5-9. アニスは神の巫女に関わりたくない
アニスは駄洒落神ザナウスに貰った魔術眼について思考を巡らせる。
魔術眼は、自分の周りから魔力を集められることなど、以前のアニスであればとても有用なものであったが、魔女となった今となってはそれ程でもない。他人に対して、多くの魔力を必要とする上位魔法や上級魔法が使えることの言い訳には使えるものの、神の巫女でもない自分が神から魔術眼を賜ったとか中々他人に言える話でもない。
結局隠すことになるのなら、あっても無くても同じことだ。
それはザナウス神も十分承知していた筈。
その上で、敢えてアニスに魔術眼とその知識を与えた理由となると、アニスに思い当たることはあまりない。
アニスにリリエラへ与えた力を教えるため。
または、アニスをリリエラの仲間にするため。
どちらにせよリリエラ絡みなのではと思えた。
ただ良く分からないのは、贔屓に見えることはしたくないと言っていたにも関わらず、リリエラにだけ魔術眼を与えていることだ。
魔術眼を与えなければならないほど、リリエラは窮地に陥っていたのか。
そうだったとしても、それだけではリリエラに肩入れする理由にはならなさそうな気がする。そこは今度駄洒落神に聞いてみるしかない。
分からないことは他にもある。魔術眼だけで完璧に身を守るのは難しそうに思えるのに、何故魔術眼を与えたのか。魔術眼があれば、魔法攻撃や物理攻撃には耐えられるかも知れない。いや、毒も対処できるだろう。しかし、個人への攻撃手段など他にもある。濡れ衣を着せられたり、デマを流されたり、孤立させられたり、力があっても対処できないことは幾らでもありそうだ。
となると、個人攻撃への直接的な対抗手段として魔術眼を与えた訳ではないかも知れない。
ザナウス神の言葉通りなら、魔術眼持ちは希少な存在だ。もし、リリエラが魔術眼を得たことが然るべき人に伝われば、その人はリリエラの警護を強化するのではないか。
ふむ、それを狙った可能性の方が高そうな気がする。
ただそうだったとしても、リリエラは孤独なのだろう。
警護されているからと言って、心通わせる相手が傍にいるとは限らない。
だからアニスに話し相手になって欲しいと言ったのではなかろうか。
ザナウス神が何故アニスを選んだのかは分からない。しかし何にしても、アニスの行動基準はシズアだ。神が何と言おうとそれは変わらない。
今、アニスにはシズアと旅の途中。二人で共に火の山に行く計画を変える気はさらさら無い。
リリエラはどうでも良いとまでは言わないにせよ、今はまだ見知らぬ他人でしかないのだ。まあ、まったく無視するのも気が引けるので、王都の神殿の状況についてサラが知っているか尋ねてみるくらいのことはしておこう。
そんな風に頭の中を整理すると、アニスは立ち上がってから反転し、神像に背を向けた。
アニスは祈りを捧げるために、演台を中心に左右に広がっている、床から一つ上の段に登っていたのだが、そのアニスを段の下から見ている女性達と目が合う。
三人とも質素な丈の長いワンピースに身を包んでいた。いや、真ん中の女性は質素と呼ぶには飾り気が多めではある。
だが、アニスが気になったのは服装よりも三人の魔法属性の方だ。
アニスから見て真ん中と右の女性は二人共が魔力眼持ちで、左の女性の魔力は初めて見る色、薄黄色。多分、運命魔法の属性持ち。
どれも数が少ない魔法属性だ。それが三人固まっているとは非常に珍しい。
いや、神殿の中であればあり得る。この三人は神の巫女ではなかろうか。
それにしても、真ん中の女性は何だろう?美しいがキツイ顔付きからは、意思の強さを感じさせる。両脇の二人が髪を束ねているのに対して、一人、巻き毛のブロンドの長髪を広げているのには、自分は二人よりも格上だと主張しているかのようだ。
巫女に上下関係があると聞いたことはないのだが。
さらに彼女は魔力量が多く、周囲を威嚇するかのようにそれを発散している。そのためか、魔力が見えない周囲の人々も、強い圧を感じているようだった。それによって畏怖の念を抱くのか、憧憬の念を抱くのか、人々の反応はまちまちではあるが、彼らは彼女に視線を向けていた。
だが、アニスは何とも感じていない。
魔力が見えるからなのか、魔力に対して不感症なのか、理由は不明。
ともかく、その女性の魔力の発散はアニスには何らの影響も及ぼしていなかった。
もともと魔力量が少なかったアニスにしてみれば、魔法を発動させるでもなく、無駄に魔力を放出するなんて勿体無いことでしかない。何でそんなことをするのか首を傾げたくなるくらいだ。
「ねぁ貴女、祈りを捧げていたわよね。その時、何か声が聞こえてこなかった?」
その女性が唐突にアニスに問い掛けてきた。
ザナウス神との会話の途中から見られているとは思っていたが、気付かれたのだろうか。
そんな内心を抑えつつ、アニスはしれっと首を横に振る。
「何も聞こえてません」
「そう、声が届いていなかったのかしら」
ザナウス神との会話の内容は聞こえていないだろうが、気になる言い方だ。
「貴女には何か聞こえたんですか?」
「いいえ。ただ、神の気が貴女を包んでいるように見えたのよ。でも、気のせいだったのかしらね」
悩ましげな言葉を吐きながらも、表情は変わらない。
その目は、嘘を吐くなと言っているようでもある。
「あのう、すみません、この子は水属性のようなのですけど?」
右側の女性がおずおずと言葉を発した。
魔力眼でアニスの魔力の色を見たのだろう。アニスの魔力の色は、本来は虹色だが、サラから貰ったペンダントで青色に擬装している。
その擬装にまんまと騙されたのだ。
「ええ、それは分かっています。しかし、何事にも例外は付き物ですから、先入観で間違った判断をしたくはないのです」
「そうでしたか。差し出がましいことを申し上げて失礼いたしました、カサンドラ様」
ふーん、この女性は手強いかも。ん?カサンドラ?もしかして、ザナウス神が言っていた、あの、カサンドラなの?
関わっちゃいけないって人ってこと?
アニスはゲッと思うが、顔に出さないように必死に堪える。
「あの、とにかく私には何も聞こえなかったので。失礼します」
カサンドラ達に軽く頭を下げると、アニスは段を降り、シズアのところへ向かう。
「何か話してたみたいだったけど、どうかしたの?」
アニス達の様子を見ていたシズアが心配そうな表情をしている。
「ううん、何でもない。勘違いがあったらしくて。でさ、ちょっと買い忘れた物を思い出したんだけど、買い物に付き合って貰えないかな?」
アニスとシズアの会話は聞こえていない筈だが、ともかくアニスはカサンドラに情報を与える隙を作りたくなかった。
なのでシズアにも言葉足らずで済まないと思いつつ、この場から出ようと誘い掛ける。
「ええ、アニーが行きたいのなら」
シズアはアニスの様子に違和感を覚えつつも、先に歩き始めたアニスに急いで追い付き横に並ぶ。
そしてアニスは、魔女の心の目でカサンドラの様子を捉えながら、何気ない素振りで出口へと向かって歩いていった。
カサンドラは、暫くアニスの動きを追っていたが、アニス達が出口に向かい始めると興味を失ったかのように視線を外して正面を向き、前へと歩き出した。
そして段上に上がり、アニスと同じように祈りの姿勢を取る。
そのカサンドラにザナウス神が声を掛けるのかどうか、アニスには分からないし、実のところどうでも良い
アニスとしては、ともかくカサンドラと関わりを持つことなく領都から早く出て、シズアとの二人旅を心ゆくまで満喫したいのだ。
火の山までは、まだまだ遠い道のりが待っている。
「君子危うきに近寄らず」です。
そうでなくても、旅が進んでいないので...。




