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妹大好き姉の内緒のお手伝い  作者: 蔵河 志樹
第四章 アニスとシズア、転機を迎える
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4-4. アニスは技術の進歩に目を見張る

アニスは門番が開けてくれた、大きな正門の脇の小さな通用門から通りへと出た。

んー、と一回大きく伸びをする。

アルバートとの会話の中で緊張は解けていったが、それでも慣れない相手で身体は強張ったままだった。

その話も終わり、屋敷の敷地を出て、漸く解放された気分に浸れている。


アニスは割りとダメ元で「貸し」の要求を出したが、アルバートはそれを呑んでくれた。

実際に何をやって貰うかは何も考えていない。ただ、冒険者にしても、商会にしても、それらを続けていけば、もしかしたらこの先、貴族の支援が必要となるかも知れない。

そう考えたアニスは、お金よりも貴族への「貸し」を選んだ。


アルバートもイラもアニスが頼めば友達としてやってくれるかも知れないが、そうした好意に甘えるよりも「貸し」があった方が堂々とお願いできる。

どのみちサラや賢者に会うのは大したことでは無いし、労せずしてお金を得るよりも「貸し」を得る方がアニスの性分に合っていたとも言える。


さて、アニスの目の前には芝生の広場が広がっていた。

屋敷の玄関から門までも距離があり、その間は広い庭になっていたが、屋敷の門の前も開けた空間となっており、街中でこれだけの敷地を使えるのはやはりこの土地の領主である貴族だからだろう。


けれど、アニスはそこに大きな感銘は受けていなかった。何となれば、自分の家の裏庭の先に続く牧草地の方が広いのだ。なのでアニスにとっては、この後どうしようか、との悩みの方が大きかった。


目の前の芝生を突っ切っても良いが、その先には建物があってどのみち真っ直ぐは進めない。なので、屋敷の前の道を右に行くか左に行くか。

結局、アニスは左に向かうことを選び、歩き始める。


屋敷を囲む柵沿いに歩くこと暫し、その先で柵が左に曲がるところ、つまり敷地の南東の角の物陰に、人が一人佇んでいるのに気が付いた。

背はアニスより少し低く、ツインテールでTシャツに短パン、皮の胸当て腰には剣を帯びた冒険者姿の女性。


「あれ、サラ、どうしてここにいるの?」


探す手間が省けたものの、偶然にしてはでき過ぎだ。


「誰かさんが子爵に呼び出されたようだから、少々気になってな」

「私のこと?まあ、好都合と言えば好都合だけど」


サラ達には子爵からの呼び出しについて知らせたことはないので、どうして知っていたのかと思わないでもなかったが、後で尋ねてみれば済む話とあっさり割り切った。


「ついてはアニス、我と茶でも飲みに行かぬか?」

「お茶?それは良いけど、その前に行きたいところがあるんだよね。付き合って貰っても良い?」


「どこへ向かうのだ?」

「すぐ近くだよ。魔具職人のお店」


アニスの返事にサラの顔がゲッとなる。


「この街で魔具職人と言えば一人しかおらぬが、お主、何故あ奴のところに向かおうとするのだ?」

「さっき、子爵様のお屋敷で会った時に耳打ちされたんだよね、お店に来ないかって。私、ゼペック爺以外の魔具職人を知らないし、折角だから行ってみたいと思ったんだけど」


理由を聞いて納得したのか、サラは諦め顔で溜息を吐く。


「確かに他の魔具職人の技を知っておくのも勉強にはなるか。だが、奴のところにお主一人を向かわせるのはちと心配よの。うむ、我も同行しよう。行くぞ、アニス。店はこっちだ」


行くと決めると、サラは直ぐに歩き始めた。

アニスは慌てて追いかける。


サラが選んだ道は、子爵の屋敷沿いの北向きの道。アニスが進もうとしていた道に直角に交わっている道だ。

えっ、そうなの?とアニスは疑問を持ちつつもサラと共に歩いていく。

暫く進むと右に伸びる分かれ道があり、それを道なりに進むと左側に目的の店があったことで、アニスの推測の方が間違っていたのだと気付かされた。


そんなアニスの心の動きを知ることも無く、サラは店の扉を押し開ける。

扉の上部に取り付けられた小さな鐘が鳴り、その音で客が来たことが分かったのであろう、奥から「はーい」と声がした。


店員が出て来るまでの間、どんな売り物があるのかとアニスは店の中を見渡してみる。

棚を見れば、加熱のためにファイアが付与された携帯コンロ、水を出すためにウォーターが付与された水筒、灯りを点けるためにライトが付与された懐中電灯。涼しくするクールや暖かくするヒートが付与された上着やズボン、スカートなども並んでいる。


「ファイアの付与?いや、それだけではないような?」


手を出さずに眺めているだけでは魔法の紋様は見えないので、試しに携帯コンロに鑑定を使ったところ、ただのファイアの付与ではなさそうに見えた。


「そいつには、出力固定化に長時間化の技法が使われているようだな」

「あ、本当だ」


サラから知識をを得たことで、鑑定で得られる情報が増えた。


「どうやっているんだろう?」

「魔力の流れを制御するのだと聞いたことがあるが。お主、習っておらんのか?」

「習ってないよ。私、基礎くらいしか教わってないから」

「ふむ」


サラは何か言いたげな表情ではあったが、店員が出て来たのでそれを口にすることはなかった。


「お待たせしましたー。って、あーら、サラちゃんじゃない。ここのところご無沙汰だったけど、どういう風の吹き回し?」


店員は、確かに先程子爵の屋敷でサラに付き従っていたオドウェルだったのだが、言葉遣いが女性っぽく、なよっとした動き方をしている。子爵の屋敷の時はそんな印象ではなかったようなと思いつつも、あの時は緊張していて余り記憶に残っていない。


「アニスがお主に呼ばれたと聞いてな。お主の毒牙から護るために付いて来たのだ」

「毒牙って何よ、人聞きの悪い。アタシは悪人ではなくってよ」

「迷惑な奴ではあるがな。お主、まさか忘れてはおらぬよな?我に奇抜な格好をさせた上に元の服を隠しおったことを。あの後、あの格好のまま街中を歩かされて、どれだけ恥ずかしかったことか」


顔を真っ赤にして怒るサラ。アニスはどんな格好だったのか興味を惹かれたものの、下手に口を挟むと自分に火の粉が降りかかって来そうなので静かにしていた。


「サラちゃんは素材が良いんだから、もっと可愛らしさを前面に出しなさいよ。本当に勿体ない。あ、そうそう、あの時預かっていた服を返さなくてわね」


オドウェルは店の奥にある収納箱から折り畳まれた服を取り出し、サラに渡す。


「ん?何だ?無駄なひらひらやレースが追加されておるが」

「サラちゃんは、もっとお洒落に気を使った方が良いと思って、手直ししておいたわ」

「大きなお世話じゃ」


サラは今にもオドウェルに噛みつきそうな表情をしている。


だが、オドウェルはサラとの会話は終わったつもりらしく、アニスの方に顔を向けた。


「アニスちゃん、良く来てくれたわね。子爵様のお屋敷では軽くしか観察できなかったから、一度じっくりと見てみたかったのよ。貴女も、貴女の身に着けている魔具も」


そう言って、片目を瞑ってみせてきた。


「わ、私のことは良いから。装備を外せば良いんですか?」

「そうね。でもここではアレだから、奥へ行きましょうか。こっちよ」


奥に向かうオドウェルに、アニスが付いていく。サラも頬を膨らませたままではあったが、黙って後ろから付いてきていた。


オドウェルに連れられて入ったのは小さな工房とも言える部屋だった。中央に作業台があり、道具やら図面などが置いてある。周囲の棚にも道具やら、試作品と思われる魔具が並んでいる。


「片付いてなくて悪いけど、ここに装備を置いて貰っても良いかしら」


オドウェルは作業台の上の物を寄せ、装備を置くための場所を作り出す。

そこにアニスが装備を置いていく。


「これで良い?」


すべての装備を外したアニスがオドウェルに確認する。


「ええ、ああ、ありがとう。それにしても、このイヤリングにこんな複雑な付与をするなんて凄い技ね」


オドウェルは返事をするが、既に装備の付与魔法の確認に夢中になっていた。

自分は付与魔法のことは知らない振りをするつもりでいたアニスは、何を聞かれても知らないと答えるつもりだったし、オドウェルの確認作業に興味はなかった。


なので、装備も外して手持ち無沙汰となったアニスは、作業台の上で物色を始める。

そんな中、一つの図面がアニスの目に留まった。

三層の紋様を層ごとに描き出したと思われる図面。真ん中の層はファイアの紋様に似ている。でも、上の層と下の層は何だろう。単に三層化するための物ではなく、きちんとした役割がありそうな気がする。


「ねぇ、オドウェル、この図面は何?」


アニスは何の気なしに尋ねたのだが、まず呼び方の部分でダメ出しが入った。


「ちょっとアニスちゃん、アタシのことはドリーと呼んで貰えないかしら」

「え、あ、ごめん、ドリー。それで、この図面なんだけど」


アニスが持ち上げてみせた図面をオドウェルが一瞥する。


「それは、携帯コンロ用の付与魔法の改良版ね。真ん中がファイアの紋様で、上の層に温度感知の紋様、下の層が出力制御と魔力維持の紋様の三層の魔法回路になっているの。それで温度が二百度になると自動的に弱くなって、二百五十度になると止まるようになっているわ」


「えっ、凄い。これドリーが考えたの?」


アニスが目を丸くすると、オドウェルは嬉しそうに微笑む。


「いえ、王都の工房の職人達よ。私は今、彼らから相談を受けているところなの」

「どんな相談?」


「この付与魔法の模造防止策についてね。貴女の装備の付与もだけど、真似されたくないものは多層化や複雑化をしているでしょう?この付与魔法でも同じことをしたいのよ。ただ、各層ごとに三層化して複雑度を上げることはできるけど、そうしたら全部で九層になってしまって作るのが大変だから、層の数を減らせないかって」


この手の話には興味をそそられるアニス。ゼペックの弟子であることは明かしたくないので、素人っぽく話をしてみようかと考える。


「ねぇ、ドリー。別に真ん中の層は三層にしなくても良いんじゃない?そしたら七層にできるよね?」

「えぇ、そうね。それは私達も考えてやってみたの。結果としては問題がなくて、しかもその状態で真ん中の層も複雑化ができたわ」


「間に空白の層があれば、その上下どちらの層も複雑化ができるってことだよね?」

「そうよ。アニス、貴女理解が早いじゃないの。ただ七層でも紋様を作るのは大変だから、できれば五層にしたいのよね」


オドウェルは頬に手を当て悩ましそうな表情になる。


アニスはその問題に対する答えを持っていた。でも、それを言ってしまって良いのか判断つかず、サラの顔を見てしまう。

すると、サラが口を開いた。


「どうしたアニス?お主、ドリーの話で気が付いたことがあるのか?それで解決になるかは分からんが、ヒントになりそうなことがあるなら話してやれ」


直接の答えではなくて、ヒント程度にしておけと言うことらしい。

まったく難しい要求をしてくるんだから、と思いながら、アニスは頭を捻った。


「私、思ったんだけど、新しい付与魔法の三つの層の真ん中を空白にしたらどうかな?」


これで伝わるだろうか、と思いつつドリーの様子を伺う。


「真ん中を空白の層に?でも、ファイアの紋様は真ん中の層にないと機能しないのよね」


どうやらもうひと押しが必要そうだ。


「ファイアの紋様って変形できないの?上下の層の紋様と重ならないように変形できたら、上下の層にとっては空白と同じにならないかな?」


「ファイアの紋様を変形して?そんなことできるわけ、いや、できるかしら?複雑度1の変形を繰り返して紋様を円環状にすれば。その円環の内側に上下の紋様を納めれば、もしかしたら。凄いわアニスちゃん、貴女の思い付きで解決しそうよ」


オドウェルはアニスの手を握って上下に大きく振って喜びを表した。


「そうそう、貴女に試着して貰おうかと思っていたのだけど、お礼に一つ差し上げるわ」


壁沿いの棚から革袋を一つ取り上げたオドウェルは、その革袋を作業台の上に置いた。


「どうぞ、開けてご覧なさい」


言われるがまま、革袋の口を開くアニス。

中には冒険者装備らしきものが入っていた。


「皮の胸当てと肩当て?でも、本当に胸の部分しかないね。それにこの小さいのは皮のパンツ?これ、服の上から着られそうにないんだけど」


「それはそうよ。その装備は裸で身に着けるものだから。ビキニアーマーって言うの、女性ならこの手の装備の一つは持っていないといけないわ」

「そうかなぁ」


顔が引きつるアニスの横で、サラが笑っている。


「良かったな、アニス。何ならここで着替えていくか?」

「え、遠慮しとく」


ん?もしかしてサラはこうなることが分かっていたのか?


ならば、とアニスの心の中に悪戯心がむくむくと湧き上がる。


「そうだ、サラが着てみてよ。これ貸してあげるから」

「い、いや、良い。我は似合わんからな」

「そんなことないわ。貴女だって素材は良いって言ったでしょう。一着用意してあげるから着てみなさいよ」


オドウェルはサラの手を取って工房から出て行った。


「嫌じゃあ。何故我だけが強制的に着替えさせられるのじゃあ」


叫びながら連れていかれるサラに申し訳なく思いつつも、どんな格好で戻ってくるのか楽しみな気分になるアニスだった。


この世界の「鑑定」ですが、「そういうものがある」という知識が無いと「そういうもの」との鑑定結果が得られません。つまり、あることを知らないものは、鑑定が上手くいかないのです。でも、「自分の知らない何かがある」くらいのことは感じられるようです。

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