないかな?」
「あれ、そう?」
首を傾げながらシズアの後を追うアニス。
次の十字路に先に着いたシズアが左方向を確認し、そこで見付けた何かを右手で指し示しながらアニスに笑顔を見せた。
「やっぱり一本間違えてたわね。そこに酒場があるわ」
「ありがと、シズ。うーん、どこで間違えたかな?でもまあ、ともかく行こ」
今度はアニスが先に行くが、店の入口の前で立ち止まる。
「アニー、どうかしたの?」
「う、うん。何でもない」
アニスはこれからやらねばならないことを考えると気が重いが、これをやらないと情報屋に会えないのでやるしかない。
「行くよ、シズ」
意を決して、アニスは扉を開けて酒場の中へと入っていった。
店内にはテーブルが並んでおり、奥にはカウンターがある。
まだ夜には早い時間なので、空いているが、それでもチラホラと客が酒を飲んでいた。
そうした客達を横目に見ながらアニスは店内を突っ切り、カウンター席に座る。
「喉が乾いたにゃ。ミルクが欲しいにゃ」
「にゃ?」
隣の席に着いたシズアが、いつもと違うアニスの喋り方に首を傾げた。
そんなシズアの様子にはお構いなしに、アニスはバーテンダーに向けて話し続ける。
「ミルクはボール皿に入れて欲しいにゃ」
「お客さん、ミルクを舐めるつもりか?」
「いや、気分だけにゃ」
アニスの話し方は相変わらずだ。
何かの符丁なのかも知れないと、シズアは黙ってアニスを見ていた。
アニスの注文を受けたバーテンダーは棚からボール皿を取り出して、そこにミルクを注いでアニスの前のカウンターに置く。
「お客さん、30ガルだ」
アニスはカウンターに小銅貨を三枚置いて、ボール皿を受け取った。
そしてゴクゴクと一気に飲み干すと、ボール皿の中を見て固まる。
「ん?」
シズアがアニスの視線を追ってボール皿の内側を覗き込むと、文字が書いてあるのが見えた。
どうやら、書いてある文を読んで固まっているらしい。
それから少しして、意を決したのかアニスは一回溜息を吐くとボール皿をカウンターに戻してから席を立った。
そして店の床の上に猫座りして一声。
「にゃあ」
さらにアニスは四つん這いになり、その体勢のまま床の上を這って三回まわり、もう一度猫座りすると、「にゃあ」と鳴いた。
それを見ていたバーテンダーは笑った。
「そこまでするお客さんは初めてだ」
「えーっ、書いてある通りにしただけにゃ」
アニスは普通に立ち上がり、腰に手を当てて頬を膨らませる。
「いや、『三回回ってニャアと鳴け』としか書いてないだろう?」
「違うって、ここには、あっ、いや、これは――」
何かに気付いたアニスは、皿の内側から目を上げバーテンダーを見詰めた。
「やることやったんだから、会わせて貰えるんだよね?」
バーテンダーはまだ笑っていた。
「ああ、そこの扉を入って2番の部屋な」
「ありがと。シズ、行こ」
「あ、うん、待って」
とっとと先に行こうとするアニスに、シズアは急いで駆け寄る。
カウンター横の扉の先は廊下になっていた。
そこにはいくつか扉が並んでいたが、アニスは「2」の札が貼ってある扉を叩いてから開いた。
「やあ、良く来たにゃ」
「猫真似上手だったのです」
部屋の中には先客がいた。
顔がそっくりな双子の姉妹の情報屋。
そのうち一人は猫耳カチューシャを付けている。
「ちょっと、あの皿の悪戯はどういうつもり?」
アニスは二人に怖い顔をしてみせるが、二人はどこ吹く風。
「いやぁ、引っ掛かったら面白いにゃと思っていたら、見事に引っ掛かったにゃ」
猫耳を付けた女性、キョーカが嬉しそうに言う。
「まったく。こっちは凄く恥ずかしかったんだからね」
アニスはまだ顔が紅い。
「ねぇ、アニーは何を怒っているの?」
事情が分からずシズアが尋ねる。
「私がミルクを飲んだ皿なんだけど、普通の人には『三回回ってニャアと鳴け』としか読めないんだけど、魔力眼だとその前に『猫になり切り床に座ってから』ってのが視えちゃうの。だからその通りにやったんだけど、本当はそんなことやる必要無かったって話」
「あー、なるほど。だから悪戯されたって怒ってるんだ」
「そうそう、腹が立つよね?」
アニスはシズアに同意を求める。
「まあ、アニーの気持ちは分かるには分かるけど」
「けど?」
「今の会話だと、最初から二人はアニーが魔力眼を使えることを知っていたとしか思えないのよね?違う?」
「そ、そうだね」
アニスは不味い方向に話が進み始めたことに気付いたが、流れを止める術を思い付けない。
「アニーは魔力眼が使えることは隠していたよね?どうして二人は知ってるの?」
「い、いやぁ」
これ、誤魔化せるのだろうか。
アニスは進退窮まった気分に囚われた。
どうもアニスはシズアに問い詰められる運命にあるようです。
なお、「巡回馬車」ですが、本文中に説明を入れるとくどくなりそうだったので省きましたが、パルナムの街中を巡回している乗合馬車のことです。パルナムの街は大きいので、人の移動手段としてそうした物も必要とされています。




