5-22. シズアは事情聴取で問い詰める
「そ、それで俺に何の用だ?」
テッドがおどおどした様子で口を開いた。
ここは村長の家の応接間。
ヤエルに頼んでテッドを連れてきて貰った。
テッドは村長のエヴァンスとヤエルに挟まれて座っている。
向かい側は前と同じくシズアとリョウとカズ。ランとエイミーはリョウ達の後ろに立っていた。
アニスはと言えば、前掛けをしてお盆を持ち、テーブルから少し離れたところに控えている。
ちょうど全員にコップ入りの冷めたお茶を配ったところだ。
緊張で喉が乾いたのか、テッドは早速お茶を口にしていた。
そんなテッドが投げ掛けた疑問に、眼鏡をして先生モードになっているシズアが答える。
「先ほどお話ししたように、ザンデと思われる水死体が見つかりました。その事について幾つか確認したいことがあります」
「お、俺は何も知らないぞ」
「でも、ザンデのことは知ってますよね?何度か一緒に魔獣狩りに行っていると聞いてますが?」
「そ、それは、村のために仕方なく、だ」
嫌そうな顔をしながら話をするテッド。
「どうやら三週間くらい前にザンデは村から出発したようですが、貴方に声を掛けなかったのですか?」
「し、知らない」
テッドはまたお茶を飲んだ。
「では、三週間前、貴方は出掛けていましたよね?一晩、見掛けない日があったとの話がありました」
「青年団の集まりに来なかった日があっただろう?」
シズアの言葉をヤエルが補う。
「ああ、あの日は森に見回りに行ってたんだ」
「貴方一人でですか?」
「そうだ。見回りくらいなら、俺一人でもできるから」
そう答えるテッドの目は、シズアではなく他所を向いている。
「それで一晩留守にしていたと?」
「少し遠くまで行ったから、帰りは遅くなってしまったけどな。帰ってすぐヤエルのところに報告に行ったんだが、覚えているか?」
「そうだな。夜遅くだったんで、森から良く戻れたよなと思ったんだ」
「そうですか」
考えるような表情をしながら、シズアは眼鏡のつるに手を添える。
「ところで、川の上流に巨大な堰があるのを知らないと言われてましたが、その通りですか?」
「お、俺はそんなものは知らない」
相変わらずテッドの視線はシズアを捉えていない。
けれど、心理的な圧力を感じているのか、テッドはもう一杯、お茶を飲んだ。
「お取り替えします」
アニスが出てきて、お茶が十分に入った新しいコップをテッドの前に置き、中身の減ったコップを下げた。
「では、話を変えますが、ザンデの家に誰かが入ったようなのですが、心当たりはありませんか?」
「ザンデの家なんて、誰でも入れるだろう?」
「たしかにその通りですけど、その人は部屋を荒らしています。何か探し物をしていたような様子でした」
「何を探していたと言うんだ?」
初めてテッドがシズアに目を向ける。少し弱気そうに上目遣いで。
そんなテッドにシズアは微笑んでみせた。
「探していたのは、勿論、その人にとって見付かっては不味い物でしょうね。今回の件の場合、現場は巨大堰でしたから、例えば、そう、その人が巨大堰を知っている証拠とか」
「そんなの想像に過ぎないんだろう?」
「どうでしょうか。ザンデは一見、粗野でがさつな人物に見えたようですけど、結構几帳面な人だったみたいですね。部屋に散乱していた紙には、魔獣の討伐について日時や場所や種類や強さなどについて細かく書かれていました。他にも川の水量や畑の作物の生育の記録なども。ならば、巨大堰について書かれた物があっても不思議ではありません」
「そんな記録があっても、部屋を荒らしたと言うそいつが巨大堰を知っていることにはならないだろう?」
「テッド、貴方は知っているのではないでしょうか?ザンデの魔獣討伐の記録には、誰と行ったのかも書かれていました。ザンデが前にも誰かと巨大堰に行っていれば、その記録があってもおかしくありませんよね?」
シズアの言葉に対して、テッドは直ぐには口を開かなかった。
「その記録があっても、三週間前にザンデと一緒に巨大堰に行った証拠にはならないんじゃないか?」
ややあってからテッドが反論めいた指摘を試みる。
「それはどうでしょうか。本当にそうなら、わざわざザンデの家で探す必要もないとは思いませんか?」
シズアは微笑みを崩さずに言い返す。
その時、一旦部屋を出ていたアニスが戻って来て、シズアに合図をした。
それをみて頷いたシズアは、改めてテッドの方に顔を向ける。
「実のところ、ザンデの家への侵入者が何を探していたのかは分かっていません」
その言葉で、テッドの表情が少し和らいた。
「ですが、私達はザンデの家でこんなものを見付けました」
シズアは一枚の紙をテッドの前のテーブルの上に置く。
「何だこれは?」
テッドはその紙を凝視している。
「ザンデの記録です。一年前に貴方と巨大堰に行ったことが書かれています」
「お、お前、これを知ってて俺に聞いていたのか」
わなわなと震えながらシズアを見るテッド。
「貴方がなかなか認めくれないので、仕方が無いでしょう?因みに、別の記録もあって、こちらは五年前の記録です。この時はザンデ一人で行って苦労したことが書かれています」
新たに一枚の紙をテーブルに置く。
「それから、これが四年前。貴方と一緒に行って、貴方のゴーレムで湖の脇の道を作りながら進んだことが書かれています。確かに、私達が行った時も、何かを引き摺って道を作った跡がありました」
シズアがもう一枚紙を追加するが、テッドは黙ったままだ。
「三年前と二年前の記録もあります。毎年、この時期にお二人で行っていたようですね。当然、今年も行った。そうでしょう?」
「いや、俺は行っていない」
「どうしてそう言えるんです?」
「記録を見れば分かるだろう?あのダムへの往復には四日掛かるんだ。でも、俺は二日以上出掛けたことはない。行ける筈がないよな?」
テッドがふっと口の端を吊り上げた。
しかし、シズアは動じない。
「それは問題ありません。貴方は帰りは土魔法を使って堰の下まで降りて、乾いた川床伝いに村まで帰って来たのです。実はその方がずっと近いのですよね?それに川なら暗くなっても道に迷うこともありません。貴方はそうして夜、村に戻って来て、遠くに行っていないことを印象付けるために、直ぐにヤエルのところに行ったのでしょう。違いますか?」
少しの間、沈黙があった。
そしてテッドは一回大きく溜息を吐く。
「ああ、その通りだ。俺はザンデと一緒にダムに行っていた」
「そこで何があったのです?」
テッドは一瞬シズアを見るが、また目を逸らす。
それからポツリポツリと話し始めた。
「ザンデは毎年この時期にダムの点検をしていた。それで今年も二人でダムに行ったんだ。で、堰を歩いて湖の底の様子を観察するんだが、俺がボーっと奴の様子を眺めていたら、奴が笑って言ったんだ」
「何て?」
「そんな水際で警戒もせずに突っ立ってて、水の中に棲んでいる魔獣に襲われても俺は知らないぞ。そう言えば、前に襲われた間抜けがいたっけな、と。それを聞いて俺は頭に血が上った」
「どうしてです?」
「ザンデは忘れているようだったが、昔、奴のパーティーと俺のパーティーで依頼を共同で受けたことがあった。その時、俺の愛するキャサリンが水棲の魔獣に襲われて死んでしまったんだ。それを奴は間抜け呼ばわりした。当然、俺は怒った」
「それで何をしたんです?」
首を傾げるシズアに、テッドは静かに答えた。
「何もしていない」
「何も?」
「ああ、何もする暇がなかった。俺は奴に殴りかかろうとしたんだが、その時、崖の上から落ちてきた岩が奴の頭に当たったんだ。そして、奴は湖に落ちた」
「はぁ」
そんなことってあるのだろうかと思いながら、気の抜けた相槌を打つシズア。
「暫くしたら奴が浮かんで来るかも知れないと思って待ってみたんだが、浮いてくる様子はなかった。それで、俺はその場から逃げることにした。だが、ザンデと通った道は魔獣が出るから行きたくなかった」
「だから堰の上から土魔法を使って下に降りたと?」
「ああ、それで急いで川伝いに村まで戻って来たんだ。そして直ぐにヤエルの家に行ったのは、お前の言う通りだ」
「そうですか」
そこでシズアはエヴァンスを見た。
「だそうですけど、どうします?」
「そうだな。儂とヤエルとでテッドから詳しい話を聞きたいんだが良いか?」
「ええ、どうぞ。私の役目は終わったようなので。あ、最後に一つ尋ねたいことがあるのですが」
「何だ?」
シズアの言葉にテッドが反応した。
「貴方が好きだったキャサリンってどんな方だったのですか?」
「ん?キャサリンは俺が飼っていた犬だが」
「そうでしたか。失礼しました」
毒気を抜かれたように、シズアは体勢を崩してソファに寄り掛かる。
テッドはエヴァンスとヤエルに伴われて部屋から出ていった。
「あの話、本当かな?」
「さぁ、巨大堰のところこには何も痕跡が無かったから、真偽のほどは分からないわね」
シズアはアニスに対して肩を竦めてみせる。
「せっかく、指紋を沢山採ったのにな」
リョウが残念そうな表情で呟いた。
「アニーがコップの指紋と突き合わせましたよね。あれで、ザンデの家に入ったのがテッドと確定できたから、話がし易くなったんです。もし、別の人がザンデの家を荒らしていたら、ややこしくなっていたところですけど。だから無駄ではなかったのですよ。それに指紋の話はできるだけ避けたかったですしね」
「王国の密偵が極秘調査で使っているからか?」
それはテッドの家で指紋採取を提案した時の、シズアの出任せの言い訳だ。
指紋照合は密偵の極秘調査でのみ活用しているから、大っぴらには話せないのだと。
「ええ、できるだけ王国関係者に目を付けられたくないですからね」
表情を変えずにサラッと嘘を吐くシズア。
そんな話を信じているように見えるリョウを眺めながら、本当に探偵をやっていたのかと疑いたくなるアニスだった。
え、なんで?っていう偶然はありますよね。テッドを心理的に揺さぶって話をさせるシズアの目論見は成功したのかどうなのか。




