5-13. アニスとシズアは稲作の村を訪れる
「確かに危機的な状況ね」
シズア達は畑に囲まれた道を歩いていた。
見えているのは米畑。しかし、みな元気がなく萎れている。
「このままだと全部枯れてしまいそうなんだ。こうなってしまったのには日照り続きであったこともあるが…」
「川が枯れてしまって、水やりができなかったためね」
男の説明をシズアが引き継ぐ。
「ああ、そうだ。毎年今の時期は雨が少ないんだが、今年は例年以上に雨が降らないんだ。そして水をやりたくても川の水がない。これではせっかく育ててきたオーバンブル米が駄目になってしまう」
「随分と景気の良さそうな名前なのに、勿体無いことね」
どういう命名なのだろうと思いながらシズアは相槌を打つ。
「いや、まったくその通り。ここのオーバンブル米は本当に美味いって評判の銘柄米なんだ。きちんと収穫できれば相当な実入りになるし、収穫祭ではそれこそ大盤振る舞いなんだが、今年はこれではな」
男は残念そうな表情でシズアに語る。
シズアを案内しているその男はヤエルと名乗った。サリエラ村の青年団長だそうだ。
ヤエルの他の男達も同じ村の青年団員だった。ただし、青年団と言っても年の頃は40代から50代でアニス達の推察通り、どちらかと言えば壮年団か中年団だが、アニス達は団の名称について深く追求はしていない。
ともあれ、隧道の出口でシズアに事情説明したのがこのヤエル。日照りに加え川が干上がってしまい村の主たる作物である米が全滅の危機にあるとのことだった。
話を聞くだけでなく実態を見たいとのシズアの望みを受けて、隧道の出口から歩いて村まで来たところだ。
「それにしても暑いわね」
「ここの夏はいつもこんな感じだな。それでも朝晩は少しマシだが、昼間は暑いんだ」
シズア達はここに来るまで、領都ザイナッハから随分と南下して来た。だから、暑くなることは想定内ではあったものの、ここまで暑いのかと感じていた。
しかし、実はシズア達はズルをしている。旅に出る前にアニスが防具の内側に身体を冷やすクールの魔法を付与していたのだ。それは火の山に行った時に使うことを想定していたのだが、暑さに堪りかねた二人は、その付与魔法を密かに発動させて涼んでいた。ただ、それは胸と背中だけのことで、他の部位は暑いままだったから、暑さを感じていると言うのも嘘ではない。
まあ、優れた観察者がいれば、二人の汗の出方が他者より少ないとか、二人に近付けば冷気が漂っていることに気付いたかも知れない。
だが、少なくともヤエルはそんなことに気を回してはいなかった。
「もうすぐ川だ」
ヤエルの言葉を受けて先の道を見ると、欄干らしきものが見えた。そこに川を渡る橋があるのだろう。
その想定は正しく、一行が暫く歩いていくとそこに橋があった。
橋の下には普通なら川が流れているのだろうが、見えたのは岩と土。既に雑草まで生え始めている。
「見事に枯れているわね。こうなったのが二週間前?」
「ああ、そうだ。昔はかなりの水量があったんだが、年々少なくなっていてな。 それでもまだある程度の量の水は流れていたし、それでなんとかなっていた。だが、二週間前に突然、流れが途絶えてしまったんだ」
橋から川底を見下ろしながら、シズアとヤエルの二人は話していた。
「上流で何かあったとしか考えられないわね。調べには行ったの?」
「森の入口から少し先まではな。奥に行くと魔獣が出るんで、俺たちでは無理だ」
「冒険者は雇っていないの?」
「昨年の米の出来もイマイチで、村の財政事情が苦しいんだ。それであまり報酬が出せなくてな。C級の魔獣と遭遇するかもしれないのに、報酬が少ない依頼なんて、受けてくれる奴はいないさ」
「まあ、それはそうね」
シズアはアニスを見る。その物言いたげな目線を向けられたアニスは、諦めたように頷いた。
その仕草を見て、シズアは嬉しそうに微笑んだ。
そして、改めてヤエルの方を向く。
「ねぇ、ここから冒険者ギルドに連絡できる?遠写具はあるのよね?」
「ああ、勿論あるが、それがどうかしたのか?」
遠写具とは、二台一組で使用する魔具で、送信側の遠写具の読み取り台に置いた紙に書かれた絵柄や文字を受信側の遠写具に準備してある紙に写し取るものだ。
商人が注文のために良く使うものだが、万が一に備えて、村長の家には冒険者ギルドとやり取りができる遠写具が用意されている。シズアが尋ねたのは、それのことだった。
ヤエルには、シズアがそれを尋ねる意図が分かっておらず、しかし、首を傾げながらも素直に返事をした。
そんなヤエルにシズアが笑みを向ける。
「その調査の依頼、私達が受けるわ」
「良いのか?危ないんだぞ」
まだ幼さの残るシズアのことを考えてか、ヤエルが心配そうな声を出す。
ヤエルには成人した娘がいる。そんなヤエルの娘よりもシズアはずっと幼い。
シズアに自分達の魔法が通用しないことは実際に試して分かっていたが、相手は魔獣なのだ。力で来られたらシズアは一溜まりもないように見える。
そんなヤエルの不安を感じ取ったのか、シズアは微笑んでみせた。
「私達だって冒険者なんだから、それくらい織り込み済みよ」
「まあ、依頼を受けてもらえるなら、俺達は助かるんたが」
幾分申し訳なさそうな顔をするヤエルに、シズアは硬い表情で口を開く。
「ただし、ギルド依頼にしてもらうわ」
「何?」
要求の意味を理解したヤエルの顔が引き攣った。
シズアはギルド経由の依頼にすることで、報酬を取りっぱぐれないようにすると共に、ギルドの適正価格を貰うと言っているのだ。
それまでシズアは奉仕の精神で臨むつもりなのかと想像していたアニスだったが、普通に冒険者の仕事として取り組むつもりだと分かって少し安心した。
一方のヤエルは、思惑が外れて落胆の表情になる。
「さっきも話した通り、今は金を都合するのが難しいんだ」
「支払い時期を、収穫期の後まで伸ばしてあげる。それなら払えるわよね?」
「そうして貰えるなら助かるが、それでも一度、村長と話させて欲しい」
「ええ、構わないわ」
二人の間で話の決着がつこうとしている時、シズアの後ろから声がした。
「なあ、その依頼、俺達も一緒に受けちゃ駄目か?」
声の主は、ヤエル達に足止めされていた冒険者パーティーの一人の、短髪の男性だった。
シズアがヤエル達に村に案内するように頼んだとき、冒険者パーティーについては放置していた。
なので誰も彼らを誘っていなかったのだが、シズア達のことが気になったのか、一緒に付いてきていたのである。
「依頼を受けてくれるのなら、俺達は歓迎だが、報酬は山分けになるぞ。」
ヤエルは短髪の男性を見、それからシズアを見た。
「俺達は無報酬でも構わない。その二人が心配なんだ。まあ、二人が俺達が付いていくことを許してくれればだけど」
なるほど。やはり二人のことを気にして付いて来たらしい。それが男性一人の考えか、冒険者パーティーの他のメンバーも同じかは不明だが。
そんな男性の申し出に、シズアは首を横に振る。
「無報酬なんて駄目よ。仕事はキチンと受けないと悪い前例になるわ。だから、この依頼は貴方達との共同受注にしましょう。分け前は、パーティーごとに山分けで」
つまり、シズア達のパーティーで半分、男性達のパーティーで残り半分にしようということだ。シズア達の方が人数が半分だから、一人当たりの取り分はシズア達の方が倍になる計算だ。
「ああ、俺はそれで良い」
そして男性は後ろの仲間を振り返る。
「皆もそれで良いか?」
すると男性の仲間達が笑顔を返す。
「ここまで来たんだ。リョウの好きにすれば良いさ」
もう一人の男性が同意を示し、女性二人は黙って頷いた。
「皆、ありがとう」
仲間に礼を言うと、リョウはシズア達に向き直る。
「と言うことで、よろしくな」
リョウは白い歯を見せて二人に笑い掛けた。
良い人だ、とやり取りを眺めていたアニスは思った。
しかし、良い人過ぎて心配だ。世の中そんなに甘くはないんだけど。
リョウはアニス達の面倒を見るつもりでいるらしいが、アニス達の方がリョウの面倒みないといけないのではと思えてくる。
いや、思い込みは良くない。
これから暫く一緒に行動する中で、リョウ達のことは見極めようと、アニスは考えた。
それから一行はヤエルに連れられ村の中へと入る。
そのまま真っすぐ村長の家へと連れていかれ、アニスとシズア、それにリョウ達の合わせて六人は、まとめて村長の家の応接間へと通された。
「悪いが村長と話してくるからここで待っててくれ」
そう言い置いて、ヤエルは応接間から出て行ってしまう。
残された六人、二組のパーティーは今日が初対面。この場で何を話したものかと重苦しい空気が流れる。
「さっきは依頼を共同受注にしてくれてありがとうな」
「いえ、それが当然と考えたので」
リョウの言葉にシズアが答える。
「それにしても君はしっかりしているな。まだ十歳くらいじゃないのか?違ったら悪いけど」
「いえ、その通り十歳です。でも、もうD級冒険者ですから」
シズアもアニスも、旅に出る前にギルドの規定を満たしてD級に昇級していた。
それを聞いたリョウの目が丸くなる。
「え?もうD級なのか?俺はまだE級なのに。そうか、幼い子供扱いをして失礼だったな。申し訳ない」
素直に謝るリョウを見て、シズアは笑顔になる。
「まあ、見た目は子供ですからね。ところで自己紹介をしませんか?私はシズア。隣が姉のアニスで私と同じD級冒険者です」
「俺はリョウ、こいつはカズ。女性陣は、短髪で背が高い方がランで、髪の長い方がエイミーだ。カズと俺はE級の冒険者、ランとエイミーはC級だ」
「四人は同じパーティーなの?級が離れているのが不思議なんだけど」
アニスがそれまで思っていた疑問を口にした。
「それはまあ、事情があってな。でも、今は四人で一つのパーティーだ。パーティー名は『春告草』な」
ん?聞き覚えのある名前。
リョウの返事を聞いて、アニスは記憶をひっくり返す。
そうだ。そのパーティー名を口にしていた女性がいた。アニスはその女性の顔を思い出した。
そして、アニスは思う。
パーティーの男と結婚すると言っていたその女性は、今どこで何をしているのだろうかと。
何と言うか、出て来ましたね、「春告草」が。
トキノは今いずこ...。




