5-7. アニスとシズアは神殿で祈りを捧げる
魔具作りに満足したアニスが机の上を片付け終えて部屋の中を見回した時、シズアは相変わらずベッドの上で本を読んでいた。
「ねぇシズ、その本ってイラのところで借りた奴?」
「ええ、そう。アーサー・ミーツ・シリーズの一冊」
「著者は、確か、えーと、スイカ・チョーダイ?」
「スオウ・チダヤよ。どういう間違いをしているの?著者の先生に謝りなさいな」
本から目を離し、アニスに渋い表情をするシズア。
「うーん、何か今一つ覚え難いんだよね。もう少し覚え易い名前だと嬉しいんだけど。例えば、スモモ・チョーダイとか」
「勝手に他人の名前を変えようとしない。それにいい加減、チョーダイから離れなさいよ」
「それじゃ、スモウ・チューケイ」
「アニー、いつまで続けるつもり?」
「ごめん。それでその本、面白い?」
シズアに白い目で見られ、いい加減不味いと感じたアニスは、話題を変える。
「ええ。一冊ごとに舞台になる街が変わって、それぞれの街の特色を分かり易く魅力的に伝えてくれるから、全部の街に行ってみたくなるわね」
「それって実在する街なの?」
「そうだと思うわ。本の見出しの所に地図が載っていて、その街がどこにあるのか分かるようになっているから。ほら、この本の舞台になってるフロネルの街は、東の公都の西側、火の山の手前にあるみたいよ」
そう言いながら、シズアは地図の頁を開いてアニスに見せる。
「街の中の地図もあるんだ。凄い、温泉宿がこんなに並んでるんだ」
「そう、フロネルの街は温泉で有名みたい。ね、アニー、行ってみたくなるよね?」
「うん、そうだね、行ってみたい」
と、そこでアニスは、あれっと思う。
「あのさ、シズ。アーサー・ミーツって探偵なんじゃなかったっけ?何か事件が起きて、その謎を推理で解き明かすとか、そういう話なんだよね?そっちの感想は無いの?」
「勿論、推理小説ではあるけど、推理だけではなくて物語全体としての面白さを考えて書かれているように思うのよね。主人公のアーサー・ミーツにしても素人探偵で、本業は旅の絵描きなのよ。だから旅の絵描きとしての話も織り込まれているし。
そしてお人好しで、行く先々で事件に巻き込まれて、事件現場に首を突っ込むから不審者に間違われて、南の公爵家の紋章の入ったペンを持っているので更に不審がられるけど、公爵家に問合せたら本物だと分かって、逆に公爵様からアーサーの便宜を図るように言われるとか、いつも似たような感じなんだけど、そのお決まりの展開もまた面白いのよね」
「ふーん、南の公爵様も出て来るんだ」
「ええ、でも架空の人物だから名前は全然違うわよ。それに、アーサー・ミーツとは乳兄弟だから同い年で、今の南の公爵様よりずっと若いし。ただ、架空とは言え庶民のアーサー・ミーツと親しい人物として扱われているのは、もしかしたら実際の南の公爵様も庶民が身近に思える方なのかも知れないわね」
「だったら、私達も直ぐに会って貰えるかな?」
「私達は庶民と言うより子爵様の使者だから、時間は取って貰えるんじゃない?それより、アニー。やりたいことは終わったの?そろそろ出掛けられそう?」
「うん、ごめん、待たせちゃったね。私は良いよ。外に行こ?」
二人は元々朝食後から出掛けるつもりだったのだ。が、アニスがやりたいことができたと言ってシズアを待たせていた。
そうして作ったのが魔法の紋様が見える眼鏡など。一通り作りたいものを作り満足したアニスは、既に出掛ける方に気持ちが切り替わっていた。
なので話は直ぐに決まり、支度をした二人はモーリスの家を後にする。
モーリスの家は、領都ザイナッハの北地区の西側、つまりはアニス達がザイナッハに着いた時に通った北西の門から中央広場に向かう大通りに程近い場所にある。
二人はモーリスの家を出ると、目の前の周回道路を進んで大通りに出、そこから中央広場へと向きを変えて歩いていく。
「ふーん、思ったほど魔具を身に付けている人っていないのね。でも、街灯には魔具が使われてる」
シズアは物珍しそうに辺りを見回していた。
二人はいつもの冒険者装備だ。ただ、いつもと違うところが一つだけ。シズアは眼鏡をしている。
その眼鏡は、勿論と言うべきか、アニスが作った魔法の紋様が見える眼鏡である。
「シズ、あまり他の人をジロジロ見ないでよ。あと、街灯が魔具になっているのはザイアスの街も同じだからね」
アニスはシズアが他人のことを見過ぎて不審者に思われないか心配になっていた。
「そんなこと分かっているって。でも、とても新鮮な気分。アニーはいつもこんな光景を眺めているのね」
「ま、まあね」
実際にはアニスの魔力眼には魔力が属性の色付きで見えていたり、鑑定を発動させればそれ以上に見える物があったりするのだが、わざわざそれを指摘して喜んでいるシズアを気落ちさせるのは、野暮と言うものだ。
なのでアニスは適当な相槌を打ったまま、楽しそうにあちこちに視線を向けているシズアと共に、中央広場に向けて歩いていった。
「流石に領都の神殿は立派ね」
「うん、街の神殿とは随分違うね」
領都ザイナッハの神殿は中央広場の北側に建っている。ザイアスの街の神殿よりずっと大きく立派なものだ。それもその筈、ザイアスが子爵領なのに対してザイナッハはより位の高い侯爵領の中心地、それに領都の神殿には十柱の神々の像が祭られているのだ。
この世界には十柱の神がいるとされており、神々のそれぞれに対応する魔法属性がある。
各神殿に神像を祭るにあたり、神像一体につき神の巫女を少なくとも一人置くこととなっている。それは、神の巫女が神像に祈った時、稀に神のお告げを受け取ることがあるからだが、お告げを受けられるのは神と同属性の魔力持ちに限られる。
その十の魔法属性のうち、火、水、風、土、光の生活五神の属性持ちはごく普通にいるものの、残りの幻想五神の属性持ちは非常に少なく、巫女の確保も大変だ。なので、十柱の神像すべてを置いてあるのは、王都、公爵の居城のある公都、そして侯爵領の領都に限られている。
そんなことから、すべての神像を揃えている神殿は他とは別格であり、建物もそうした格の違いを示すようなものとなっているのだ。
アニスとシズアは、中央広場でそうした十柱のおわす神殿の威容を一頻り堪能してから入口の階段を上り、その中へと入っていった。
「アニーはここに来たことがあるんだよね?」
「あるけど、小さい頃だったから殆ど覚えてないよ」
礼拝堂に入ると、十柱の神像が自分達を見下ろすように並んでいるのが見えた。
その手前の真ん中に演台がある。神官が人々に向かって説教するときに使うものだ。
演台はアニス達が立っている床から一段だけ高い位置にあるが、神像はその後ろの何段もの階段上に立っている。
なので、人々は自然と高いところから神像に見下ろされる形になり、神々の威厳を感じずにはいられない。
アニスもシズアも、それは同じだ。
しかし、そこから先の動きは違った。
シズアはアニスから離れて左から二番目の戦闘神アグニウスの前で祈り始めた。きっと、火の精霊に出会えるようにと祈っているのだろう。
それはそれで構わない。だが、シズアは風の魔法使いなのだ。隣の天候神ゼピュロウスにも祈りを捧げることを忘れるべきではないし、必要ならシズアに言い聞かせなければとアニスは考えた。
そんなアニスの心配は現実とはならず、杞憂に終わる。アニスが演台のすぐ左に立つ生命神ヴィリネイアから始め、次に守護神マルレイアへと順に祈りを捧げた後、天候神ゼピュロウスの前に来た時に、シズアもアニスの横に並んでゼピュロウス神に祈っていた。
そう、それで良い。
シズアの行動を見てホッとしたアニスは、更にアグニウス神、アルミティア神と左端まで進み、その後は一番右へ移動して冥界神ハデュロスのところへ。そして、時空神ラウツァイア、運命神ファタリティア、知識神スキレウスを経て、最後はヴィリネイア神の隣に立つ世界神ザナウスの前で祈る。
アニスは祈りの内容を、相手にする神によって変えていた。
生命神ヴィリネイアには「シズが病気をせずに元気に暮らせるように」と祈り、守護神マルレイアには「シズが怪我をしないように護って欲しい」と、天候神ゼピュロウスには「シズの風魔法が上達するように」と。更に「シズが火の精霊と契約できますように」、「シズが自然の恵みの恩恵を受けられるように」、「シズが夜、安心して寝られるように」、「シズがいつも私と一緒にいてくれるように」、「シズが長生きするように」と続き、最後のザナウス神を相手に「シズが安心して暮らせる日々が続きますように」と締めくくる。
そのように祈るのはいつものことで、そしていつも通り、最後に「よろしくお願いします」と付け加えて祈りを終えようとした。
が、そこでいつもと違うことが起きる。
何か暖かい気に包まれたような感覚があったかと思うと、頭に声が響いて来たのだ。
『果て無き原初の力を持つ娘よ。汝はそれでもなお我らに祈ると言うのか?』
驚いたアニスは目を開けて周囲を見渡すが、アニスの傍には誰もいない。いや、目を開けずとも魔女の力の眼で分かってはいたが、改めて自分の目で確認せずにはいられなかった。
そして確信する。やはり声は頭の中に直接響いて来たのだ。
それに暖かい気の感覚はまだ続いている。
ならばと、アニスはもう一度目を閉じて祈りの姿勢を取りながら頭の中で言葉を綴る。
『私に声を掛けて来た貴方は誰?』
やっているのは祈りと同じ。なので、きっと声の主に自分の言葉は届いている。
その考えは正しく、直ちに返事があった。
『我が名はザナウス。汝らに神と呼ばれる存在なり。もっとも、突然そう名乗られても信じられぬだろうが、神だけに』
何だこの駄洒落親父は、とアニスは思った。
アニスの祈りは、いつもシズア絡みのようです。
あと、アニスが神の声を聞いたのはこれが初めてです。




