表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹大好き姉の内緒のお手伝い  作者: 蔵河 志樹
第一章 アニスとシズア、決心する
7/297

1-7. アニスとシズアは森の中を調べたい

「何か聞こえたよね?」


シズアがアニスに確認する。


「聞こえた」


二人は黙って聞き耳を立てるが、しばらく経っても何も音がしない。


「空耳だったかな?」


アニスは首を傾げる。


「ううん、動物の唸り声のような音がしたよ」


シズアは自分の耳を疑っていない。


その時、泉の先の森の中を影が動いたように見えた。

続けて先程より大きな唸り声がしたかを思うと、それに被せるように別の唸り声が。最初のよりも音が高い。

その音が途切れると、次の瞬間にはバウバウとかギャーギャーと吠えている音が。どう考えても二頭の獣が戦っている音だった。


姿の見えない戦いの音がしている間、アニス達はその場を動けなかった。二人にはその時間が長く感じられていたが、実際には数分程度で音は止み、森には再び静けさが戻って来た。


「戦ってたね」

「そうだね、シズ」


「戦っているところを目の前で見たかったね」

「いや、危ないから、それは」


シズアの危険な考えに、アニスは突っ込まずにはいられなかった。


「でも、何が戦っていたのかは知りたくない?」

「まあ、それはね」


アニスにだって好奇心が無いわけではない。それに、この森にどんな危ない生き物がいるのか知っておきたい気持ちもある。


「足跡か何か、手掛かりが掴めるかも知れないから、音のしたところに行ってみようよ」


いくらシズアの提案でも、そう易々とは乗れない。


「明日とかにしない?今だとまだ近くにいるかも知れないし」

「明日じゃ痕跡が消えちゃうかも知れないじゃない。今行かないと意味ないって」


シズアは一人で泉に沿って歩き出す。


「アニーは家に帰っていても良いよ。私一人で行ってみるから。これから冒険者になるんだし、調査くらいできるようにならないとね」

「待って、私がシズを一人で森に置いていける訳ないじゃない。私を何だと思っているのよ」


シズアを想う自分の気持ちを分かっていないとアニスは憤慨する。


「だったら一緒に行ってくれるよね?」

「うー、シズさぁ、随分とずるくない?」

「私、悪女を目指しているんだもの。駆け引きは上手くないとね」


うふふと笑って舌を出すシズア。

そんなシズアの姿を見て、アニスは諦めた。


「分かったよ、シズ。私も行く。だけど、風向きが変わったら引き返すからね」


幸いにして今、それほど強くはないものの、泉の向こう側から風が吹いている。つまり、獣達が戦っていた現場よりもこちらが風下なので、自分達の匂いが獣達に届くことはない。

獣達に気付かれない範囲で行動する。それがアニスの妥協点だった。


「うん、それで良いよ。ありがとう、アニー」

「くれぐれも警戒は怠らないでよ」

「分かってるって」


先に歩いているシズアの後から、何物の気配も逃すまいと神経を研ぎ澄ませているアニスが付いていく。


残念ながらアニスは探知系の魔法を知らなかった。足音で位置を把握する土魔法、遠くの音を拾う風魔法、大気の動きから物を感じる風魔法、遠見の光魔法があるらしいとは耳にしたことがある。しかし、実演して貰ったことが無い。これまで探知系の魔法の必要性を感じたことがなかったし、実際にやってみてとお願いし易かったのが攻撃や防御など戦いに関係する魔法だったこともある。


これまではそれで良かったとしても、冒険者になるからには探知系魔法も覚えないととアニスは心のメモに書き込んだ。

そして当座はそれらの補助なしでシズアを守らないといけない。なので、何かが襲って来ても直ぐに対応できるようにと必要なところに魔力を分散させておく。つまり、視力強化のために目に、聴力強化のために耳に、敏捷性向上のために脚に、腕力強化のために腕に。その結果、自分自身の身体の守りが疎かになるが、攻撃は最大の防御だ、怯まずに前に出て行くしかないと覚悟を決める。


そうして泉の岸辺を一周の四分の一程度進んだところで、アニスの耳がそよ風に揺れる森の草木の音とは違う、小さな音を拾った。


「シズ、待って」


声を掛けられたシズアは、アニスが襲撃の気配を察知したと考え、その場で身構える。


「あ、ごめん、襲撃じゃない、と思う。小さな鳴き声が聞こえたから」

「鳴き声?」


シズアも黙って耳を澄ませた。

しかし、鳴き声のような音は聞こえてこない。

アニスの聞き間違えではと言い掛けたところで、アニスが動いた。


「あっち」


アニスは鳴き声が聞こえた方向へと森の中に足を踏み入れていく。

少し進んだところで一旦足を止める。


「こっちの方だと思うんだけど」


辺りを見回すが、それらしい影は見えない。


いや、血の匂いがする。

風が運んで来たその匂いを嗅ぎ取り、アニスは風上を目指す。


「アニー、この匂い」


シズアも気が付いたようだ。

前に進めば進むほど、匂いが強くなっていく。


クゥーン。

また聞こえた。今度は近くだ。

アニスが音のした方に目をやると、大きな木の根元にある茂みの脇に血の跡が見えた。

注意深くその茂みの葉を避けて下を覗き込む。


「いた」


「何がいた?」


シズアが隣に来て、アニーの見付けたものを確認する。


「グレイウルフの子供じゃないかな?」

「魔獣の子供ってこと?」

「多分」


小さなグレイウルフは生まれてから半年くらいだろうか。ウサギよりか一回り大きい程度だ。瞳は半開き、脇腹の辺りが怪我で血まみれになっていて、ぐったりしている。

今にも死んでしまいそうだ。


「助けられないかな」


アニスがポツリと呟いた。


「え?まだ子供だけど魔獣だよ」


シズアが驚いた声を出す。


「そうなんだけど、この子なら大丈夫そうな気がして」


根拠のない我儘のようなものだとアニス自身も自覚していた。でも、何故かこのグレイウルフの子供が気になる。


アニスが魔獣を助けようとするなんて初めてだ。魔獣なんて危険としか考えたことがなかったが、アニスがそうしたいならシズアは構わないかなと考えていた。万が一のことがあっても、きっとアニスが何とかしてくれる。アニスはシズアよりずっと強いから。


シズアは溜息を吐いて、アニスを見る。


「良いよ。でも、どうやって助ける?この状態だと動かすのも危険だよね」


頷くアニス。


「ここで何とかするしかない。でも、私の魔力じゃ足りないんだよなぁ。一応試してみるけど」


アニスは魔獣の子供に向けて掌を(かざ)して呪文を唱え出す。


「御身に宿りし命の力、我が光と共に死を遠ざけよ」


そこまで唱えたところで、アニスはがっくりと項垂れた。


「駄目だったの?」


シズアは魔法の紋様が見られない。だから魔法が発動できたかが分かっていない。もっとも、失敗したことはアニスの様子から一目瞭然だが。


「魔力を沢山必要とする魔法は、魔力が足りないと紋様が出て来ないんだよ。だから呪文を唱えるしかないんだけど、結局それでも紋様は出なかった。やっぱり私にはハイヒールは使えないや。この傷は深すぎてヒールじゃ治らないだろうし」


「それなら、どうする?」


シズアに問われてアニスは悩む。

改めて試したが、やはりアニスでは魔力量が足りない。

一方、シズアについては魔力量なら十分に過ぎる程なのだが。


「アニー、私がやってみようか?」


シズアの提案にアニスは曖昧に微笑む。


「失敗するかも知れないけど、良い?」

「良いよ、勿論。何事もやってみないとよね?」


まったくその通りだ。


「じゃあ、お願い」


アニスはシズアに場所を空けるため、立ち上がって後ろに下がる。

そこにシズアが入り込んで、しゃがむ。そして傷付いた魔獣の子供に手を翳しながら呪文を唱える。


「御身に宿りし命の力、我が光と共に死を遠ざけよ」


そして一呼吸してから力ある言葉を口にする。


「ハイヒール」


しかし、何も起きない。

シズアが後ろを振り返ると、アニスが悲しそうに首を横に振る。


「そう」


シズアは結果を受け入れた。


「アニーは私が何魔法と相性が良いのか分かってるんだよね」

「うん、まあ、見当は付いてる」


アニスは(うつむ)き加減で答えた。


「どうして分かるの?」


「魔力に色が付いているから。その色と魔法の属性とが合わないと魔法が発動しないみたいなんだよね」

「だから私は火魔法や光魔法が使えないんだ。それで、私の魔力って何色なの?」

「緑。だから風魔法」


残念ながら風魔法の系統には治癒魔法が無い。シズアでは治癒できないのだ。


「私の魔力が光の色だったら良かったのにね」


シズアが残念がる。


「魔力自体は透明だよ。あと、魔力の元になる魔素も。魔力って体から外に出るところで、その人の得意属性の色に変わるみたいなんだよね。だから魔法の得意属性が違っても、二人が体を触れ合っていれば魔力の受け渡しができるんだよ」

「そう?だとしたら、私がアニーに魔法を送り込んで、アニーが治癒魔法を発動すれば良いんじゃない?」


それを聞いたアニスの顔がエッとなる。


「私の魔力量以上の魔法が使えるのかなぁ」

「やってみないと分からないよね?グズグズ言わないで、ここに座る」


煮え切らないアニスの態度に、シズアがお姉さんモードに入ったようだ。

シズアが脇に寄ってアニスを招くと、アニスは渋々の体でしゃがむ。すると、シズアがアニスの左手を両手で包んだ。


「それじゃあ、行くよ」


シズアの言葉と共に、左手から魔力が大量に入って来る感覚があり、アニスはうわぁとなった。


先日はアニスの方が強制的にシズアから魔力を吸い取ったので何ともなかったが、今回は逆だ。余りの感覚にアニスは身悶えしたくなる。


「シズ、もっとゆっくりにして」


堪らずアニスが懇願するが、シズアは申し訳なさそうな顔になる。


「ごめん、まだ調整できないから我慢して」


ひえーと思いながらアニスは治癒魔法に集中することにした。

右手を怪我のところに翳し、シズアの方からやってくる大量の魔力をその掌の先へと集めていく。


「御身に宿りし命の力、我が光と共に死を遠ざけよ」


呪文を唱えると魔法の紋様が掌の向こう側に現れた。これならいけそうだ。


「ハイヒール」


力ある言葉と共に紋様から光が生まれ、グレイウルフの子供を包み込む。

アニスは左手から右手に流れていく魔力の感覚に悲鳴を上げそうになりながら、魔獣の子供の様子を観察する。傷が徐々に癒えていく様が目に入ってくる。そして、遂には傷がまったく見えなくなった。


「シズ、終わったから手を離して」


シズアはアニスの願いを直ぐに聞き入れ、アニスの左手を解放する。


「助けられたのかな?」


傷は癒えたものの、横になったままの魔獣の子供を心配そうに見つめるシズア。

アニスはそっと魔獣の子供の背中から脇腹に掛けて撫でてみる。手にごつごつとして骨の感触が伝わって来る。


「凄い痩せてる。お腹が空いているんじゃないかな」


アニスは収納サックから一羽の兎を取り出すと、魔獣の子供の鼻先に置いてみる。

魔獣の子供は鼻を引くつかせると、餌の匂いを嗅ぎ取ったのか、兎に喰らい付いた。そして、それを平らげるときちんとお座りの姿勢になり、バウッと一回吠えた。


「何この子、お行儀が良いね。何を言っているのかは分からないけど」


シズアが感嘆の声を上げた。


「んー、何となくだけど、『ご馳走様。美味しかった。もう一つ頂戴』って言ってる気がする」


アニスは収納サックからもう一羽の兎を取り出すと、魔獣の子供の前にぶら下げる。


「欲しい?」


アニスの問い掛けに、魔獣の子供はもう一度バウッと吠える。


「じゃあ、あげる」


魔獣の子供は、アニスが兎を目の前に置くまでの間、ジッと待っていた。そして、アニスが兎から手を離すと、前に出て食べ始める。


「お行儀が良いね。アニーの言うことが分かるみたいだし。で、この子、これからどうする?家に連れて帰るの?」

「うーん、それが問題なんだよね」


アニスも助けた後のことまでは考えていなかった。

普通に考えると、家で魔獣を飼うなんて許可が出るとは思えない。


「ともかく一度、父さん達に相談してみよ」


ここで悩んでも仕方が無いとアニスは割り切った。


「それしか無さそうね」


シズアも同意する。


アニスはもう一度、魔獣の子供に向き合う。


「悪いんだけど、両親の許可が出ないと家には連れていけないんだよね。それまでは森の中で頑張っていてくれるかな?兎くらいは自分で狩れるよね?」


どこまで分かってくれているのやらとアニスは思ったが、魔獣の子供がもう一度バウッと吠えると大丈夫そうな気がしてきた。


グレイウルフの子供は立ち上がり、アニス達に背を向ける。


「私達以外の人には見付からないようにね。狩られちゃうから」


アニスの心配そうな声が届いたのかどうなのか。返事もせずに森の奥へと消えていった。


「また会えるかな?」

「何となく、会えそうな気がする」


アニスはグレイウルフの子供の姿がまた見えないかと、いつまでも森の奥を見詰め続けていた。


シズアはアニスを姉だと思ってはいるものの、たまに自分より年下に見えてしまうことがあるみたいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ