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妹大好き姉の内緒のお手伝い  作者: 蔵河 志樹
第五章 アニスとシズア、初めて旅に出る
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5-1. 間話・エルザは近況を報告する

ザイアスの街の薬屋兼魔具屋の店主、エルザ・サルトレイは真夜中、灯りを手にして地下への階段を降りていた。


エルザはワインが好きだ。ザイアスの街に来て店舗兼住居の建物を手に入れた時に、直ぐに地下を掘らせそこをワイン蔵にしたほどだ。


そのワイン蔵には、領都を経由して取り寄せた各地のワインも入れていたが、半数以上は地場のワイン。ザイアス周辺にもワイナリーは幾つかあるし、それらのワインの味もエルザは好きだった。

なので遠方からの来客には、貯蔵してある地場のワインで持て成すのをエルザは通例としていた。


片や、遠方から取り寄せたワインは街の有力者と話をする際の手土産に使う。ザイアス子爵であるアルバート・スペンサーや、冒険者ギルドのギルマスであるガザックなど。ただ、商業ギルドのギルマスのジェームズについては、ドワーフだけあって強い酒の方が好きなので(もっぱ)らブランデーだ。


そんな訳で、エルザはワイン蔵を趣味と実益を兼ねたものとして有効に活用していたし、街の知人達もエルザの店の地下にワイン蔵があるのは、当然のこととして受け入れていた。

が、その知人達にしても、地下に通じる階段の下に、隠された小部屋があることは知らなかった。


地下に降りたエルザは階段の裏側へ回り込み、隠し扉を開いてその小部屋に入る。

小部屋にある物と言えば、小さな机と椅子。机の上には布をかぶせた魔具が一つ置いてあるだけだった。


エルザは魔具にかぶせていた布を取り、魔具の様子を確認する。


「着信は無いみたいね」


まだ予定の時刻には早いことから無くて当然ではあるものの、それを確認すると一旦小部屋から出てワイン蔵へ行き、昨年物の地場の赤ワインを一本とグラスを持って小部屋に戻ってきた。


それから椅子に座り、ゆっくりとワインを味わいながら、着信を待つ。

目の前の魔具は、対話の鏡と呼ばれるものだ。時空魔法を付与した高価なもので、手に入れられるのは上位貴族や大商人に限られる。

それをエルザが持っているのは、主人から貸与されたからである。


程なくして、魔具の下部の小さなガラス玉のようなものが橙色に点滅し出した。着信の合図だ。

エルザは魔具に魔力を流して通信機能を有効にする。


「エルザですか、久しぶりですね」


魔具から聞き覚えのある声が聞こえて来た。だが、画面は暗いままだ。相手側の魔具の画面に布をかぶせて見えないようにしているのだろう。

相手を考えれば当然だと思うと同時に、エルザの身体に緊張が走った。


「王女様ですか。直接お話いただけるなんて、勿体無いことです」


エルザの相手は通常は連絡係の担当者だ。王女の密偵は各地にいるし、それらの密偵との定時連絡のすべてに王女が対応するのは物理的にも無理がある。

ただ、必要と考えれば、王女は直接話をすることも(いと)わない。


王女は形式よりも合理性を重要視する。身分の差にも囚われることなく、必要なことを的確に実行するのを信条としている。エルザはそうした考え方に共感したからこそ、王女に仕えることにしたのだ。


「前置きは不要です。プラナラ子爵のご子息の救出に動いたのが魔女かどうか分かりましたか?」


相変わらずの直接的な物言いの王女。


「プラナラ子爵邸に入っている者の報告では、子息の救助に当たった者達は『暁の光』と名乗ったそうです」


「『暁の光』と言えば、魔女との関係が噂される組織の一つですね」

「はい。以前から事あるごとに名前は出て来るものの、なかなか実態が掴めない組織です」


暁の光はエルザの調査対象リストにも含まれているが、ザイアスの街の周辺で情報収集している中で、その名前が出てきたことは殆ど無い。


「子爵の屋敷に現れた者の中に魔女らしき人物がいたかどうかは?」

「今回現れたのは二名だけで、その内の一名の変装は見事なものだったとのことですが、それ以外に普通の冒険者と違う点は見当たらなかったと。変装だけで魔女だと断定するのは難しいように思います」


「それはその通りですね。他に情報はないのですか?」


エルザは少し迷ってから、返事を口にした。


「そうですね。これはザイアス子爵の屋敷からの情報ですが、賊に狙われた少女とその姉の姉妹は例の賢者と知人であり、『暁の光』が動いたのも姉の方が賢者に相談した結果との話がありました」


「魔女との繋がりがあると思われている賢者ですか」

「はい」


その賢者も調査対象に含まれている。とは言え、これまで目だった動きは確認されていない。

ポーション作りのアドバイスが欲しいと言う名目で何度か会った際の印象は、取っつきにくい人物であるなと言う程度の物。エルフは人嫌いとの通説もあり、それを考えれば普通なのかも知れない。

ただそれを踏まえると、アニスのような人間の子供が相談しに行ったところで賢者が動きそうにも思えず、賢者を通じて暁の光が動いたとの情報もどれだけ信じたものか悩ましい。


「少女の姉は、プラナラ子爵に依頼されて賢者に会いに行ったのですか?」

「いえ、妹が呪いに掛けられて直ぐに自分の判断で賢者のところに向かったようです。その後、ザイアス子爵家へ(おもむ)き、プラナラ子爵のところにいる妹を迎えに馬車を出して欲しいと依頼したと聞いています」


「そうなると、『暁の光』が動いたのは少女の姉の依頼に()るということ?まあ、貴族の依頼で動くよりも少女の依頼で動いたと言われた方が魔女らしいですし、その方が私達としては喜ばしいですけれど、『都合の良い解釈に目を奪われてはならない』わね」


その引用は記憶にある。


「アーサー・ミーツの言葉でしたね。スオウ・チダヤの探偵小説の主人公の」

「ええそう、その通り。分かって貰えていて嬉しいわ」


王女がスオウ・チダヤ著の探偵小説がお気に入りなのは、仲間内での常識だ。


スオウ・チダヤは、幾つかのシリーズ物の探偵小説を書いているが、王女は特にアーサー・ミーツが主人公のシリーズを好んで読んでいる。王女との会話では、たまに物語の内容にまで話が及ぶことがあるので、新刊が出ればエルザも目を通すようにしている。


アーサー・ミーツは貴族ではない。王都にある商会の次男だ。対象としている事件も、街中での事件が多い。そういう意味でアーサー・ミーツの話は平民向けであり、貴族の読者は少ないと思われるのに、王女は愛読している。

エルザはそれを王女が平民の暮らしにも興味を持っている証だと好意的に捉えていた。


それはともかくとして、「都合の良い解釈に目を奪われてはならない」という発言は、アーサー・ミーツがある事件を調べていて、一緒に捜査していた憲兵が集めた情報から犯人を推測したことに対して言った言葉だ。


その言葉には先があった筈と、エルザは頭を巡らせた。


「確か、その続きは『断片的な事実や証拠には様々な向きから光を当てられるが、往々にして影ができる。すべてを照らせるのは真実の光だけだ』でしたね」


「ええ。都合の良い思い込みを(いまし)めた名言です」


正解できてエルザはホッとする。


今、王家の中は第一王子派、第二王子派、第一王女派の三つの派閥で争っている状態だ。

王女が怖れているのは、魔女が自分とは別の派閥に肩入れすること。

なので、それとは違う話になるのであれば歓迎すべきことではある。しかし、自分達の都合の悪い部分から目を背けていないか、そこはきちんと吟味する必要があると、王女は示唆しているのだ。


「そうした点で考えると、少女の依頼だけで組織が動くのか。そこが問題のように思います」

「賢者が少女の依頼を後押ししたかも知れませんよ?」

「それにしても賢者の動機が分かりません」


エルザは主人に反論したいのではない。お互いに相手の主張の穴を探って判断を間違えないようにしているのだ。


「エルザ、こうは考えられないかしら。賢者は子供好きで、その少女と懇意であったとか。賢者から二輪車や算盤を教えて貰ったのもその少女ではなかった?」

「はい。それは姉だけでなく妹もですが。ただ、何故その姉妹なのかと言う疑問は残ります。街には他にも大勢の子供がいるのですから」


「エルザのそういう慎重なところが好きよ。それなら、少女達のどちらかが賢者の弱みを握っていると言うのは?」

「そんな十歳かそこらの少女が賢者の弱みを握るなんてあり得ない――あ、いえ、『あり得ないのではない、観察と考察が足りないのだ』でしたね」


エルザは反論の途中で王女の口癖のようになっているアーサー・ミーツの台詞を思い出し、自分で自分に突っ込みを入れた。


「正にそう。もう少し調査が必要そうね。お願いできる?」

「はい、と言いたいところですが、その少女達は旅に出ると言っています。火の精霊を探し出して契約したいと。なので、南側から火の山へ向かうことを勧めておきました」

「あら、試練の道へ?面白そうね」


王女の声が弾んでいる。


「殿下、まさか行く気ではないですよね?」


鏡の向こう側で男性の声がした。王女の秘書官だろう。これまで黙っていたのに口を出したと言うことは、王女は相当乗り気な表情を見せているに違いない。


「あら、まだそんなこと言っていないでしょう?それでエルザ、その少女達はいつ頃あそこに到着するかしら?」


その質問からして行く気満々そうだと思うエルザ。

「何でも、ワイバーンと同じくらい早く飛べる乗り物を作ったと言っていました。なので、早ければ一週間も掛からないのではないかと。もっとも、少女達にとって初めての旅のようですので、少し寄り道をする可能性を考慮すると二週間かそこらでしょうか」


「ワイバーンをテイムするのではなくて乗り物を作ってしまうところがまた素敵ね。あの辺りには誰がいたかしら。エルザ、少女達の情報を共有しておいてくださる?」

「畏まりました」


エルザは向こうが見えないにも関わらず(こうべ)を垂れた。

秘書官の苦り切った表情が思い浮かべられ、顔のニヤつきが抑えられないので丁度良い。


「では、本日はこれで」

「失礼いたします」


エルザは頭を下げたまま、右手を前に出して鏡の通信機能を止めた。


「ふう」


王女相手だと、どうしても緊張で身体が強張(こわば)ってしまう。


エルザは軽く伸びをすると、引き出しからアルバムを取り出して、王女の指示に従って仲間内に配るアニスとシズアの写真を物色し始める。二人の写真は先日ポーション作りを教えたときに隠し撮りしたものがある。


二人が王女と出会ったらどんなことになるのか、自分の目で見ることは叶わないのが残念だが、後で秘書官から聞き出そうと心に決めるエルザだった。


写真の話が出て来ましたが、フィルムカメラで撮った物か魔法のカメラで撮った物かは不明です。少なくともデジカメではありません。


さて、第五章が始まります。


第三章と同じく間話からですが、ここに出てきた人が本編に登場するのは何話になるのでしょうか、お楽しみに。


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(2023/12/29追記)

行間の取り方を5-2.以降と合わせました。

加えて一部表現の見直しもしてます。

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