5-6. アニスとシズアは想いを伝えあう
翌朝の朝食後、アニスとシズアはモーリスの家の客間でゆっくり寛いでいた。
ベッドの上に座り、本を読んでいるシズア。
一方、アニスは机に向かって手を動かしていた。
「できたよ、シズ」
アニスが手にした物をシズアに向けて掲げてみせる。
「何を作ったの?それ、昨日買った眼鏡よね?」
シズアは本から視線を上げてアニスの手元に注意を向ける。
アニスの手にあったのは昨日街で購入した眼鏡だ。度の入っていない眼鏡をアニスが幾つも買おうとしたので何故かを尋ねたのだが、昨日は内緒と言って教えて貰えなかった。
「うん、その眼鏡。だけど、ただの眼鏡じゃないよ。シズ、掛けてみてくれる?」
アニスが椅子から立ち上がり、シズアの所まで来て眼鏡を差し出してきた。
シズアは素直にそれを受け取り、自分の顔に掛けてみる。
「何も変わらないけど」
眼鏡を掛けたまま部屋の中を見渡すが、特に変わったところがない。
アニスに目を向けて首を傾げる。
「普通の物を見ている限りは変わらないよ。でも、これはどう?」
アニスが次に手渡してきたのは、装備品の籠手だった。
「これだって別に同じ――あれ、何か光ってる。あ、眼鏡が無いと光って見えない」
籠手の内側に光る部分を見付けた。それは、眼鏡があるときだけ見える。
「それが魔法付与だよ。光っている場所に軽く魔力を流してみて」
言われた通りにすると、目の前に光の紋様が現れた。
「光っている紋様が見えたよ。これ、魔法の紋様だよね」
前日、エドガーの工房で見た付与魔法の紋様に似ている。
「そう、それはファイヤー・エンパワーメント、つまり筋力強化の付与だよ。いつも剣を振る時に使っている奴」
「へぇ、凄い。この眼鏡があれば魔法の紋様が見えるのね」
「そう言うこと。それって付与魔法に限らないから。詠唱魔法の紋様も見えると思うよ。例えばキュアだとこんな感じ」
アニスは右手を前に出し、その掌の先に水属性の回復魔法の紋様を出してみせた。
「シズ、見えるよね?」
「うん、見える。感動した」
「シズが魔法を使う時にも見えるから、魔力を籠めるのに役立つ筈」
「そうね。私、魔力制御が下手だから。でも、これがあれば強い魔法を撃てるようになると思う」
シズアは座ったまま可愛くガッツポーズをする。
「ただまあ、眼鏡は練習用だと考えてよ。それで感覚を掴めば、眼鏡なしでも強い魔法を使えるようになると思うし」
「確かにその通りね。私だって、眼鏡が無いと使えない魔法使いにはなりたくないし」
シズアの言葉にアニスは優しく頷く。
「だけど、眼鏡をしていれば相手の魔法の紋様が見えるから、その気になれば魔法の発動を妨害もできるんだよね。そうした意味では眼鏡をしていた方が良いのかも」
「ねぇ、私は眼鏡をしない方が良いの?した方が良いの?」
はっきりしないアニスの態度に、シズアは頬を膨らませる。
そんなシズアを見て笑顔になるアニス。
「えー、どっちのシズも可愛くて好きだよ」
「いつからアニーの好みの話になったの?」
「だって、考えてみたら、戦いの時にシズに負担が掛かるようにしては駄目だよね。なら、眼鏡は掛けても掛けなくても良いし、好みの問題で良いかなって」
「そう、分かった。私の自由にするわ」
シズアは最早諦め顔。
「ところでだけど、シズ。その眼鏡、魔法の紋様を見る以外にも使い道がありそうだよ」
「何に使えるの?」
アニスは机の上に置いてあった魔石を一つ取り上げてシズアに向けて掲げる。
「いい?良く見てて」
アニスは魔石を持った手を動かし始める。すると、魔石の動いた軌跡がそのまま光の筋となった。
「え?何これ?」
シズアは呆気に取られている。
光の筋は文字になっているようなのだが、しかし。
「字が裏返しよね?」
「あっ、そうだった」
アニスが手の中の魔石を回転させると、それに合わせて光の文字も動いていく。
光の文字が丁度水平に半回転したところで、シズアにハッキリと読めるようになった。
「『アニスはシズアが大好き、愛してる』って、一体何を書いてるのよ。他の人に見られたらどうするの?」
シズアは顔が真っ赤だ。
「いやこれ、眼鏡してなければ見えないから。シズも一回外してみてよ」
言われた通りに眼鏡を外すと、確かに何も見えない。
「本当ね。でも、どういうこと?」
もう一度眼鏡を掛けると、恥ずかしい言葉を綴った文字が再び視界に入る。
「アニー、もうこの文字は良いから。まさか一度書いたら消えないとか言わないわよね?」
「そんなことないって。魔力を止めれば、全部消えるから。ほら」
次の瞬間、それまで見えていた光の文字が霧散して消えた。
「消えた。光っていた文字は全部魔力だったてことよね?魔力で文字が書けるなんて話、あったの?」
シズアの問いにアニスは首を横に振って答える。
「ないよ。これは昨日の話の続きのようなものなんだ。五層難易度5の安定した紋様には、それを土台として任意の図形が付け足せるって話。この魔石の中に、土台になる紋様を焼き付けてあるから、そこから自由に魔力で図形を付け足せるってこと。シズにもできると思うから、やってみて」
アニスに魔石を手渡されたシズアは戸惑うが、物は試しと言われた通りにやってみる。
魔石に力を籠めながら、軌跡にも魔力を残すようにして魔石を動かすと、アニスと同じように空中に光の文字が書けた。
「なるほど、ならこうしてみようか」
シズアは一旦すべての文字を消して、新たに書き始める。
その様子を嬉しそうに眺めるアニス。
「あ、シズ、文字を裏返しに書くのが上手だね。何々?『アニスの愛は私には重すぎる』って、ガーン」
ショックを受け、床に崩れ落ちて手を突くアニス。
「えっ、こっ、これは試し書きだから、本気じゃないから、ね、アニー」
冗談のつもりが、予想以上の反応に焦りまくるシズア。
「本当?」
アニスは顔を上げるが半分涙目だ。
「本当だって、ほら」
シズアは再度文字を書く。そこには「シズアはアニスが好き」とある。
「ね、元気出してよ、アニー」
「うん、それなら復活できそう」
アニスは立ち上がり、笑顔を見せた。
「はぁ、立ち直てくれて助かったわ。それで、この眼鏡、使えそうなのは分かったけど、どうして作ろうと考えたの?」
「それは昨日教えて貰ったから。ほら、投影機に使われていた付与魔法を眼鏡に付与してみただけなんだよ」
「あー、そこでも昨日の話に繋がっていたのね。そうなら、昨日、私達が得たものも結構あったと考えて良さそうね」
「それってどういう意味?」
アニスはシズアの意図を測りかねて、首を傾げる。
「アニーは昨日、エドガー達に無の魔法を教えていたよね?それってかなり重要な物のように私には思えたのよ」
「どの辺りが重要?」
「私は付与魔法の専門家ではないから概念的な捉え方をしたのだけど、無の魔法って数字のゼロに似ていると思ったの。数字のゼロは何も無いことを表す数字、無の魔法は何も無いことを表す魔法。普通は目で見える物しか表そうとしないから、無い物を表現するのは特殊よね?でも、ゼロのお蔭で計算が楽になって、その後の数学の発展に繋がったのだから、無の魔法も紋様の加工が簡単になるだけではなくて、付与魔法の発展に貢献するのかもってね」
「そっか、そう考えると情報を与え過ぎちゃったかな?」
腕を組んでウーンと唸り出すアニス。
「アニーはどうしてエドガー達に無の魔法のことを教えようと考えたの?」
「そだね。結構面白いことに目を付けたなって思ったから。だから少しくらい手助けしても良いかなって。それにエドガー達が作った物なら、それを使う時に賢者様を言い訳にしなくても良くなるし」
「まあ、確かに最近、賢者様に便り過ぎではあるわね」
「そう。ただ、無の魔法については、シズのようには考えられて無かったんだよね。ゼペック爺に言われていたから、私だって注意はしているつもりなんだけど」
「何て言われていたの?」
「教えたことは出来る限り小出しにしろって。世の中の付与魔法の技術はゆっくりとでも進歩していくだろうから、それに合わせる形で出して行くようにって。そうしないと――あっ、ごめん、その先は無しで」
「何を言っているのよ。そこまで話しておいて、言わないで済ませられる訳がないよね」
「うー」
アニスは困った顔になり、恐る恐る上目遣いにシズアを見る。
シズアは黙ってアニスを見詰めていた。いや、目は少し細くなっている。
暫くしてアニスは溜息を吐いて顔を上げた。
「これ、絶対誰にも言っちゃいけないからね。勿論、賢者様にもだよ」
「分かったけど、何で賢者様?」
「シズはこの前、賢者様に魔女のことを尋ねていたから」
「魔女?魔女が関係するの?」
「そう。だけど何故ゼペック爺がそう言ったのかは、私にも分からないから聞かないで」
「それでゼペック爺は何て言ったの?」
「『付与魔法の技術の進歩を早めようとすると、魔女に消されるぞ』って」
ゼペックがそう言ったのは、アニスの安全を慮ってのことなのだろうが、まさかそのアニスが魔女になるとは想像もしていなかったに違いない。
ただ、魔女になってもなお、ゼペックの言い付けは守っておかないと自分の身が危ないとアニスは感じている。でも、シズアを心配させたくないアニスは、シズアにこの話をしたくはなかった。
とは言え今更悔やんでも始まらない。
どの道、アニスとしては、例え魔女達といざこざが起きても、そこにシズアが巻き込まれないよう全力を尽くすのみだ。
やはり、アニスのシズアへの想いの方が重そうですね。




