5-8. アニスは神の声を聞く
頭の中に響いてくる声、相手はザナウス神と名乗っているが、どうしたものか。
アニスは悩んだ。
『あの、貴方が神である証拠はあるんですか?』
『汝の頭の中に話し掛けているだけでは不足か?』
困惑気味の声がする。
『でも、誰かが魔法で話し掛けてるのかも知れないよね?あれ?神が話し掛ける時も魔法を使ってる?』
『そうだな、これもまた魔法だ。しかし、人が使える魔法ではないぞ』
『だったら、人の使える魔法には頭の中に話し掛ける魔法が無いことを証明して欲しいんだけど』
『い、いや、「ない」を証明するのは難しいぞ。それは所謂「悪魔の証明」ではないか。いくら我が神だとて悪魔の証明は不可能だ。そんなもの求められても、応じることはできぬわ』
焦っているらしい。本当に神なのだろうか、と思っていると更に声が聞こえて来た。
『そうだ、「悪魔の証明」代わりに我と巫女との間の符丁を教えると言うのはどうだ?』
『符丁?』
アニスは疑問の思念を投げた。
『合言葉のことだ。代々我が巫女の間で継承されているから、後でそれが正しく神の符丁かを我が巫女に尋ねてみれば良い』
『分かった。合言葉で良いから、教えてよ』
『良かろう。ではいくぞ。合言葉は幾つかあるが、すべて巫女から始まるからな。まずは一つ目だ。
「神よ、朝食の支度ができました。あ、申し訳ございません、デザートのメロンにナイフとフォークを用意するのを忘れてしまいました。今、取ってまいります」
「いや良い。我が噛みつけば良い話だ。神だけに」』
『……』
『二つ目。
「神よ、葉巻を吸われますか?」
「いや、我は噛み煙草が良い。神だけに」』
『……』
『三つ目。
「神よ、目の前の森には危険な魔物が沢山おります。迂回して参りましょう」
「いや、ここは真っ直ぐ近道を行きたいぞ。神だけに」』
『……』
『どうした?反応がなくて、ちと寂しいのだが』
寂しそうな声がする。
『本当に神の巫女とこんな合言葉のやり取りをしてるんですか?』
『していると思うか?』
ん?何だこの切り返しは。
『思いません』
『だよな。まあ、実際してないし。これ神様ジョーク。どう?神懸かってた?』
『どこら辺がです?品性を疑いますよ。神の巫女にもお告げの代わりにジョークを言ったりするんですか?』
相手が神と名乗っていたのも忘れて、怒りの声を浴びせかけるアニス。
『いや、しない。そもそも会話自体ないからね。基本的に神の巫女からの一方通行。我からは必要なときにお告げを言い渡すだけ。質問も受け付けない』
『え?だったら何で私とはこんなに話をしているんです?』
『それは、汝が特異な存在なこともあるのだが、神であることを証明しろと言って来る者も普通はいないからな。大抵の者は、我の声が聞こえた瞬間に、「神と繋がった、神の巫女の資格が得られた」と喜ぶだけだ。いちいち相手が神であるのかなどと疑問を持ったりなぞしないわ』
確かに、そうなのかも知れない。声の主が神でなければ神の巫女になれない訳で、態々相手が神なのか確認することに利点はなく、声が聞こえた瞬間に神だと決め付けてしまいたい筈だ。
『だったら、私も神の巫女ってこと?』
『それはどうだろうな。「神の巫女」を定義しているのは人の側だ。我ら神からすれば、我らの声が届くかどうかでしかないし、その区分で言えば、汝は間違いなく我らの声が届く者だ。だがもし「神の巫女」として認めら貰えるのかを知りたいのであれば、汝の周囲にいる神官達に尋ねると良い。汝の秘密の暴露と引き換えにな』
『いや、いい。私はシズ以外の人にどう見られるかとか興味ないから』
『ああ、それで良い。「神の声を聴く者よ、気高く孤高であれ」だ。まったく、最近の神の巫女には自己中心的で俗物的な者が多くて敵わない。リリエラやティファーニアの爪の垢を煎じて飲んで欲しいものだ』
『リリエラとティファーニアって昔の人?』
会話の中で初めて人の名前が出てきたので、アニスは気になって尋ねた。
『いや、今の神の巫女だ。リリエアは王都の、ティファーニアは公都パルナムの神殿にいる。汝が己の有り様に悩むことがあれば、二人に相談すると良い』
『それって、神のお告げ?』
『こんな個人的な話がお告げの訳がないだろうに。これは我の親切心による助言だ。そうそう、助言ついでにもう一つ、こちらは助言と言うより忠告だが、カサンドラには気を付けろ。あ奴は自尊心が高く野心家だ。下手に関わりを持って巻き込まれると面倒なことになるぞ』
その声色からも相手が深刻に捉えていることが伝わってくる。
『そんなに酷い人なの?』
『神の巫女になったばかりの頃はそうでもなかったのだがな。だが神の巫女となって暫くの後、我のお告げを自分の野望のために曲解しようとしたことがある。それからと言うもの、我があ奴にお告げを出す時には、王都、公都、領都すべての神殿の巫女に同じお告げを出さざるを得なくなった。
その主な目的はリリエラとティファーニアに知らせることだが、あの二人を贔屓していると取られると、二人がカサンドラの標的とされかねんからな。
汝も我の声が聞こえると分かると、あ奴に目を付けられるかも知れんぞ』
『うん、何だか物凄く面倒そうな人だって分かったから、注意するよ』
『それで良い。では我はそろそろ退散するとしようか』
と、その時、アニスの中に何かが流れ込んで来た。
『汝との親交の証として、汝の魔力眼を魔術眼に変えておいた。合わせて魔術眼の知識も授けておく。その寿命の制約から人の身で魔術眼を得るのは難しく、汝の他に魔術眼を授けたのはリリエラだけだ。あ奴の身辺がきな臭くなってきたから、身を守れるようにとな。今後もしあ奴に会うことがあれば、話し相手にでもなってくれると嬉しい。ではな』
最後の言葉が聞こえた直後、唐突に温かい気の感覚が消えた。
アニスは目を開けて前を見る。目に入って来る光景に変化はない。
だが、アニスは知っていた。
今見えている光景は魔力眼のものであり、その気になれば魔術眼を起動して、この場に関与している魔法を視ることもできること。
その気になれば詠唱どころか力ある言葉もなしに、目視だけで魔法が放てること。
そして、周囲の魔素を集めて自分の魔力にできること。
「うーん、とんでもないな、これ」
アニスは以前から魔力眼にも上位魔法があるだろうと漠然とは考えていた。その上位魔法が魔術眼だったわけだが、常時勝手に発動している魔力眼とは違い、魔術眼は意識して使う必要がある。つまり、いくら魔術眼を持っていたとしても、それについての知識がなければ使えない。
だからこそザナウス神と名乗った駄洒落親父はアニスにその知識も与えたのだろう。
最初からそうしてくれれば、神かどうかを疑うことも無かったのにとも思うが、神も会話の中でアニスのことを見定めていたのかも知れない。
ともあれ、駄洒落親父は真の神だったようだ。とすると駄洒落親父ではなく駄洒落神か。いや待て、そう呼ぶと駄洒落が神のように上手いことになってしまわないか?
うーん、どうだろう。駄洒落はお洒落じゃないから駄洒落なのであって、駄洒落を極めても良い意味にはならないような?そう考えてみると駄洒落神で良さそうな気がして来た。
そうしてアニスの頭の中では、世界神ザナウスは駄洒落神であると決まったが、それを他人に話して理解して貰える日が来るかは丸っきり定かではなかった。
神様も会話をしていないと寂しいのかも知れません。




