4-18. アニスとシズアは忘れ物を採取したい
「さあ、小ダンジョンに向けて出発するわよ」
ザイアスの街の入口で威勢よく声を上げているのは、冒険者姿のイラだ。
自分の二輪車に跨り、アニス達を振り返っている。
「いいよ、イラ。準備できてる」
アニスとシズアも二輪車だ。二人一緒に一台の二輪車に乗っている。使っているのはアニスの物、前に座っているのもアニス。
イラはアニスの返事に頷くと、前を向いて二輪車を走らせ始めた。アニスも直ぐその後に続く。
アニス達は前日にプラナラ子爵の別宅から戻って来ていた。イラが別宅に到着したのは二日前。つまり、イラが別宅に留まったのは一泊だけだ。
その一泊した日の朝、プラナラ子爵の息子エリオットが一人で別宅の門の前に姿を現した。
聞くと、直ぐ近くまで誰かに連れてきて貰ったそうだ。それも、ワイバーンのような空を飛ぶ魔獣に乗って。
魔獣の種類が分からないのは、移動中ずっと目隠しをされていたから。別宅の近くまで連れてきてくれた人物についても、フードを目深に被り目を黒い布で覆っていたために人相はまったく不明で、声色から女性らしかったとしか分からない。
ただ、エリオットが告げた人物の風貌は、別宅に現れた「暁の光」を名乗る者達とそっくりだったので、プラナラ子爵は暁の光がエリオットを救助し連れてきてくれたのだと判断したようだった。
ともあれ、エリオットが無事に帰って来たのを見届けた後、アニス達はザイアス子爵家の馬車に乗り、別宅を後にした。
シズアに付き添う形で別宅に留まっていたアマンダ達も一緒に。
そのアマンダ達とも街道との分岐点で別れている。
アマンダ達はプラナラ方面へ、アニス達はザイアスの街へ。
そしてザイアスへと戻る馬車の中で、次は何をしようかと話をしていた時に、シズアがバアブの木の採取のことを思い出し、イラも同行したいと言ったことからこうして三人で小ダンジョンに向かうことになったのだ。
「ねぇイラ、冒険者パーティーの仲間を置いて来ちゃって良かったの?」
アニスがイラにそう尋ねたのは、小ダンジョンの入口となっている古い祈祷所の建物の前でのこと。
「構わなくてよ。今日は神殿学校がある日ですから、クラウ達にはきちんと授業を受けて貰わないと」
「それってイラもじゃないの?」
「いえ、私はこれまでも家の用事で休むことはありましたし、必要なら家庭教師を呼べば済む話ですもの。だから問題なくてよ」
そうか、家庭教師を雇えるのか。流石はお貴族様だとアニスは思う。
「それに」
「それに?」
イラの返事は終わっていなかったらしい。
「貴女方とパーティーを組んだら面白そうだと思いましたの。貴女、秘密があるのではなくて?」
「な、何のことかな?」
心当たりがあり過ぎるアニスだが、イラにバレるようなことは何もしていない筈。
「あら、シラを切らなくても良いですのに。まぁ別に今話して貰わなくても構わなくてよ。いざ危機に陥った時に、隠していた力を発揮して私達を助けてくれれば」
「何でそんな話になるの?」
「一昨日馬車の中でそういう物語を読みましたの。お姫様が留学先の隣国へと向かう途中で不運にも凶悪な魔物に襲われてしまう。その窮地を救ったのがいつもは冴えない一介の王宮騎士。彼は強力な魔法の力で魔物を倒しましたの。でも、その魔法は禁断の古代魔法。それが使えると知られてしまったからには一緒にいられないと、彼はお姫様の前から姿を消してしまったのです。その彼をお姫様は忘れられず、捜索の旅に出て遂には彼を見付けて二人は結ばれたというお話」
「いや、ちょっと待ってよ、イラ。それだと私は秘密を明かしたらイラの前から消えないといけないことになっちゃじゃない。と言うか、そもそも私は男じゃないし、イラとは結ばれないし」
どんな話に付き合わせるつもりなのかと、腹を立てるアニス。
「あら、私相手でなくても構わなくてよ。シズアだったらどう?貴女、シズアのこと好きでしょう?」
「勿論シズのことは好きだけど、その話、一度別れる前提じゃない。私、シズから離れる気は無いからね」
「そうなの?ドラマ性があった方が面白いのではなくて?」
「他人の人生にドラマ性を求めるのは止めて貰える?イラの方が貴族なんだから、私達より余程面白いことが沢山あると思うんだけど。イラが読んだ本だって貴族のお話だよね」
アニスの反論にイラは顔を曇らせる。
「私からすると、貴族は見栄を張ったり、派閥争いをしたりで面白い要素がまったく見当たらないのよね。冒険者として世界中を巡った方が余程面白いことに出会えそうに思うのですけれど」
「もしかして、貴族は面白くないからイラは冒険者になったの?」
「そうね。それに家に閉じこもっているのは好きではないですし。まあ、物語のことは置いておいても、貴女は私に面白いことを見せてくださるのではないかと、期待していてよ」
「そんなに面白いことにはならないと思うだけど」
そもそもアニスが魔女であると知ってしまったら、イラの命が危ない。面白がっているどころの騒ぎではないのだ。
「ともかく、行こ?」
そろそろお喋りも終わりで良いだろうと考えたアニスは、シズアを引き連れて建物に入ろうとする。
「ええ、良いわ」
イラが大人しく付いて来たので、アニスはそのまま先頭に立ってダンジョンの一層へと下りていった。
一層は二輪車で駆け抜けた。アニスが賢者のところに行こうとダンジョンを出た時と同じだ。その時と違うところは、周囲の様子を確認するのにウィンドサーチだけでなく魔女の力の眼も使ったことと、アッシュを呼び出して先導させたことだ。
呼び出されたアッシュは、喜び勇んで先頭を切って走っていった。
一層の床は石畳で平らなので、二輪車を走らすのには好都合ではあるものの、迷路になっているために曲がり角が多く、そんなに速度を上げられない。
それでもアニスはアッシュに引き離されないように懸命に二輪車を操縦する。ただ、先が見えていないであろうイラが事故を起こさないよう、曲がり角の先で用心が必要なところでは速度を落とす気配りを忘れなかった。
二層も二輪車で移動した。少しくらい遠回りでも森を避けて草原を走った方が早いと判断したためだ。
ただ、草原には曲がり角はないものの、石畳のように平らではないので、結局それ程速くは走れない。シズアならそれでもお構いなしに飛ばしそうだが、アニスはそうはしない。
それでも歩くよりずっと早く、バアブの林に到着したのはお昼よりまだまだ早い時間だった。
「これがバアブの木なのね」
シズアは上を見上げていた。
バアブの木は、先端には葉が生い茂っているものの、途中には殆ど小枝が無い。数メートルの高さがあるものの、幹の太さは数センチほどだ。
「これなら使えそう?一本、切ってみようか?」
「うん、そうして貰える?」
シズアの要望を受けて、アニスは収納サックから鋸を取り出す。バアブの木を切るならと、ヴィクトルに貸して貰った目の細かい鋸だ。
その鋸を使い、一番手前に生えていた一本のバアブの木を根っこに近いところで切ってシズアに渡す。
「どう?」
アニスからバアブの木を渡されたシズアは、両手と膝でバアブの木が折れないかを試してみる。さらに、バアブの木を地面の上に置き足で踏み付けた状態でその両側を手で持って引き上げてみるが、それでもバアブの木は少ししなる程度で、折れる気配はなかった。
結果に満足したシズアは、アニスに笑顔をみせる。
「これ、使えそう。ねぇアニー、後何本か切って貰える?えーと、全部で五本あれば良いかな?」
「分かった。あと四本だね」
「ねぇ、私にも同じだけ切って貰えないかしら?」
「ん?何に使うの?」
アニスが振り返りながら目を細めてみせるが、イラは澄ました顔で微笑んでいる。
「また何か面白い物を作ろうとしているのではなくて?私も一緒に来たのですから、その素材を手に入れる権利はありますわよね?」
「そんなこと言ってるけど、シズ、どうする?」
「別に良いんじゃないかな。バアブの木はこうしてダンジョンの中に生えていて、誰でも採取できるんだし」
何となく素材の話だけで終わるとは思えないアニスだったが、シズアの意見ももっともだ。
「そうだね。だったら、私の分も切っておこうかな」
結局、使えないものがあった時のための予備にとアニスは全部でニ十本を切り出した。
そして、それだけのことをやって、漸くお昼の時間になる。
バアブの林を眺めながら草原の上で持って来たお弁当を食べ、それから、三人はダンジョン一層に繋がる洞窟へと戻ることにした。
イラは魔獣と戦いたい様子ではあったが、既に今回ダンジョンに来た目的は達成している。余計な危険を冒すことほど愚かなことはないとイラも分かっていたので、反対はせずにアニス達に従った。
だが。
「今日は何も起きませんでしたわね」
一層に繋がる洞窟まであと少しのところまで来た時、二輪車を走らせながらイラは残念そうな感想を漏らす。
「ここのダンジョンの二層で何かが起きる方が問題だと思うけど」
並走するアニスが至極まっとうな突っ込みをするが、イラの表情は変わらない。
「それでも問題が生じてしまうのが、冒険と言うものではなくて?」
「だから、イラくらいの実力のある人に二層で冒険の要素なんて――」
そう言い掛けたアニスの口が止まった。
「どうかして?」
「いや、何でも」
言葉を濁しながら、アニスは先の方に神経を集中させる。
アニス達が向かっている洞窟に何かがいる。いや、それが何かは分かっていたが、何故そこにいるのか、理由が分からない。
アニスはイラに忠告したものかと考えるが、正確なことは言えないし、どの道そこには行くのだから、なるようにしかならないと腹を括る。
いや、念のために釘は刺しておかないと。
「アッシュ、先に攻撃しちゃ駄目だよ」
バウッ。
そしてアニス達が洞窟の前に着いたとき、丁度それが洞窟から出てきたところだった。
見た目は女性の冒険者。
栗色の髪を簪でまとめており、年齢は二十歳前後だろうか。落ち着いた様子で隙がなく、熟練者と思わせる雰囲気を漂わせている。
その女性をアニスがまじまじと見詰めていたことから、女性と視線が合ってしまう。
関わり合いを避けるなら自分の視線を逸らすべきだが、そうなると女性の注意がシズアかイラに向いてしまうかも知れない。いや、彼女の注意は自分に向けないと。アニスは敢えて女性の視線を受け止め続けた。
それが故に、女性はアニスが相手をしてくれると考えたのだろう。アニスに近付くと、躊躇いがちに口を開いた。
「あのう」
「何ですか?」
相手を警戒していたため、語気が幾分か荒くなってしまう。
「ここはどこ?」
「は?」
想定していなかった問いに、参ったなとアニスは思った。
見知らぬ魔女がダンジョンの中で迷子とか、どういう冗談なのだろう。
ようやくバアブの木を手に入れられましたね。
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とは言え、若干、登場人物達に振り回され気味ですが...。




