9-38. アニスとシズアはエルフの雑貨屋を見付けたい
「ここが商店街だね」
「結構賑わっていてよ」
「良い匂いも漂っているのでぇす」
「そうね。お腹が空いたかも」
シズアがお腹を軽く手で押さえる。
「お昼まで、もう少しある気がするけど」
「軽く食べる分には良いわよね」
「シズアの好きにすれば良くってよ。貴女はまだ成長期なのだし」
「シズア先生、何か食べたい物あるのでぇすか?」
「やっぱり魚介類。焼き物が良いかなぁ。川魚の串焼きとか」
「ウィトランデから海の魚も入って来てるみたいだから、別に川魚に限定しなくても良いと思うけどね」
「そうね。脂の乗った海の魚も美味しいけど、今はアッサリした川魚の塩焼きが食べたい気分」
「食べたい物があるのなら、それを食べれば良くてよ。でも勝手に離れるのだけは止めてね。まだエランが見付かってもいないのに、貴女まで探すことになるのは嫌よ」
「遠話具持ってるのシズだし、シズと逸れたら私達の方が迷子じゃないかな?」
「別にどちらでも、面倒なことには変わりなくってよ」
「そうね、気を付けるわ。何にしても、お昼までの繋ぎに小腹を満したい気分」
「おけ。食べ物屋は沢山あるね。でも、名前だけ見ても何だか分からないや。ソバ屋って何?」
アニスがソバ屋の看板を見上げながらシズアに尋ねる。
「ソバ。あぁ、ソバの実で作った麺のことよ。そっか、ソバ屋なら海老のテンプラが食べられるわね」
「テンプラ?シズア、貴女どうしてそんなことを知っていて?」
「え?あぁ、前に旅商人から聞いたことがあったのよ。確か、卵と小麦粉と水を混ぜて作った衣を具材にまぶして揚げた食べ物がテンプラだった筈。ソバ屋のテンプラは美味しいって聞いたわ」
「ねぇシズ、あっちにラーメンってあるよ。その隣はスシだって」
「反対側のお店の看板には、オコノミ焼きモンジャ焼きって書いてありますでぇす」
「何と言うか、無法地帯ね」
半分呆れ顔で、周囲の様子を見るシズア。
そんなシズアだったが、行く手の先の方にある店を嬉しそうに指差した。
「ねぇ、あそこにあるの、クレープのお店よね?」
「クリーム巻きって書いてあるけど、それがクレープ?」
店の看板は、クリーム巻きの絵が目立っている。
アニスは絵の脇の文字を読んでシズアに確かめた。
「え?あぁ、クリーム巻きが正しいわね。兎も角、あれを食べたいかな」
「魚の串焼きは?」
「気が変わったのよ。どんな種類のクリーム巻きがあるのか、とても気になるわ」
「おけ。序でにエランの両親のお店のことも聞いてみよっか」
「スイーツの類いなら、私も興味があってよ」
「私も甘い物は好きなのでぇす」
結局、四人で連れ立って店に入り、それぞれが自分好みの具材のクリーム巻きを注文した。
そして、外のテラス席に座り、手にしたクリーム巻きにパクつく。
「うん、美味しい。クリームが甘過ぎなくて良いわね。果物も新鮮で美味しいし。アニーのはどう?」
「チョコクリームも美味しいよ。あ、でも少し甘めかなぁ。その分、中に混ぜてある砕いたクッキーや、小さなゼリーとかの甘さが抑えられてる感じがする。シズも少し食べてみる?」
「えぇ、是非食べさせて。アニーも私のを食べて良いわよ」
「あ、ありがと」
クリーム巻きを交換した二人は、相手の選んだ物を食べて、また笑顔になる。
「プレーンのクリーム、美味しいや。これを選んでも良かったな」
「チョコクリームのも美味しいわよ」
「貴女達は、相変わらず仲が良いわね」
「ん?イラも私達の食べてみる?」
「シズア先生、私のも食べてみますでぇすかぁ。ラム酒の香りが良いでぇすよぉ」
ファリアが自分のクリーム巻きをシズアに差し出してきた。
「ファリアのラム酒に干し葡萄とか、イラの抹茶クリームにあんことか、本当に色んな物がここにはあるのね」
「抹茶って初めてだよ。お茶とは色が違うし、味も違って苦みがあるし。何処で採れるんだろ?」
「お茶の木自体は同じって聞いた気がするわ。葉を摘み取った後の処理が違うだけで」
「ふーん、そなんだ。抹茶とかもウィトランデで作られてるのかな?」
「そうかも知れないわね」
シズアはそれ以上は言葉を重ねず、戻ってきた自分のクリーム巻きを口にする。
「ねぇシズア、貴女、ウィルポアについて、どう考えていて?」
「どうって?」
シズアは顔を上げてイラを見た。
「精霊の森はあるけれど、一番近いのは私達のザイアスよね?でもザイアスでは見掛けない物が山ほどあって。それらは皆、ウィトランデから来ているのかしら?」
「エルドリードとは少し交流があるみたいだけど?」
「ここにはエルドリードに無い物が沢山あるのでぇす」
「なら、多くはウィトランデからなのかもね」
シズアが一時ファリアに向けていた視線をイラに戻すと、イラは視線を下に向けた。
「そうかも知れないけれど、私はそれだけではないような、と言うか、そもそもウィトランデやウィルポアの成り立ちとの関係が気になっていてよ」
「成り立ちとの関係?」
「ウィトランデとウィルポアは二つ合わせて魔女の里、別の呼び方だと学究の楽園。ウィルポアは入口の街ではあるけれど、それにしたって普通には入れるところではなくってよ。そうよね?」
「そうね」
「そして、外からここに入るための条件は一つしか無いと思うのだけれど」
「魔女に選ばれることよね」
シズアの答えにイラが頷く。
「その通り。だから、この街にある珍しい物は、魔女が選んだ結果であるとは考えられなくて?」
「あちこちから人を連れてきた結果かも知れないわよ」
アニスは二人の会話を黙って聞いていた。
反論しているかのようなシズアの発言だが、多分、イラの反応を見ようとしての物だ。
イラもそれは分かっているのだろう、シズアの言葉に直接返事はしなかった。
「魔女は元々は街を作るつもりはなかったと思うのよ。でも、魔導国に連れて行かれそうな人達があちこちに散らばっていると守れないから、集めようとした。そうして集めたら、集めた場所が街になってしまった。そんな感じだと思うのだけど」
ここでイラが視線をシズアに向けると、シズアは頷いた。
「私もそう思う」
「そうすると、魔導国に連れて行かれそうな人がどんな人達かって話になるのだけど、学究の楽園と言われているくらいだし、まずは学問や技術に長けていた人達」
「えぇ。それから?」
イラが「まずは」と前置きしたので、シズアは次を促した。
アニスにもそれは分かる。
が、そこでイラの表情が曇った。
「多分、だけど特殊な知識を持っていた人、或いは豊かな発想力の持ち主かしら?そこは良くわからなくってよ」
「どうしてそう考えたの?」
「学問の中でも魔導国に渡せない物と言えば魔法関係よね。つまりは、詠唱魔法や付与魔法。そこで思うのだけど、魔法を極めようと言う人達が、日常の食事のことなどをどれくらい気にするかと思うのよ。例えば、このクリーム巻きとかね。多少の偏見が混じっているかも知れないけれど」
「まぁ、言いたいことは分かるわ。けれど、魔法関係以外の人が集められていたとしても、疑問は残るわよね。クリームに抹茶を入れることにどんな意味があるのか。どうしてそれが魔導国に狙われる理由になるのか」
シズアの指摘にイラは大きく頷いてみせた。
「まったくその通りなのよ。お菓子の種類を増やしても、と言っては語弊がありそうだけれど、それが魔導国のことにどう関係するのか」
「だから発想力と言ったのね。これまでと違った新しいことを想いつける人」
「そうよ。例えば、魔力二輪車とか飛行凧とかをね」
「えっ」
唐突に自分がやったことに話が来て、シズアが目を丸くする。
「貴女だって、魔導国に狙われるかも知れないと私は心配していてよ、そのことを自覚していて?」
イラに見詰められたシズアは、答えに悩んでいるようだった。
転生者と言うだけでも狙われる理由としては十分だが、そのことは魔女以外には明かしていない。
イラも転生者の存在は知らないだろう。
知っていれば、もっと鋭く切り込んできた筈だ。
アニスは転生者がいることを知っていたので、この街の珍しい物は、転生者が齎した物なのだろうと推測していた。
だがその転生者のことをイラに伝えるのは難しいし、態々伝える必要もない気がする。
イラは、転生者云々以前の問題として、シズアが魔導国に狙われ得ると言っているのだ。
いや実際、既に一度狙われている。
当人のシズアはそれを知らないが、それもあってアニスはイラの忠告が有難かった。
「そう、ね。気を付けるわ」
シズアはそれだけを口にする。
そんなシズアにイラは微笑みかけた。
「気を付けると言っても難しいのは分かっていてよ。まぁ、私からすれば、アニスだって狙われておかしくないのだけれど、アニスなら跳ね返してしまいそうだし、これからもアニスと一緒にいると良いわ」
「そそ。シズは私が守る」
ここぞとばかりに力瘤を作りながら宣言するアニス。
「頼りにしているわ」
シズアに言われて、アニスの胸が熱くなる。
「イラもありがとう」
「どういたしまして。さて、早く食べ終えて、店に向かわないとね」
四人は残りのクリーム巻きを平らげると、商店街の中を再び歩き始めた。
エルフの営む雑貨屋については、クリーム巻き屋の店主から心当たりを二つ教えて貰っている。
その内の近い方から順に目指す。
「あそこのお店ではないでぇすかぁ?」
ファリアの示した店の看板に、先程教えて貰った店の名前が書かれている。
「そのようね」
「行ってみよ」
店に近付いた四人が中に入ろうといたところで、店から出てくる人影があった。
「あー、アニス達か。遅かったな」
「レモンにポリー。あっ、エランを見付けたんだ」
ポリーの後ろに、ミリアに伴われたエランがいる。
「ハッハッハ。俺様達の勝ちだったな」
「そだね。負けちゃったね」
「気になるクリーム巻き屋があったが、我慢して急いだ甲斐があったな。後で一緒に行かないか?種類が豊富で美味そうだったぞ」
「もしかして、商店街の入口の方にあった奴?」
「あぁ、アニスも気になったのか。気が合うな」
「まぁ、そなんだけどね」
もう食べて来たとは言いたくないが、言うしかないよなと腹を括るアニスだった。
何となく気不味かったり。でも、クリーム巻き屋で聞き込みしたから、辿り着けたのですよね。
ところで、イラは魔力二輪車と言っていますが、アニス達が正式名称を決めていないからです。まぁ、大体の人達は魔動二輪車と呼んでいますが、イラは魔力二輪車と呼んでます。3-8.をご覧いただければと思います。