5-4. アニスとシズアは領都に寄る
「はぁ、一日で着いちゃったよ」
領都ザイナッハの城壁を見上げながら、アニスは感嘆の溜息を吐いた。
二人は朝、シズアの設計した凧に二人で乗り、ザイアスの街の北西の草原から飛び立っている。
そこからザイナッハへは、森の上を横切って真っ直ぐ南南西に向かえば良いのだが、それだと上空とは言え森の奥深くへと踏み込むことになり、万が一着地しないといけなくなった時、そこにどんな危険が待ち受けているか分からない。
なので、遠回りになるものの安全に進むべく、シズアは街道から離れ過ぎないように注意しながら凧を飛ばした。
凧の飛行高度は数百メートル。少しでも高い山があれば避けることになる。例えばザイアスの街から街道を進んで最初と二番目の軍の砦の間を繋ぐ隧道が掘られた山がそうだ。
凧の後端には、二輪車と同じようにエアブーストの魔法付与を施してあり、高速飛行時はそれで常に加速しているため、その気になれば凧の高さを上げられないこともない。だが、少し迂回すれば済む話なので、シズアは無理せず高度を維持する飛び方を選んだ。
それでも天気が良く、穏やかな風の中を魔法の力に後押しされながら滑空していく凧は十分に速く、昼頃にはザイナッハの街が二人の視界に入って来るところにまで到達。
ただ、そのまま街に近付くとワイバーンか何かに間違われて城壁の上から攻撃されるかも知れず、シズアは高度を落として広めの草原を見付けて凧を着陸させた。
そこから先は二輪車で街道へ抜け、そのままザイナッハの街の入口まで走って来たのだ。
ザイアスから約半日。ゆっくり馬車で移動して街や砦で寝泊りすると八日掛かることを考えると、とても速い。
「小さい頃にモーリスのところに連れていって貰ったことがあったけど、その時は随分と遠いと思った記憶があるんだよね」
「まあ、あっという間に着いてしまったから、あまり遠くに来た感じがしないわね。でも、これくらいの速さで進まないと、いつまで経っても火の山に着けないし」
「私はシズと一緒なら、どれだけ時間が掛かっても良いんだけど」
そう言うと、アニスはちらりとシズアの顔色を伺う。
「そうね、それは私もよ。ただ、私は中等学校には行きたいし、それまでの間に色んな経験をしたいの。だから、移動に使う時間はできるだけ減らしたいわね」
「分かった。シズがそう言うなら、私はそれで良いよ」
相変わらずシズアの意志を優先させるアニス。
「うん、アニー、ありがとう。ともかく、ここで突っ立ってても仕方が無いから、中へ入ろう?」
「そだね。まず何処へ行こうか?やっぱりモーリスのお店かな。折角だから神殿にも行ってみたいんだけど」
話しながら歩き始めた二人は、ザイナッハの城壁の北西にある門を通り抜け、領都の中へと足を踏み入れた。
城壁の内側はザイアスの街に似ていたが、規模はザイナッハの方が余程大きい。街道に続いいている門から中央広場に向かう道も太いし、人の往来も多い。
食事もせずにザイナッハまで来ていてお腹が空いていた二人は、通り沿いにある露店でホットドッグを買って歩きながらパクついていた。
「ここもパンが堅いのよね。南に行けば柔らかくなるのかなぁ」
「どうなんだろう?パンの硬さについては聞いたことが無かったね」
「行ってみてのお楽しみで良いよ」
ホットドッグはザイアスの街でも売られており、ザイナッハ同様に硬いパンに腸詰め肉を挟んだものだ。シズアはザイアスの街で食べた時も柔らかいパンを使ったホットドッグを食べたがっていたから、ザイナッハの街中を歩きながら、アニスもそれが売られていないかは気にしていた。しかし、残念ながら見付けられず、まずは空腹を満たすことを優先した形だ。
中央広場に向かう道を真っ直ぐ歩いていたアニス達は、二週目道路の看板を確認すると、そこで右に曲がる。
ザイナッハの街も、ザイアスと同じように中央から放射状に伸びる道と、円周状の道が作られている。二週目道路は中央広場から二番目の円周状の道に付けられた名前だ。
二週目道路は商店街になっている。両側に店が立ち並び、買い物客が行き交う。食材を扱っている店から服飾系の店、雑貨の店など多様な種類の店がある。
二人はその商店街の中を暫く進み、中央広場から真西にあたるところで立ち止まった。
そこから右へは西に伸びる道が始まっている。その反対側、二週目道路の左にあるのがモーリスの店だった。
「こんにちは。モーリスはいますか?」
シズアと共に店に入ったアニスは、中にいた女性店員に声を掛ける。
「あの、どちら様でしょうか?」
困惑した表情で返された。連絡していなかったので、仕方が無い。
「モーリスの姪のアニスとシズアです」
「畏まりました。確認して参りますので、少しお待ちください」
そう言い置いて、女性店員は店の奥に向かう。
結果、モーリスが会ってくれるとのことで、二人は店員に奥の応接間へと連れていかれた。
「二人共、良く来たね。長旅で疲れたろう」
応接間には既にモーリスがいた。モーリスは笑顔で出迎え、二人を部屋の中へと招き入れる。
そしてアニス達にソファを勧め、自分もその向かいに座った。
三人は、女性店員が出してくれたお茶を飲みながら、話し始める。
「モーリス、仕事中に来ちゃってごめんね」
「いや、アニス、構わないよ。丁度君たちに相談したいこともあったから、仕事のことで」
「どんな話?」
アニスが首を傾げると、モーリスは笑顔で右手を挙げて制止の手ぶりをしてみせた。
「ああ、それは追々で。まずは話を聞かせて貰えるかい?二人は何をしに領都に来たんだい?」
「私達は、火の山に行く途中なんだ。ここにはその途中で寄っただけ」
「なるほど、確かに火の山に行くなら、ここは途中になるね。だが、何のために?」
今度はモーリスの方が首を傾げる。
「シズが火の精霊を見付けたいんだって」
「だとすると、南の公都へ行くんだね。あそこから北へ向かう試練の道を使うんだ?」
「うん、そう。モーリスも知ってるんだ」
「王家の試練のことは有名だからね。でも、それならダリアに会うかも知れないね」
モーリスの言葉にシズアが前に乗り出してきた。
「ダリアって、前にザイアスに来たあのエランツェ商会のダリア?」
「ああ、その通り。算盤の販路を広げにね。今頃は西の公都にいるんじゃないか?」
「西の公都から南の公都へ行くのね。でも、遠そう。販路を広げるなら王都ではないの?ここからなら王都の方が近いわよね」
怪訝な表情になるシズア。
「そうなんだけど、王都には僕の店があるからね。彼女は南の公都に実家の商会があるそうだし、丁度良いのではないかな?」
「そう?ともかく、私達がパルナムにいる間に会えると良いわね。それに算盤が沢山売れれば良いけれど。そう言えば、ここでの売れ行きはどうなの?」
「ああ、そこそこ売れているよ。ここの商店街の人達もかなり買ってくれているし。残念ながらそれほど利益は出てないんだけどね」
モーリスが苦笑する。
「それはどうして?」
「ここの侯爵様は第一王子派だからね。商売に対する税金が高めなんだ。それは西の公都もなんだけど。だからここの商会の本拠地はザイアスにしてあるんだよ。その方が税金が安く済むから。そうやって税金対策している商会は多いんだ」
「派閥の影響って、そう言うところにも出るものなのね」
シズアは納得したように頷いた。
「我々にとっては嬉しい話ではないのだけれどね」
モーリスは肩を竦めてみせた。
「ところで、最初に言ってた相談の話をさせて貰っても良いかい?」
「ええ、何?」
「君達から借りている魔動二輪車なんだけど、もう一台貸して貰えないか?実は、ここの魔具工房に調査を依頼していたんだけど、時間が掛かるみたいだから王都の工房に切り替えようとしていてね。でも、ここの工房でもまだ調査したいと言われて困っているんだよ。ダリアもそこに調査させていたんだけど、この街を出る時に自分で持って行ってしまったし」
「アニー、どうする?」
話を聞いたシズアがアニスの方を見る。
アニスは少し考えてから、モーリスに向かって口を開いた。
「どうせ魔具工房が調査したいのは、推進板だけだよね?推進板の予備があるからそれをその魔具工房に貸すのでどうかな?ただし、推進板の貸し出しは有料だよ。それと、その工房で付与魔法が複製できてもモーリスの手柄にはしないのが条件」
「そうだな。僕が同時に二箇所で調査させるのはダリアに不公平だから、それで良いよ。その予備って、今持っているのかい?」
「あるよ、これ」
と言ってアニスは収納サックから推進板を出そうとしたのだが、収納サックから手を抜こうとしたところで動きを止めた。
「ねぇ、モーリス。その工房に直接行って渡したいんだけど、良いかな?」
「え?ああ、明日で良いなら構わないが」
「なら、明日で。シズも良いよね?」
「ええ、良いけど」
シズアにはアニスがどうしてそういう提案をしたのか分からず、若干モヤモヤしながらも了解した。
アニスは何とか誤魔化せたかなとホッとする。
推進板の予備があると思って取り出そうとしたら、ただの金属板だったのだ。以前、予備を作ろうと金属板を用意したまま忘れていたのである。
なので夜寝る前にコッソリ魔法付与しておこうと、心の中で予定を決めたアニスだった。
やろうとしていながら忘れてしまうことって良くありますよね。
良くあるのは私だけ??




