4-19. アニス達は常識を教える
アニスは目の前の女性を見ながら考える。
この女性が魔女なのは間違いがない。相手から魔女の力を感じるからだ。でも、おかしいと思うこともある。日頃、サラやタキからは魔女の力は感じない。その力を使おうとしない限り、力が漏れ出してくることがないのだ。
なのに、この女性が今、力を使って何かをしているようには見えない。
もう一つ、おかしいこと。それは、魔力量が多い状態で安定していることだ。魔女は魔力を作れるから魔力量を多く見せかけられるのだが、本来体内で魔力を保持できない。だから減っては増やすを繰り返していて魔力量が不安定に見えるのだ。しかし、この女性の魔力量は安定している。
サラやタキと同じ魔女だと思われるのに、サラやタキとは違う存在。魔力量の違いはあっても魔力量が安定しているという点ではアニスに近いのだが、アニスのような魔女見習いとも思えなかった。
ではなぜ、見習いでもない魔女が迷子に?
「えーと、あの、私はアニス。貴女の名前は?」
「トキノ」
自分の名前は覚えているようだ。であれば、記憶喪失ではなさそうだが。
「ここがどこか分からないみたいだけど、どうしてここに来たかは覚えてる?」
「精霊の森を抜けたら、ダンジョンがあった。入ってみた」
となると、ここがダンジョンの中だとは分かっているのか。しかし、精霊の森を抜けてきたとはどう言うこと?
「トキノ、貴女、冒険者証は持っていて?」
イラがトキノの目の前で自分の冒険者証を翳してみせる。
「持ってない」
「やはり、そうでしたか」
「やはり?どういうこと?」
アニスには状況が掴めず、言葉を挟んだイラを見る。
「精霊の森の奥には、隠れ里があると言われているの。偶に森を抜けてこちらに人が来ることがあるのですけれど、当然のようにこちらの常識を知らないのよ」
「なるほど」
流石はイラ。この辺りを治める領主の娘だけある。
「それで、貴女、これからどうしたいの?精霊の森の奥の里に戻りたい?それとも何かやりたいことがあって?」
「人を探してる」
至極真面目な表情でトキノが答える。
「どなたですの?」
「同郷の男。春告草と言うパーティーにいる」
「お名前は?」
「分からない」
「その方にお会いしたことは?」
「ない」
トキノは相変わらずの表情で、冗談を言っているとも思えない。
が、返事の内容は良く分からない。
「会ったこともない人を、何故探そうと?誰かに頼まれましたの?」
「依頼じゃない。一刻も早く見付けて結婚する。赤ちゃんが欲しい」
それまで表情を変えずにいたトキノだが、「赤ちゃん」のところで嬉しそうな顔になる。
これは本気だ。
何故見知らぬ男と結婚する気なのかは不明だが、本気なのは間違いがない。
そうアニスは感じ取り、それはイラも同様のようだった。
「分かりましたわ。冒険者ギルドに行きましょう。あそこなら探し人の情報があるかも知れませんし、それにトキノは冒険者登録をした方が良くてよ」
イラが視線をトキノに向けると、トキノは素直に頷いた。
それから四人はダンジョンを出て、二輪車で街へと向かう。
トキノはイラの後ろへ。
初めて見る二輪車に、乗る時は恐る恐るなトキノだったが、街の門の前で降りる時にはいたく気に入っていた。
「これ、欲しい」
乗って来た二輪車を指差して、トキノはイラに告げる。
「これを作れるのはアニス達よ。お願いするなら、私ではなくてそちらの二人になさいな」
イラに話を振られたアニスは、腕組みをして唸る。
「新しく作るとなると一週間くらい掛かるけど、待って貰える?」
上目遣いにトキノの顔色を伺うアニスだが、案の定、トキノは首を横に振った。
「待てない」
「だよねー」
まだ行動を共にし始めてから大した時間は経っていないものの、トキノが先を急ぎたがっていることをアニスは十二分に感じ取っていた。
「代わりの物を作って貰えるなら、今のこれをトキノにお譲りしても良いですけれど」
「イラ、良いの?」
「一週間くらい魔力二輪車が使えなくても問題ないわ。でも、無料でとは言えなくてよ」
「ん?」
話が通じていないのか、トキノが首を傾げる。
「お金が必要だと言っているのだけど、分かって?」
「お金って何?」
一瞬、沈黙の時が流れた。
結婚だ、赤ちゃんだと言っていたことから十分大人だと考えていたため、お金を知らないとはアニス達にとって予想外だった。
隠れ里ではお金を使っていないのだろうか。いや、今それを追究したところでトキノの状況が変わる物でもなく、まずはお金のことを理解させないといけない。
「他人から物を得る時に対価として渡すものがお金よ。貴女、家族以外の人達と一緒に住んでいたことは無くて?」
最初に立ち直ったのはイラだった。
「ある」
「その時、食べ物はどうしていまして?」
「獣は自分達で狩った。畑で作った野菜は、皆が家に持って来てくれた」
「野菜を貰う代わりにやっていたことはありませんの?」
問われたトキノは、顎に手を当て、宙を睨みながら考える。
「時々現れる魔獣を退治すると皆喜んだ」
それを聞いたイラは、ホッと安堵の溜息を吐く。
「そう、何かをして貰ったら、何かをしてあげる。知った仲ならそれでも十分ですけれど、知らない人相手の時は、して貰った何かに対してお金を対価として払うのですわ」
そして、イラは銀貨を出してみせた。
「これは100ガルのお金、私達は銀貨と呼んでいるわ。大体食堂での食事一回分。宿に泊まるなら500ガルかそれ以上のお金が必要ですし、この魔力二輪車はもっと沢山のお金が必要になってよ」
「でも私、お金持ってない」
困惑するトキノ。
「今はそうでしょうけれど、貴女、魔獣を倒していたって言ってましたわよね。冒険者になれば、冒険者ギルドが倒した魔獣を買い取ってお金にしてくれますわ」
「魔獣なら持ってる。精霊の森で戦った。見てみる?」
トキノが背負っていた収納サックを下ろし、口を開いてイラに見せようとする。
「アニス、貴女が見てあげて」
「へ?何で私?」
急に振られたアニスは、戸惑いながらもトキノから収納サックを受け取り、中を確認した。
「あー、なるほど。と言うか、こんなのが精霊の森にいるの?」
「迷い込んだらしい」
「そなんだ」
納得したアニスは、顔を上げイラとシズアに笑いかける。
「お金は何とかなると思うから、冒険者ギルドに行こう」
四人は連れ立って、街の入口から冒険者ギルドへと歩いていく。
トキノは物珍しそうに周囲の街の様子をキョロキョロと見ていた。
聞けば、これだけの人が集まっているのを見たのは初めてだとのこと。
これでも街としては最小規模なのだけどとアニスは思う。
冒険者ギルドに到着すると、アニスは真っ直ぐナンシーのカウンターにトキノを連れていった。
「こんにちは、アニス。そちらは?」
「この人は、トキノ。冒険者登録をして欲しいんだけど」
「あら、これまで冒険者登録したことがないのですか?」
ナンシーが見ると、トキノは頷いた。
「ない」
「それでは、年齢をお伺いしても良いでしょうか?」
流石にトキノが十歳未満とは思えなかったが、ギルドの規則に従ってナンシーは質問を投げ掛ける。
即返事が来るかと思いきや、トキノが考え込んでしまう。
「んー、二十歳?」
何故か疑問形だったが、答えが得られたのでナンシーは気にしない。訳アリの人物なんて、世の中には沢山いるのだ。
「神官学校の認定証があれば冒険者試験は免除になるのですが――」
認定証など持っていないだろうことは容易に予測が付くだろうに、手順書通りに質問をする真面目なナンシー。
「ない」
「はい。では、剣技と魔法のどちらかで冒険者試験を受けていただくことになりますが、どちらになさいますか?」
「剣技は剣を使わないといけない?」
「いえ、槍でも短剣でもお好きな武器をお使いいただけます」
「素手でも?」
「ええ、それは構いませんが」
「なら素手で」
「畏まりました。剣技で受験ですね。では試験官を――あれ?ギルマス、何かありましたか?」
ギルマスのガザックに気付いたナンシーが声を掛ける。
「いや、面白い娘っ子達が、見知らぬ顔を連れてきているから何かと思ってな」
「こちらの方は、冒険者登録されたいとのことです」
「それでこれから試験なのか?試験は不要だと思うんだが」
ガザックは一目見て、トキノの実力を見抜いたようだ。ギルマスの肩書は伊達ではない。
「マニュアルにはそんなこと書いてありません。少しでも手合わせはしないと駄目です」
飽くまで手順書通りを主張するナンシー。
「そうか?なら俺がやるか」
相手が正しいと分かっているので、ガザックも妥協するしかない。
そんなガザックに向けて、アニスが口を開く。
「ねぇ、ガザック。手合わせの相手はガザックじゃないと駄目?」
「別にそんなことはなかったと思うが」
ガザックは助けを求めるようにナンシーに目を向けた。
「はい、試験は少なくともギルド職員が立ち会えば良いことになっています」
視線の意図を汲んだナンシーが補足する。
「なら、私が相手をしたい」
「あぁ、俺はそれで構わない。二人の手合せに俺が立ち会おう」
話が決まり、全員でギルドの訓練場へと移動を始める。
「試験はアニスとの勝負?」
歩きながらトキノが尋ねて来たのに対して、アニスは首を横に振る。
「戦う技量を見るだけだから、勝ち負けは関係ないよ。トキノは私の練習相手をするくらいに思ってくれれば良いから」
「そう」
その説明で理解してくれたらしく、トキノは前を向いた。
そんなトキノを見ながらアニスは思う。トキノとの手合わせで、今の自分の強さを知ることができるだろうかと。
お金のことも知らないのに、ガザックが一目見て実力者だと分かる人。そういう人もいたりするんです。
しかし、お金のことを真面目に教えようとすると結構大変ですよね。
続きは早めに更新予定です。




