4-15. 間話・ペーターは誤算に苦しめられる
ペーターは困り果てていた。
「何処で間違えたんでしょう?」
途中までは予定通りだった。
プラナラの街で経験の浅い冒険者を雇い、何だかんだと理由をつけてザイアス方面に進む。そこでダンジョンに行きたいと言って案内を付けさせる。
ザイアスの街の冒険者でダンジョンの案内などと言う安い依頼を受けるのは神殿学校の生徒くらいであることは、事前の調べで分かっていた。
その神殿学校の生徒では受けられないのが泊まり掛けの依頼だ。
夜のダンジョンに潜って星爪コウモリを捕まえたい。そのための案内役は自ずと限られる。
そして目的通り、あの姉妹の冒険者パーティーを雇うことができた。
そして、シズアにわざとトリモチをぶつけ、相棒のパティにそれを取らせるついでにシズアの髪を一房切り取って貰う。
その髪を呪具に納めて呪いを発動させれば、シズアは動けなくなる。
少なくとも、そこまでは予定通りだった。
いや、賢者を呼びに行くと言い出したアニスに罠付きの魔具を渡して送り出すなんて、出来すぎだと思ったくらいだった。
何しろ、賢者はあの忌々しき魔女と呼ばれる存在の協力者だろうと仲間内で噂されていたからだ。
我々にとって魔女は敵なのだが、その実態はまったく掴めていない。
それまで耳にしていたのは、王国や帝国内に反魔導国を理念に掲げる組織があることと、魔女達が協力者を通じて、その組織を支援しているらしいこと、それと魔女達が優秀な魔具職人を集めているらしいと言うことなど。
それらの情報の中で、迷いの森の賢者は魔女達の協力者と言われていたのだが、なかなか表に出てこないために、いるのかいないのか分からない存在だった。
そんな賢者をアニスが知っていると言った。まさに渡りに船とはこのことだと思ったくらいだ。
だが、その直後から予定が狂い始めた。
最初の誤算は、アニスが野営地から出掛ける前に契約魔獣を呼び出したことだ。
アニスに契約魔獣がいるらしいと言う情報はあった。しかし最近、その魔獣を連れ歩く姿が目撃されておらず、契約が解除された可能性もあるとの噂もあった。
実際、ダンジョンに入るときもアニスは契約魔獣を伴ってはいなかったので、ペーターも安心していたのだ。
それがあんなに成長したグレイウルフだったとは。
しかも、契約魔獣はアニスの指示を忠実に守り、片時もシズアから離れることがなかった。
その魔獣が子爵の別宅まで何も食べずにいるのを見て、睡眠薬入りの肉をアマンダ達に渡して眠らせ、眠った隙に無理やりにでもシズアを別室に運んで隠してしまうことも試みたが、それも失敗した。
このままだと昼になればやってくる運び屋にシズアを渡すことができない。
それは不味いとペーターは頭を抱えた。
「ねぇダーリン。今はまだ作戦中なのだから、過去を悔いるよりこの先どうするかを考える方を先にしないと」
ペーターの呟きにパティが助言を与える。
「ええ、パティ。確かにその通りなのでっす。問題はあの契約魔獣をシズアからどう離すかなのですが」
「この際、少しくらい強行手段に出ても良いんじゃない?私達二人掛かりなら、倒すこともできると思うのだけど」
「そうですね。となると、冒険者達が問題ですが」
「依頼は終わりと言って追い出してしまいましょうか?子爵の威光を使えば、渋々でも従うと思うのだけど」
子爵は失敗できないからと、この別宅に来ていた。とは言え、アマンダ達とは食事を共にしていないので、彼らはここに子爵がいるとは思っていない筈だ。だからこれまでの成り行きでこの別宅に留まっているが、子爵がいるとなると気を使うだろう。
「はい、少し強引ではありますが、背に腹は代えられないのでっす。子爵のところへ行くのでっす」
ペーターはパティと共に部屋を出て、子爵の部屋へと向かう。
途中に出会ったメイドに訪ねると、応接間にいると言われ、来客がいたのかと首をかしげながら、そちらへと行き先を変える。
応接間の前まで来たとき、来客がいるなら帰るまで待つつもりでいたのだが、扉の前に立っていた執事が中に入るようにと二人を促したので、案内に従い部屋に入る。
それが不味かったようだと気づいたのは、部屋の中に佇んでいる来客の姿を見たときだった。
来客は二人、いずれもフード付きのマントを羽織り、フードを目深に被っている上に黒い布の目隠しまでしているため、表情どころが誰なのかも分からない。
「どなたです?」
ペーターが問いかけると、子爵は曖昧な表情を浮かべた。
「えーと、まあ、何だな。歓迎せざる来客と言うところか」
子爵が視線を向けると、二人は同時にお辞儀をした。
「我々は暁の光と言う」
来客の一人が口を開いた。
「暁の光?聞いたことがあるのでっす。反魔導国の組織の一つだったと思うのでっす」
返事をしながら、緊張する。なぜ今このタイミングで反魔導国の組織の人間がここに来るのか。
「知ってくれているなら話が早い。我々の目的は想像が付くと思うのだが」
「何の話か良く分からないのでっす」
「そうか?娘を一人、魔導国に運ぼうとしておるのではないか?」
「何か誤解があるようなのでっす」
今のところ誘拐の事実はない。知らぬ存ぜぬで何とかなるだろうとペーターは考えていた。
「ダンジョンの中で、具合の悪くなった娘を受け入れていると耳にしたのだが?」
「それはダンジョンの中に居続けるのは危険だからなのでっす。具合が悪くなった原因は、不明なのでっす」
「そうか?お主の持っておる収納袋の中に、その娘を呪う呪具が入っておるとのことだか?」
ペーターは、その言葉を発した人物の目隠しの下から鋭い視線を受けた気がした。
「何を証拠にそんなことを?」
「証拠が必要と言うのなら、提示するのもやぶさかではないぞ」
「出せるものがあるのなら、出してみれば良いのでっす」
「フム。なら、そうさせて貰おうか」
気が付くとその人物のフードが目の前にあり、次の瞬間、ズボンのポケットが切り裂かれた。
直後、ポケットの中の収納空間に入れてあった物がすべて飛び出し、辺り一面に散らばった。
その散らばったものの中から、フードの人物は一つの呪具を取り上げる。
「これがそれだと思うのだが、どうだ?図星だろう?」
フードの影になっている口元が緩んでいるように見えた。
ペーターに対して勝ち誇っているのか、呪具を弄ぶように何度も掌の上で投げ上げている。
「もっとも、証拠とか我にはどうでも良いのだがな。我らは憲兵でも何でもないが故。だが、呪いは無理やり解くよりも、真っ当な方法で解呪する方が余程楽だ。そういう意味で、これは役に立つがな」
「貴方達がそれを奪ってあの娘を解放しても、子爵の子息が犠牲になるだけでっす。貴方達の働きなんて、所詮はその程度のことなのでっす」
最早なりふりを構ってはいられない。会話をしながら、どうすれば目の前の二人を倒せるかを考え始めた。
だが、フードの人物はペーターの様子に気付くことなく、肩を落として脱力している。
「はぁ、まったく分かっておらんのう。我らが犠牲を良しとするわけがなかろうに。まあ、お主達を自由にしておくと邪魔されるかも知れぬ故《ゆえ》、悪いが暫く牢屋で待ってて貰おうか」
「ふん、娘を渡さなければ、運び屋から直ぐに連絡が飛ぶのでっす。子息の命もそこまでなのでっす」
「だから娘を渡せば良いのだろう?ちゃんと連れてきておるぞ」
それまで黙ったままでいたもう一人の来客が、両手でフードを後ろに下ろし、マスクも外して素顔を晒してから、ペーターに向けて微笑んでみせた。
その顔を見たペーターは呆気に取られてしまう。隙を見て攻撃しようとしていたことも忘れ、開いた口を塞げずにいた。
前話で調べた時に、シズアが呪われた呪具の仕舞われているのが、ペーターのズボンのポケットに付与された収納魔法の中だと言うことが分かっていたということです。




