4-14. 間話・アマンダは意思の疎通に苦労する(後編)
アマンダが目を覚ましたのは明るくなったからではなく、誰かが脚を叩いていたからだ。
それが誰かと思って足元を見れば、アッシュが自分の足を鼻で叩いていた。
「おはよう、アッシュ。何かあったかね?」
アッシュの様子に不安を感じたアマンダがシズアのベッドに目を向けると、シズアは寝かせた時のままそこにいた。
ならばアッシュは何をしたいのだろうか。見ると、今度はチャウの毛布を剥がして起こそうとしている。
チャウも起きると、部屋の扉の前で一声。
バウッ。
すると部屋の扉が開いてマイケルの顔が見えた。
「おはよう、マイク。見張りをしててくれたのかね?」
「実はジェフと交代でと思っていたんだが、寝てしまっていた。ん?アッシュは何をしようとしてる?」
アッシュはアマンダを扉の方に押し、さらにチャウにも同じことをした。
「今さっきアッシュに起こされたんだが、何をしたいのか分かるかね?」
マイケルはウームと唸る。
「何となくだが、部屋から出ろって言ってるんじゃないか?」
バウッ。
すかさず吠えるアッシュの様子に、マイケルが得意げになる。
「どうやら当たったみたいだ。アマンダもチャウも部屋から出よう」
アマンダ達が部屋から出ると、アッシュも一緒に部屋から出る。そしてマイケルが扉を閉めると、黙って扉の前に座り込んだ。
「誰も入るなと言うことかね?」
「ああ、人払いだな。他の奴も入れない方が良いと思うぜ」
アマンダ達は、扉の前に黙って佇んでいるしかなかった。
* * *
シズアが一人、ベッドの上で寝ているだけの部屋の中は、がらんとして静かだった。
そこに突然、人の姿が一つ現れる。
ローブのフードを目深に被っているために顔は分からない。
「アッシュはちゃんとやってくれたみたいだね」
小さく呟いたその声色は女性のもののように聞こえた。
その人物は音を立てずに歩き、シズアの寝ている横に移動する。
「呪いの元を見付けるから、もう少し我慢してて」
シズアに優しく語り掛けると、その人物は自らの瞳に魔法の紋様を現出させる。
「さて、呪いはどこから来ているんだろう?」
発動させた呪力眼でシズアを観察すると、纏わりついている呪いが見て取れた。その呪いの痕跡を辿っていけば、呪いの元が見付けられる。
だが。
「呪いの痕跡が切れてる。となると、呪いの元は異空間にあるってことか」
呪いの元を異空間に置くのは、痕跡を辿り難くするための常套手段だと教わった。
「時空呪力眼を使うのかぁ。練習はしたけど、今一つあの感覚には慣れてないんだよなぁ」
ぶつぶつ言いながらも、瞳に映る魔法の紋様を切り替える。
現れたのは時空呪力眼の紋様。魔力眼、闇魔法に加えて時空魔法への適性がないと使えない。
「えーと、呪いの元の呪具が収納袋かなんかに入ってるって感じだね。で、収納袋の中の異空間の歪みがあるところが取り出し口で、それがどこに繋がっているかって言うと」
それまでの間は、呪いを良く観察しようと前屈みになっていたのだが、すべてを見終えたのだろう、満足そうに頷いた後、姿勢を正して腰に手を当てる。
「なるほど。まあ、想像通りだったけど、これで確実だね。じゃあ、報告に戻らなくちゃ」
と、そこでそっと右手をシズアの身体に乗せる。
「ごめん、もう少しだけ我慢して」
それはシズアに向けた言葉だったが、声は小さく、シズアの耳に届いたかどうかは分からない。
しかしその人物はそれで満足したようで、少し下がってベッドで眠るシズアを暫く眺めていた。
そして最後に部屋の中を一通り見回して、立ち去る準備を始める。
その時、ベッド脇の床の上に、皿に盛られた肉片があることに気付いた。
「アッシュ、食べなかったんだ。どうしてだろうって、あ、これ睡眠薬が仕込んである」
皿の前にしゃがみ込んで肉片を鑑定すると、混ぜられた睡眠薬が鑑定に引っ掛かった。
「まったく油断も隙もないよね。でもだとすると、アッシュは食事をしてないってことか。可哀想だから取り替えてあげようかな」
その人物は収納サックを下ろし、睡眠薬入りの肉片をサックの中に入れると、代わりに別の肉を取り出して皿の上においた。
「アッシュももう少しだからよろしくね」
再び立ち上がると、もう一度部屋の中を見回し、それ以上は特に気になるものもないと判断したらしく、そのままフッと姿を消した。
* * *
廊下で待機していたアマンダ達は、それまでじっと座ったままだったアッシュが立ち上がり、部屋の扉に寄りかかる仕草を見せたことに驚く。
「アッシュは今度は何がしたいのかね?」
「扉を開けろってことじゃないのか?」
マイケルが扉のノブに手を掛け少し開くと、アッシュが体重を乗せて扉を押し開き、部屋の中へと入っていった。
それを見たアマンダ達も、ぞろぞろと部屋の中へと入って様子を探る。しかし、特に変ったものは見付けられない。
いや、一つだけ。
アッシュが皿の上に置かれた肉片に嚙り付き、モリモリと食べ始めた。
「どうしてアッシュは肉を食べているのかね?さっきまで見向きもしていなかったのに」
「良く分からないが、誰かがここに来て肉を取り替えたんじゃないか?俺らが部屋を出る前とは違って、新鮮な色をしているだろう?」
「え?じゃあ、誰かに餌を取り替えさせるためにアッシュは私らを部屋の外に出したってことかね?」
どうにも魔獣の行動原理が理解できないアマンダは、マイケルに説明を求めてしまう。
「いや、餌を取り替えたのは何かのついでじゃないのか?見たところ、部屋の中もシズアにも変わったところは見られないから、何しに来たのかは分からんが」
「そうか。何なんだろうな」
相変わらずアマンダは首を傾げたままでいた。
そんなアマンダに対し、マイケルはもう少し想像力を養った方が良いのではと助言しようか考えていた。
そもそも、アッシュに指示を出せるのが誰か、それまでシズアの傍にべったりだったアッシュがシズアから離れても問題ないと判断したのはどうしてかを考えれば、アマンダ達を追い出した部屋に誰が来たのか、答えは自ずと明らかじゃないかとマイケルは考えていた。
でも多分、それは口にしてはいけないこと。そう推測していたマイケルは、だからそのことをアマンダに指摘するのは控えていたのだった。
マイケルは空気を読んでいますね。まあ、直接当人に指摘をしても、しらばっくれると思いますけれども。




