5-23. アニスは先輩の呼び出しを受ける
夜、一人で村から出てきたアニスは森の中へと足を踏み入れる。
当然のように辺りは真っ暗だ。
もっとも、イヤリングに付与してある風の探索魔法と魔女の力の眼があれば、何も不都合はない。
そう、不都合はないのだが、アニスは敢えて光魔法で頭の上に光の珠を呼び出して、周囲を照らしていた。
そうしてアニスは森の中の小道を歩いていく。
暫く進むと分岐があり、アニスは右を選んだ。
そこから更に少し進んだところで、視界が開ける。
森の中で、そこだけぽっかりと木が生えていない空間になっていた。
足下に背の低い草だけが生い茂っている空き地だ。
その空き地の奥の方に佇む一つの人影を、アニスの頭上の光の珠が浮かび上がらせる。
「お待たせしました、ラン先輩」
「いや、私も来たばかりだから気にするな。こちらこそ夜分遅くに呼び出して済まない」
「大丈夫ですよ。私もラン先輩と話をしてみたかったので。でも、どうして私だけ呼んだんです?」
ランは片方の眉をピクリとさせる。
「二人一緒だと話せないこともあると思ってな。それに、シズア一人を呼び出すのは無理だろう?」
「そうですね。シズが呼び出されたら、漏れなく私が付いてきますね」
アニスはエヘンと胸を張る。
「だからいずれにせよ、まずは君と話をしなければと考えた」
「それは分かりました。で、ご用は何です?」
どちらから話を始めても同じだろうなと思いつつ、アニスはランを促した。
対するランは、腕組みをしてアニスをじっと見る。
「どうにも君達に試されているような気がしてな、それを確認したかった」
「何のことです?」
アニスが素っ惚けると、ランは目を細めた。
「分かっていると思うんだが、指紋採取のことだ。王都の密偵が使っているなんて嘘だろう。そんな話は聞いたことがない。と言うか、他の誰も指紋が人ごとに違うなんて考えたことはないと思うんだが」
「ラン先輩もですか?」
「そうだ」
「なるほど。それは意外でしたね」
アニスも腕を組み、そして首を傾げる。
「どういう意味だ?」
細めていたランの目が見開かれた。
「そのままの意味ですよ。長く生きてきたラン先輩なら知っているだろうと思ってたので。だから知らないと言われるとは思ってなかったんです」
「それはお生憎だったな。ところで、私は君に自分の歳を教えたか?長生きだとどうして思った?」
「先輩がエルフだからに決まっているじゃないですか。って、そういう説明では満足できませんよね」
答えている最中にランの目が再び細くなったのを見て、アニスは軌道修正を図る。
「ラン先輩は少なくとも百年前も冒険者をやってましたよね。私から見れば、それだけでも十分に長生きですけど、一体何歳なんです?」
「エルフであっても、女性に年齢を尋ねるのものではないぞ。で、何故私が百年前も冒険者だったと思った?」
「先輩達、あの巨大堰に行く前に村長からオーバンブル米の名前の由来を聞き出しましたよね?あれ、言い出したのラン先輩だってリョウが言ってましたよ。
つまり、その話を知らないと水門を開閉するための建物に入れないことが、ラン先輩には分かってたんです。建物の扉の操作盤のところでも答えを仄めかしてましたしね」
「だからって百年前に知ったとは限らなくはないか?」
「誰が先輩に巨大堰のことを教えるんです?堰が作られた当時の村長の一族は、その後に起きた紛争で村を追い出されたってザンデの保管していた記録にありましたよね?ザンデはその子孫で、だから巨大堰の資料を持っていたんですけど、そんな状況で誰がラン先輩に巨大堰のことを教えられるんです?」
アニスは疑問形で話したが、勿論答えを求めている物ではない。
そのまま話を続ける。
「先輩は、巨大堰を作った時にここにいたんですよね。あの巨大堰を作ったのは村の人ではなくて、村に立ち寄った冒険者だったんです」
「どうしてそうなる?」
「テッドは巨大堰のことを『ダム』と呼んでました。それはザンデがそう呼んでいたからですけど、その大本は作った人が『ダム』と言っていたからです。でも『ダム』と言う単語は私達の言語にはありません」
そこでアニスは言葉を切った。
黙って見つめ合うランとアニス。
アニスはランの様子を伺っていたが、それを察したかランが一言。
「何が言いたい?」
結局、最後まで話せと言うことらしい。
アニスはそう解釈して、先を続けることにした。
「ラン先輩、『ダム』は異世界の言葉ですよね。巨大堰を作った人は、異世界から来た人だった。先輩は当時、その人と冒険者パーティーを組んで旅をしていた。そして今も異世界から来た人と冒険者パーティーを組んでいる。あのリョウとカズ、二人共異世界から来た人ですよね?二輪車のことをバイクと言ったり、魔法使いは箒に乗るのが当たり前だったりは異世界の話でしょう?それで大人なのにこの世界の常識に疎いみたいだから転移者じゃないですか?」
アニスは、目の前のランから危ないオーラが漂いつつあることに気付きながらも、最後まで言い切った。
「それは君一人の考えか?それともシズアもなのか?」
ここでシズアを巻き込みたくはなかったが、嘘は非常に不味いとアニスは直感する。
「ここまでの内容は、シズと二人で話し合ったことです」
「まだ続きがあるのか?」
ランが冷静さを保ってくれれば良いのだがと、半ば祈りつつアニスは続ける。
「はい、まあ。これから先は、私の個人的な推測ですけど、先輩、魔女ですよね」
刹那、ランから強い圧を感じると同時にアニスの頭上の光の珠が消えた。
単なる目眩ましではない。アニスの周囲の魔力も魔素も吹き飛んでいた。
魔法封じだ。
続けてランは剣を抜きながら前へ出る。
剣を上段に構え、アニス目掛けて打ち込む体勢になった。
そこでアニスは魔法を発動。ランの動きが、いや、周りの風景含めてすべての動きが遅くなる。
ランが剣をゆっくりと振り下ろす。実際にはとても速い動きなのだが、アニスの目にはゆっくりとした動作に映っている。
アニスはランの剣の横腹に左手の人探し指と中指を当て、力を籠めて軌道を逸らす。
そして、前へと踏み込むとランの腹に右手の掌を当てた。
ランの腹には防具はないのだが、硬い。防護障壁で固めているのだろう。
だが、問題はない。アニスは右の掌をランの腹に当てたまま、気合いで衝撃だけを叩き込む。
その攻撃は効いたようで、ランの身体が後ろに下がった。が、そこでランの気配が消える。
いや、後ろに魔女の力の気配を感じる。転移だ。
アニスはその場で半回転すると、出現するランの目の前へと一歩を踏み出し、剣を握るランの両手を左手で止め、右手を手刀の形にしてランの喉元に突き立てた。
と、ランが力を抜く。アニスも戦闘態勢を解除してランから手を離した。
「先輩、随分とせっかちですね。まあ、殺気が感じられなかったから、試されただけなのかも知れませんけど」
あっけらかんとしているアニスを、茫然と見詰めるラン。
「あの攻撃を凌ぐのか。今使った魔法は何だ?」
「スロウワールドって言う自分の時間を加速させる時空魔法です」
「いや待て。時空魔法は上位魔法だろう?君の魔力量では無理な筈。どうやって発動させた?そもそも、君は水属性の魔法使いではなかったのか?」
「属性隠しはラン先輩もでしょう?それに魔力は幾らでも作れますよね?私は元々魔力量が少なくて苦労してましたから、魔力を効率的に使うのが上手いんです」
エッヘンとばかりに、アニスは両手を腰に当てて胸を張る。
「しかし、君の話は聞いたことが無いんだが。もしかして、本当に最近に仲間入りしたのか?」
「ええ、まあ。まだ見習いですけど。さっき、先輩がやった魔力を吹き飛ばす技は、前にサラがやったことがあって、対策を考えてたんですよね。だから丁度良かったです。サラからは何も?」
「作戦中は連絡を取り合わないことにしているからな。それにしても、ここに来て仲間を増やすとは、長も思い切ったことを。まさかシズアもなのか?」
アニスは首を横に振る。
「違いますよ。シズは魔女のことは何も知りません。シズにはそんなことには関わらずに平穏に暮らして欲しいんですよね」
「だったら、君がしっかり守ってやるんだな」
「はい、そのつもりです」
アニスはランに向けて微笑んでみせた。
「それで先輩の用事は終わりましたか?」
「ああ」
「だったら、これでお別れですね。明日の朝、シズと二人でパルナムに向けて出発しますので、これで失礼します」
軽く頭を下げると、アニスは空き地から出る道へと向かう。
そのアニスの背に向けてランが声を掛けた。
「道中、気を付けてな。あの二輪車に乗っていくのか?」
問い掛けに立ち止まると、アニスはランの方を振り返ってニッコリ微笑んだ。
「もっと良い物があるんです。それじゃあ」
挨拶代わりに手を上げると、アニスは前を向いて森に入っていった。
そういえばトキノの話をしなかったなと思ったが、何も知らない方が面白そうだからと放置しておくことにした。
トキノに追い付かれた時のランの表情が見られると面白そうなのですけどね。アニスもそんな風に思ったのでしょう。
と言うことで、この話がサリエラ村のエピソードのオチになります。それを早くお知らせしたくて、頑張って書き切りました。
で、この内容を鑑みると、前話の後書きでの言い訳めいた記述は不適切だなと思って撤回させていただいております。
本章は次の一話までですが、実は大きな問題が。お気付きとは思いますが、それについては次話の後書きで触れさせていただきます。




