3-10. アニスとシズアは魔力草を採取したい
風曜日の午後、アニスとシズアは村の東にある森の入口に立っていた。
アニス達の住む王国では一週間は七日間となっている。
週の始めは太陽神でもある世界神ザナウスの日であり、神々に日頃の感謝を込めた祈りを捧げる日として原則休養日とされているザンディ。次が太陽と対角の位置にある月にちなみ、月の神でもある運命神ファタリティアから名前を取ったファリディ。
そこから先は生活五神となり、順に火魔法を司る戦闘神アグニウスの日であるアガディ、水魔法を司る護りの神マルレイアの日であるマレディ、風魔法を司る天候神ゼピュロウスの日であるゼルディ、光魔法を司る生命神ヴィリネイアの日であるヴィルディと続き、最後が土魔法を司る豊穣神アルミティアの日であるアミディとなっている。
神々は十柱なのに、曜日が七つであることについては、諸説ある。例えば、曜日を決める会議に三柱が忙して参加できなかった、あるいはザナウス神が人々の休日を確保するために気を利かせて三柱を呼ばなかったなど。
ともあれ、人々は一週間が七日間であることを当たり前のこととして受け入れ、日々の営みの中に取り込んでいた。
なので、風曜日は水曜日の翌日。つまり、アニス達がイラ達と話をした次の日のことである。
「いやこれ、前置き長過ぎない?」
必要な前提知識ですので。
「私達には常識だと思うんだけど」
…それを気にしてはいけません。
「――」
アニスはいつものように午前中はマーサの宿で働き、午後になると二輪車に乗って急いで家に戻り、そのままシズアを乗せて森まで来た。
何のためにと言えば、魔力草を探すためだ。
アニス達が魔力草を見付けたいのは、エルザからポーションの作り方を教えて貰うためだが、イラ達と話した時にもう一つの理由ができた。
「ねえ、アニスは治癒魔法が使えるかも知れないけれど、ダンジョンの中でアニスが怪我をして魔法が使えなくなった時には、誰がアニスを治すの?ダンジョンでは基本的に自己解決が求められるのだから、それなりの準備をしないといけなくてよ」
そうしてポーションの重要性を説かれ、ダンジョンに行くまでに少なくとも魔力回復ポーションに治癒ポーションと解毒ポーションを用意するようにと指示されたのだった。
なので二人は、魔力回復草、治癒草、毒消し草の三つは見付けたいと考えている。
「さて、どうやって探そっか」
「父さん達は、きちんと見て歩けば、道端でも見付かるよって言ってたよね」
「そうなんだけどさぁ」
アニス達は前日の夜、両親に魔力草の探し方について尋ねていた。
そしたら、この辺の森なら、道端でも生えているのではないかと言われたのだ。
「今までこの道も何度も通っているのに、魔力草なんて気にしたことがなかったしなぁ」
「道端を良く観察しながら歩いてみる?」
「そうだねぇ、そうするしかないよね。ともかくゆっくり歩いてみようか。アッシュ、行くよ」
バウッ。
グレイウルフのアッシュがアニスの呼び掛けに答える。
アッシュはアニスの契約魔獣だ。契約した時はまだ子供で可愛かったのだが、それから二ヶ月以上経って、随分と大きくなって来た。このままだと、遠からず気軽に街の中で連れ回すことができなくなりそうだ。
それが分かっているのか、アッシュも最近は村とか街に付いていこうとはしなくなってきている。偶に村の方には出て来ることもあるが、大抵はこの東の森の中で過ごしている。今日は、アニス達がやってくることを知って、森の入口でアニス達を出迎えてくれていた。
そのアッシュを引き連れて、アニス達は森の中へと入っていく。
アニス達が歩いている小道は、多少は踏み固められているものの、その両脇からは様々な雑草が生い茂っている。それらを一つ一つ丁寧に確認していくアニスとシズア。お蔭で中々先に進むことができない。
バウッ。
小道を先に進んでいたアッシュだが、アニス達が付いて来ないので腰を落としてアニス達が追い付くのを待っていた。それでも来ないので、痺れを切らしてまだかと吠える。
「ごめん、アッシュ。探し物をしているから、早く進めないんだよ」
アニスが申し訳なさそうに言い訳をする。
バウッ。
「ん?何を探しているかって?魔力草だよ。魔法の効果を持っている草って言えば分かるかな?」
こんな説明でアッシュに分かるかなと思いながらも、アニスはアッシュに話し掛ける。
バウッ。
「食べたら怪我が治る草のことかって?えーと、どうなんだろう。アッシュが言ってるのは治癒草みたいだけど、治癒草を直接食べたらどうなるかは聞いてなかったなぁ」
どうしたものかと首をかしげるアニス。
「ねえ、アニー。アッシュはそれがどこに生えてるかを知ってるの?」
「どうなんだろう?アッシュ、知ってる?」
バウッ。
嬉しそうに返事をするアッシュ。
「何ヵ所か知ってるって」
「試しに行ってみない?当てもなく探すのは大変そうだから」
「まあ、そうだね。ねえ、アッシュ。そこに連れてって貰える?」
バウッ。
アッシュは腰を上げ、森の奥へと体の向きを変える。
そして少し進むと顔だけ後ろに振り向いて一吠え。
バウッ。
「付いてこいって、言ってるんだよね」
それくらいなら分かると、シズアは嬉しそうに話す。
「いやぁ」
どこか申し訳ない表情になるアニス。
「ここにフンがあるから踏まないようにって」
「何それ?」
シズアの声が大きくなる。
「アッシュも非常識だって憤慨してるよ」
「それって駄洒落?」
大きくなった声のまま、威勢よく突っ込むシズア。
「アッシュはそんなこと考えてないと思うけど――」
今一つ自信が無く、アニスの言葉は尻つぼみになる。
「はあ、もう良いわ。先に行きましょう。そこを踏まないようにすれば良いのね」
脱力したシズアは、溜め息を吐いてから歩き始めた。
そこから二人はアッシュに導かれるまま、森の奥へと進んでいく。
小道をまっすぐに行けば泉に出るところを、その少し手前でアッシュは小道から逸れ、雑草の生えている中へと入っていった。
バウッ。
アッシュが見覚えのある草の前で吠える。
「ねぇ、アニー。これって、治癒草に見えない?」
「うん、これ、そうだよ。ほら、魔力に反応してる」
アニスが草の近くに翳した手から放出した魔力に反応して、葉のあちこちが光って見えた。エルザに見せて貰ったのと同じだ。
「だったら、こうやって見付けて採取していけば良いのね」
「うん、まあ、それはそうなんだけど」
「どうかしたの?」
少し翳りのある表情を見せたアニスをシズアが気にして問い掛ける。
そんなシズアの目を、顔を上げたアニスの目が捉えた。
「アッシュに頼ってばかりじゃ良くない気がするんだ。だから、自分で見付けられないかなって」
「ああ、そう言うこと?だったら、アッシュがどうやって見付けてるかを聞いてみたら?」
「なるほど、そだね」
アニスがアッシュに目を向ける。
バウッ。
アニスが何かを言うより早く、アッシュはアニスに伝えて来た。
「夜だと淡く光ってるんだって。後は匂いが違うらしい」
シズアは顎に手を当て、得られた情報を吟味する。
「匂いは私達には分からないわね」
「うん、でも、夜にここに来るわけにもいかないし。ん?待って。暗くすれば良いのかも」
期待を籠めてシズアがアニスを見詰める。
「何か方法があるの?」
「上手くいくかわからないけど、やってみる」
アニスは、治癒草の上に魔法の紋様を一つ描いた。
そして、力ある言葉を発する。
「ダーク」
紋様の周囲が暗くなる中、仄かに光る治癒草の輪郭が浮かび上がってきた。
「光っているね」
「うん、こうすれば見付けられるね」
試してみたことが上手くいって、アニスは笑顔でシズアと見つめ合う。
「でも、少し範囲が狭くない?」
「ダークはそんなに魔力使わないから、十個くらい出しておけば良いんじゃないかな」
そう言いながら、アニスはダークを次々に発動していく。
「ねぇ、アニー。不規則に並べるのではなくて、正三角形を作るように並べるのが効率的よ」
「え?どうやるの?」
シズアの指摘に戸惑うアニス。
そんなアニスにシズアはダークの中心点の決め方について教えていく。
「あー、なるほどこうするんだ。と、あそこにも魔力草があるんじゃない?」
アニスは新しく見つけた魔力草に近寄った。
「これは魔力回復草だね」
「そうね。後はこれを繰り返して探して行く?」
バウッ。
「アッシュもまだ何ヵ所か生えてるところを知ってるって」
「だったら、そっちの方に向かいながら他にも生えていないか探してみない?」
「うん、そうしよう」
そうしてアニスとシズアはアッシュと共に魔力草を採取していった。
夕方、森を出るまでの間に、目標としていた魔力草三種類のすべてと、感覚強化草とがアニス達の収納サックに収められた。
「ありがとう、アッシュ。お蔭で魔力草を見付けられたよ」
森の入口に戻って来ると、アニスはアッシュに手を振りつつお礼を言った。
バウッ。
離れていく二人を見送るアッシュは、嬉しそうに吠える。
「何て言ったの?」
単なる返礼だろうと思いつつ、確認するシズア。
「今日は二人に協力できて恐悦至極だって」
「やっぱり、駄洒落言ってるよね?」
突っ込まずにはいられないシズアだった。
アッシュが久しぶりに登場しました。成長して知能も向上しているようです。
その結果として見えているのが駄洒落だけなのが、良いのかどうか。当人(当狼?)は気にしていないようですけれども。




