1-8. アニスとシズアは両親に願い出る
「父さんに母さん、話があるんだけど」
夕食後のテーブルで、アニスが切り出した。
「何だ?」
父のライアスが応じる。
「シズと私、冒険者になりたいと思ってる」
「そうか」
実は冒険者ギルドの決まりでは、子供であっても冒険者になるのに親の許可は要らない。
しかしアニスは、養って貰っているのだから話をしておいた方が良いと考えた。もしかしたら、冒険者の仕事が忙しくなって、マーサの宿の仕事を減らすか辞めるかすることになるかも知れないし、そうなると家の収入にも影響が出るので尚更だ。
「シズアは魔法が使えないのではなかった?」
母のサマンサが心配そうに尋ねる。サマンサは以前のシズアと同じように魔力が少なく魔法が使えなかったため、冒険者になろうなどと考えたことは一度も無かった。
だからシズアが冒険者になると言い出したことに驚いているようだった。
「そのことなんだけど」
今度はシズアが口を開けた。
「私、最近魔力が増えたみたいで、魔法が使えるようになったんだ」
シズアの魔力量の増加を打ち明けることについては、予めアニスと二人で話し合って決めていた。そうでないと、魔法が使えないことを理由に冒険者になることを許可して貰えないだろうと考えたからだった。
「属性は何だ?」
シズアの告白が父の興味を引いたようだった。
「風魔法だよ」
「ジークリフと同じか」
そう、兄のジークリフも風属性の魔法使いだった。
「アニスの属性は何だったか?」
父が眉をひそめた。
これまでアニスはこの質問についてはのらりくらりと躱してきていて、属性を明らかにしてこなかった。父もそれを承知の上で、忘れた振りをしている。
「水魔法」
それがシズアと相談して決めた結論だった。
「風魔法と水魔法か。うむ、悪くない組合せだな」
水属性の魔法には攻撃魔法もあるし火魔法とは違い使う場所の制約がほぼ無い。それに加えて治癒魔法もあるのが強みだ。
一方、風属性の魔法には攻撃魔法や防御魔法の他に、索敵に使える魔法がある。水属性と風属性の魔法があれば、冒険者に必要な大抵のことができる。
少しの間思案していたライアスは、心を決めてアニス達と向き合った。
「シズアは剣の腕がまだまだだろうが、アニスが前衛になれば魔法での支援に回れるから何とかなりそうだな。ただ本当に問題ないのか判断が付かない。だから、一つ課題を出そう。その結果を見て考える。サミーもそれで良いか?」
「ええ。それで、どんな課題を与えるつもりなの?」
それはアニス達も知りたいことだった。
「二人にはフォレストボアを狩って来て貰おう。一人一頭、二人だから二頭。畑の被害が出始めているから丁度良い。それにフォレストボアなら下手をしても死にはすまい」
フォレストボアは、森の外れに住んでいる草食獣だ。魔石は持っていないから魔獣ではない。しかし、畑を荒らすので害獣認定されている。肉はそこそこ美味で、シチューやポトフに入れると美味しいこともあって、ライアスもたまに狩って来る。
「シズと私で交互に一頭ずつ狩って来れば良いってことね」
「そうだ」
「二頭も狩れば、暫くはボア肉祭りだね」
当たり前だが畑では肉は獲れない。肉は街の市場でも買えるが高くつく。この村の住民は大体が狩りで肉を手に入れている。アニス達が森で狩った兎も、食材としてサマンサに渡してある。
兎は一度の食事で食べ終えてしまうが、フォレストボアは大きいので何日も食べられる。塩漬け肉も美味しいので、狩って来たらサマンサに調理して貰おうと舌なめずりしながらアニスは考えた。
「アニー、何考えているの?涎が垂れてるんだけど」
「え?あー、いや、狩って来たらどんな料理を食べられるかなぁって考えて」
それを聞いたシズアは溜息を吐いた。
「アニーってば幸せね。まだ狩りに行くとも決めてないのに、狩った後のことを考えているなんて」
シズアの言い回しにアニスは引っ掛かった。
「あれ?シズはフォレストボアを狩りに行こうとは思わないの?でないと冒険者になれないよ?」
キョトンとした表情で首を傾げるアニスに対し、シズアは冷ややかな目線を向ける。
「あのね、アニー。貴女は小さい頃から剣を握っていたでしょうけど私は違うし、魔法だって勉強中なのよ。いくらフォレストボアが狩り易くても、私に狩れるかどうか心配になるのは当然だとは思わない?」
シズアの口調には、若干非難めいたとげとげしさが含まれていたが、それはシズアがまだ自分の腕に自信が無いからなのだろうとアニスは受け取った。
「ごめん、シズ。私、慌て過ぎちゃったみたいだね。別に明日狩りに行こうってことじゃなくて、シズが狩りをできるようになってからのことだから。父さんもそれで良いよね?」
「ああ、勿論。しっかり準備をしてから行けば良い。もっとも畑の被害が大きくなってきたら、自分で狩りに行ってしまうかもしれんがな」
あっはっはと笑うライアスだったが、子供に意地悪を言うものでは無いとサマンサに叱られていた。
シズアはと見ると、安心した表情で微笑みながら両親のやり取りを見ている。
さっきは先走り過ぎてシズアに悪いことをしてしまったと、アニスは後で謝ろうと心に決めた。
そうして話が一段落し、食器を片付けて洗おうかとサマンサが腰を上げようとした時、アニスがもう一つの話題を切り出そうとする。
「あの、もう一つ相談したいことがあって」
今度は前の話題よりも低姿勢で話し始める。冒険者になることに比べて、こちらの方が敷居が高い気がしていたからだ。
「何だ?」
ライアスの態度は変わらない。アニスの配慮に気付いているかも分からない。
それでも話をしなければ始まらないので、アニスは恐る恐る口を開く。
「魔獣の子供を飼いたいんだけど」
瞬間、父の目がギラリとアリスを睨んだように見えた。
頭ごなしに否定の言葉がやって来ると推測したアニスは、肩を竦めて縮こまる。
しかし、父の放った言葉は、アニスの予想とは違うものだった。
「昔、知り合いの冒険者パーティーに、魔獣を連れ歩いている男がいたな」
アニスの問いに対する答えなのかの判断が付かない、父の昔話が始まった。
「その男は、魔獣はテイムしてあるから安全だと言っていた」
「テイム?テイムって魔法なの?」
アニスにとって「テイム」は初めて聞く言葉だった。
「いや、テイムは魔法ではないそうだ。魔力を使った一種の契約らしい。テイムをするとテイムをした人間、すなわちテイマーと魔獣との間に魔力の繋がりができて、それを介してある程度の意志疎通ができるようになり、その上で信頼関係を築けば魔獣は人を襲わなくなるらしい。
だから、テイマーあるいは魔獣のどちらかが言語魔法の属性特性を持っているとテイムが成功しやすくなると聞いている」
言語魔法は基本六属性である火、水、風、土、光、闇以外の魔法で、知識神スキレウスが司る魔法のことだ。
「魔獣は種族ごとに、基本六属性のどれか決まっていたよね。それ以外の魔法属性を持つことってあるの?」
アニスの質問に、ライアスは意外そうに片側の眉を上げた。
「人だって大抵は一つの属性を得意とするのに複数属性を得意とする魔法使いもいるだろう?魔獣も同じことらしい。種族で決まっている属性以外の得意属性を持つ個体が稀に出現するんだ」
なるほど、とアニスは思った。森の中で見つけたグレイウルフの子供の意志が何となく分かる気がしていたが、もしかしたら、あの魔獣の子供は言語魔法を得意属性として持っていたのかも知れない。
「ねえ、父さん。魔獣をテイムする方法は知ってる?」
「いや、聞いたんだが内緒だと言って教えて貰えなかった」
それは残念。
話の流れから、テイムした魔獣なら飼っても良いとなるのだと思ったのだが、テイムする方法が分からないとなると、まずそれを調べなければならない。
だが、今のところ、まだ最初の問い掛けに答えを貰えていない。アニスはライアスの次の言葉を待つか、いや、いっそのことアニスから聞いてしまおうかと考えた。
「ラーイ、テイムした魔獣なら飼うのを許すつもり?」
アニスよりサマンサの方が早かった。
「それをどうしようかと思ってな。魔獣をテイムするには時間が掛かるとも聞いたし、小さいうちはそれほど危険でもないだろう。ただ、テイムできないまま成長してしまうと厄介なことになる。そこが悩ましい」
「暫くは森の中に置いておくのでも良いよ。その間にテイムを試してみるから。それで、テイムができたかどうかは何かで分かるの?」
「テイマーの手の甲に、テイムの証の紋様が現れるようになっていたな」
ライアスが思い出しながら教えてくれた。
「ありがとう、父さん。私、テイムする方法を探してみる。それでテイムできたら家に連れて来るね」
「ああ、そうしなさい」
「良かったね、アニー」
シズアの言葉にアニスは癒される。
「うん。今すぐ連れて来られないのは残念だったけど、きっとテイムする方法を見付けるから。そのためにもさっさと冒険者になっちゃおう。シズ、明日から訓練だからね」
「分かってる」
アニスとシズアは互いを見て微笑み合った。
「フォレストボア」とか書いておりますが、猪っぽいものであることを分かりやすく表現した結果でして、実際にアニス達がそう発音しているのではなかったりします。
一方で、知識神スキレウスの「スキレウス」は、そのままの発音なんですよね。だから五月は「スキレス」ですし。ややこしくて申し訳ないですが、あまり追求しないでいただけると助かります。