1-6. シズアは火魔法を試したい
火曜日の午後。アニスはシズアに魔法を教えるため、二人で連れ立って村の東にある森へと向かった。安全のために二人共腰に剣を下げ、胸当てなどの防具も着けている。そして背中には収納サック。収納サックは収納魔法が掛かった背負いサックでウサギなら10羽は楽に入るくらいの容量がある。9歳の誕生日に両親からプレゼントされた物だった。
ところで何故月曜日ではないのか。
それは、月曜日の午後にアニスを村に連れて行ってくれる人がいなかったからだ。大抵は村の人の誰かは街に来ているのだが、たまに誰も来ていないことがある。太陽が南東に差し掛かる辺りで誰もアニスを連れに来ないと、マーサが父と連絡を取りあってどうするかを決めることになっていた。
昨日の場合はマーサの宿で一泊することとなって、アニスは家に帰れずじまいだった。
マーサの宿の料理は美味しいし、朝もいつもより遅くまで寝ていられる利点があるものの、アニスにとってはシズアの顔が見られないことが大問題だった。
本当にどうしても帰らないといけないようなことがあれば父が迎えに来てくれるが、流石に往復で二時間の道のりを自分の我儘のためだけに辿って欲しいとも言えず、大抵の場合、アニスは我慢するのだった。
なので翌日の午後、家に帰ってシズアの顔を見たアニスは、大はしゃぎだった。
シズアの今日も魔法を教えて欲しいと言うお願いに、まずは魔力操作からなどと固いことは言わず、ほいほいと了解したほどだ。
だが、流石にどこで魔法を教えるかについては頭を使った。シズアの魔力量が増えたことはまだ両親にも話していなかったし、アニスが様々な魔法を使えることも両親や村の人達は知らない。だから人目に付く場所は避けたかった。
この辺りの野外で人目につかないところと言えば、森か洞窟くらいしか思いつかない。このうち洞窟についてはシズアが火魔法をねだって来るので候補から外した。洞窟内では小さな焚火程度ならともかく、大きな火魔法はご法度だと冒険者から聞かされていたからだ。
森についても同様だった。木や草が沢山生えているところで火魔法は使えない。常識から考えれば、火魔法の使える場所は限られるのだ。どうしてそんな制限のある魔法をシズアは使いたがるのか。そこはアニスが理解に苦しむところではある。
とは言えシズアの希望だ。叶えてあげないととアニスは考える。
火魔法を使うなら水の傍が望ましい。となると、川か湖か。
アニスは森の中に泉があったなと考える。あそこなら、多少大きな火魔法を使っても問題ないだろう。
アニスはシズアと森の中へと向かう。
森によっては盗賊のアジトがあったりして危険がある。しかし、この森は村のすぐ近くで村人達の目があるし、たまに大人達が森の奥まで巡回している。だからそこまでの危険は無いと考えられていた。
勿論、野生の猛獣や魔獣が現れる可能性はあるがそれを考えたらどこにも行けやしない。だから、大人達は生き抜くために最低限必要なことを子供に教え込むと、危険の低い地域に出掛けることをよしとしていた。
その最低限ルールの中には、二人以上で行動することが含まれている。
アニス達は、泉に向かう途中でウサギを何羽か見つけた。そのウサギの足元に土魔法で穴を開けて落とし、剣で突いて仕留める方法でアニスは易々とウサギを狩る。
「アニスってばズルいよね。そんなに簡単にウサギを狩っちゃって」
羨ましそうに呟くシズア。
「このやり方は、父さんに習ったんだよ。だから父さんもできるよ」
「え?じゃあ、アニスは父さんに土魔法が使えるって言ってるの?」
シズアの疑問にアニスは首を横に振った。
「ううん、言ってない。穴を掘るところは父さんにやって貰ってたから。聞いてるだけでも呪文は覚えられるからね」
それを聞いたシズアの目が細くなる。
「もしかして、同じようなことを他の人にもやって、呪文を覚えたってこと?」
「そうだよ。私の魔力が多くないのは皆知ってるし、子供だし、あまり警戒しないでやってくれるよ」
「アニーってば、悪女ね」
その言葉は、何故か少し感心したような口調に聞こえた。
「そうでもないと思うけど」
「ううん、悪女。アニーのそう言う悪女っぽいところ好きかも」
「そ、そうなの?それは嬉しいなー」
どうしてシズアが悪女を好きなのかは不明だが、シズアに好きと言われてアニスは喜んだ。
でも、女の魅力じゃなくて、子供の未熟さを使っているので、悪女と言うよりも小悪魔なのではと思わないでもないアニスだった。
そんな会話をしながら、さらにウサギも仕留めながら、森の中を進み、二人は泉に行き着いた。
泉と言っても向こう岸まで数百メートルはあり、結構広い。
「ここでなら火魔法を使っても問題ないよね。ねえ、アニー、火魔法の呪文を教えてよ」
シズアの目が輝いている。こんなシズアに相性の良い属性の確認をしようとは言い難い。
結果が分かっているだけにやり難いが、まずは教えるしかない。
「えーと、シズはファイアも知らないんだっけ?」
「前に教えて貰ったことがあるかも知れないけど、どんな魔法も魔力少なくて使えなかったから覚えてないよ。覚えてたら、とっくに試してるって」
「そか」
しかし、試すにも場所を選ぶ必要があるわけで、ところ構わず試すって話ならシズアに魔法を教えるのは危ないかもと心配になる。
「シズ、魔法を使って良い場所かどうか、正しく判断できるよね?」
「できるに決まってるじゃない。私、大人だったこともあるんだよ」
「あー、それもそうか」
若干シズアの目が泳いだ気がしないでもなかったが、アニスは良いことにする。
シズがゼンセで正しい判断力を身に付けてくれていると信じよう。信じる者は救われるのだ。
「それじゃあ、ファイアをやってみようか」
アニスが呪文を教え、シズアが唱える。
「ファイア」
シズアが前に掲げた掌から、シズアの顔の大きさ程度の炎が出て、消える。
「―――」
少し間が空いてからシズアが呟く。
「こんなものなの?」
どうコメントしたものか、アニスは悩む。
「焚き火は起こせそうだね」
「攻撃に使いたいんだけど」
「使い方次第ではこれでも十分役に立つと思うんだけどな。相手の体の中で火に弱そうなところを焼くとか。矢じりに火を点けて火矢として飛ばすとか」
「そんなの使い方が地味だって。私はもっと派手に火魔法を使いたいの。こうドーンと。分かる、アニー?私は火魔法にロマンを求めているのよ」
力説するシズアに、これは駄目だとアニスは諦めの境地に至る。
「ねえ、シズ。どうしても派手な火魔法が使いたい?」
「うん、使いたい」
念のためにと確認してみたが、シズアの意志は固い。
「シズが火魔法を使えるようになる方法、私、一つだけ知っているんだけど、それってかなり難しいよ」
「どんな方法なの?」
シズアは飽くまで前のめりだ。
「火の精霊を見付けて契約する」
「それだけ?」
「それが大変なんだってば、シズ。まず精霊が見付からない。精霊は、こういうところにいることもあるらしいんだけど、大体は魔力の元になる魔素が多くある森や山に集まっているんだよ。だからそこまで行かないといけないし、さらには精霊を見付けたとしても、シズが精霊に興味を持たれないと契約してくれないから」
アニスが熱心に説明するのを頷きながら聞いたシズア。
「難しそうなのは分かったけど、諦める理由にはならないよ」
まあ、そうだろうなとアニスも思っていた。
「うん、分かったよシズ。火の精霊を探しに行こう。でも、それだったら冒険者になった方が良いと思う。精霊のいるところはここから遠いから。冒険者ギルドに入れば、情報が手に入るし、冒険者宿を割引きで使えるし、途中で依頼を受けてお金を稼いだりもできるし、必要なら他の冒険者とパーティーを組めるし」
アニスの提案にシズアも頷く。
「確か冒険者ギルドは10歳から入れるんだよね?」
「そう。だから10歳になると父さん達が剣をプレゼントしてくれるんだよ」
「だったら、冒険者になろう、アニー」
「うん」
二人の目には、やる気が漲っていた。
そんな時、泉の右手から唸り声のような物音が二人の耳に入って来る。
危険の予兆を感じた二人は、咄嗟に剣に手を掛け身構えた。
シズアの火魔法に限らず、この世界では相性の悪い属性の魔法は幾ら魔力量があってもほんの少しの威力しか出ないのです。