4-11. アニスは賢者を頼りたい
アニスはダンジョンの一層で、出口に繋がる階段に向けて二輪車を走らせていた。
途中に魔物がいてもすべて無視。
一層に到達する前、二層の草原も二輪車で一気に走り抜けていた。
ともかく急いで賢者のところに行くのだ。
階段に辿り着くと二輪車を収納サックに仕舞い、上へと階段を登っていく。急ぎたいところではあるが、二層から一層への階段で走った結果、途中で息切れしてしまったこともあり、速足程度に留めていた。
それでも、地上に到着するまでの時間はいつもよりずっと早かった。
祈祷所の建物の外に出て、再び二輪車を取り出し、それに跨る。
空は随分と明るくなっているものの、まだ日は昇っていない。
ふと周りを見れば、建物の脇に馬車が停められ、その横に馬が三頭杭に繋がれているのが目に入った。アマンダ達が乗って来たものだろう。
安全のために結界が張ってある。二層でテントの周りに張っていた結界と同じものだ。
今後旅に出て野宿をするかもしれないとこを考えると、自分達も幾つか結界の魔具を用意しておきたいなと思う。しかし、今はそれどころではない。
アニスは魔力を籠めて二輪車を走り出させた。
遺跡から街道に出て左へ曲がり、少し走ったところで今度は右へ。迷いの森へ向かう緩い坂道に入る。
上り坂のために二輪車の速度が落ちるが、アニスは加速することなく、そのままの速度で進んでいく。
「これが私の魔力の限界だからね」
誰かに話し掛けているような独り言を口にするアニス。
「いや、独り言じゃないから。誰かさんに話し掛けているんだってば」
はぁ、そうですか。何か用ってことです?
「シズが呪われた時に何か見て無いかと思って」
見ていたとしても話しませんよ。貴女と契約している訳でも無し、貴女達の見張り番でもないですからね。ただの語り手なんです。
「だったら語り手らしく、私達が寝ていた時の様子を語ってよ。『二人が寝ているテントに人影が一つ忍び込んで来た』とか何とか」
まったく貴女は妹のこととなると見境が無くなりますね。
とは言っても、何も見ていませんよ。貴女方のテントに忍び込んで来た人影は無かったですし、他にもこれと言って変ったこともね。
「うーん、そうかぁ。でも、そうなるとどうやってシズのことを呪ったんだろう?」
それは賢者とでも話してください。語り手は検討会には参加しませんよ。
「あー、そうだったね。うん、そうする。私達が寝てた時のことを教えてくれてありがとう」
人の役に立つことに特段の感慨もありませんが、感謝は素直に受け取っておきましょう。
「何か捻くれているね」
精霊に人の価値観は当てはまりませんよ。それに魔女もね。
「それ、賢者様が助けてくれないだろうって言ってる?」
さぁ、どうでしょうか。
そんなことより、そろそろ運転に集中した方が良いのでは?急ぐのでしょう?速度が落ちてきていますよ。
「悔しいけど、その通りだね」
アニスは気合を入れ直して推進板に注ぎこむ魔力の量を増やす。
雨水が流れて道の凸凹が深くなったこの一帯を越えた後、坂が少し緩くなってくれば賢者の家はもう直ぐだ。
アニスの運転する二輪車が坂道を登り終わり、賢者の家の近くに到着した時には、太陽は既に地平線の上まで昇り切っていた。
相変わらずの魔女の結界による偽装で、賢者の家はまったく見えない。
結界の入口の位置は大体は見当がついているが、一歩間違えれば精霊の森に迷い込むことになってしまう。今ここでそんな賭けをするつもりはアニスには無かった。
「あのー、賢者様ぁー、お願いがあってきましたぁー。お話させて貰えませんかぁー」
声の音量を上げるための魔法を発動させてから、賢者の家のあるだろう方角へ叫び声を上げる。
それから暫くの間、アニスは何かが起きるのを待っていた。いつもならサラが出てくるのだが、今日はその気配もない。
「いないのかな?」
アニスは困った。ここに来れば必ず賢者に会えると思っていたのだ。でも考えてみれば、賢者が一歩も外に出掛けずに、ずっと家にいると言われたこともない。
しかし、いないとなるとどうしたものか。賢者以外でシズアに掛けられた呪いに対処できそうなのは賢者と同じ魔女であるサラだが、サラは火属性が得意な冒険者として活動しているため、人前で闇魔法を使うようなことはしないだろう。
それに賢者以上にどこにいるのか分からない。
そうしたことを鑑みるに、やはりここで賢者と会っておきたい。
一度で諦めずにもう一度呼び掛けてみよう。
アニスは改めてラウドの魔法の紋様を展開し、力ある言葉を発しようとした。が、その時、森の端の地面の一部が輝きを放つのが目に入った。
そこは丁度アニスが結界の入口があるだろうと考えていた位置だ。
「入って来いってことだよね」
何の説明も無いために若干の不安を感じたものの、辺りを警戒しながら輝く地面に足を踏み入れる。
輝く地面は半円形になっていた。その半円の直線部分が結界の境界線だろう。
そう考えたアニスがその直線部分を踏み越えると、アニスの視界に賢者の家が現れた。
家の前にはローブを羽織った人影がある。賢者であるタキが迎えに出てきてくれている。
「どうしましたか、アニス。こんな朝から」
穏やかな微笑みでアニスを迎えるタキ。
「賢者様に助けて欲しいことがあって。シズアが大変なんです。それで――」
話し続けようとするアニスを、賢者が手を挙げて押し留める。
「落ち着いてください。話は聞きますから。まずは中へ。ソファに座ってお話しましょう」
「はい」
タキに促されてアニスは家の中へ。
応接間に通されたアニスは、ローテーブルを間に挟み、タキと向かい合ってソファに座る。
そしてタキが出してくれた紅茶を飲みながら、これまでの経緯を一通り説明した。
「お話を聞く限りでは、お仲間の見立て通り、離れたところから呪いを掛けられたように思えますね」
「それで、呪力眼で呪いの元を見付けて貰いたいんですけど。賢者様なら呪力眼を使えますよね?」
「それは使えますけれど、ここを離れないといけないのですよね」
タキが悩ましげな顔をする。
「駄目ですか?」
「そうですね。留守番が欲しいところです」
アニスはどうしようかと考える。お願いする立場なので、無理を言う訳にもいかない。
「サラは?」
「用事があって領都に行きました」
「それじゃあ、私が留守番をします」
できることなら一刻も早くシズアの傍に戻りたいのだが、呪いが相手では役には立てない。ならばタキに行って貰った方が良い。
「私一人で合流できるでしょうか」
「それは大丈夫です。便利な魔具を借りて来ましたから」
アニスは収納サックから、対となる魔具の位置を教えてくれる魔具を取り出し、蓋の開け口をタキの方に向けてローテーブルの上に置いた。
「この箱の中の魔石に魔力を注ぐと、シズ達の位置が分かるんだそうです。沢山の魔力が必要と言われたので、自分では試せていませんけど」
「なるほど、探知の魔具ですか。一度試してみても?」
「勿論、良いですよ」
タキは魔具の蓋を開け、魔石の上に手を翳して魔力を注ぎ込み始めた。
「確かに沢山の魔力が必要なようですね」
タキは使う端から魔力を補っていたので、見た目ではタキの魔力は減っていない。しかし、相当な魔力を魔石に注ぎ込んでいるのは、アニスにも見えていた。
「ああ、位置が見えて来ました。小ダンジョンから出て、移動を始めているようですね。ん?」
何かの異変に気付いたのか、怪訝な表情になるタキ。
と、魔具の箱が力強く輝き出した。
「いけないっ、離れてっ」
タキが叫んだ直後、魔具の箱が大きな爆発を起こし、アニスもタキも諸共に賢者の家を破壊し尽くした。
えっ、どうなったんだ?と言うところですが、続きは次回になります。
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(2024/2/11追記)
「語り部」と「語り手」に直しました。まぁ、ちょっとした拘りと言うか、前の章では「語り手」としていましたので。




