5-20. アニスとシズアは湖底を掃除する
扉の操作盤を見て昔に思いを馳せていたアニスが、自分の世界から戻り、建物の中に目を向けると、既に四人の大人が力仕事に精を出していた。
建物の中には部屋が一つだけ、その部屋の床の中央から大きな十字のハンドルが突き出している。
その十字の棒の一本ごとに春告草のメンバーが一人ずつ付いて、ハンドルを時計回りに回転するように押していた。
「ラン先輩達、何してるの?」
アニスは見物していたシズアに尋ねる。
「その大きなハンドルは水門を開け閉めするための物なのだって。それを時計回りに押すと、水門が閉まるそうよ」
「ふーん。やっていることは分かったけど、何だか大変そうだね」
魔法で何とかならないものだろうかとアニスは考える。
こうした単純な力仕事にはゴーレムが向いているが、この場で土属性が使えるのはカズだけ。しかし魔力量が少ないのでゴーレムの創造は無理そうだ。
それがアニスであっても、以前なら魔力量が不足していた。シズアに魔力供給して貰えれば大丈夫だったろうが。
そうか、シズアがカズに魔力供給すれば――いや、駄目だ。それは絶対にシズアにはやらせられない。シズアから魔力を貰う喜びを享受するのはアニスだけでなければならないのだ。
「なぁシズア、水門がどれくらい閉じているか見て来て貰えないか?」
リョウの声で、アニスの妄想、いや思考が途切れた。
「はーい」
シズアが箒に乗って水門の様子を確認しに行く。
ほんの少し見に行くだけのことと分かっていても、アニスはシズアが魔力切れで落ちてしまわないかと心配になって、堰の壁まで行き、そこでシズアの様子を見守る。
勿論、アニスの心配は杞憂に過ぎず、シズアは水門の状態を確認すると、直ぐに戻って来た。
「水門は殆ど閉まってました。あと少しです」
「分かった。もうひと踏ん張りだな」
シズアの報告で先が見えたことから元気が出たのか、春告草の四人は一気にハンドルを回転させて水門を閉めてしまう。
作業をやり切って満足そうに休憩している四人を置いて、アニスは建物から出ると湖面を眺めた。
湖の水は澄んでいて、小魚が泳いでいるのも見える。
湖底には土が見えたが、堰の高さを考えると水深がかなり浅いような気がした。
「アニー、何を見てるの?」
シズアも建物の外に出てきた。
「ん?湖の底に随分と土が溜まっているみたいだなって」
アニスの返事を聞いたシズアも、隣に来て湖の中を覗き込む。
「そうね。水門への出口より上まで土が積もっているように見えるわね」
「どうして出口が詰まってしまったんだろう」
「さぁね。土を退けてみれば分かると思うけど?」
「じゃあ、退けてみよか。でも、退けた土はどこに置こうかな?」
アニスは顔を上げて辺りを見回す。
「ここに溜まってしまった土は、できれば下流に流してしまいたいけど、取り敢えずは調べるために、そっちの空き地に置いてみない?」
シズアが指差したのは、建物からみてアニス達がやって来たのとは反対側の巨大堰の上とそれに繋がる土地だった。
アニス達が立っている地面の突き当たる先はテナー山脈に連なる山の絶壁だが、その手前には広い土地が広がっており、土置き場として十分に使える。
「うん、そだね。そこにしよう。ねぇシズ、また魔力をお願い」
「良いけど、何の魔法を使うつもり?土を動かすなら土魔法だけど、だったらカズに頼んだ方が――」
「駄目、それは絶対に駄目だから。私が水魔法で何とかするから」
シズアの言葉に慌てたアニスは、無意識にきつめの言い方になってしまう。
「分かったわよ。水魔法で何とかなるなら、それで良いから」
「あ、うん。驚かせちゃってごめん」
若干引き気味のシズアの様子に、強く言い過ぎたと反省するアニス。
差し出されたシズアの手を握り、魔力を貰いながら無言で水魔法を発動させる。
周囲に他人がいなければ、見せかけだけの手順を踏む必要はない。
アニスが選んだのは、水の球を作る魔法。
これなら、水を珠の形にして宙に浮かせ、移動することもできる。
水中で発動できるかは経験が無く分からなかったが、物は試しでやってみたら問題なくできた。
ただ、湖底の土に見えていたものは実際には泥で柔らかく、水の球で掬い上げようとしても、ドロドロと落ちていってしまう。
仕方が無いので、土を固める土魔法も併用する。これで、泥土を水の球の中に保つことができる。
上手くいきそうな感触が掴めたことから、アニスは水の球を湖の水の中でどんどんと大きくし、取り込んだ泥土を一纏めにしていく。
と、水の力で動かせない物体があった。
「シズ、巨大堰の下の方に固定された網があるみたい」
「そこが水門の裏側ね。水の流れが止まってしまったのは、その網に物が詰まったからだと思うわ」
「だったら、取り敢えずそこの辺りの土を無くせば良いんだね」
アニスはそれ以上水の球を大きくすることは止め、取り込んだ土の塊ごと水の球を上へと持ち上げる。
すると、湖面の水が盛り上がり、大きな水の球が水面上に姿を現した。
「また随分と大きな塊ね」
「一度で終わらせたかったから」
これくらいの大きさなら、シズアから貰った魔力だけでも問題はない。
アニスは宙に浮かせた水の球を、置き場にしようと考えていた土地の上まで移動させ、そこに下ろして魔法を解除する。
水の球もその中の泥土も崩れ、地上に流れ出る。水はすべて流れてしまったが、泥土はこんもりと小さな山の形を保っていた。水と一緒に巻き込まれていた川魚が、濡れた地面の上でぴちゃぴちゃと跳ねている。
「見事な魔法だな」
リョウ達は、アニスが水の球を移動している途中に建物から出て来ていた。そして、二人の作業を黙って見守っていた。
「先輩、あの魚、イワナじゃないですか?夕飯のおかずに丁度良いですよ。捕りましょう」
「ああ、そうしようか」
地面に打ち上げられた魚に気付いたカズの提案で、二人は手提げ桶を取り出し、泥土の山の周りで跳ねている魚を片端から拾い集めていく。リョウは泥土の左側へ、カズは右側へ。
そのカズが泥土の山の四分の一周を過ぎたところで、驚きの声を上げた。
「先輩、ちょっと来てください」
「なんだよ、カズ。そんなに慌てて」
「これが慌てずにいられますか。事件かも知れません」
どうやら放置できる話でもないらしいと、リョウはカズの所へ行き、カズが発見した物を確認する。
「なるほど、確かにこれは慌てたくもなるな」
顔を上げたリョウがラン達の方を向いた。
「ラン、エイミー。ちょっと良いか?」
呼び掛けに応じるラン達と一緒にアニスが近寄ろうとすると、リョウが手を上げて制止の姿勢を取った。
「子供は来ない方が良いぞ」
「何で?」
リョウは直ぐには答えなかったが、仕方が無さそうな表情で口を開いた。
「人の水死体が泥の中から出てきたんだ」
おっと、湖の底を掃除すれば終わりと思っていたのに、どうやらまだ続きがあったようだ。
川を復活させればシズアと二人きりの旅を再開できると考えていたのに、中々思い通りにいかないなと溜息を吐きたくなるアニス。
一方、シズアは収納サックからサッと眼鏡を取り出し、顔に掛けた。
「ここは名探偵シズア先生の出番のようですね」
こちらは、やる気満々である。しかし、いつ名探偵になったのだろうか?
巨大堰の水門が手動なのは、魔力が無くても開け閉めできるようにとの考えからです。
でも、ここまでの力仕事が必要な形にしなくても良かったような気もしますね。
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さて、昨日からの連続投稿になったのは、本話は前話とセットで書いたためです。
この後は、またいつも通りに戻りますです。




