5-14. シズアは米を確保したい
「それでリョウ達は旅をしているんだよね?どこに向かっているの?」
頭の中に浮かんでいる女性のことは脇に置いて、アニスは無難な質問を投げ掛けた。
何しろトキノと名乗ったあの女性は、春告草の男性を探しているのに会ったことがないと言っていた。
となれば、リョウ達はトキノのことは知らない筈だ。
見知らぬ女性が結婚のために自分を追い掛けているなんて、聞いて嬉しいだろうか。
いや、それを教えると、リョウ達にトキノに対する変な先入観を持たせてしまいそうだ。
それでトキノが結婚できなかったら、その後が怖い。
だからトキノのことは黙っている。後で、シズアにも言い聞かせておかねば。
アニスのそんな内面の動きなど露知らぬリョウ、笑顔でアニスの問いに答える。
「今は南の公都パルナムに行こうとしている。その後は共和国かな?」
共和国は王国の南にある国だ。その昔は王国の一部だったのだが、独立運動の結果、王国から離脱して共和国となった。
その独立の際に何があったのかは明らかにされていない。普通なら関係が悪化しそうな出来事にも関わらず、その後の両国の関係は穏やかだ。
二つの国の間には大きく長い山脈が横たわり、王国側で接しているのは南の公爵領と東の公爵領の二つだけ。その二つともが共和国と良好な関係にあり、人の交流も交易も盛んだ。
いや、ただ良好と言うだけではない。両公爵家が共和国の独立を裏で支援したとの噂もあるほどだ。しかし、そんな反大国的な行為を公爵家が公に認める筈もなく、真実は謎のままとなっている。
ともあれ、共和国に行くのなら、その手前にある公都パルナムに寄るのはある意味当然で納得できる。
「共和国へは何をしに?」
「ん?物見遊山と言ったところだな。共和国には一度行ってみたかったんだ。あそこは新鮮な海産物が沢山あるそうだから。刺身も食べられるらしいし」
「刺身?」
知らない言葉にアニスは首を傾げた。
「生の魚の肉を一口大に切って、醤油と言う共和国特産の調味料を付けて食べる料理だが、知らないのか?」
「知らない。魚って焼くか煮るかしないと臭よね?」
「アニー、それは川魚のことよね?海の魚には川魚のような臭みはなくて、生で食べても美味しいのよ。私も刺身を食べてみたいところだけど、共和国までは行けないわね」
アニスに説明しつつ、食べたそうな顔をするシズア。
「君達はパルナムには行かないのかい?パルナムでも刺身は食べられると思うけどな」
「あら、そうなの?それは嬉しい話ね。パルナムに行く楽しみが増えたわ」
リョウの話を聞いて、シズアの顔が綻んだ。
「君達はパルナムには何をしに?」
「ちょっとしたお使いを頼まれているのよ」
おや、いつもなら火の山に行く話をするのに。
アニスは一瞬疑問に思うが、シズアなりの考えがあるのだろうと静観する。
「仕事でか?偉いな」
「冒険者なのだから、当たり前よ。リョウ達だって、依頼は受けるでしょう?」
「確かにな。金が心もとなくなれば、依頼を受けるか、ダンジョンに潜るかして金を稼ぐ。そうは言っても、俺なんかは冒険者になって間もないから、一人で手っ取り早く稼でみたいなことは難しいんだよな。ランとエイミーには感謝しかない」
リョウが視線を向けると、ランとエイミーは黙って笑みを浮かべていた。
冒険者のランクから言えば女性二人の方が上だが、こうしたやり取りを見ていると、今この春告草のリーダーはリョウのように思える。
「ねえ、リョウが冒険者になったのが最近なら、それまではどんな仕事をしていたの?」
シズアが気になるのも分かる。リョウは大人だ。冒険者になったのが最近なら、それまでは冒険者になる必要がなかったことになる。
身体付きからして、肉体労働ではなさそうだが。
「俺とカズは冒険者になる前は探偵をやっていた」
「えっ、探偵?憲兵に頼まれて事件を解決したりしていたってこと?」
興味を惹かれたアニスが前のめりになる。
「いや、事件を調べて犯人を推理したりはしないよ。そう言う探偵は物語の中だけの話だよ。実際の探偵の仕事は実地調査が主な仕事だ。事故の調査や素行調査が主だな」
「素行調査って、例えば浮気しているかを調べるってこと?」
「まあ、浮気調査もその一つではあるな。他にも結婚相手のことを調べてくれとか、冒険者パーティーの仲間の様子を調べてくれとか、依頼は色々だ」
「ふーん、そっか。そう言うことを調べて欲しいって人がいるんだ。なるほどねぇ」
何かにつけて、サラに調査を頼んでいる自分のことを棚に上げているアニス。
「あー、言われてみればそっかぁ」
いちいち反応してくれなくて構わないのですが。
そんな会話をしているところに、ヤエルが一人の老人を伴って応接間に入って来た。
老人はサリエラ村の村長で、エヴァンスと名乗る。
ヤエルはエヴァンスとアニス達が囲んでいたテーブルの脇に立ち、そのまま話を始めた。
「待たせて済まない。村長とも相談してギルド依頼にすることにした。これがギルドから発行された依頼書だ」
そう言い置くと、ヤエルはテーブルの上に書類を出す。
それを手に取り内容を確認するシズア。
「確かにギルドの正式な依頼書ね」
満足そうに頷いたシズアは、顔を上げてヤエル達を見上げた。
「それで物は相談なのだけど、私達の分の報酬はこの村で今度採れたお米にして貰える?」
「物納が良いってことか?こっちはそれでも構わないが」
「シズ、どうしてお米にするの?」
交渉事はシズアに任せておこうと考えていたアニスだったが、予想外の流れに思わず口を挟んでしまう。
「ここのお米は美味しいって評判みたいだから。だったら市場で買うより報酬で貰った方が沢山手に入って嬉しいと思ったのよ」
「あー、まあ、そか。でも、今はまだ稲を育てているところだよ。受け取りはどうするの?」
「その時にまたここに来くれば良いだけよ。美味しいお米のためなら、わざわざ取りに来ることも苦にはならないわ」
「そう、分かった。シズがそうしたいなら、私はそれで良いよ」
アニスはあっさりシズアに同意した。シズアとまた旅をする理由にもなる話を否定する必要はない。
「それじゃあ決まりね。あと、ギルド依頼を受ける手続きを終えたら、やりたいことがあるのだけど、アニー、手伝って貰える?」
「えっ、何?別に良いけど」
シズアの意図が分からず戸惑っているアニスを他所に、シズアは淡々とギルド依頼の受付手続きを済ませてしまう。
それからアニスを引っ張り、村長の家から外に出た。
外は、先程よりかは日が傾き、気温も下がってきている。
空は相変わらず雲一つなく、明日も日照りが続きそうな雰囲気が漂っていた。
そんな景色を眺めた後、シズアはアニスの方を向く。
「ねぇ、アニー。雨を降らせる魔法は知ってる?」
「ん?レイン?知ってはいるんだけど、発動できそうな気がしないんだよね」
「どうして?」
上目遣いにアニスに尋ねるシズアを見て、やっぱりシズアは可愛いと思いつつ、問い掛けの答えを言葉にすべく頭を悩ませる。
「レインって雨を降らせる魔法なのに、水魔法じゃなくて氷魔法でさ。そこが納得いかないと言うか、何と言うか」
考えが伝わったのかとアニスが見ると、シズアはにっこり微笑んでいた。
「アニー、それは多分、レインって雨雲を作る魔法だからなのよ。曇って湿った空気が冷やされた時にできるけど、雲を形作っているのは細かい水滴だけではなくて、氷の粒も混じったりするの。だから氷魔法ってこと」
「あー、そう言うこと?それなら分かる気がする。うん、じゃあ、やってみよっか」
と、アニスはシズアに手を差し出した。
「何?」
シズアが首を傾げた。
「シズの魔力が無いと魔法を使えないから」
アニスは目で周りを見るようにと合図する。
それでシズアは、リョウやヤエル達も外に出て来ていたことに気が付いた。アニスは人前で魔術眼を使いたくないと言うことなのだろう。
「分かったわ。私から流し込めば良い?」
「うん、そうして」
シズアはアニスの手を取り、魔力をアニスに向けて流し始める。
魔力を流し込まれるこの感覚は久し振りだ。アニスは気持ちの良さに身悶えしそうになるのを堪えて、魔法の発動の準備に入る。
「雨々降れ降れ、しとぴっちゃん。雨々降れ降れ、しとぴっちゃん。雨が降らんとシズが泣く、雨が降らんとシズが泣く」
どう考えても呪文とは思えない詠唱を口にするアニス。
しかし、眼鏡を掛けたままでいたシズアの目には、大きな魔法の紋様が上空に描かれていく様子が見えていた。
それも一つだけではない。二つ三つとどんどん増えていき、空を覆い尽くさんばかりの勢いだ。
何となくだが、自分が流し込んでいる魔力以上に紋様が描かれている気がする。
もしかしたら、魔術眼も使っているのかも知れない。
アニスが詠唱を止めた時、空には紋様の無いところを見付けるのが難しい状況になっていた。
「それじゃあ、行くよ、シズ」
「うん、お願い」
シズアの願いを受けて、アニスは力ある言葉を口にする。
「レイン」
たちまち空一面が、低く垂れ込めた暗い雲で覆われた。
そして、ポツリポツリと水の粒が顔を打ち始める。
その勢いは段々と強まっていき、遂にはザーザーと雨が降り始めた。
「シズ、これでどう?」
「うん、アニーは凄いよ」
シズアはアニスに微笑んだ。
二人の後ろでは、ヤエル達が雨だ雨だと騒ぎながら踊っていた。
アニス達が住んでいる所でも、米は手に入らないことも無いです。ただし、遠くから運ぶしかないため、パンに比べて高いのです。
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さて、本作の投稿を始めてから早い物でもう半年ですね。
これからも引き続き書いていきますので、お付き合いいただければ幸いです。
あと、次話の投稿については、水曜日は厳しいかもです。
忘れられないように中二日で投稿したいところではありますが...。




