10-5. アニスとシズアは鬼娘に再会したい
コンコン。
「よろしいでしょうか?」
マリアが扉越しに声を掛ける。
「何だ?」
部屋の中から答えがあった。
マリアは扉を開けて一人だけで部屋に入り、返事をした声の主であり、自分の上司でもあるマルコを向いて立つ。
マルコは執務机に着いて、書類の山と格闘していた。
「お客様です、マイマスター」
「うん?この時間に来客の約束があったか?ワシは忙しいんだぞ」
「約束はありませんが、お会いしても良いのではと考えてお連れしています」
「連れてきた?と言うことは俺に選択肢は無いんだな。うー、最悪だ」
「そんな変なお客様ではありませんよ。では、お通ししますね」
マリアは返事を待たずに扉を開け、廊下に向けて「どうぞ」と声を掛けた。
そして入って来たのは、少女が二人に若い女性と犬人族の青年が一人ずつ。
アニスとシズアに、ダリアとケビンだ。
マリアは四人を迎え入れると、入れ替わりに部屋を出て行った。
「やほ、マルコ。元気してた?」
「アニスとシズアか、元気そうだな。ワシは相変わらず最悪だ」
「相変わらずなら良かった」
マルコの最悪はいつものことなので、気にしても仕方がない。
「上の家の方に行ったけど、誰もいないみたいだったからマリアに聞いたんだ。そしたら、マルコの所で待ってれば良いだろうって」
「この部屋は待合室ではないんだがな。しかしまぁ、電撃娘が戻ってくれば真っ先にワシの所へ来るのも確かだし、お前達ならまぁ良いか」
「ありがと、マルコ。それでだけど紹介させて貰っても良い?こっちはダリアとケビン、二人は旅商人なんだ。エランツェ商会って商会を営んでて、今度、王都や王都周辺でも商売する予定だから、よろしくね」
「お初にお目にかかります。コッペル姉妹商会の傘下で、エランツェ商会の会長を務めておりますマリアと申します。どうぞお見知り置きを」
挨拶の言葉と同時に会釈をするマリア。
そんなマリアの様子を眺めていたマルコは、ふんと鼻を鳴らした。
「お前はしっかりした商売人のようだな。しかし、アニス達の商会の傘下と言ったか?アニス達を傘下に収めているの間違いじゃないのか?」
「いえ、私の商会の方が傘下になります。アニス達と賭けをして負けましたので」
ダリアは、にっこりと微笑んだ。
「自分の商会を賭け金にして負けたのか?それはまた最悪なことだな」
事情を知らないマルコは当然の反応をした。
実際にはダリアが勝手に自分の商会を賭けに組み入れた上で、負けを宣言したのだ。
ただ、それを説明しても利点は無さそうなこともあって、アニスは口を挟まずに黙っていた。
「私は後悔していませんよ。だって、こうして貴方とお話しする機会を得られたのですから。二人の下にいなければ、お会いできたかどうかも分かりませんよね?」
「そうだな、お前にとっては良かったのかも知れんな。しかし、ワシにとっては、厄介事を持ち込む輩が増えたような気がしなくもない。最悪なことに、だ。王都の辺りで商売をすると言っていたが、お前達の商売で魔具は扱うのか?」
「はい。魔法付与付きの魔動二輪車などを」
「二輪車?最近街中で走っているのを見かけるアレか?アレには魔法付与された物は無かったような、いや、そう言えば、パルナムには付与魔法で走る物があると耳にしたことがある。それを王都に持ち込むつもりなのか?」
「簡単に言えばその通りです。でも大元はアニス達が自分で使うために作った物で、パルナムで走っているのもコッペル姉妹商会の従業員が使っているだけです。それをこれから販売していく予定です」
「因みにだけど、モーリスの商会でも扱うことになってるよ」
ダリアの言葉をアニスが補足する。
それを聞いたマルコが顔を顰めた。
「モーリスと言えばエバンス商会か。あそこが本腰を入れて売るとなると、相当の数が出そうだな。お前達、頼むから苦情が出るような物だけは作るなよ」
「嫌だなぁ、マルコ。ダリアも言ってたよね、私達が自分で使ってるって。自分で使ってて変だと思ったところは全部直してるんだから、大丈夫だよ」
「なぁ、アニス。お前の基準で問題なくても、世の中それで万事良しとはならないんだ。特に使用者の魔力を直接使う魔具は、使おうとした当人の魔力量が、魔具の必要とする魔力量に満たないと動かないだろう?」
「そだね」
「それを知らずに買って動かないとなると、苦情が出る。商品についての苦情を買った店にだけ言ってくれるなら良いが、場合によっては商業ギルドに申し立てる輩がいるし、それが魔具のことだとワシのところに処理依頼が来て、最悪なことにワシの仕事が増えることになる。分かるか?」
「分かった。そしたら私がマルコの手伝いに来るよ」
「いえ、私が来るわ。序でにプラムちゃんと遊べるし」
「シズはプラムと遊ぶのが目的だよね?」
「そ、そんなことは無いわ」
「だったら、どーして目を逸らしてる?」
アニスが半眼で追及しようとするが、マルコの言葉に阻まれた。
「あー、いや、お前達に手伝って貰うとややこしいことになりそうで最悪だから、勘弁してくれ。それより苦情が出ない努力をしてくれるか?モーリスが付いているなら、抜かりはないだろうから、あいつとしっかり話をして貰うのが一番だな」
「おけ」
了解の印にアニスは右手の親指を立ててみせる。
しかし、シズアの表情は暗い。
「残念なことに、プラムちゃんと遊ぶ機会が減るわね」
「やっぱりシズはプラムが目的だったんだよね。でも、兎も角、王都に来る機会が減ることは無いんじゃないかな。ダリアやモーリスが私達の作った物をこっちで売るんだから、私達がこっちに来る用事は必ず出てくるよ。それに、プラムに会いたいってだけで、王都に来たっていーし」
「確かに。それもそうね」
シズアの顔が明るくなった。
そんな時、マルコの執務室の扉が予告無くバーンと開く。
「マルコ爺、帰ったよ」
大きな声で叫びながら、頭に小さな二本の角を生やした鬼人族の少女が勢いよく飛び込んで来た。
「わーっ、プラムちゃんだぁ」
マルコが返事をするよりも早く、シズアが声を上げてプラムに抱き付く。
「シズア姉、ちょ、ちょっと苦しいっ。電撃―っ」
「うぉー、今度こそ耐えてみせるー」
シズアとプラムを囲むように、パリパリと電撃が飛ぶ。
「アニス、この二人は一体、何をしているの?」
「二人の再会の儀式みたいなものだから、見守っててくれるかな」
「そう。分かったけど、一風変わった習慣ね」
「まぁね」
アニスにとっては見慣れた光景だが、ダリアに限らず初めて見れば、変に思うことは良く分かる。
シズアが耐えきるのか、それとも気絶してしまうのか。
周りの者達が静かに見守る中、一分も経たずに決着は付いた。
「耐えた。けど、身体中が痺れてしまったわ」
シズアは床の上に転がったまま、動けない。
「シズア姉、もう少し優しく抱いてくれん?そしたら、こんなことしないで済むのに」
「プラムちゃんを前にすると、抑えが効かなくなるのよね。愛情が強すぎるのかな。お願いだから、私の愛情を受け取って」
「床に寝そべったまま言われてもなぁ。まだ起きられんの?」
「無理ね。ねぇアニー、私をソファに連れてってくれる?」
「おけ」
身体強化をしたアニスが、シズアを抱き抱えてソファまで運んで座らせた。
「あぁ、ありがとう。少しずつ手が動くようになってきたわね。プラムちゃん、隣に来て」
「ん」
そこは素直に応じるプラム。
「神殿学校は楽しい?」
「うん、おもろいよ。先生は親切やし、友達もできたし」
「そう。どんな風だか一度見てみたいわね」
「そやったら、シズア姉も神殿学校に来ればええやん」
「えっ、私が行っても良いの?」
首を少ししか動かせないシズアだが、それでもと、できる限りプラムの方へ顔を向けようとする。
「神殿学校には色んな人がおるよ。シズア姉が来たって、誰も驚かんと思うん」
「そうなのね。なら、行ってみたいかな。ねぇアニー、行っても良いよね?」
「うん、行ってみればいーと思うよ」
神殿学校に行く程度なら、大きな問題は無い。
プラムと一緒の時間が長ければ、その分、早く王都を出発できるかも知れないとの打算もあった。
「やったぁ。プラムちゃん、明日、一緒に神殿学校へ行こうね。授業中、私の膝の上に乗ってて貰えると嬉しいな」
それならアニスも一緒に行って、シズアを自分の膝の上に乗せていたい気もするが、いや、それはちょっと無理があるかと思い直すアニスだった。
神殿学校は、来る者拒まずなので、参加しているのは子供だけでは無かったりします。
マルコとモーリスとが互いに面識ある話は、第七章に出てきましたね。マルコの側は7-16.話にありました。