4-5. アニスは許可を貰いたい
「ここの喫茶店、個室なんてあったんだ」
注文を終えたアニスは、物珍しそうに個室の中を見回す。
ここは神殿近くの喫茶店。以前、イラ達と来たことがある店だ。
前に来たときは一階の広いフロアのテーブル席に座っていた。今いる個室は二階にある。窓際の個室で、店の前の通りの様子が見える。
「神殿には様々な輩が来るからな。来客のもてなしやら、商談やら、こうした部屋にも需要があるのだ」
「今日みたく密談にも使えるしね?」
「ああ、魔女絡みだと言われたからな」
オドウェルの店を出た後、改めてサラはアニスをお茶に誘った。アニスは勿論誘いを受けたが、魔女に関する話をしたいと相談したところ、サラが選んだのがこの喫茶店の個室だった。
「それにしても、オドウェルって面白い人だったね」
アニスはホッと落ち着いて、背もたれに寄りかかりながら先程の魔具職人の店のことを思い返していた。
「我にとってはハタ迷惑な奴でしかないがな」
頬を膨らませるサラ。
「でも、サラ、オドウェルに言われた通りに着替えてたじゃない。てっきり仲が良いんだと思ってたよ」
「一般人相手にいきり立っても魔女らしからぬゆえだ」
サラは腕を組み、フムンと鼻を鳴らした。アニスには良く分からないが、魔女には魔女の矜持があるらしい。
「オドウェルは協力者じゃないってことなんだ」
「違うな。魔具職人で協力者にと声を掛けるのは、相当な腕がある奴だけだ」
「ゼペック爺みたくね。ねえ、私は魔具職人枠じゃないよね?」
サラの片側の眉が上がる。
「まったく何を言っておるのだ。お主の場合、こちらの都合などお構いなく押し掛けてきたのではないか」
「あー、まあ、そうだったね」
アニスはサラから目を逸らしながら肯定する。
少し調子に乗り過ぎてしまったかも知れない。話題を変えよう。
「サラはオドウェルのこと、前から知ってたんだよね?」
「うむ。顔見知りになったのは我がこの街に来てからだが、名前だけは耳に入っておったな。あやつは以前、王都の工房におったのだ。その後、子爵に誘われてこの街に来たらしいが」
「子爵様に誘われたってことは、優秀ってこと?」
「うむ。この街には魔具職人が一人しかおらぬからな。半ばお抱え職人として引っ張られたのだ。性格はともかくも、腕は確かだ。ん?何か可笑しいことを言ったか?」
サラが「性格」と発音する時に鬱陶しそうな表情と共に声を少し荒げたのがアニスには面白く、頬が緩んでしまっただが、それをサラに見咎められた。
「サラってばオドウェルのこと、迷惑な奴とか言う割には、職人としての腕はちゃんと評価しているから偉いなって思っただけ」
「腕の良い変人は見慣れておるゆえな。オドウェルはまだ可愛い方だ。それに場を弁えることもできると言う意味では真っ当に近い」
確かに子爵の屋敷では普通の人に見えていたよなとアニスは思い返す。
「サラはオドウェルが作業しているところを見たことはあるの?」
「ああ、あるぞ。奴はタキのところに相談しに来ることもあるしな」
タキとは迷いの森の入口に住んでいる賢者のことだ。街の人間は誰もが賢者様と呼ぶが、サラは仲間内での会話の際はタキと名前で呼んでいる。
「賢者様への相談って、付与魔法についてのこと?」
「そうだな。多層化の紋様をどうやって作り易くするかとかな。お主、オドウェルのところで付与魔法の紋様の設計図を見て気付くことが無かったか?」
そう問われて、アニスは店の工房で見た紋様を思い浮かべる。
「そう言えば、全部の層で何ヶ所か同じところに穴が開いていたよね。どうしてか不思議だったんだけど」
「その穴はタキと話をした後に始めたことだ。同じ場所に開けられた穴はガイド用の穴でな、一層ずつ作成した付与魔法の紋様を正しく重ね合わせるために使うのだ」
「へぇー、紋様って一層ずつ作れるんだ。壊れてしまわないの?」
「単に形が変化した魔石として扱えば問題ないのだぞ。お主、ゼペックから教わってはおらぬのか?」
サラが驚いた表情でアニスを見る。
「ううん。魔石は紋様を付与する時にだけ使うって教わったから」
「五層や七層もか?」
「そうだよ。例えば、オドウェルが設計してた紋様だけど」
と、アニスは左手の掌を上に向けた状態で前に出し、その上に三層の紋様を描く。
「で、真ん中の層を複雑度1で書き換えていって、上下の紋様に重ならないように円形にして、複雑度を2にして、3にして、さらに4にして」
話しながら、掌の上の紋様を変化させていく。
「そこで上下に空白の紋様を付け足してから、複雑度5にして、6にする」
紋様はどんどん複雑になっていくが、アニスは迷うことなく作業を進めていく。
「これで五層の複雑度6の紋様になったよね?この状態で紋様に魔石を流し込んで付与すれば完成だよ。今は付与しないけど。このまま変形していけば七層にもできるよ」
事もなげに話すアニス。
「ゼペックは、その方法しかお主に教えなかったのか?」
「うん、もうひたすら練習させられた。こんなの普通にできて当たり前だって言われてたから」
「そうか。まあ、ゼペックにとっては当たり前だったのかも知れぬが、それを当たり前にできる奴はそうはおらんと思うぞ。オドウェルも良いところ三層の複雑度2とか3くらいが関の山の筈だ」
「ふーん、そうなんだ。でも、慣れればできるんじゃないかな?」
「さあ、どうだかな」
サラが軽く溜息を吐く。
「どうやらゼペックの教えにも偏りがありそうだな。お主、他の者から学んでみる気はあるか?望むなら学究の楽園に入れてやらんでもないが?」
サラの提案は、普通の魔具職人なら飛びつきそうなものであったが、アニスは迷うことなく首を横に振った。
「良いよ。私はシズと一緒にいたいから。学究の楽園に行っちゃうと、シズと離れ離れになっちゃうよね。それに、付与魔法は面白いとは思うけど、シズと離れてまで極めたいものでもないし」
「まあ、お主ならばそう言うだろうとは思ったがな」
と、そこでサラが個室の入口に目を向ける。
その様子を見たアニスは、誰かが来たのだろうと口を閉じたままでいると、案の定、扉をコンコンと叩く音がした。
「何だ?」
「ご注文の品をお持ちしました」
「入って良いぞ」
サラの言葉で扉が開き、店員が入って来た。店員は優雅な動きで二人の前にケーキセットを並べ、そして「どうぞごゆっくり」とお辞儀をしてから出ていった。
「サラって人が来たのが分かるの?ウィンドサーチだと閉まっている扉の向こう側は分からないんだよね」
扉が閉められてから、アニスが疑問に思ったことを口にする。
「確かに風魔法では難しいな。土魔法に使えるものがあるのではないか?」
「そうか、そうだね。父さん知ってるかな」
「聞いてみるが良い。どの道、我らのやり方はお主には真似できぬからな」
「何かずるいよね、魔女って」
そう言いながら、アニスはケーキを一口頬張る。
「ある一面で見ればそうかも知れぬが、我らとて苦労をしておる。決して良いことばかりではないぞ」
サラはケーキを一切れ口に入れ、良く味わうと紅茶を飲んだ。
「それで?我に話があるのだよな?」
ゆったりしながらサラはアニスに水を向ける。
「うん、そう。これ」
アニスは収納サックから封筒を取り出し、サラに渡す。
「子爵様がそれに魔女のサインを貰ってくれって」
「何だ?あー、そう言うことか」
サラはざっと文面を読んだだけで、求められていることが理解できたらしい。
「スペンサー家と魔女との約束って何?」
アニスは子爵に聞けなかった質問をサラに投げる。
「王家直轄と同じようにこの地を治めよと言うものだ。王に従い、後継者争いには参加せず、その土地を守り続けることが、我らとの約束だ」
「どうしてそんな約束を?」
「ここは我らにとって重要な土地なのだ。しかし、表だって我らが統治はできぬゆえ、王家と約定を結んで、子爵領として貰ったのだ。そしてそこに当時我らの協力者だったスペンサー家を充てた。だが、我らは貴族とは付き合えんゆえ、奴らが子爵となって以降は、交流を持たなくなった。まあ、それでもこれまで問題はなかったのだが、今回はそうでもなさそうだな」
「貴族の間のゴタゴタとか?」
「そうとも言えるが、これまで王家の力で跳ね除けていた厄介ごとが、跳ね除け難くなったのだろう。王家で後継者争いが起きている上に、現王の力が弱まっておるようだ。体調が思わしくないことは我の耳にも入って来ておるからの」
「サラ達は何かするの?」
「王家に対してか?何もせんよ。我らは政治には不干渉だからな。ただ、約定を違えることがあれば話は別だ」
そう言った時のサラの目は、これまでになく真剣なものだった。
アニスは何時にもないサラの様子に恐れを抱いたものの、子爵からの依頼はこなさなければならない。
「子爵様には何て返す?」
「そうだな」
サラはペンを取り出して手紙の余白に何かを書き込み、アニスに返してきた。
それを受け取ったアニスは、書かれていた文字を読み上げる。
「『我らは静観する。状況は逐次協力者に伝えられたし、トゥリレ』」
読み終えたアニスは顔を上げてサラを見る。
「協力者って私のことだよね?これからも子爵様から連絡を受けろってこと?」
「そうだ。貴族に沢山恩が売れるぞ」
サラがニヤついている。
「え?もしかして、私のため?」
「他に何がある?奴らの動向なぞ、その気になればいつでも把握できるわ」
「そうなんだ。まあ、良いけど」
アニスは脱力して肩を落とす。
「ところで、最後に書いてある『トゥリレ』ってサラの本当の名前?数字の3だよね?」
「数字の署名は魔女の証。これで魔女からのものだと奴にも分かる」
「ふーん、分かった。じゃあ、これを子爵様に渡しとく」
手紙を元のように畳んで封筒に戻すと、その封筒を収納サックに収めた。
「配達は頼むが、急ぐ必要は無いぞ。事態はそこまで差し迫ってはおらぬ筈だ。余り早く渡すと簡単に連絡が取れると勘違いされかねぬしな。ここぞという時機を見計って渡すのが良かろう」
「何だか難しいね」
アニスは腕を組んで首を傾げる。
「駆け引きは覚えた方が良いと思うがな。期限は切られなかったのか?」
「三週間ってことになってる」
「なら二週間は放置しても良かろうて。ただ、持っていくのを忘れぬようにな」
「何か、今すぐ持って行った方が気が楽なんだけど」
他のことに夢中になってしまうと忘れてしまいそうで怖いのだ。
「まあ、そうしたいのなら止めぬが」
サラはケーキを食べる手を休め、紅茶を飲むを背もたれに寄り掛かる。
「時にアニス、お主達の商会のことが領都でも話題になっておるみたいだぞ」
「へえ、何か私達って凄いね」
有名人みたいで嬉しくなるアニス。
「まったく呑気なものだな。噂が広まると、どんな輩が接近してくるかも知れぬし、気を付けるのだぞ」
「うん、まあ、何かあっても私が何とかするよ」
「その意気や良しだが、お主も未成年だからな」
「分かってる。いざとなったらサラを頼るから」
その言葉を聞いたサラの目が細くなる。
「まず頼るべきは、お主らの保護者ではないのか?」
魔女なのにとても真っ当な意見を出して来たなとアニスは思った。
サラを親代わりに使おうとか、アニスは随分と逞しいですね。




