1-4. アニスとシズアは街の神殿を訪れる
シズアの誕生日の翌日は日曜日で仕事は休みだった。
一週間は七日。休みは日曜日の一日だけ。
この日、アニス達は家族で街の神殿に参拝した。
村にも祈祷所はある。神殿と祈祷所の違いは大きな神の像があるかないか。大きな神の像には、時に神が降臨することがあるとされていて、神の巫女を配置することが義務付けられている。
この世界の神は十柱。その十柱は魔法属性に対応付いており、人により魔法属性との相性が異なる。ある一人の人間が相性の良い魔法属性は大体は一つで、たまに二つ。それ以上の数の属性との相性が良い者もいるが、非常に稀な存在である。また、相性の良い人の出現確率が低い希少な魔法属性もある。
そのため、すべての神殿で十柱の巫女を揃えるのは難しく、従って大きな神の像が十体設置されているのは王都や領都に限られていた。
大抵の神殿に設置されているのは、戦闘神アグニウス、護りの神あるいは平和神マルレイア、天候神ゼピュロウス、豊穣神アルミティア、そして生命神あるいは愛の神ヴィリネイアの五柱の像だ。
これら五柱は、神々の中で地域の生活に最も密着している五柱でもあり、合わせて生活五神とも呼ばれていた。
生活五神のうち、火を司るアグニウスは冒険者に人気だったし、水を司るマルレイア、風を司るゼピュロウス、土を司るアルミティアの三柱は、農業に従事する者達が祈りを捧げる対象となっていた。光を司るヴィリネイアは、子孫繁栄や無病息災の象徴として、誰からも慕われていた。
アニス達が向かった街の神殿も例外ではなく、その五柱の大きな像が祀られている。
街の神殿は大きくて広い。
中心となる本殿の中は正面奥に五柱の神の像が設置され、その手前には沢山の座席が並べてある。そこは静かで荘厳な雰囲気を漂わせていた。
なお、残りの五柱は幻想五神と呼ばれている。
幻想五神の像は本殿とは別に用意された祈祷室に祀られており、わざわざ王都や領都まで行かずとも、それらの神に祈りを捧げることもできる。
さて、本殿に入ると、シズアは真っ直ぐアグニウス像の前へと行き、跪いて一所懸命に祈り始めた。今まではアニスと共にマルレイアの像からだったのだが、どう言った心境の変化か。
「ねえ、シズ。どうしてアグニウス神のところに来たの?」
シズアの祈りが終わったところで、アニスは声を掛けた。
「そりゃあ勿論、魔法と言ったら火魔法だから。ファイヤーとかインフェルノとか、燃え盛る炎は皆の憧れ、ロマンよロマン」
火魔法のどの辺りがロマンなのかアニスにはピンと来ず、以前はこんなこと言っていなかったから、きっとゼンセの記憶が関係しているのだろうと推測する。
シズアの適性は違う属性にありそうなんだけどなぁと思いつつも、シズアの夢を壊したくないアニスは言い方に悩んだ。
「あのさ、シズ。人には魔法属性との相性があるから、必ずしもシズが火魔法を使えるようになるとは限らないからね」
遠からずシズアと相性の良い魔法属性は明らかにせざるを得ないにせよ、まずは予防線を張る程度の表現にしておく。
しかし、いつもなら素直に頷くシズアが、今日は違った反応を見せた。
「火魔法が使えないと嫌だなぁ」
うっ、駄々をこねるシズアも可愛い。
まあ、まったく手が無い訳でもないのだが、かなりの困難が伴うのも事実。でも、シズアのためなら仕方が無いかと考える。
そのアニス、いつもとは順番を変えてシズアの横でアグニウス神に祈りを捧げると、次に隣のマルレイア神の前で祈った。そしてその後はいつも通りに一番右のアルミティア神へ。その後ゼピュロウス神、ヴィリネイア神と最後に中央で祈るのがアニスのお祈りの習慣となっている。
だがそんなアニスの心積もりは、シズアの新たな行動によって妨げられた。
本殿の一角、柱の陰に水晶が二つ設置されている。計りの水晶、試しの水晶と呼ばれるそれらは、8歳での魔力測定、即ち試しの儀で使われるものだった。
試しの水晶は神官が付いていないと意味がないが、計りの水晶は誰でも手を当てて魔力を流し込むだけで良い。8歳の試しの儀の際に光らせることができなくても、その後いつでも試せるようにと一般人が触れる場所に設置してあるのだ。
その水晶にシズアが気付いて近寄ろうとした。
「アニー、あそこに計りの水晶があるよ。やってみない?」
「い、いや、ちょっと待って、シズ」
アニスは慌ててシズアの手を掴んで引き留める。
「あれに近付くのは止めておこうよ」
アニスは焦った。
シズアの気持ちは分かる。試しの儀の時に光らせることができなかった計りの水晶だが、今なら問題なく光らせることができるだろう。
やらなくても結果は分かっている。しかし、結果が分かっているとしてもやってみたいのだ。
しかし、それでシズアの魔力量が知れてしまったらどうなるだろうか。
魔力量の多さだけで家族と引き離されてしまうとは思えないが、神殿学校への勧誘は強く行われるかも知れない。他にも色んな人がシズアに注目し声を掛けるようになるだろう。
そうなったらアニスがシズアと一緒にいられる時間が少なくなってしまうに違いない。
そんな心配が計りの水晶にはあるのだが、それより危険なのは試しの水晶だ。
計りの水晶には魔法的な細工がしてあるが、試しの水晶それ自身は何の変哲もない水晶だとアニスは考えていた。それは、神官がいてこそ意味がある。
神官が試しの水晶に流し込んだ魔力の色を当てる。それが試しの水晶の使い方だ。でも、魔力の色なんて、いや、そもそも魔力自体、普通の人には視認できない。それが見えるのは魔力眼持ちだけだ。つまり、試しの水晶は魔力眼持ちを見定めるためにある。
試しの儀で魔力眼持ちだと判定された子供は王都に集められる。アニスは両親や兄からそう聞いていた。事実、ジークの試しの儀の時、魔力眼持ちだと判定された子供が神官に連れて行かれるのを父と兄が目撃していた。
両親はそれを光栄なことと捉えていたようだが、アニスにとってはシズアと離されたら地獄だ。だからこそ、アニスは自分の試しの儀の時には、試しの水晶をどうやって凌いで魔力眼持ちであることを隠し切るかを考えるので頭が一杯になっていた。
アニスにとって、魔力の色を当てるなんて簡単にも程がある。当然、わざと間違えなければならないのだが、それが結構難しい。問題として示された魔力の色を見てしまうと、それに答えが引きずられてしまうような気がしてならなかった。
だとしたら、予め答えを決めておこうか。でも、どう答えればわざとらしくならないのだろう。悩んだアニスの出した結論は、直前の子の答えを一つずつずらそう、だった。
試しの儀は、それで乗り切ることができた。終わった時には心底ホッとしたものだ。
そんな苦労をしてきた試しの水晶になんて、アニスは二度と近付きたくは無かった。
今だって魔力眼持ちと分かれば王都に連れて行かれてしまうかも知れない。それは絶対に嫌だ。
シズアが試せばアニスもと言われるし、計りの水晶に触れば、試しの水晶をやらない訳にはいけない。
実際、二人が水晶に近付こうとしているのを見た神官が一人、水晶のところに移動しつつあるのをアニスは捉えていた。
シズアも、いつもなら自分の誘いには一も二もなく乗って来るアニスが渋るばかりか、その表情に怯えの色が混じっているのを見て取ったようで、動きを止めてアニスと向き合った。
「そうだね、止めとく」
「ごめん、シズ」
「問題ないよ、分かっているから」
シズアは静かに微笑み、アニスは頷く。
「うん」
そんな時、アルミティア神の像の向こう側、本殿の右奥の扉が開いて子供たちが出て来た。
シズアと同じくらいの歳に見える子供たちは揃いの服を着ている。楽しそうに会話しながら、正面の扉から街へと出て行った。
「神殿学校の生徒だね」
「ええ、そうですよ。貴女は神殿学校に興味がおありですか?」
二人の傍に来ていた神官がシズアに話し掛けた。
「ええ、まあ、少し」
シズアは曖昧な答えをしたが、それでも神官は興味ありと受け取ったようだった。
「よろしければ見学いただけますよ。校舎や宿舎の中には入れませんが、あの扉の向こう側は中庭になっていて、そこから学校の建物を一望できますし、中庭に生徒が出ているかも知れません」
「ねえ、アニー。ちょっと見て行かない?」
神官の言葉に、シズアの好奇心が触発されたようだ。
シズアが希望するのなら、叶えてあげなければ。
アニスは両親に別行動の了解を取ると、シズアと共に中庭に続く扉を潜る。
扉の先は、左側が吹き抜けの通路になっていて、その吹き抜けの向こう側には一面に芝を植えた中庭が広がっていた。
通路の右側の部屋には、机と椅子が並べられているので教室なのだろう。そして、通路の突き当り、中庭を挟んで本殿の反対側にある建物にはチラホラと洗濯物が干されているのが見えるので宿舎だと思われる。
中庭では、四人の子供達が剣の練習をしていた。正確には、二人の男子が剣の打ち合いをしていて、それを二人の女子が眺めている。先程の揃いの服を着た子供達とは違い、各々バラバラではあるが動き易そうな服装をしている。
「あの子達、上手だね」
男の子達は確かに動きが綺麗だった。基礎訓練をしっかりやっているのだろう。
だけど、アニスからすればまだまだだ。
「まあ、良い線いってるんじゃない」
少し見たばかりの他人を無暗に否定するのは失礼と考え、アニスは無難な意見を述べる。もしかしたら、それが悪かったのかも知れない。
「そうだよね。神殿学校に行けば、私もあれくらい上手になれるのかな」
「へ?」
シズアが不穏なことを言い出した。
「やっぱり私、神殿学校に入ろうかな」
いやいや、シズ、話が違うと思うんだけど。アニスは大いに焦った。
妹離れできていないアニスに対して、シズアは自由ですね。




